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終わりと始まりは突然に  作者: 水無月 真珠
フラストハルン王国編
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水の大精霊

 夜、アルマンディン邸でお夕食をいただいた後、談話室に集まってみんなとお話をする。


「ガネットありがとね。急にご馳走になっちゃって」


「ううん、むしろまた一緒に食事が出来て嬉しいよ」


「羨ましいですね。今度は私もご一緒させてほしいです!」


「……」


 私達五人とガネット達の三人……だけではなく、何故かオニキスもここにいる。


「どうしてオニキスがまたここにいるの?」


 私はじとーっとした目をオニキスに向ける。夕食を食べ終わってしばらくしてから、オニキスは再びアルマンディン邸へとやって来たのだ。


「あの後、お父様とお母様にこってりとお叱りを受けてから、ちゃんと許可をもらってここに来たのです。……あのーメノウさん? 何だか態度が冷たいような……?」


「誰のせいよ! 私、もうちょっとで馬車で連れて行かれるところだったのよ?! 男の人にいきなり腕捕まれるし、怖かったんだからね! 私、絶対あなたに敬語なんて使わないからねっ」


 ぷいっと頬を膨らませてそっぽを向く。まあ本気で怒っているわけではなく、あくまでそう言う体でのおふざけ。オニキスもそのことはちゃんとわかっているので、クスクスと笑っている。


「それ、いいですね。ガネット達も私と喋る時はメノウさんと同じように話してくれていいのよ?」


「したいのは山々ですが、私達がオニキス様と話す時は公の場である事も少なくありません。衆目がある所でそれが不意に出てしまった場合、問題になってしまいます」


「アンデは相変わらずまじめだなー。オニキスがそう望んでいるんだから、そうしてあげたらいいじゃない」


 アンデの畏まった言葉に、リュベラは溜息をついて口をへの字にする。そう言うリュベラは、既にオニキスに向かって砕けた口調になっている。


「そうだガネット! あなた、私達が風竜を倒したって事気づいてたのね?」


 思い出したようにルーリが大声を上げる。オニキスが私達の正体……と言うほど大袈裟な事でもないのだけれど、私達の事を風竜殺しの英雄様方と呼んでいた。ガネット達が報告していたのだろう。


「そりゃーね? 噂の風竜殺しの英雄達と同じ名前だったし」


「でも、ヴェノーラで話した時は風竜殺しを騙った人たちの事を言ってたわよね?」


「うん。すぐに気づいたんだけど、偽物がいるってことを教えといたほうがいいかなって思って」


「そうだったの。……で? どこまで知ってるの?」


 ルーリが笑顔で尋ねる。


「どこまでって……。コルトさん達が守護騎士だってことは気づいてたわよ」


「じゃあリステルの事も気付いてたのね?」


「……? リステル?」


「あれ?」


 ガネットだけでなく、アンデとリュベラも首を傾げてお互いの視線を合わせている。


「守護騎士の方々と一緒に旅をしていたという事を考えると、グラツィオーソの方でしょうね。お名前は存じておりませんが、大変な目に遭った私と同い年ぐらいの女の子がいるという話を聞いたことがあります。そうですか、リステルさんの事でしたか……」


「そうか。どうして守護騎士の三人と旅をしているとか考えたことがなかったわ……」


 オニキスの言葉に、アンデが目を丸くして驚いている。


「ごめんなさいリステル! 私余計なことを言ったわ……」


「ううん、大丈夫だよルーリ。この感じだと、オニキスはすぐに気づいただろうし」


 しゅんとするルーリを優しく抱きしめ、リステルは慰める。


「と言うかさ。あれからすぐにヴェノーラに凄い話が入って来たんだけど、あれもリステル達でしょ?」


「何の事?」


 ガネットが少し興奮気味に話すので、私達は何の事だろうと揃って首を傾げた。


「セレエスタよセレエスタ!」


「あー。え、そんなにすぐに話が入って来たの?」


 私達にとっては、あーそんな事もあったなー程度の事。大変だったことには違いないけれど、もうずいぶん前の事のような気がしてならない。それだけ今日一日一日を過ごすことで精一杯なのだろう。


「なんか反応軽くない? ヴェノーラが大騒ぎになってたのに」


「へー? ガネットはなんで私達だってわかったの?」


「わかったも何も、ばっちり話に出てきてたわよ! 風竜殺しの英雄達が今度は地竜を屠り、壊滅の危機に瀕したセレエスタを救う奇跡を齎したって」


「うわっ!! そんな事言われてるの?!」


 そんな大事になっているとは思っていなかったので、驚いて大きな声を上げてしまう。


「皆さんは、歴史に残る事が間違いないのでしょうね。そんな英雄の方々とこうしてお話をしている。そのうちの一人が私そっくりな女の子! 何百年生きていた方でも、こんな経験をするなんてことはきっとありません!! 私、ドキドキしてしまいます!」


「大げさすぎるよ」


「妾達からすればもうすでに過去の事でも、事情を知らぬ者たちからすれば、センセーショナルな出来事なのはよくある事じゃ。また色々と尾が付き鰭が付き、とんでもない化け物となって世間を賑わすのじゃろうな。風竜殺しの四英雄でさえ、現実とは随分違っておったからのう」


