白亜の街
「おーい瑪瑙ー!」
果樹園の方からみんなが駆け寄ってくる。どうやらみんな大した怪我もなく無事なようだった。
「瑪瑙大丈夫? 怪我してない?」
ルーリとリステルが私の周りをくるくる回りながら怪我の有無を確認してくる。
「うん大丈夫。みんなも怪我がないみたいで良かった」
「……」
クローイさん達は、私が使ったカズィクル・ベイの魔法で未だに黒い影の槍に串刺しにされたままの頭痛蝉達を遠巻きに眺めていた。
そう言えば、私が魔法で出現させたものは魔力となって霧散することなくその場に残り続ける。土や水はその物自体が残り続けるからわかりやすいんだけど、風なんかは威力が弱まっていつかはやんでしまうし、火は何かに燃え移っていなければ消えてしまう。風と火に関しては、他の人とそう変わりはない。持続時間とかはちょっと別だけど。
闇属性の魔法はどうなのかと思っていたけれど、この影で出来た槍は消えることなくその場に残り続けてしまっていた。一応、元ある影を使った攻撃であって、影を魔力で生み出しているわけじゃないから、土の槍みたいに解除したら元の影に戻るっぽいけど。
「……」
指をパチンと鳴らし魔法を解除する。すると、影で出来た槍は光に溶けていくように消えてなくなってしまった。まあ指を鳴らさなくても消せるんだけど、なんとなく指を鳴らした方がオンとオフの切り替えがしやすい気がするからそうしている。
「メノウちゃん、今のってなんの魔法なの?」
クローイさんは私が魔法を解除したことに気づいたようで、すぐに私に訊ねてきた。
「闇属性中位中級の魔法で、カズィクル・ベイっていう魔法です」
「闇属性って……。そんなの聞いたこともないわ……。そもそも魔法の属性って地水火風無の五属性じゃないの?」
「私もついこの間教えてもらったんですが、その人曰く七属性らしいです。地水火風無に光と闇の属性があるそうです」
「へーそうだったの。光と闇なんて初めて聞いたわ……。カズィクル・ベイだっけ? その魔法を見るにメノウちゃんは闇属性の適正って高そうだけど。というか、メノウちゃんの適正ってどうなってるの?」
「えーっと、地水火風が上位上級ですね。闇が最近教えてもらったばっかりで、一応上位下級までは使えます」
本当は地水火風の四属性は、高位の魔法も一人で使えるんだけど流石にそれは内緒にしておこうと思った。
「凄いわね……。私なんて風を中位中級までしか使えないのに」
「それでも魔法の応用やコントロールは凄いじゃないですか。ウィスパーの応用を教えたらすぐに使えるのは、それが優れてる証拠ですよ」
「そう? まあこれでもそこそこ名の知れた冒険者パーティーだからね。それなりの努力はしてるわよ。それでも、魔法の引き出しが多いに越したことはないから、羨ましいわ」
「おーい嬢ちゃん達! そろそろどうしてこんなことになったのか、教えてくれないか?」
私達が呑気に話していると、昨日ジュースを持ってきてくれた果樹園のおじさんが、事情の説明を求めてきた。
「あー……。あの人達って結局何がしたかったんです?」
どうも私達なんて最初は眼中になかったような気がする。
「それなんだけど、捕まえた一人を軽く問い詰めてみたら、クローイさん達に嫌がらせをしたかったって言ってたわ」
どうやらリステルとルーリは襲って来た男の人達を拘束して、事情を聴いたようだ。
「……えっ?! あれは嫌がらせの範疇を超えてない? 下手したら誰か死んでたかもしれないじゃない。頭痛蝉が街に向かってたら大惨事だったよ……」
「うん。あそこまで頭痛蝉がいるって思ってなかったんだって。別に殺意があったわけじゃーっとか言ってたけど、それは嘘だと思ってる」
「鉄の塊をこっちに向かって投擲しておいて、殺意はなかったはちょっと……」
あれは下手をしなくても人が死ぬような攻撃だった。それにはルーリも同意のようだ。
