走れ!
「走れっ!」
シルヴァさんが私達に声を上げる。
私達は全力で叫び声のする方向へ走り出す。
そして、こちらに向かってくる一団を確認する。
その後ろには黒い塊、突撃狼が大量に迫っていた。
「エンゲージ! まずは逃げている連中から引き剥がして、数を減らすぞ!」
シルヴァさんの言葉に、ルーリは片手を地面に手をつき、
「グランドスピア!」
こちらに向かってくる人の一団と、それを追っている突撃狼の間に、土の槍衾を出現させる。
突然地面から突き出し現れた槍衾に、突撃狼の何匹かが突っ込み串刺しになる。
「緑風よ、我が意を顕現し、怒り猛れ! 獰猛なる顎となりて、全てを嚙み貫け! シャトルーズバイト!」
シルヴァさんが発動した魔法は、上位中級の風属性魔法。
見えないはずの風が、明るい黄緑に輝き、広範囲に渡って上下から襲い掛かり、貫き、切り裂く強烈な範囲魔法。
その魔法が炸裂し、多数の突撃狼が、血飛沫を巻き上げ行動不能になる。
シルヴァさんの発動を確認して、
「中央は任せました! 行きますよっ!」
コルトさんの掛け声と共に、ルーリ、サフィーア、シルヴァさんを残し、私達は左右に分かれて斬りこむ。
「ヘイル・ブルージュエル!」
サフィーアが、深浅様々な青色に煌めく石ころ程の大きさの宝石を、大量に上空に出現させて、槍衾の奥に降らせる。
弾丸の雨となって降り注ぐ宝石に貫かれ、さらに数を減らす突撃狼。
リステル、コルトさん、カルハさんが左翼を、私、ハルル、アミールさん、スティレスさんが右翼に回り、残りを一気に斬り崩す。
それでもまだかなりの数がいる。
リステル達三人は素早く剣を抜き、瞬く間に斬り伏せていく。
コルトさんは、驚くほど素早く剣を振るう。
正面から次々と襲ってくる突撃狼の急所を的確に突き、斬り裂く。
左右から飛びかかられそうになったかと思えば、次の瞬間には、ほぼ同時に血飛沫をまき散らし、突撃狼は斬り伏せられている。
魔法が使えないからと言って、決してこの人は弱くはないのだ。
カルハさんは、滑るような動きで次々と攻撃を繰り出す。
剣は、青色の炎を纏っていて、斬り付けられた場所からは、爆発が起こったように青い炎が噴き上がり、突撃狼を消し炭にしていく。
爆発を起こすように炎が噴き出し、対象を焼き尽くす、中位上級の火属性魔法「イグニッション」
斬りつけると同時に、イグニッションを発動し、確実に焼殺する。
火属性の魔法を操る魔法剣士である、カルハさんの戦い方だ。
リステルも、コルトさんに負けず劣らず素早く剣を振るう。
剣は薄緑に輝き、風を纏っている。
剣を一振りすれば、剣と纏った風が刃となって襲い掛かり、一瞬で突撃狼を斬り刻む。
一突きすれば、体内部で空気が膨れ弾け飛び、血を吹き出しながら絶命する。
少し間合いを取ろうとして離れても、リステルには関係ない。
虚空に向かって剣を振るった瞬間、離れていた突撃狼は真っ二つになる。
薄緑に輝く剣尖が、まるで踊っているかのように流れ動き、綺麗だ。
アミールさんとスティレスさんの連携は、一緒の冒険者パーティーにいただけあって、息がぴったりだ。
片手剣と盾を巧みに操り、突撃狼に中々攻めることを許さず、突撃狼は攻めあぐねている。
焦れて不用意に飛びついてきたものには、両手剣を操るスティレスさんが、容赦なく引導を渡す。
両手剣を振り切ったスティレスさんの隙を狙って襲い掛かる突撃狼もいるが、当然とばかりにアミールさんがカバーに入り、叩き斬る。
「他の人を見ていると! 私達の実力の低さを! ふっ! 思い知らされるわね! せいっ!」
「最初から分かってた事だろ! オラァ! それでも少しでも力になれるんならって、決めたんだ! デェリャァァッ!」
「「もう目の前で、誰かが傷つくのを見たくないっ!」」
ハルルは相変わらず、次々と突撃狼の首を刎ね飛ばしている。
まだたったの十歳だと言うのに、その姿はまさに「首切り姫」の二つ名に相応しい。
自分の身長の二倍はある大鎌を、迷いなく振るい、血の雨を降らせる。
大きく、超重量の武器を扱っているとは思えない程、軽快に動く。
大鎌を両手で扱っていると思えば、あっさりと片手で振り回し、空いた片方の拳を振り抜く。
そのあまりの怪力は、拳一つで、ハルルより巨躯である突撃狼の顔面を、いとも容易く潰し、吹き飛ばす。
蹴りを入れれば、小枝が真っ二つに折れたような曲がり方をして、尋常じゃない量の血を吐きながら、絶命する。
私も負けていられない!
