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終わりと始まりは突然に  作者: 水無月 真珠
フラストハルン王国編
153/168

周期生物

 首都フラストハルンを出発してからはや幾日。私達は順調に旅程を進めている。相変わらずの強い日差しも魔法のお陰で何のそので、とても快適。まあ、魔法が無くても私にとってはそんなに苦ではなかっただろうけれど。日本の()だる様なあの暑さに比べれば、湿度もそんなに高くはなく、肌が焦げるんじゃないかって思ってしまう程の陽ざしでもない。


「瑪瑙の国ってそんなに暑いの?」


「うん、すんごい暑いよ。湿度が高いせいで蒸し暑いの。汗でびぃっしょびしょになる」


「うわー、それはやだな……」


「暑いのに慣れてる国の人でも辛くて耐えられない人がいるって聞いたことあるよ」


「そんなに?!」


「あー、あとセミ! ミンミンミンミンめっちゃうるさいの。頭痛くなっちゃう」


「瑪瑙お姉ちゃんの国は、セミ沢山いるの?」


「山ほどいるよー。一本の木に四~五匹止まってたりするから気持ち悪くて夏はお外出たくない」


「それは……嫌じゃのう……」


 街道の休憩所を後にして、私達は帆馬車の中でのんびりと会話を楽しんでいる。日が暮れる頃には宿場町へと到着できるそうだ。


「夏の終わりなんて悲惨だよ? 道のそこかしこにひっくり返ったセミが落ちてるの。死んでるのは動かないんだけど、たまに近づいたらミミミミって暴れて飛び出すヤツがいるんだもん」


「うわぁ……」


「こっちではセミはそんなに多くはないのにねー」


 みんなじっとして聞き耳を立てる。パカパカと帆馬車を引く馬の足音と、ギシギシと馬車の軋む音、ガタガタと揺られる音が聞こえ、遠くの方で微かにセミの鳴き声のようなものが聞こえてくる。街道の左右には大きな森が広がってはいるけれど、日本のあの全方位から聞こえてくるようなセミの大合唱には程遠く、程よくみんみんと聞こえてくる程度。


「少ないねー」


 なんとなく、夏だな~とまったり気分に浸っている時だった。


 突然、ぶ~~~~んと言う嫌な羽音が聞こえてきた。その音を察知した瞬間、私達の緩んでいた顔が一瞬で青くなる。


 ぼすっと何やら帆馬車の上に着地したようだ。屋根の沈み具合から鳥かなにかと思いたかった。思いたかったのだけれど……。


「みいいいいいいいいいいいいんみんみんみんみんみいいいいいいいいい」


 屋根の上から、大音量でセミの鳴き声が聞こえてきた。


『……』


 思わず私たち全員が耳を押さえて天井を涙目で見る。だけど、見ているだけでは解決するはずもなく、屋根からは元気にみんみんと驚くほどの大音量でセミさんは鳴いている。


「どうしよ……」

「怖い……」

「やっ!」

「うむむむ」

「虫は……ちょっと……ねえ?」


 顔を突き合わせて相談していると、馬車のスピードが突如として落ちたと同時に、キーンと耳鳴りが起こり始め、軽い頭痛を感じた。


「あ、まずい」


 ルーリもどうやら頭痛を起こしているようで、顔をしかめて言う。


「これ、頭痛蝉(ヘディックシケイダ)だと思うわ……」


「……魔物?」


「うん」


「まじかー……」


 そう話しているうちに馬車は完全に止まってしまい、御者のお姉さんが耳を押さえながらこちらに助けを求めに来た。


「馬たちがこの音でまいってしまったようでして、私もどんどん頭痛が酷くなって御者どころでは……」


『……』


 頭痛蝉(ヘディックシケイダ)

 烈赤の頃……日本で言う所の夏の初めから活動が活発になる蝉の魔物。大きさは中型の鳥くらい。全体的にこげ茶色をしていて、アブラゼミをそのまま巨大化させたような姿をしている。何もしなければ人を襲う事は無いけれど、一度危害を加えられそうになれば容赦なく攻撃を仕掛けてくる。攻撃といっても、体当たりだったり足の爪で引っかいたりと言う、大怪我を負う事はあっても命までは奪われることはそうそうない程度。


 ただ、問題がある。


 こいつの出す鳴き声には、頭痛を起こさせるという厄介な性質がある。一匹だけでも結構な距離に影響を及ぼすのだが、メスを呼び寄せる性質もあるそうで、寄って来たメスつられてさらに別のオスがやってくるという事が起こる。

 鳴き声を出すのはオスの頭痛蝉(ヘディックシケイダ)だけなのだが、メスは風の魔法を操り、オスの出す鳴き声を増強させる。そうなると、下手をすると人が昏倒する程の事態になる事もあるそうだ。


「というわけで、早くやっつけちゃわないと大変なことになるかもしれないわ……」


 五人お互いのおでこが引っ付きそうなほど顔を寄せて、ルーリの説明を聞く。その間も頭の上からはみんみんとご機嫌に鳴き散らしている頭痛蝉(ヘディックシケイダ)さん。みんな頭痛と怖いのを我慢している。


