許せない
※流血・腕切断あり・グロ注意
丁度日が沈んだ頃、魔導技術ギルドの来客の受付を担っている建物に、武装した大勢の人間が次々となだれ込んできた。
ざわざわと騒がしくなると同時に、不安と恐怖が伝播する。
そして一人の女性が、コツコツと石の床を歩き、前に出て声を上げる。
「全員動くな! 魔導技術ギルドは、我々王国騎士団三番隊とフルール警備隊が封鎖した! 迅速にその場で手を挙げ腰を下ろせ! 指示に従わない者には、実力行使も辞さない!」
三番隊副隊長だ。
その横少し後ろに、鎧をつけた女性、警備隊隊長であるサルファーが付き従うようにいた。
「これは一体何の騒ぎですかっ!!」
受付の奥から一人、背の低い小太りの男が、顔を真っ赤にして出てきた。
武装した集団に怯むことなく、副隊長の近くまでやってきて、
「どのような理由があって、こんなことをしているのですかっ! 我々の聖域である塔にまで上がり込んでっ! 許されると思っているのですかっ?!」
癇癪を起し、わめき散らかす男。
「サルファーさん、この男は?」
「幹部の一人です。人事を担っていますね」
徐々に熱が入り、怒鳴る声が大きくなる男の事を、微塵も気にすることは無く、話をする。
「それは僥倖。この男を拘束しろ!」
「了解っと! 大人しくしなよ!」
そう言って、筋骨隆々で大柄な女性が、いとも容易く男の腕を捻りあげ、組み伏せた。
「痛い! 痛いっ!! 離しなさいっ! 私が何をしたと言うんですか!」
「ふむ。ルーリと言う魔導技術ギルド所属の少女の事と言えば、わかるか?」
副隊長が鋭い目つきで男を睨みつける。
「――っ!!」
その言葉に、さっきまで赤色だった男の顔は、血抜きでもされたかのように、さあっと青くなっていく。
聞いたか? ルーリって言ってたぞ……。
あいつか。今度は何をやらかしたんだ?
いい加減にして欲しいわよね。
なんで私達がこんな目に合ってるのよ。
全部あいつが原因だろ?
ルーリと言う名前を聞いた瞬間、彼女を非難する声がそこかしこから上がった。
「そうか、そうだったな。こうなるよう印象操作をしたのも貴様等だったな。丁度良い、貴様等が行った愚行を、ここで暴いてやろう。締め上げて全て吐かせろ」
「ひっ!」
冷徹な目と一言に男は縮上がり、小さく悲鳴を漏らした。
「それは私にお任せしてもらっても?」
そう言うのは、少し小柄で杖を持った女性。
「わかった。任せる」
「では。クルーサフィクション!」
石の床からせり上がった十字に、男は拘束される。
「タイトゥンアップ」
杖で床をコツンと叩くと、地面が蔓のように伸び出て、男に絡みつく。
「さて。痛い思いをしたくなければ、今から私の問いに正直に答えてください。いいですか?」
「……」
男は口を引き締め、恨みの籠った視線を女性に向ける。
すると、絡みついていた土の蔓が、男の右腕を凄まじい力で締め上げた。
「ああああ痛いっ痛い痛いいい! 止めてください! 腕が千切れるっ!!」
「安心してください。千切ってしまうと止血などの面倒事が増えます。へし折るくらいで止めますので、沈黙を続けたくば、どうぞご随意に」
「ひぃぃぃ! 話します! 話しますから助けてください!!」
半狂乱に陥り、涙と鼻水で醜く顔を汚し、男はそう叫んだ。
「よろしい。まず一つ目、四色の鏡の本当の製作者は誰ですか?」
「そっそれは……」
男が口籠ると、すぐさま容赦なく土の蔓が男の体を締め上げ、メリメリと音を立て、めり込んでいく。
「ぐううっ!! ルッ、ルーリですっ! 私達じゃありません! 彼女が作ったものを奪い! 私達が製作したものとして、成果を偽って公表しましたっ!」
締め上げられる痛さと恐怖に耐えかねた男が叫ぶ。
その瞬間、館内が騒めきだす。
「彼女に関して行った行為、まだあるでしょう? 何を、誰に、依頼しましたか?」
「――っ。ありもしない事をでっちあげ、噂を広めるよう、裏の稼業を生業としている者に依頼しました!!」
「何故そんな事を?」
「ルーリを孤立させ、もしもルーリが事実を訴えたとしても、誰も信用しないようにするためですっ!」
「何のためにそこまでしたのですか?」
「地位と金のためです! 現に今の会長は、四色の鏡を作った功績を認められ、会長の座に上り詰めました! 幹部は全員四色の鏡の功績のおかげで要職に就くことが出来ました! ……はあはあ」
自棄を起こし、全てを叫び終えた男は、荒い呼吸のまま項垂れた。