まずは一刀!
鞘から青く輝く刀身を一瞬で抜き放つ。
ボトっと突撃狼の首が落ちる。
血は一滴も流れない。
斬った部分は既に、凍結している。
突撃狼達の動きをよく見て、流れるように次々と斬りつける。
斬りつけられたものは、徐々に凍り付き、息絶える。
私が剣に纏っているのは、上位下級の水属性魔法「アブソリュートエンド」
青く輝く刀身に、少しでも触れてしまえば、徐々に体が凍り付き、命は無い。
「フローズンアルコーブ!」
周囲にいる突撃狼の足を凍らせて一瞬で、行動不能にする。
「フリージング!」
動けなくなった突撃狼を一気に凍死させる。
中位中級の水属性魔法。
私がたまに、脅しで足元とかを少しずつ凍らせたりする時に使う魔法。
もちろん今回は容赦なし。
パキパキパキパキ!
と、物凄い音を立てて凍り付いていく。
次!
っと思ったその時に、
「ウオォォォォォォォォン」
どこからか遠吠えが聞こえた。
その声をきっかけに、残りの突撃狼が一斉に逃げ出した。
「くそっ! 逃がすな!」
シルヴァさんが慌てて声を上げる。
「任せるのじゃ!」
「万物よ、眠りの時が来た。我が声に誘われ、全てが生まれ出揺り籠へ還るがいい。リクエファクション!」
サフィーアの魔法が発動し、大量の突撃狼が液化した地面にはまり、捕らわれる。
「恐らく虐殺狼がいるはずですが、見当たりません!」
コルトさんが慌てて周囲を見渡す。
ここは、周りより少し窪地にあるので、周りを完全には見渡せない。
「私が行きます! ちょっと無茶しますので、フォローお願いします!」
「瑪瑙っ! 何するのっ!」
ルーリが驚いたように、私に声をかける。
「まーっかせて!」
私はそう言って皆と少し離れたところまで走り、
「アップドラフト!」
自分の足元に向かって魔法を発動させる。
中位下級の風属性魔法。
強烈な上昇気流を発生させ、対象を空高くふきとば――、あわわわわわ!!
私は物凄い勢いで、上空へ吹き飛んだ。
「ぐぅぅっ!!」
あまりの勢いに、体がきしみ、息ができない。
それでも必死に周りを見渡す。
どこ?
どこにいるのっ?!
一番高い丘のすぐ近くに、赤黒い塊と、黒い塊数個を見つけた。
「そこぉぉぉぉぉぉぉっ!!!」
「フリージングレイン!」
私よりさらに上空に、尖った氷の塊を幾千も作り出す。
中位中級の水属性魔法。
「いっけえええええええええええええ!」
ズゴゴゴゴゴゴゴ!
と、物凄い音を立てて、降り注ぐ氷の塊。
土埃も凄――……。
命中したか確認する暇もなく、私は地面に向かって落下する。
お腹?
内臓?
それが浮くような、気持ち悪い感じがして、
「きゃあああああああああああっ!」
叫び声をあげる。
ウィンドウィンドウィンド!!
慌てて魔法を使う。
ガクンと落ちるスピードが遅くなって、ふよふよとゆっくり着地する。
そして、ペタッと座り込む。
怖かった!
もう絶対やらない!!