 私達は馬車から出て少し離れた位置から様子を伺う事に。


「流石に馬車の天辺じゃ見えないね……」


「とりあえず、アースピラーを階段状にしてっと……」


 ルーリが土の階段を作りみんなで上がる。そーっと階段の終わりから顔を出して馬車の天井を覗き見ると……。


「うわ、でっか」


 こげ茶色の私の顔くらいの虫が鎮座していた。


「……みっ!」


 それまでご機嫌に鳴き散らしていた巨大なセミが、突如として鳴き止みこちらを向いた。


「あ、気づかれた」


「えっ?!」


「どうするのじゃ?!」


「魔法でやっつけるしか……」


「ハルルやっ!!」


「え、私もヤなんだけど……」


「私も嫌よ?!」


「えー?! 私も絶対いや!!」


 階段に隠れるように頭を引っ込めて、みんながみんな攻撃を拒否する。そりゃ魔物と言っても見た目はでっかいセミだもん。怖いし気持ち悪い。


「あ、もう退治してくださっ――」

「みいいいいいいいいいいんみんみんみいいいいいいいいいいいい」


 私達が隠れた事を安全になったと誤解したのか、ほっとしたような御者のお姉さんの声を遮るように再びご機嫌に鳴き喚きだした。


「あ、あの~……?」


「あ、あはははははは……。もうちょっと待っててくださいね」


 さっきまでのほっとした表情とはうって変わって、不安そうに私達を見つめている御者のお姉さん。リステルが笑顔を引き攣らせてお姉さんに返事をしていた。


「み、みんなでやろ! せーのだよせーの!」


「わ、わかったわ」

「りょっ了解」

「うむ」

「ん!」


 リステルの提案にみんな渋々だけれど、頷き息を整える。


『せーのっ!』


 ウィンドバレット!

 ファイアバレット!

 ロックバレット!

 バレット・ブルージュエル!

 アイスバレット!


 五人同時に顔を出し一斉に魔法を放つ。


「み――」


 虫が大嫌いな私達。当然魔法は手加減なしの全力。巨大なセミさんは見事に木端微塵になりましたとさ。


 これで虫がいなくなって私達もハッピー! 御者さんのお姉さんもお仕事に戻れてハッピー! これにて大団円! めでたしめでたし!


 ……だったらどれほど良かったことか……。


頭痛蝉(ヘディックシケイダ)の駆除依頼?!』


 それは、頭痛蝉(ヘディックシケイダ)一匹を何とか木端微塵にできた後、アピートと言う街へ到着した時の事だった。


「この嬢ちゃん達が冒険者だってことはわかるが、あんたが推すほどの実力者には見えんがなー?」


「それはもう! なんと驚くことに、皆さん魔法が扱えるんです! 魔法で頭痛蝉(ヘディックシケイダ)を跡形もなく消し飛ばす瞬間を私はこの目ではっきり見ました!」


 困り顔の男の人に私達の実力を熱弁しているのは、何を隠そうここまで御者をしてくれていたお姉さん。



 事の発端は、アピートの街の中に入ってすぐのこと。馬車の停留所で降り、街へ繰り出そうとした時だった。


 御者をしてくれていたお姉さんに、男性が慌てた様子で話しかけていた。


「あんた、乗せてたやつって冒険者か?」


「え、はい? そうですが?」


「その冒険者の実力とかわかんねぇかな?」


「どうかされたんですか?」


「それが、果樹園に頭痛蝉(ヘディックシケイダ)が大量に出やがってよ。いつも駆除を頼んでいた冒険者達が頑張ってくれていたんだが、下手こいて怪我しちまって駆除が出来ない状態になってんだ。んで、誰か腕の立つ冒険者がいねえかって探し回ってんだよ」


「そういうのは冒険者ギルドへ行って依頼を受け付けてもらうって言うのが先じゃないんですか?」


「そっちはそっちでもうとっくに頼んでんだよ。あんまりちんたらしてると果樹が軒並み枯れちまう!」


「そうでしたか。でしたら、腕の立つ方達を知っていますよ!」


「本当か?!」


 っというやり取りがあったらしく、すぐに私達の後を慌てて追いかけたそうだ。



「こんな嬢ちゃんたちが魔法をか。今は少しでも時間が欲しい。たのむ! この通りだ! 報酬は弾む!」


『……』


 よりによって頭痛蝉(ヘディックシケイダ)の討伐依頼。散々虫の魔物の依頼を見て来たけれど、今まで全てを無視してきた。それが出来たのは、頼まれることが無かったからと言う所が大きい。要するに運が良かっただけ。


「……他の人っていないんですか?」


「ギルドにも依頼は出してるが、中々見つからねえんだ! 待ってる間に果樹がやられたら大変なことになる! この通り!」


 両手を合わせて必死に私達に懇願する男性。正直断ってしまいたいという気持ちが大きかった。それは私だけではなく、他の四人も一緒。それでも、私達みたいなずっと年下の少女に、実力も聞いただけしかわかっていないはずなのに、必死に頭を下げているおじさんを放っておくことはできそうになかった。