「魔導技術ギルド会員諸君! 聞いての通りだ! 我々は幹部全員を拘束する! 諸君は大人しくしていろ!」
副隊長が大声で告げる。
そして、男三人がそれぞれ拘束された状態で、副隊長の下まで連れてこられた。
「副隊長、警備隊の協力で幹部三名の捕縛完了しました」
一人の女性隊員がそう告げる。
「よし! 残るは会長と副会長だけだな」
「両名とも、この館にはいないようです」
「他の班からもいないと報告が入っています」
「……む。感づいて逃げたか?」
「周囲を警戒している班からは、何も上がって来ていませんが?」
それを聞いて副隊長は考え込む。
そんな時だった。
「あのっ! 会長と副会長なら、恐らく研究塔の地下にある会長室にいると思います」
と、一人の女性が声を上げる。
「会長室? サルファーさん、どこにあるかご存知ですか?」
副隊長がそう尋ねると、
「いえ、研究塔には入ったことがありますが、地下へは行ったことはありません」
その言葉を聞き、今度は先ほど声を上げた女性の下へ歩み寄り、
「何故そこに二人がいると?」
手を挙げ座り込んでる女性の前で片膝をつき、問いかける。
「普段からお二人はそこで執務をなさっています。急な来客も無かったはずですし、ほぼ間違いないかと……」
副隊長は少しの間考え込むと、
「その会長室に、案内をしてもらってもかまわないか?」
と、女性に要請を出す。
「……わ、わかりました」
恐る恐ると言った感じで女性が了承すると、
「私とサルファーさん、それと後二人ついてこい!」
「了解!」
そう声をかけると、副隊長達四人は女性を先頭に、建物の奥へと入り、塔のある、壁に囲まれた敷地へと足を踏み込んだ。
三つある塔の内、最奥にあり、大きさも一番大きな塔。
それが研究塔である。
その扉は開け放たれ、複数の隊員が封鎖している。
「抜け出そうとしたものはいないか?」
「はっ! 全員大人しく指示に従っています。逃げようとしたものはいませんが、何かありましたか?」
女性隊員の一人が敬礼し、副隊長の質問に答える。
「会長と副会長がこの研究塔の地下にいるそうだが、拘束できたか?」
「地下ですか? 地下階へ行く階段などは無かったはずですが……」
「どういうことだ? 我々に虚偽を話したとは思えんが」
そう言って、副隊長は女性の方を見る。
「あります! ちゃんとあります! 防犯のために、少々わかり辛い所に扉があるんです!」
訝しむ視線に慌てた女性が、早口でまくし立てる。
「では案内してくれ」
女性に促し、塔の中へと入っていく。
女性は迷うことなく通路を歩き、二階へ向かう階段を登る。
二階には膨大な量の棚が設置されていて、その全てに隙間なく書物が並んでいる。
「二階は資料室になっていまして、この奥に地下への階段のある扉があります」
しばらく本棚が並ぶ部屋を歩く。
「ここです」
女性が足を止めた場所は、行き止まりだった。
「私には壁にしか見えんが?」
サルファーが首を傾げると、女性は、
「こちらです」
といって、石壁の中へ入っていった。
「なっ?!」
慌てて後を追う一同。
「何だこれは……」
各々が驚きの声を上げる。
壁だと思っていた場所には石壁が一切なく、一歩踏み入れた途端、魔法が解けたように、ただの通路にしか見えなくなったのだ。
「目の錯覚を利用して、まるで壁があるように見せているんです。石壁の模様、光の加減、色々な要素を組み込まれて作られています。首都にある魔導技術ギルド本部にも、同様の物があると聞いたことがあります」
女性が説明を入れつつ、今度こそ行き止まりにつく。
その左右両方に大きな両扉があり、開くと階下へと続く階段が現れた。
「こんなところに階段が……。成程、見つからないはずだ」
ため息を一つつきながら階段を、先ほど上がってきた距離よりも長い距離を下りる。
そして、大きな通路に辿り着いた。
「この通路の中央に、会長室があります」
女性がそう言って、通路を進んですぐに、副隊長とサルファーは異変に気付いた。
「止まれ!」
女性を引き留め、剣を抜き、構える。
「な、何を?!」
「あの扉がそうだな?」
「は、はい……」
「お前達はその女を守れ!」
「了解!」
それぞれ剣を抜き、案内役の女性の前後をカバーする。
「サルファーさん、気づきましたか?」
「ええ。これは、血の匂いだ」
そう話すと、副隊長とサルファーは素早く扉の前へと移動し、息をひそめる。