「瑪瑙大丈夫?!」
リステル、ルーリ、ハルル、サフィーアが駆け寄ってくる。
「むーりー!」
大きい声で叫ぶ。
腰が抜けて立てません!
「いきなり空に吹き飛んでいくんだもん! びっくりしたわ!」
ルーリが私に飛んで抱き着いてくる。
あーいけません。
今それをされると支えられません。
私はルーリに押し倒されながら、
「こわかったー!」
「瑪瑙お姉ちゃん無茶しすぎ!」
ハルルがルーリごと、私を引っ張り起こす。
「一応ウィンドの準備はしてたけど、生きた心地がしなかったよ!」
リステルにデコピンされる。
おー……。
リステルのデコピンは久しぶりだ。
「一応下に落ちてもいいよう、水も張っておったが必要なくて良かったのじゃ」
サフィーアは呆れたように笑っている。
「あっ! 残りはどうなった?」
「もちろん残らず倒したわ」
ルーリがそう言いながら、私にしなだれかかる。
ルーリさんは、いつまで私に抱きついているつもりですかね?
「メノウ! 大丈夫ですか?」
コルトさん達も私達の所に来る。
「突拍子もないことをするから驚いたぞ!」
「あう! ごめんなさい」
シルヴァさんにもデコピンをもらう。
リステルより痛い!
「それにしてもー、よくあんなことを思いついたわねー?」
カルハさんがのほほ~んと言う。
「空を飛ぶ魔法って、無いじゃないですか。それでふと、天覧試合の時に、リステルが相手を空高く吹き飛ばしているのを思い出して、これならいけるかなって思ってやってみたんです」
「瑪瑙? 落下時の恐怖で魔法が発動できなかったらどうするのよ?」
ルーリがぎゅっと抱きしめる力を強めて、私に言う。
「まぁみんなフォローしてくれると思ったから、そこは考えてなかった!」
あはははーっと笑う私の目をじぃ~っと見ていたハルルが、
「瑪瑙お姉ちゃん、焦ってるでしょ? それに気負ってる」
私のほっぺたをむにーっと引っ張って、膨れながら言う。
やっぱりハルルにはお見通しかー……。
「メノウちゃん。無茶しないで? 私とスティレスはあんまり頼りにならないかもしれないけど、他の人は違うでしょう? ちゃんと頼ってあげて?」
アミールさんが私の頭を撫でながら言う。
「もうメノウが傷つくところなんて見たくないぞ……あたしは……」
スティレスさんは少し辛そうな顔をして言う。
「あはははは……。さっきのと、ハルルの言葉で頭が冷えました。これからはもうちょっと落ち着いて行動します」
立ち上がろうとするけど、ルーリが放してくれなかった。
ポンポンと背中を叩くと、ぎゅーっと抱きしめられてから、開放された。
「瑪瑙立てるの?」
ルーリが出した手を取り、
「んー。大丈夫みたい!」
スッと立ち上がる。
「そう言えば、私が魔法を撃ちこんだところってどうなってました?」
「あー……」
コルトさん達が遠い目をする。
「もしかして逃がしましたか?」
心配になって聞く。
「あー、いや」
言いにくそうにするコルトさん。
「メノウ。数千の氷の塊が直撃した魔物が無事だと思うか? 非常にグロいものを見せてくれてありがとうな?」
「あうっ!」
シルヴァさんに再度デコピンを頂戴する。
「ちゃんと倒されていたわよー。地面が大変なことになってたけどねー」
のほほ~んと言うカルハさんの言葉に、ほっとする。
「前もそうだったけど、メノウちゃんの魔法はとんでもないわね?」
アミールさんが頬に手を当てて言う。
「とりあえずは一難去ったって所か? 逃げてきた奴らから事情を聴こうぜ」
と、スティレスさんが提案する。
こうして私達の討滅依頼は、忙しなく始まったのだった。
「あんた達すごいな……」
そう言うのは、逃げてきた一団の一人の男性。
逃げてきた一団は、私達が突撃狼の群れを蹴散らすのを、逃げずに見ていたそうだ。
よく見ると、キロの森の調査依頼で一緒だった、女性三人もいた。
「助かりましたー」
涙目になりながらシルヴァさんの手を握って、ブンブン振っている。