 照れ臭くなって頬を描く私の横で、サフィーアが苦笑してそんな事を言う。言われてみれば、劇の演目は大衆受けを狙ったのか、かなり脚色されている部分があった。とはいっても、大筋の流れはほとんど変わっていなかったけれど。


「あら? 演目の風竜殺しの四英雄を私は何度か見ているのですが、実際とは違うところがるのですか?」


「ほんとに?! 知りたい! 教えて!!」


 オニキスとガネットに催促をされて、私達はゆっくりと起きたことを順番に話し始めた。


「冒険者ギルドでフルールの近くにあるキロの森の調査依頼が出たのが、最初のお話」


 まだコルトさん達ともサフィーアとも出会う前の事。それを私達は懐かしむように思い出しながら丁寧に話していく。集まった冒険者の中に粗暴な者が多くいたこと、風竜(ウィンドドラゴン)を発見した時、功名心に駆られて無謀にも攻撃を仕掛けた者達がいたこと、私とルーリの魔法で風竜(ウィンドドラゴン)を拘束し、一瞬の隙をついてリステルとハルルが風竜(ウィンドドラゴン)の首を落としたこと、実は風竜(ウィンドドラゴン)は番でもう一匹存在していて、上空にその一匹が現れたこと……。


「高速で上空を移動する風竜(ウィンドドラゴン)に、私達の魔法は届かなかった。運良く届いたとしても、風の守護魔法を纏った風竜(ウィンドドラゴン)には傷一つ負わせることができなかった……」


「その時に、瑪瑙が全力の魔法で風竜(ウィンドドラゴン)を屠った。瑪瑙がいなかったら、私達は一匹目は倒せても、二匹目は絶対に倒せなかった」


「でも、瑪瑙お姉ちゃんは殺されかけた。ハルルをかばったせいで……」


「!!」


 それまで目を輝かせて聞いていた四人の表情が、俯いて悔しそうにしているハルルの一言で凍り付き、私に視線を向ける。


「……私達が風竜(ウィンドドラゴン)を倒したことが気に入らなかったみたい。そう思ってた連中の一人に、ハルルが斬りつけられそうになったのを咄嗟にかばったの。今ほど魔法を使う事には慣れていなかったから、魔法で防ぐことが出来なかったの」


 俯くハルルの頭を抱き寄せて、そっと撫でる。


「……どうしてそんな事に……」


「英雄になれるチャンスを私達が奪ったって、本気で思ってたらしいよ」


「その方は、風竜(ウィンドドラゴン)を倒せるほどに実力を持っていたのですか?」


「持ってない。風竜(ウィンドドラゴン)に傷一つつける事が出来ない、弱いやつだった」


 はっきりと言い切ったハルルを見て、しばらく沈黙が訪れる。


「私達が知っている風竜殺しの四英雄って、もっと華々しく四人が活躍する話だったんだけど、実際はそんな事が起こっていたなんて……。軽々しく聞くことじゃなかったわね、ごめんなさい」


 アンデが申し訳なさそうに言う。


「みんなが渇望する英雄譚なんて実際の所、脚色だらけなのかもしれないね。事実を知ってる人ってどれだけいるのやら」


 自嘲気味に笑うリュベラ。


「あの……二部目の婚約を巡る決闘は、実際に起こったことなのですか?」


「……」


 オニキスが少し申し訳なさそうに聞くので、私達は思わずお顔を見合わせる。


「ないない! 私達って全員男の人が苦手だもん」


「私達も劇は見たけど、あれって多分天覧試合の事を脚色してるのよね」


 私達は苦笑して否定する。


「二部って確か、四人にそれぞれ婚約が申し入れられたんだよね? 貴族だったり有名な冒険者だったり。それが気に食わなかった女の人達が結託して、凄腕の冒険者を雇ったりして決闘を申し出た……って話だったよね。結局四人が圧勝するけれど、人や街を救うための旅に出るっていうので劇が終わるんだよね」


「ほんと、面白おかしく脚色されて嫌になっちゃうわ」


 その時も色々あったのだけれど、劇のお話とは関係ないので話さないでおく。三人がちらっと私の方を見る。そんな三人を私が笑顔で見つめ返すと、私の心が伝わったかのように、三人も笑顔に変わる。あのすれ違いがあったおかげで、もっと深く、仲良くなれたんだと私は思っている。


 それからしばらく私達の旅の話を続けた。


「ねえ、あの話をして良いかな?」


 ガネット達になら話してもいいと思えたので、私はみんなに話してみて良いかを伺った。


「瑪瑙がそうしたいと思うなら」


「私達は構わないよ」


「お前さんの好きにすると良いのじゃ」


「ん!」


 誰も反対せず笑顔で頷いてくれる。そんな私達のやり取りを四人は不思議そうに眺めていた。


「ねえ、メラーナが魔界から来たって事は知ってるよね?」


「うん、魔族の女の子だったよね」


「私は報告に上がっていたのを見ていました。お姿を拝見することが出来なくて残念でしたわ」


 当然ガネット達はメラーナと実際に会っているし、ヘッケルの領主のお屋敷で起こっていたことも知っている。オニキスにも報告にあがっているだろうから、彼女も名前は知っているだろう。