 私達五人はお互いに視線を合わせ、ため息交じりに苦笑する。


「わかりました。どこまでできるかわかりませんが、頭痛蝉(ヘディックシケイダ)の討伐依頼、お受けしたいと思います」


「本当か?!」


「ただし! 私達はものすごく虫が苦手なんです。そこはご容赦ください」


「そう……なのか。それでも手を貸してもらえるのは嬉しい。案内するからついて来てくれ」


 おじさんに案内されて、私達は早速件の果樹園へと赴くのだった。


 アピートの街。

 フラストハルンで果樹の生産が盛んな都市の一つ。街の郊外に広大な果樹園が存在しており沢山の果樹が大切に育てられている。ワイン造りに欠かせないブドウも多く作られていることからワインの有名な産地でもあり、この街でしか飲まれない果実酒も沢山あるそうだ。


 元々果樹に群がる魔物はそこそこ出るそうで、アピートの冒険者に駆除や果樹の警備をお願いしていたそうだ。これは、アピートの街からの助成金も出ているそうで、それなりに人手は集まりやすいのだとか。ではなぜ、頭痛蝉(ヘディックシケイダ)の対処ができないかと言うと……。


「あいつら警戒心はそんなに強くは無いんだ。弓の扱いがそこそこ上手い奴なら簡単に射殺せるくらいだしな。ただ今年は予想以上に多く密集しているせいで、一匹を殺せたとしても、それに気づいた周りの奴が一斉に襲い掛かってきちまう。そのせいで頼んでいた冒険者のパーティーが大怪我をしちまってよ。退治ができない、鳴き声でおこる頭痛が酷くて近づくこともできないってなもんで。他に頼もうとしても、頭痛蝉(ヘディックシケイダ)の集団に返り討ちにされたって話が広まっちまって、誰も受けてくれなかったんだよ」


 集団と聞いて、背筋がざわざわと粟立ってくる。それは当然私だけではなく、みんな揃って渋い顔をしてい……ハルルちゃんその顔はちょっとやめようか?


 どの程度の規模かはわからないけれど、弓で捌ききれないほどには多いという事がわかった。

 まあそもそも、弓で数を捌くことは難しいのだけれど。どうしても攻撃に移るまでの動作が剣や槍などの近接武器に比べるとずっと多い。矢を取り出し構えて弓を引く、狙いを定めて射る。これだけの動作をいくら素早くできたとしても限界があるし、早くすればその分動作が荒くなって命中精度にも支障が出てくる。遠距離からの攻撃手段としては申し分ないのだろうけれど。


「魔法で駆除してくれるんだろうけど、くれぐれも木を傷つけないでくれよ?」


 果樹園への道すがら、男性は不安そうに私達を見る。


「き、気をつけます」


 緊張で正直それどころじゃないのだけれど、一応そう返事はしておいた。


「あのっ! 頭痛蝉(ヘディックシケイダ)が大量発生する原因は何かわかっているんですか? 魔物が変に多く出現する時は、他の強力な魔物が原因である場合が多いんです」


「あー、それはないない。これは周期的なもんだね」


「周期的なもの?」


 ルーリの質問に男性はあっけらかんとした表情で答えた。


「七年周期と十一年周期があるんだが、そん時に頭痛蝉(ヘディックシケイダ)が大発生するんだ。どうも今年はどっちの周期でもあったみたいなんだよなー」


「あー……」


 この世界でのことは知らないけれど、私のいた世界でも何年かごとに大発生するセミの話を聞いたことがある。周期ゼミや素数ゼミとか言われてたっけ? あとはキシャヤスデっていうやつも……あ、思い出しただけ鳥肌が。


「瑪瑙よ、どうしたのじゃ? 急に頭を振ってからに」


「あ、いや。たしかそう言う生き物の事を周期生物って言うらしくて、魔物じゃないけどセミとかヤスデとかが有名だったなーって。植物にもそういうのがあるって聞いたことがあったから」


「ヤスデとは、あのヤスデかのう……?」


「……うん。あれがねー? うじゃうじゃうじゃうじゃ地面びっしりに這いずり回ってるの」


「うわっ!!! 気持ち悪っ!!! ちょっと瑪瑙! 想像しちゃったじゃない!」


 私の話を聞いていたリステルが、肩をさすりながら私に体当たりをしてきた。


「確かにいるわね。絨毯馬陸(カーペットミリピード)って呼ばれてる魔物が。私は見たことないけど、白い絨毯が敷き詰められたみたいになるって本で見たことあるわ」


「大きさは?」


「そんなに大きくはないんだって。これくらい」


「え、でかくない?」


「魔物の中では小さいほうかしら?」


「お姉ちゃん達、そのお話やめようよー。気持ち悪いー」


 大の苦手な虫。それも私の知っている何倍もの大きさになる虫の魔物を退治しなくてはならない緊張をごまかすために、必死で会話を続けている私達。


 そんな私達を、道案内している男性は不安そうに見ているのだった。


「頼む相手間違えたか……?」

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