逃げてきた一団は総勢十五名。
四組のパーティーが集まって行動していたらしい。
先日の早朝から草原に出ていたが、不思議と魔物の襲撃が少なかった。
今朝、野営の撤収準備をしていて、油断していたところを、先ほどの群れに襲われ、全速力で逃げてきたそうだ。
運良く囲まれる前に気が付くことができ、脱落者を出すことなくここまで来ることができたが、私達が気づいて駆けつけていなかったら、全滅していたと、そう話す。
「荷物も何もかもほっぽり出して、逃げてきちまった。完全に油断したところを狙われたな。くそっ!」
悔しそうに、コルトさん達に事情を説明している。
私は、怪我人に治癒魔法をかけていく。
幸いなことに、大した傷を負った人はいなかった。
ほっと一息ついていると、キロの森の調査の時に一緒になった三人の女性が話しかけてきた。
「治癒魔法かけてくれてありがとう! ほんと助かったよ」
「いえいえ。ご無事で何よりです」
そして、軽く近況を話し合った。
この三人は、私達がハルモニカに向かってフルールを出た後から、しばらくの間、東の草原で魔物の討伐を行っていたと言う。
順調に討伐数を伸ばし、それなりに儲けていたそうなのだけど、徐々に襲ってくる群れの規模が大きくなっていっていることに気づいて、危険だと思い、フルール東の近郊にしか出ないようにしていたらしい。
この人たち以外にも、同じように近郊にしか出ないようにしていたパーティーは多いそうだ。
このことが、怪我人は多く出ているが、冒険者に死人が出ていない要因になっているのだとか。
今回は、フルールでそれなりに信用できる四組のパーティーが集まって、共同で東の草原での討伐を行ってみようと言う話になった。
それぞれが、それなりの腕利きのパーティーであり、付き合いもあったことから、すぐに実行に移った。
ところが、いざ草原に出てみるも、魔物の襲撃は起こるが散発的で、群れの規模も小さかった。
話し合った結果、これでは儲けにならんと言う意見が大半を占め、撤収することに。
「あそこで見つけていなかったら、確実に全滅してたよ……」
「まさかこんな巨大な群れが襲ってくるなんて思ってもみなかったさ」
「だねー」
顔を青くして、頷きあっている三人。
私達が倒した群れの規模は、凡そ七十匹の群れだと言っていた。
流石にそれだけの数になると、腕の良い魔法使いが二人いても、危険だそうだ。
「あなた達はこれからどうするの? アミールさんとスティレスさんがいるってことはギルドも関係あるの?」
そんなことを一人に聞かれる。
うーん?
指名依頼とか、討滅依頼の事って話していいのかな?
私が悩んでいると、
「今回は指名依頼で来ているんですよ。人選は私達に任せられました」
ルーリが私の横に来て、代わりに話してくれた。
「わお! 指名依頼ってすごいじゃない! そっかー。討伐者って呼ばれるだけはあるねー。そうじゃなくても、四人は風竜を討伐できるくらい強いもんねー」
そう言って私達を褒めてくれる。
少し恥ずかしい。
「そうそう瑪瑙。今回は急ぎだから、死体の確保はしない方向で考えてるって、コルトさん達が話しているんだけど、それでもいいかしら?」
ルーリが私に意見を求める。
「私はそれで構わないけど、他の人は?」
「みんなもそれで良いって言ってるわ」
そんなわけで、倒した突撃狼の死体をどうするのかってことになった。
ここは現ギルド職員であるアミールさんとスティレスさんが、手早く話を纏めてくれた。
あくまでも私達が討伐したものを、譲ってもらったときちんと報告することが前提で、逃げてきた一団が死体を好きにしていいという事になった。
きちんと誓約書を書いている辺り、流石現役の職員。
「ありがとー! 色々置いて来ちゃったから、新調するのにお金をどうしようかって悩んでたんだよー!」
そんな風に、一通りお礼の言葉を言われた私達は、一団の元を去り、本格的に東の草原に歩を進める。
フルールの東にある草原。