「メラーナは魔界ってところから来たらしいけど、私も別の世界から来た異世界人なの」


「……え?」


「メノウも魔界からきたの?!」


「ううん。私は地球の日本っていう所から、この世界に放り出されたの。その時に私を保護してくれたのが、リステルとルーリの二人。私達が旅をしている理由はね? 私が元の世界に帰る方法を探すために、オルケストゥーラ王国の研究都市へ向かっているんだよ」


「……そうだったのですね。大変……だったでしょうに……」


「うん。二人に助けてもらってなかったら、私は死んでたよ。色々辛いことはあったし、これからも色々起こるんだろうとは思ってる。それでも、みんながいるから私は頑張れる」


「……ねえ、この世界に留まろうとは思わなかったの?」


「ガネット止めなよ」


 慌ててガネットを止めようとしてくれるアンデ。


「でもでも! みんな見たでしょ? 肩にあんなしっかりと噛み跡を付け合うほど想い合ってるんだよ?!」


「……あははは……。考えなかったわけじゃないんだよ? 諦めそうになったこともあるし。でも、私にだって大切な両親がいるの。仲の良かった友達もいる。それを全部投げ捨ててこの世界で生きようとはできないほど、私には大切なんだよ……」


 私がそう答えるとリステル達は少し寂しそうな顔をする。


「そうでしょうね。私が突然別の世界に放り出されたとしても、同じことをするでしょう。人との繋がりはそう簡単に断てるような代物ではないと思います。想像するだけで胸が苦しくなるのです。実際にその立場にいるメノウさんは、もっとお辛いでしょう……」


「そっか。メノウがなんでメラーナが帰った後にもう一度扉を開いたのかが、ようやくわかったよ。そこで話していたことも」


 オニキスは私に同情の視線を向け、リュベラはうんうんと頷く。


「あの時はちょっと不用心だったね。このことはあんまり話さないようにしていたんだけど、ついつい気が逸っちゃってね」


「そりゃあ目の前で別の世界から来たって子が帰れたら、自分もって焦るでしょう。私、メノウを尊敬するわ。強いのね」


「さっきも言ったけど、何度も挫けて諦めそうになったよ。私の世界は魔物なんていなくて、のんびりと生きてきた人間だから……。みんながいてくれたおかげで、私は今此処にいるよ」


 アンデは私を強く抱きしめ背中を優しく叩く。その眼には涙が浮かんでいた。


「……メノウごめん。私、凄い酷いことを言ったわ」


「ううん。リステル達の事を考えてくれたんだよね? それがちゃんとわかってるから気にしてないよ」


 申し訳なさそうにしているガネットに、私はできるだけ優しく話す。ガネットの言っていることがわからないわけではないから……。私とガネットが話している間、オニキスは何やら口に手を当てて何やら考え込んでいる。


「メノウさん、あの……」


「ん? あーメノウでいいよ。私もオニキスって呼ばしてもらってるんだから」


「ありがとうメノウ。それでなのだけれど、精霊の棲み処へ一緒に行ってみない?」


 精霊の棲み処という言葉には聞き覚えがあった。確かルーリが水精霊がいる場所で、王族が管理している所だったはず。


「そこに何かあるの?」


「水の大精霊様に話を聞いてみるのはどうかしらって思ったの。水の大精霊様はいつからそこに存在しているかわからないほど、長く生きていらっしゃるの。メノウの事も何かわかるかもしれないわ」


「その大精霊様とは簡単に会えるの?」


「ええ、道中は大変ですが、代々王家とそれに(ゆかり)のあるものが管理をしてきました。我々も五年に一度は大精霊様にご挨拶にいきますから」


「今年がその五年目?」


「いえ、三年後に会う予定になっています。ですが、別にその時にしか会ってはいけないわけではないのですよ」


 思わぬところで精霊と会えるかもしれないチャンスが巡って来た。だから自分の心の状態をちゃんと説明しておこうと思った。


「元居た世界に戻る方法を探す以外にも、実は精霊に会いたい事情があったの」


 私は、心の状態の事を自分がわかる範囲で説明する。


「ああ、心を癒してもらのね? 我が王家の先祖も、心を癒すための静養に、精霊の棲み処へ訪れることがあったみたいね。お父様も癒してもらいに行ったと聞いてるわ。だったらなおの事、一緒に行きましょう!」


 とても嬉しそうにオニキスは話す。


「そんなに簡単に行けるものなの?」


「そうね。準備に少し時間が必要なんだけど、構わない? 流石に今日計画して明日には……とはいかないもの。十日くらいかな?」


 王女様であるオニキス。学校にも通っているらしいし、流石に色々と予定が詰まっているようだった。


「オニキスも一緒に行くの?」


「ええ。あそこは王族の誰かが一人でもいなければ入れないからね」


 こうしてオニキスの準備が整うまで、私達は首都でのんびりと過ごすことになったのだった。

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