葬送
「は? なんで私を採取に回すんだよ? 自我なしにやらせれば……。あーそうか、そこまで細かい命令は無理なのか」
「そう言う事なのです。それに、ルアラも空間収納を使えるのです。マナクリスタルと、水竜の魔石の回収は任せたのです」
「……それはいいんだけどさ」
「どうしたのです?」
「なんで精霊を捕獲するってなったんだ? マナクリスタルと魔石の回収だけじゃなかったのか?」
「元々そう言う計画は立てていたのです。準備も少しずつしていたので、丁度いいタイミングになっただけなのです」
「スティアの焦る気持ちってのは私にはわかってやることはできんけど、あれもこれもって欲張ると、何かを取りこぼすんじゃないか?」
精霊の棲み処に入る前にした、ルアラとの最後の会話。ワタシはこの時少し小うるさい程度にしか思っていなかった。ちゃんと聞いておけば……と、今更ながらに後悔をする羽目になった。
いや、そもそもワタシが、貴重な実験素材としてキープしていた程度の人間に、ここまで心を動かされるなんて思ってもいなかった。
放ったエクスプロージョンの魔法。威力を出来るだけ落としての発動だったので、あの人は大したダメージにはなっていないだろう。爆風でワタシ諸共吹き飛ばし、どうにか逃げることが出来ればいいと思っての発動だ。
「はっ……はっ……はっ……」
全身バラバラになりそうな痛みに襲われ意識が朦朧とする中、魔法を纏い小脇に今にも死んでしまいそうなルアラを抱えて全速力で走る。
「……ひゅー……ひゅー……」
「もう少し! もう少しだけ頑張るのですっ!!! ――あっ」
どしゃり。
右腕が無いせいか思うように走れず、バランスを崩して躓き転倒してしまう。体をひねって何とかルアラをかばう事は出来た。
私をかばって受けた魔法は、あの人はもう解除していたはず。これ以上の魔法での悪化は無いだろうが、砕け散った四肢からは血が垂れ流れ、ルアラの命を奪って行く。
これはもう助からない。
ワタシは治癒魔法が使えない。止血が出来ない。そうでなくとも、おそらく内臓にもかなりのダメージが入っている。
……諦めて捨てていこう。
いつもなら、いままでならそうしてきた。
そうできていた……はずだった。
でも、唐突にワタシを途轍もない焦燥感が襲うと共に、ルアラとの今までの記憶が脳裏に浮かんでいく。
ワタシの話を聞いてくれた。ワタシの望みを受け入れてくれた。ワタシの手伝いをしてくれた。
楽しかったんだと、今ようやく気付いた。
嫌だ……。嫌だ! もう一人は嫌だ!!!
何百年も、何千年も一人で生きてきた。
寂しさを、孤独の辛さを思い出してしまった。
「刻印魔石を埋め込んで適応できたとしても、この傷では助からないのです!! どうすれば……どうすればっ!!!!」
必死に頭を動かすが、酷い焦りが邪魔をして思考が纏まらない。その動揺がワタシの目のコントロールを大きく乱した。
青色に輝く粒子がワタシの視界に溢れ出す。
「――っ!!!! そうなのですっ!!」
その青い輝きを見て唐突に思いついた。
「ルアラ! マナクリスタルと水竜の魔石を出すのです!!! 回収できているのでしょう?!」
「……ひゅー……ひゅー……」
虚ろな目でただただ弱い呼吸を繰り返すことしかできないルアラに、ワタシは無茶を言う。
「……お願いなのです……」
ダメかと諦めていたその時、ルアラの胸の上に大きな青色の八面体の結晶と、水色の輝きを強く放っている結晶がトサリと落とされた。
「っ!! よくやったのです!!!」
力を振り絞って、ルアラが空間収納から取りだしてくれたこの二つ。
「刻印魔石に加工する時間なんてないのです。やるしかないのです!!!! やってやるのです!!!!」
「あなた達が来てくれてよかったわ。あのままだったら私もどうなってたかわからないもの」
精霊の棲み処に残されたアルバスティアが放ったという魔物を全て倒し、私達はウンディーネの下に集まった。ウンディーネの傍には倒された水竜が横たわっている。
「ウンディーネ、あなたに大事が無くてよかった」