「人の気配はなさそうだな。――ふっ!」
そう言って二人は両扉を蹴り開けた。
そして部屋の中の凄惨な光景を見て、二人は唖然とする。
「一体ここで何があったんだ……」
部屋の中に充満した、生臭く鉄錆びた臭い。
そこかしこに飛び散った血痕と、血溜まりの中に倒れ伏す二人の人間。
副隊長とサルファーは、まず扉近くに倒れている死体を調べる。
「惨いな。めった刺しか……。ん? この短剣は……」
そう言って、ボロボロになった男の腰に下げてあった短剣を取り上げる。
それは、峰の部分に凹凸がある短剣だった。
「所属メンバーの一人ではなくて、件の連中の仲間ですね。魔導技術ギルドのマントを着ているという事は、変装してここまで潜り込んでいたのでしょう」
次に、部屋の奥に倒れている死体の検分をする。
「……こちらも酷いな」
「ええ……」
二人が思わず目を背けたくなるほど、その遺体も惨憺たる状態だった。
頭部は潰され、目玉が飛び出ている。
手足も潰れていて、関節はあらぬ方向へ折れ曲がっている。
「余程の恨みがあったのか、こんな惨たらしい事をよく出来たものだ」
「これは、会長ですね。辛うじてですが、わかります」
「どうやらそのようだな。私も先日あったばかりだが、特徴は覚えている。副会長がいないとなると、奴が犯人の可能性が高いな」
そう言って、副隊長はゆっくりと部屋を見渡すと、一着の服が脱ぎ捨てられている事に気づいた。
その服には斬られたり、突かれたりと言った痕跡は全くなかったが、正面部分に、返り血と思われる血糊がベッタリと付着していた。
「血がまだ乾いてない……。となると、犯行からそんなに時間は経っていないのか……。サルファーさん、副会長とはどのような人物なんですか?」
副隊長とは別に、部屋を捜索していたサルファーに聞く。
「会長の甥にあたる人物なのですが、評判はあまりよくありません。激情家で、すぐに怒鳴り散らすなどと良く話に聞きます。これはあくまで噂話程度なのですが、素行の悪いごろつきと関わっているという話しも。実際の所はどうなのか不明なのですが」
「激情家なのは間違いないだろうな。この死体を見ればそれがわかる。執拗に痛めつけている。恐らく、こと切れた後も傷つけたんだろう」
そして、
「くそっ! 最優先で拘束しなければならない人間がいない! この手の人間は、追いつめられると何をするかわからん! 私達が包囲した時既にここはもぬけの殻だったかっ!」
悔しさのあまり、拳を握りしめ歯を食いしばった。
部屋を後にして、
「急ぎ戻るぞっ! その間にあの部屋の惨状を説明する。そしてサフロ隊長に早馬を出せ!」
「了解!」
「嫌な予感がする……」
副隊長は小さくそう呟いたのだった。
――――――――――
「お爺ちゃん、お婆ちゃんが攫われたってどういうこと?!」
「ガラの悪い連中が、大勢店に押しかけてきて、家内が連れ去られそうになるのを見て止めに入ったんじゃが、散々痛めつけられた挙句に、別の馬車に引きずり込まれて、この家の近くの通りに放り出されたんじゃ。その時、この手紙を持たされ、ルーリの所に行けと言われて……」
そう言って、お爺さんはルーリに一枚の手紙を渡した。
ルーリが手紙を開き、読み始めた。
「……ルーリとその仲間四人に告ぐ。四色の鏡の設計図を持ち、本日九時までに、ラルゴ湖西部にある森林地帯へ来い。さもなくば、人質の命はない。五人以外の者が来ても同……様……」
手紙を読んでいるルーリの手と声が震えだし、呼吸が荒くなっていく。
「……行かなくちゃ」
立ち上がって駆け出しかけたルーリの腕を、リステルが掴んで引き留める。
「止めないでよっ!! 行かなくちゃお婆ちゃんが殺されちゃうっ!!!」
「ルーリ落ち着いて! ルーリ一人で行っても駄目でしょ! それに今からラルゴ湖に向かってもギリギリ間に合うかどうか」
「それはっ! 走っていくしか……。でも私一人じゃだめ……。みんなを……巻き込んじゃう……。どうすればいいの……」
リステルの言葉にハッとするも、それでもまだ焦りが見えた。
「ルーリ、私もルーリと一緒に行くよ。リステルも行くことを止めたいわけじゃない。だから一度ゆっくり呼吸をしよう」
私は両手をルーリの頬に手を当て、目をしっかりと見つめ、強く声をかけた。
私の言葉が届いたようで、ルーリは頬に当てた私の手を握り、呼吸を繰り返す。
「リステル!」