「ごめんなさい、みんな。私達のせいで変なことに巻き込んでしまって」
クローイさん達疾風の五連星は、みんな深々と頭を下げる。
「えっと、クローイさん達があの人達に何かした……ってわけではないんですよね?」
私がそう聞くと、クローイさんもロッティーさんもクリフさんもアーロンさんもコリーさんも、困ったように顔を見合わせた。
「全く無いって言い切れるほど自信がある訳じゃねーけどな。ただ、あの中の二人の事は覚えてるぜ? なあ?」
クリフさんがアーロンさんとコリーさんに視線を向けると、二人は揃って頷いた。
「あいつら俺らに、上手く行ってるからって調子に乗ってんじゃねーよって、突っかかって来たことがあったからな」
アーロンさんはため息交じりに話す。
「僻み……みたいなやつですか?」
「だろうなー。他の奴はよくわかんね」
「じゃあ、あんた達が何か失敗したってわけじゃないのか……」
果樹園のおじさんは、転がっている頭痛蝉を見て大きなため息を吐く。
「……あの、では頭痛蝉はどうなったんでしょう? ものすごい数の死体がそこかしこに転がっていますけど……」
もう一人、昨日疾風の五連星を連れて来た女性が、不安そうに果樹園の方を見ている。
「そうだねー。ちゃんと確認はするとして、この子達のおかげでかなりの数の駆除が出来たんじゃないかなー? ただその前に、あいつらを衛兵に突き出しちゃわないと」
「冒険者ギルドにも報告しないとなー」
「めんどくせー……」
女性の疑問にロッティーさんが答えると、クリフさんとアーロンさんはそろって項垂れていた。
「衛兵を呼ぶのとギルドへの報告は私達がしちゃうから、リステルちゃん達で果樹園の現状確認をしてもらってもいいかしら? 後申し訳ないんだけど、あの男達の監視も……」
クローイさんが申し訳なさそうに言う。
「それくらい引き受けますよ。というより、あいつらはルーリがもう磔にしちゃってるので大した手間は無いですね」
「一応クルーサフィクションで磔にして、ロックプリズンでしっかりと隔離していますので、逃げ出せないと思います」
「では、一度やつはらの確認をしてから、妾達は果樹園の頭痛蝉の確認じゃな」
「ん。お姉ちゃん達いこー」
ハルルはサフィーアと手を繋いで、果樹園の中へと入っていった。
「皆さんは私達について来てください。何が起こったかの説明をお願いします」
「わかった」
クローイさんが果樹園のおじさん達に話すと、果樹園のおじさん達はすぐに頷いた。
「嬢ちゃん達! 頭痛蝉の死体の回収も頼むな!」
「――!!!!」
「あっ! こら!」
コリーさんがそんな事を言うので、私達は返事を返さずに全力疾走で果樹園の中へと逃げるように駆けだしたのだった。
死体はちゃんと回収しました……はい。
今回の一件で、果樹園の頭痛蝉は害が出ない程度に数を減らすことが出来た。
たぶんまた他所から飛んできたりもするんだろうけれど、私達が駆除してた時みたいな数を相手にすることは、まあないだろう。
拘束していた男達は衛兵に連行されて取り調べを受けた結果、一連の犯行を認めた。
犯行動機はクローイさん達が言っていた通り、上手く行っている彼女達への僻み。それと何人かは、クローイさんとロッティーさんにフラれたことへの意趣返しもあったんだとか。
二つのパーティーとそれとは別の個人二人、合わせて九人がお縄となった。
「確認に行ったギルド職員と果樹園の者達から報告を受けている。皆のおかげで喫緊の問題だった果樹園の頭痛蝉の駆除。早期に解決することが出来た。このアピートの街を代表して礼を言う」
そう言うわけで私達はアピートの街の冒険者ギルドの応接室にいる。クローイさん達疾風の五連星も一緒。
で、何故かここの領主様もいて、私達に頭を下げている。