さっきまで強張っていたガネットの表情が、ようやく柔らかいものに変わって行く。
「いったいあいつは何だったの? どうしてこんな事を……」
リュベラは眉を顰め、忌々しそうに言う。
「もういつだったかわからないくらいずーっと前に、来たことがあるわね」
「……え? あなたがそう言うからには、十年や二十年の話ではありませんよね? あの白髪の女、私達とそう歳は変わらないように見えましたが……」
ウンディーネの言葉にアンデは驚いたようだ。
「うーん。私達精霊は時間というものを気にしないの。だから何年前なのって聞かれてもはっきり答えることはできないわね。ただ、フラストハルン王国ができてすぐ辺りの事だった記憶があるわね」
「……じゃあ、あの女は人間じゃない?」
アンデが顔を青くする。
「生まれやがて老いて死ぬ存在が人間だというのなら、確かに人間ではないと言えるかもしれないけれど、あの子もちゃんと人間よ。ただ、寿命で死ねないだけ……」
ウンディーネは目を伏せて、悲しそうに言う。
「……八千年は生きてるって、アルバスティアは言ってたよ」
「メノウ、どうして知ってるの?!」
ガネットが目を見開き私を見る。
「セレエスタでね? 一度襲われて戦ってるの。その時に少し事情を聴いただけなんだけど」
「そう……だったの……」
そこから私は、アルバスティア本人から聞いた話を簡単にみんなに話した。
「そんなの信じられない……。けど、ウンディーネの話と矛盾しないから、本当のことなのね……」
私がした話をガネット達三人は、目を白黒させながら聞いていた。私がうまく説明できなかったのもあるのだろうけれど、三人にとっては想像することも難しいようだった。ちなみにソーンさんは周辺の安全を確認すると、仔細の報告をするためにオニキスのいるお屋敷へと戻っている。
「この話はもうよそうよ。考えれば考えるだけ、わからない事が増えていくだけよ。今はみんな無事に切り抜けられたことを喜ぼう?」
ガネットがそう言うと、ウンディーネはふわりと笑顔を見せる。
「そうね。じゃあ最後に……えっと……あなた、お名前はメノウちゃん……でいいのよね?」
ウンディーネは私の方を見てそう問いかける。教えていない私の名前を呼ばれて少し驚いた。
「はい。初来月瑪瑙です」
「ほんと、見た目はオニキスちゃんにそっくり。メノウちゃん、お願いを聞いてもらってもいいかしら?」
「……私が出来ることなら?」
私は少し警戒をしてしまう。
「ふふふ。そんな変なことは頼んだりしないから安心して? この子の遺体を空間収納で運んでほしいの」
そう言ってウンディーネは、横たわっている水竜の遺体の頭を優しく撫でる。
「どこへですか?」
「奥の湖。私達は還りの湖って呼んでいる所よ。あーでも、もうすぐオニキスちゃん達が到着しちゃうわね。また、後でお願いしていい?」
「わかりました。あの、私からもお願いが……」
「ええ、わかっているわ。心の治癒と、私が知っている事が聞きたいのでしょう?」
「はい」
私はウンディーネにその話をしたことは無いのに、既にウンディーネは私の頼みごとを知っていた。これが話に聞いていた、水は全て繋がっているということなのだろうか? ウンディーネの言う通り、まもなくソーンさんがオニキスさん達を連れて戻って来た。
「ソーンから無事だとは聞いていたのだけど、本当にみんな無事でよかった……」
到着して早々オニキスは私達一人一人の手を取って心配をしてくれた。
「いらっしゃいオニキスちゃん。危ない目にあわせてしまってごめんなさいね?」
ウンディーネはふわりとオニキスに近寄ると、優しく頭を撫でる。
「いえ。ウンディーネ、あなたも無事でよかった。……この子の事は……その……」
「そうね、あなたを背中に乗せたこともあったものね」
「はい……」
オニキスは横たわっている水竜の頭に額を合わせ、涙を流す。
「さあ、この子を早く還してあげましょう。穏やかに逝けるようにね。メノウちゃん、お願いするわ」
優しくオニキスを水竜から離れさせると、ウンディーネは私の方を見て言う。
「こっちよ」