「わかってる! サフロさん、ここまで馬車で来ていますよね? ラルゴ湖近くまで私達を乗せて行ってください」
「リステルさん、これは罠だってことはわかっていますよね? わざわざあなた達五人を指名してきたとなると――」
「議論をしている暇などないじゃろう! そんな事重々承知の上じゃ! すまんが急いでくれ!」
サフロさんの言葉を遮ってサフィーアが言う。
「くっ! わかりました。皆さんこちらです。御者は私が! リステルさん、お願いが……」
そう言って、サフロさんがカーロールさんの方に視線を向ける。
リステルはすぐにどういうことなのかを理解したみたいで、コルトさん達に声をかける。
「コルト! シルヴァ! カルハ! カーロールさんとお爺さんをお願い!」
「任されました。私達はそれだけで?」
「それだけで十分! 行ってくるよ!」
そう言って私達五人は馬車に勢いよく乗り込んだ。
そして、すぐに馬車は猛スピードで走り出した。
「みんな良く聞いてね。相手の一番の目的は、ルーリが書いた設計図の奪取。その次に、私達の始末を考えていると思う」
そうリステルが話し出した。
「私達がしなくちゃいけないのは、お婆さんの無事の確認と救出。曲がりなりにも取引を持ちかけている事を考慮に入れて、お婆さんはまだ生きているはず。だから設計図を確認できるまで、私達には手を出してこない」
「リステルお姉ちゃん、相手は誰?」
「うーん。設計図って言っているから魔導技術ギルドの幹部の誰かって言うのはわかるよね?」
「ん」
「だとするとじゃ。皆が風竜を討伐したことは知っておろうに。生半可な腕では、指一本触れる事すら不可能なのは、想像に難くないじゃろう?」
「それだけ罠に自信があるのか、それとも腕に自信があるのか。どちらにしろ、それは出たとこ勝負になるよ。ただ、相手は色々と勘違いをしているけどね」
「それでね? 瑪瑙にして欲しい事があるんだけど……」
リステルが私の目を見て言う。
「私にできることがあるんなら何でもするよ」
私は即答する。
ようやく何もかも解決すると思っていた。
これでルーリも辛い思いをしなくて済むと思っていた。
でも、今私の横に座るルーリは、唇を噛み、指を組み、何かに祈っているように、目を固く瞑っていた。
許せない。
ただただ強くそう思うのだった。
「あのね、瑪瑙は――」
暗い夜の通りを抜け、西門を無理やり押し通り、ラルゴ湖へと向かう。
眼前にラルゴ湖が見える地点まで来ると、
「サフロさん! ここからは私達が直接行きます!」
リステルが声をかけて、馬車を停めてもらう。
「わかりました。皆さんどうかお気をつけて」
サフロさんに見送られ、私達は街道を駆ける。
ラルゴ湖の北側から、湖に沿って右へ向かう。
しばらくすると、ラルゴ湖西部の森林地帯の入り口近くへ着く。
そこは、今が夜のせいなのか、ほんの少しの先すらも、黒に塗りつぶされていて、見通すことが不可能なほど、暗かった。
森林地帯には入らず、手前の方で少し周囲を窺っていると、道から外れた場所で、光が点滅している。
「あれだね」
リステルが点滅している灯りの方へ向かって歩き出したので、私達は後に続く。
近づいてみると、点滅している光の場所には男性が一人、ランタンを持って立っていた。
私達が近づくと男性は、
「ルーリとその仲間の四人だな? 指示した物は持ってきているか?」
しわがれた声で話しかけて来た。
「持って来たわ」
「渡してもらおうか」
「まずお婆ちゃんの無事に確認してからよ」
「チッ! こっちだ」
男性は軽く舌打ちすると、あっさりと私達の案内を始めた。
真っ暗な森の中を、男性の後に続いて歩く。
そうしてしばらく歩いていると、少し開けた場所につく。
リステルが私を見て、小さく頷いた。
それを見て、私は意識を集中、気づかれないように魔法を発動する。
「そこで止まれ」
開けた場所の奥から、聞き覚えのある男の声が響いた。
そして、一人の男性と、
「ルーリちゃん!」
そう叫ぶ女性、魔導具屋のお婆さんが出てきた。
そして、道案内をしていたランプを持った男性が、奥から出てきた男性の方へと歩いて行った。
ランプを持った男性が、出てきた男性の方へ近づいたおかげで、ランプの光が周囲を照らし、相手の顔が良く見えるようになった。
奥から出てきた男性は、魔導技術ギルドの副会長。
そしてお婆さんは、副会長に取り押さえられ、首には副会長が握っている短剣が突きつけられていた。