ここは、獣と魔物の宝庫と言われているほど、生き物が多い。
私達がメインに討伐している魔物が、突撃狼と言った狼種の魔物ばかりで、そればかり目立っているが、他にも肉食の獣と魔物はいるし、もちろん草食の獣も魔物も多数存在する。
草食の魔物だからと言って、決して大人しいわけではない。
一角猪が良い例で、一角猪は、あらゆる匂いに釣られて寄ってくる。
一応草食に近い雑食性らしいのだが、餌を見かけると、かなりの速度で角を突き出し、容赦なく襲ってくる。
単純な攻撃力なら、突撃狼よりも高いだろう。
お肉は美味しいし、角は高く売れることから、人気はあるんだけど。
他にも、草食の魔物だと油断をしていると、魔法を器用に操り、風の刃でバッサリ斬られたり、石の塊を飛ばしてくるものもいたりする。
そんな厄介な生物がひしめく東の草原で、頂点に君臨しているのが、突撃狼を始めとした、狼種の魔物だ。
性格は獰猛の一言。
特に突撃狼が顕著で、狼の魔物らしく、群れを作って獲物を襲うのだが、突撃狼はただひたすらに追いかけてくる。
群れを使っての狩りと言うより、獲物の体力が尽きるまで、ひたすらに追い回すと言う狩り方だ。
群れの規模は五匹から十匹程度。
突撃狼側が全滅するような敵でも、問答無用に襲い掛かるのが特徴。
厄介なことこの上ないのだが、頭はそんなに良くはなく、冒険者にとっては恰好の討伐対象になっている。
ただし、群れを率いるリーダーが変わると話は違う。
あれから私達は、何度も襲撃を受けている。
倒した突撃狼は、最初の七十匹の群れを入れると、三百匹は届きそうだ。
ただ襲われているわけではなく、包囲しようと動いている所を発見したり、休憩をするかと気を緩めた瞬間に襲撃に遭うなど、結構面倒くさい襲い方をしてくる。
「まだそんなにフルールから離れていないのに、この遭遇度合は明らかに異常だわ……」
ルーリが真剣な表情で言う。
「しかも、その全部が虐殺狼が統率している群れって言うのも問題ですね」
コルトさんも顎に手をやり、難しそうに言う。
「私からすれば、四十匹とかの群れをいとも簡単に潰しちゃう皆さんに、驚きを隠せません……」
アミールさんがそんな二人を見て、苦笑する。
「はぁ。こりゃとんでもないメンバーだな。あんだけ怪我人が出て焦ってたのに、あたしたちはなんだったんだ?」
ため息をつき、上を見上げるスティレスさん。
「油断はするなよ? 明らかにこちらの様子を伺っての襲撃だ。それに、警備隊の報告にあった、赤い狼はまだ見かけてない」
シルヴァさんは、鋭い目つきで周囲を見ながら、注意する。
「問題は、私達に喰いついてくれれば良いのですが、私達が派手に倒してしまうせいで、潜伏させてしまう可能性があるって事なんですよね」
コルトさんが苦い顔をする。
「しっ!」
ハルルの言葉に、私達は動きを止め、目と耳を凝らす。
少し遠いけど、ドドドっと足音が聞こえた。
「これは突撃狼じゃないね」
リステルがホッとした口調で言う。
足音が徐々に近づいてくる。
「……ちょっと多くないかしらー?」
のほほ~んと言うカルハさんの顔は、引きつっている。
地響きがするんじゃないかと言う程の足音が響いてくる。
「エンゲージ! 奴らの動きを止めろーっ!」
襲ってきたのは、群れを作らないはずの、一角猪の群れ。
それも、十匹ニ十匹ではない。
流石のシルヴァさんも焦ったのか、声を張り上げる。
「グランドスピア!」
ルーリが慌てて地面に手を付ける。
槍衾が現れるが、先頭にあっけなく破壊されてしまう。
「万物よ、眠りの時が来た。我が声に誘われ、全てが生まれ出揺り籠へ還るがいい。リクエファクション!」
サフィーアが、地面を液化して巨体を沈めようとするが、
「いかん! 全部は沈めきれん!」
サフィーアが叫ぶ。
ニ十匹程度なら、フローズンアルコーブで足止めできるけど、この数じゃ後ろからどんどん追突していって、氷は割られてしまう。
なら、膨大な雪に飲み込まれてしまえ!