どうやら過去、今回みたいな頭痛蝉の発生する周期が複数重なった年は、果樹園に途轍もない被害が出ていたそうだ。それが今回は長引かずにあっさりと解決してしまった。領主としては頭痛の種が早期に解決できて、お礼を直接言いたくなった……とのこと。
報酬に関しては果樹園側からの依頼達成報酬と、領主から特別に褒賞がでることになって、疾風の五連星の五人は凄く嬉しそうだった。
「それじゃあみんな元気でね? くれぐれも無理はしないように」
「はい、ありがとうございます。皆さんもお元気で」
「虫嫌い、少しは克服しろよー?」
「やっ!」
ハルルはプイっとそっぽを向く。
「男嫌いもほどほどになー。冒険者やってりゃ、避けられんこともあるだろうし」
「それはわかっておるんじゃがのう……」
「クリフうっさい! こんな可愛い女の子達のパーティーなんだから、あんたみたいな変な男が山ほど寄ってきて、嫌になるに決まってんじゃん!」
「おまっ! 俺は変じゃねーよ! 心配して言って……。な……なあ、俺変なこと言ってないよな?」
「あはははは……。ちゃんと心配して言ってくれてるのはわかってますよ?」
ロッティーさんに突っ込まれたクリフさんが、急に自信なさそうに私達に同意を求めてきた。そんなクリフさんをリステルが苦笑しながら励ましている。
報酬を受け取ってから三日後。
休養をとった私達は、クローイさん達疾風の五連星の下へと訪れた。
この三日間で私達はクローイさん達と一緒に買い物へ行ったり、食事をしたりと、中々に楽しい日々を過ごしていた。
私達は次の街へ向かう準備が終わりアピートの街を出ることにしたので、クローイさん達に挨拶をしに行ったのだ。
クローイさん達はもうしばらくアピートの街に滞在して、どこへ行くかをのんびり考えるそうだ。
馬車に乗った私達はこの国での最終目的地、ミュセットへと向かうのだった。
「皆さん、ミュセットの街が見えてきましたよ!」
「……わー! 青と白のコントラストがすっごく綺麗!」
「これが海……」
「なんて綺麗なの……」
「建物が白で統一されておるのか。なんとも美しいのう」
「おー。キラキラしてる!」
御者のお姉さんの声に誘われて、御者台の後ろから身を乗り出してお姉さんが指さす方へと視線を送る。
眼前に広がる景色に、私達は思わず声を上げた。
目に飛び込んできたのは海の深い深い青。遥か遠くまで続く綺麗な青。
そして海の深い青とは対照的に純白の家々が建ち並び、街中にいきわたる水路の水が太陽からの陽を反射して白い壁を照らし、ただでさえ真っ白な壁をさらに煌めかせていた。
「交易都市ミュセットは、別名白亜の街ミュセットと言われるほど、その街並みが美しいと言われています。首都の統一された赤い屋根の街並みも綺麗ですけど、ここもまた違った美しさのある街並みですよ!」
「ようやくここまで来たね……」
「オルケストゥーラ王国への道のりはまだ半分も行ってないのよねー」
「すんなりガラク皇国へ渡れるとは思わなんだが、よりにもよってのう……」
ようやくフラストハルン王国の最北端の街へと到着した感慨もそこそこに、私達は大きなため息を吐いた。
それは、アピートの街の冒険者ギルドで情報収集をしていた時の事だった。
「今、ミュセットでは船の運航ができず、交易が止まっているという話です」
「えっ?! どうしてですか?!」
船が運航できないという事は、ガラク皇国へ行く船も運航できていないというわけで……。
「ミュセット近海に、海竜の群れが現れたそうなんです」
「海竜?」
海竜。
海竜と呼ばれていて、漁業や海運などの船を生業としている人達から恐れられている魔物。
竜とは呼ばれているけれど、風竜や水竜のような属性竜の一種ではなく、その姿は巨大な蛇で、大海蛇とも呼ばれている。巨大な魔物ながら群れで行動する非常に獰猛な魔物。
襲われると、手も足も出せずに船は沈められてしまう事から、船乗りにとっては風竜よりも海竜の方が遭遇率が高い分危険だと言われている。