「お婆ちゃん!」
「おっと大人しくしていろよ? 先ずは設計図を見せろ!」
副会長の言う通りに、ルーリは空間収納から羊皮紙の束を取り出して見せた。
「これをどうするつもり? あなた達がしてきたことはもう明るみになっていて、もう戻る場所はない! 助かりたければ、大人しくお婆さんを開放しなさい!」
リステルは副会長に告げる。
「この状態で良くそんな口が利けるな? このクソババアの命が欲しかったら、お前達が大人しく言う事を聞け!」
副会長は一つ鼻で笑うと、嘲るようにリステルに言い放った。
「ルーリ! そこからニ十歩前に進み、設計図を置いて、元の位置に戻れ! 早くしろ!」
ルーリは言われた通りに、前へ進み、地面に設計図を置いて、こちらに戻ってきた。
それを見届けた副会長は、ニタァっと笑うと、
「殺れっ!」
そう叫んだ。
その瞬間、大量の風切り音と共に、私達に向かって何かが大量に降り注いだ。
「ルーリちゃん! いやあああああっ!!!」
お婆さんの叫び声が響く。
「はっはっはっはっは!!! ざまあみろ! 何が助かりたければだ! 偉そうに!! 後はお前さへ始末すれば――」
「あなたは何か勘違いをしていないかな? その人の命を奪った時点で、私はあなたを確実に殺す。だから丁重に扱えって意味だったんだけど、わからなかったみたいね?」
リステルが、高笑いをする副会長の言葉を遮って言う。
放たれた大量の矢は私達に届くことなく、私達の周りをふよふよと漂っている。
「なっ?! あの大量の矢をどうやって?!」
「魔法使いを甘く見過ぎだよ。ただの矢なんて、警戒していたら防ぐことなんて造作もないんだよ。まあ魔法使いがいたとしても、瑪瑙の守護魔法を突破できる魔法使いなんて、ほとんどいないだろうけど」
そう、私がリステルにお願いされたこと。
『あのね、瑪瑙にはお願いがあるの。相手が真っ先に執る手法は、弓矢での奇襲。瑪瑙は私が合図したら、無詠唱のエアロヴェールで私達を守って欲しい』
そう頼まれていた。
あの時私と視線を合わせて小さく頷いたのは、風属性上位下級の守護魔法であるエアロヴェールを発動する合図だった。
この中でエアロヴェールを無詠唱で使えるのは、私だけ。
リステルも使えるようになっているけど、リステルは詠唱が必要で、そうすると相手に気取られてしまう。
ただの弓矢程度じゃ、エアロヴェールを突破することは不可能だろう。
「くそ! このババアがどうなってもいいのかっ!」
副会長はそう叫び、お婆さんの首を締め上げて、私達を脅す。
「ぐぅぅっ」
お婆さんが苦しげな声を上げる。
「そう。あくまでお婆さんを返す気はないんだね?」
そう言ってリステルは、右手を横に薙ぐ。
瞬間、強烈な風が吹いたかと思うと、ドサッと音を立てて、副会長の両腕が地面に落ちる。
「ぎゃああああああああっ! 腕がっ!! 私の腕がああああっ!!!」
少し遅れて、絶叫し蹲る。
そして素早くハルルが飛び出して、副会長を蹴り飛ばし、お婆さんを抱えて戻ってきた。
「お婆ちゃん大丈夫? 怪我はない?」
ルーリはお婆さんに駆け寄り、声をかける。
「大丈夫よ。みんな、助けてくれてありがとう」
そう言って、ルーリをそっと抱きしめた。
「げほっ! くそっ! くそおおおおっ!」
両腕から夥しい量の血を流しながら、副会長がもがきながら起き上がり、私達を睨みつける。
「……あなたは真っ先に逃げるべきだった。そうすれば、少なくとも今みたいな痛い思いをする羽目にはならなかった。一番選んじゃいけない選択肢をあなたは選んだんだよ」
リステルはそう言って、スラっと剣を抜き構える。
「は……はははは! 矢がダメだったとしてもっ! この人数に襲われたら、対処はできないだろうっ!!」
副会長がそう言うと、武器を持った人達がぞろぞろと出てきた。
暗くて良くわからないけど、相当数いるようだ。
「ルーリ、サフィーア。お婆さんを守ってあげて」
「うん!」
「任せるのじゃ」
「命が欲しい者は大人しくしていろ!」
リステルがそう叫ぶ。
「待ってリステル。私に任せてくれない?」
「瑪瑙?」
「私はもう全員許すつもりなんて無いんだよ」
とうに私の怒りは、限界を越している。
ルーリを今まで散々苦しめてきた人達。
ルーリの大切な人を傷つけ、殺そうとしたこと。
涙を流したルーリ。
目の前の副会長とかいう人も、それに手を貸す人たちも。
絶対、絶対に許さない!