私が空間収納に水竜の亡骸をしまうと、ウンディーネは一つ頷いて、私達を湖の奥へと案内する。
湖に流れ込んでいる川をしばらく上流へと登っていくと、少しずつ青色に光る粒子が辺りに見えるようになってきた。流れている川は濁りが全くなく、恐ろしいほどに透き通っている。その流れている水にも、青く輝くマナの粒子が強く見えていた。
「……ん」
少しずつ強く濃くなって視界を覆っていくマナの光に、私は眼が痛くなり、眼を開けていられなくなってしまった。
「瑪瑙大丈夫?!」
リステルがそんな私に気づいたらしく、慌てた様子で声をかける。
「ちょっと光が強くて目が痛いだけ……」
「そんなに強い光ではないと思うんですが……?」
ソーンさんの声が聞こえる。眼を閉じているせいで表情はわからないけれど、たぶんきょとんとした表情をしているんだろう。
「瑪瑙はマナが見えるらしいんです。だから、私達よりずっと強い光が見えているんだと思います」
ルーリが私の目の事を話してくれている。
「メノウちゃん。ゆーっくり息を吸って?」
頭にそっと手が乗せられ、ウンディーネの声が優しく聞こえてくる。私は言われたとおりに深呼吸を繰り返す。
「気が張っちゃってるのね。大丈夫よ。力を抜いてリラックスして?」
「はい……」
ゆっくり呼吸を繰り返していると、自分が思ってる以上に肩に力が入っていることに気づいた。
「魔力の流れを感じて、眼を意識するんじゃなくてぼやーっと顔全体を意識する。少し難しいかもしれないけれど、メノウちゃんだったらできるわ。あなたは凄い魔法使いなんですもの」
言われたとおりにして、ゆっくりと眼を開く。
「どう? 完全に見えなくすることは無理だけれど、眼は開けてられるようにはなったんじゃない?」
まだ強く輝く青色のマナの粒子が所々には見えるけれど、眼が痛くならない程度のには抑えられている。
「ほんとだ……。ありがとうございますウンディーネ」
「ふふふ。いいこいいこ」
再びウンディーネの案内で奥へと登っていく。それなりの時間を歩き、よくやく目的の場所に到着したようだ。
「みんなお疲れ様。ここが還りの湖よ」
「わぁ……」
案内された先にあった湖を見て、私達は言葉を失った。
私達の目の前に現れた湖は、ここまで登って来た時に見たいくつかの湖に比べればずっと小さい。
ここの湖はどこも水が澄んでいて綺麗だった。その綺麗な水面にキラキラと輝く青いマナの光が浮かび、幻想的な雰囲気を作っていた。
だがここの湖は、水自体が薄青色に輝いていた。水自体が光っているせいなのか、水そのものが青いせいなのかわからないけれど、水深がどれだけあるかわからない。そして湖に近づけば近づくほど、虫や鳥たちの鳴き声が聞こえなくなり、ほとりに近づいた時には水の流れる音すらもか細く聞こえるだけで、静まり返っていた。
恐らく今までで見た湖で、一番美しい湖なのだと思う。でも、その湖に飲み込まれてしまいそうな気がして、少し怖かった。
「メノウちゃん」
その湖に少しずつ入っていくウンディーネは、私に向かって手を差し出した。
ブーツとソックスを脱ぎ、私は湖に足を踏み入れる。
「……あれ、温かい」
標高の高い山の中にある湖。当然水は冷たいものだと思っていたら、程よい暖かさが私の足を包んだ。
手を伸ばすウンディーネの手を取り、導かれるままゆっくりと進んでいく。少しずつ深くなっていく。ふくらはぎが浸かり、スカートの裾が濡れ、もう、水面は腰の高さにまでなった。怖くなり、思わず強くウンディーネの手を握り締める。
「メノウちゃん、還してあげて」
「はい」
私は水面にそっと浮かべるように、水竜の亡骸を空間収納から取りだした。
水竜の亡骸は、ほんの少しの間水面に漂っていると、ゆっくりと静かに見えない湖の底へと沈んでいった。
「お疲れさま。ゆっくりとお還りなさい。水へと還り、再び命として生まれるその日まで……」
ウンディーネは胸に手を当て、少し寂しそうな表情で見送っていた。
眼を閉じる。
散ってしまった魂が、どうか安らかであるようにと、そう想いを込めて……。