「この国は海竜の生息地域なんですか?」
「いえ、フラスハルン王国近海には生息域は無いとされています。何十年かに一度フラストハルン籍の船が遭遇することはあるそうですが……」
「そんな時はどうしてきたんですか?」
「その海域からいなくなるのを待つしかないと聞いたことがあります」
「……」
「詳しく知りたいのでしたら、現地で話を聞いた方が詳細を聞けると思いますが……。望み薄ではありますが、もしかすると皆さんがミュセットへと到着する頃には、海竜はいなくなっているかもしれませんし」
ミュセットの街へと入る。
「街中での移動は、馬車や徒歩よりもゴンドラを使うといいですよ! お値段もお手頃でいろんな所へ行けます。観光案内もしてくれるのでお勧めです!」
御者のお姉さんが私達に街でのおすすめの移動手段を進めてくれる。
「ゴンドラなんてあるんだ」
まるでヴェネチアみたい。……行ったことないけど。
「私ゴンドラ乗ってみたい!」
リステルが手を挙げる。
「その前に冒険者ギルドで情報収集でしょ!」
「ハルルも乗りたーい!」
「そりゃー私も乗りたいけど、先に用事を済ませましょうよ」
「ルーリルーリ。私も乗りたい」
「……もう瑪瑙まで……。サフィーアも何とか言ってよー」
「ふむ。冒険者ギルドにゴンドラで行くことはできるのかのう?」
少し頬を膨らませているルーリに話を振られたサフィーアは、御者のお姉さんに話しかける。
「もちろんできますよ! 馬車の停留所からすぐの所にゴンドラ乗り場があります。そこで冒険者ギルド前までと言えば、乗せていってくれますよ」
「という事のようじゃぞ? ルーリよ」
「じゃあ早く乗りにいかなくちゃ!」
今までの態度とは一変して、ソワソワと待ち遠しそうしだした。
「なんだかんだお前さんも楽しみにしておるのじゃな?」
「それはそうよ! 私も海なんて初めてなんだもん!」
馬車の停留所に到着した私達は御者のお姉さんにお礼を言って、教えてもらったゴンドラ乗り場へと向かう。
「瑪瑙は海って見たことあるんだよね?」
「あるよー。私がいた国が島国だからねー。私の住んでる所も海がある所だったから。ただ少し遠出しないとだめで、そんなにしょっちゅうは行かなかったけどね」
「やっぱりこの街みたいに綺麗なの?」
「あー……、ここ程ではなかったかなー。綺麗な所もあるのは知ってるけど、海の色はこんなに綺麗じゃなかったよ。街並みの全然違うし」
電車に乗って幼馴染達と海水浴へ行ったときのことを思い出す。そういえば、ミュセットで海水浴とかできるのかな? あーでもこの世界に水着ってなかったんだっけ。
話しているとすぐにゴンドラ乗り場に到着する。そこには色とりどりの美しい装飾が施されたゴンドラが並び、船頭と思われる人たちがお洒落な出で立ちで呼び込みをしている。
「うわー! 真っ白なゴンドラもあれば、すっごく派手なのもある!」
「思ったより賑わってるわね?」
「そうじゃのう。これはもう海竜は去った後なのやもしれぬな」
「女の人の船頭っぽい人も結構いるのね」
「みんな綺麗な格好してる」
私達は沢山あるうちの、女性の船頭さんが呼び込みをしている所まで行く。
「こんにちわ! ゴンドラに乗られますか?」
「冒険者ギルドまで乗せて頂くことはできますか?」
「ええ、勿論です! 道中、この街の案内もできますがいかがいたしましょう?」
「「「「「おねがいしまーす!」」」」」
「はい、畏まりました! 一人ずつゴンドラにお乗せいたしますので、私の手を取ってゆっくりとお乗りください」
「じゃあ私からー!」
「はーい! ではお手を!」
船頭さんはリステルの手を取って、綺麗な所作でゴンドラの上へとエスコートした。
「ゴンドラ、出航しまーす!」
私達五人がゴンドラに乗り込むと、船頭さんはゴンドラの後部に乗り込み大きく声を上げ、ゆっくりとゴンドラが動き出したのだった。