「俺は……死にたくない……」
周りを囲んでいる集団の誰かがそう言った。
それを皮切りに、同じような声が次々に上がる。
「わ、わかった! 俺達はもう手を引く! だから見逃してくれ!」
ランプを持っていた男性が、急にそんな事を言い出した。
「全員武器を下ろせっ!」
男性がそう叫ぶと、私達を囲んでいた人達が一斉に武器を捨て始めた。
「これであんた達にはもう手出しをしない! だから――」
「だから何? 私は許す気はないって言ったよ」
私がそう言うと、後ずさり逃げようとする人がいた。
「逃がさない」
その言葉と同時に私は魔法を解き放つ。
私達を囲んでいる人がどれだけいるとか、私にはまったくわからない。
それでもいるってわかっているなら、いくらでもやりようがある。
全て、凍らせてしまえばいい。
パキンという甲高い音と共に、私達の周りを除く全てが凍り付く。
私達を取り囲んでいた人達は、首辺りまで凍り付いて動けなくなっている。
「これは……フローズンアルコーブ?」
ルーリが周りを見渡して言う。
「うん。強めに発動したから、簡単には抜け出せないよ」
そして私は、首まで凍り付いた副会長の下まで歩いていく。
「ば、化け物め……」
私を見て、弱々しく言葉にする。
「そんな事言われる筋合いはないかな? あなたみたいなのを外道って言うんでしょ?」
「……はあ……はあ……」
副会長はもうずいぶんと弱っているようだ。
両腕をリステルの魔法で斬り落とされて、止血をしていない。
このまま放っておくと、確実に死んでしまう。
「……止血だけはしてあげる。ヒーリング」
腕も凍り付いているから、切断面を見る羽目にならなくて良かったと思った。
それだけを済ますと、みんなの所まで戻る。
そこかしこから、
冷たい
痛い
助けてくれ
と、声が聞こえてくるけど、それは自業自得だと思って無視をする。
「瑪瑙が全員殺しちゃうのかと思って焦ったよ」
「まさか。そんな事するわけないじゃない」
リステルにそう言われて、私は苦笑して返す。
「瑪瑙お姉ちゃん怖かった……」
「ごめんねハルル。流石に今回の事は、私も頭に来ちゃった」
ハルルの頭を撫でる。
「さて、ここからどうするのじゃ? こやつ等を凍らせたままでいると、徐々に弱っていくぞ?」
サフィーアのその言葉に、私はハッとする。
「……ごめんなさい。何も考えてなかった」
「まあそんな事だろうと思ってた。とりあえず、サフロさん達に来てもらおう。どうせサフロさんは、あそこで一人ボケッと待っているような人じゃなだろうし。遅れて三番隊の他の人も追いかけてきてるでしょ」
そう言って、リステルは片手を空に向け、
「イルミネイトフレア!」
上空に向けて魔法を放つ。
空高く打ち上げられた火球は頂点へたどり着くと、光量を増し、周囲を明るく照らし出した。
そして、しばらく待っていると、サフロさん率いる三番隊と、サルファーさん率いる警備隊が、大急ぎで駆けつけてくれた。
かなり広域に、私の魔法の効果が広がっていて、何人もの隊員がここに到着するまでに、氷に足を滑らせて転倒したと、私はお小言を貰うのだった。