「踊り歌え。其は蒼白を纏いし乙女なり! 踊りは全てを飲み込む嵐となり、歌は死出へと誘う子守唄となれ! アヴァランチ!」
前に手を突き出すと、一瞬にして視界が蒼白に染まる。
ゴォォォォォッ!
と、けたたましい音と、一角猪と思われる断末魔が響く。
上位中級の水属性魔法「アヴァランチ」
一瞬で膨大な範囲を、雪によって押し流す魔法。
一度飲み込まれてしまえば、圧し潰されるか、窒息死するかのどちらかだ。
残るのは、蒼白に染まった景色だけ。
先ほどまで鳴っていた、地鳴りのような足音が、嘘のように静まり返っている。
「すぅ……、はぁ~……」
深呼吸をする。
私の呼吸だけが、辺りに響く。
空気がピリピリしている。
「メノウ。助かりましたが、気を抜くには早すぎます!」
コルトさんが、剣の構えを解いていない。
私も慌てて柄に手をかけて構える。
「一角猪は群れないわ。子供がいる時は少数の群れを作るけど、今のは明らかにおかしい!」
ルーリが焦った声を出し、また静かになる。
すると、
『ウオォォォォォォォォン』
と、複数の遠吠えが聞こえた。
来るか?
そう思い、身構えたが何も来なかった。
今日はそこからほとんど進めなかった。
常に警戒をしていたせいもあり、みんな疲れた顔をしていた。
「一角猪の群れに襲わせるつもりだったのか、一角猪の群れを倒して油断したところを狙おうとしていたのか、はたまたこれ以上進むなと言う警告なのか。考えればキリが無いわね……」
ルーリがうむむと唸りながら、話す。
「それでもあの一手は、効果てきめんだったよね……」
リステルはため息をつきながら座る。
あの一角猪の襲撃と遠吠えのせいで、私達は常に最大限の警戒をしながら進むことになった。
おかげでみんなクタクタだ。
空はもう茜色に染まっている。
私達は、見晴らしのいい場所で、野営の準備をしている。
疲れているので、夕飯を保存食でもいいかと聞いてみると、
『手料理で!』
そんな風に、声をそろえて言うので、私、カルハさん、アミールさんの三人で夕食の準備。
残りの七人で、テントの設営と周囲の警戒をする。
「メノウちゃーん? 疲労感とか大丈夫ー?」
カルハさんが私の顔をみて、心配そうに言う。
「流石に疲れました~ぁ。今までで一番しんどいかも?」
はぁっとため息をついて、笑いながら答える。
「んー。そうじゃなくってねー? あれだけの魔法を何度も使ってるでしょー? 疲労感は大丈夫かなって思ったのー」
カルハさんの言葉に、私はきょとんとする。
「魔法を使って疲労感を感じた事なんてありませんよ? むしろ、警戒しながら進んで、ここまで疲れるのが初めてですよ」
料理はしているけれど、それでも気は張っている。
それが何よりも疲れるのだ。
「私は魔法を使えないからわからないのだけど、メノウちゃんみたいに大規模な魔法ってそうポンポン使えるものなの?」
アミールさんが、カルハさんに質問をしている。
「人それぞれよーって言いたいところだけどー。メノウちゃんはー、……尋常じゃないわねー」
二人が私を心配そうにじっと見る。
「まず一つ一つの魔法の威力が、桁違いに高い。範囲魔法なんて何倍かわからない程広範囲だ。極めつけは、上位の魔法を高威力化、広範囲化して、何度も行使している。簡単にやっているが、アブソリュートエンドを剣に纏いながら、何度も戦っていること自体がおかしいんだ」
私達の話に、シルヴァさんが加わる。
「料理を作ってもらっていて、何を言っているんだと思うかもしれないが、無理はするなよ? メノウが頑張ってくれている分、私達はずっと楽ができているのは間違いないが、お前だけに辛い目を押し付けたいわけじゃないからな……」
頭にポンと手を乗せて、撫でてくれる。
「はい。ありがとうございます。シルヴァさん」
交代制で食事をとり、四時間の二交代制で睡眠をとる。
その間も襲撃は無かった。
こうして何とか、一日目を乗り切ったのだった。
これは想像以上に、大変な依頼だ……。




