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終わりと始まりは突然に  作者: 水無月 真珠
フラストハルン王国編
136/168

もう一度あなたと

「……で? そろそろ一年経つでしょう? 私のお願いはいつ聞いてくれるのかしら?」


 街にある建物で一番大きな屋敷の中、執務室に入って来た少女が椅子に座った男性に少しきつい口調で問いかける。

 その少女は腰より長い漆黒の髪をなびかせ、少し尖った耳、額からは小さな二本の角が生え、腰から蝙蝠のような黒い羽が飛び出ている。


「……」


 問い詰められた男性は、そんな少女を意にも介さず黙々と書類に目を通している。


「助けられた恩があったから知恵を貸したけれど、そもそもある程度教えたら魔界に戻る協力をしてくれるって話だったじゃない? それを反故にするつもり?」


「何も反故にするとは言っていないさ、メラーナ君。ただ、私としては君にここに留まってほしくてだね……」


「私、ちゃんと言ったよね? 魔族相手に約束や契約を破る事が、どういう事になるか」


「まっ待ってくれ! もう少し時間をくれ! そうそう保有魔力量が多い人間なんて見つからないんだ!」


「……見つける努力はしてくれた?」


「……っ」


 男性は黙ったまま、メラーナと呼ばれた少女から目を背けた。


「はあ、だめね。これは私とあなたの契約だった。私が魔界や魔族に関する知識をあなたに提供するかわりに、あなたは私が魔界に戻るために、保有魔力量が多い人か、魔法が使える人を複数人集めてくるっていう契約だった。あなたはそれを履行しなかった。この街の領主なんだから、何かやりようはあったでしょうに……」


 メラーナは指をパチンと鳴らす。

 すると、男性の胸から黒い炎のようなものが現れ、一瞬で消えた。


「なっ何をした?!」


「契約不履行による罰則(ペナルティー)をあなたに課したの。これでも随分と手加減したんだから、感謝してほしいわね。それじゃあ私は、自分で探すことにするわ。さようなら」


「何を勝手なことを! 貴重な魔族のサンプルをみすみす逃がすか!」


 男性は机を叩き、立ち上がろうとするがピクリとも動かない。


「……あ、足が……動かん……」


「ペナルティー。これもちゃんと教えたけれど、闇属性の魔法は、魂に干渉する。殺そうと思えば、殺せるのよ? でーも! 途方に暮れていた私を助けてくれたこと、こっちでの生活を今まで面倒を見てくれたこと、そのことを合わせて考えて、下半身の自由を奪うだけにしておいたよ」


「そ、そんな馬鹿なっ!!」


「それじゃあね領主様」


 メラーナは一言そう言うと、今も必死に足を動かそうともがく男性に見向きもせず応接室を出る。


「メラーナ!」


 応接室を出ると、一人のメイドがメラーナに駆け寄って来た。


「はあ、ごめんグレース。私、ここを出て行くよ」


「……いえ、こちらこそごめんなさい。一介の侍従如きに領主様に意見できるわけもなくて……」


「ううん。グレースは色々私に教えてくれたし、面倒も見てくれた。この世界に放り出されて色々あったけど、この一年はあなたのおかげで楽しめたわ。でも、そろそろ帰らなくちゃ」


「このまま正面玄関へ行くつもり?! もう警備兵が集まってるわ!」


「わかってる。でもここの警備兵、魔法使える人いないから。堂々と出て行くよ」


 メラーナはそう言って、廊下を歩く。

 ロビーへの階段がある場所へと到着すると、階下には異変を察知した警備兵が、すでに武器を構えて待ち構えていた。


「魔族め! 正体を現したな! お館様に何をした!」


「失礼ね! 今までちゃんと協力してきたじゃない! 約束を破ったのはあの人よ!」


「黙れ! 所詮貴様は、人の皮を被った化け物だ!」


「……酷い」


 武器を構えてこちらを睨みつける警備兵の中には、この一年で何度か会話を交わした男性もいた。

 そんな男性達も、メラーナの事を化け物を見るような目で見ていた。


 メラーナは、ゆっくりと階段を下りる。


「其は魂より発露せし雫。数多知恵ある生者の根源也。叫喚せよ! フィアー!」


 詠唱を終えた瞬間、警備兵達の中央に黒球が現れ、黒い闇が彼らを飲み込んだ。


 うわああああああああああっ!!!

 助けてえええええっ!!!

 ……あっ! ああああああっ!!


 黒い闇が消え失せた途端、警備兵の大半が腰を抜かし、泣き叫び始めた。

 中には泡を吹いて倒れる者、失禁するものまでいた。


「……何を……したの?」


 その一部始終を見ていたメイドのグレースが、顔を青くしてメラーナに聞く。


「闇属性中位下級、フィアー。相手の精神に干渉をして、その者が恐怖を感じる幻覚を見せる、または私が考えた幻覚を見せる魔法」


「幻覚?」


「そう、今この人達が見たのは、自分以外の仲間が一瞬にして死んでしまうと言うちょっときつい幻覚。しばらくしたら幻覚から覚めるから、命に別状はないよ。もしこれで、自分が死ぬ幻覚を見せちゃったりしたら、本当にそのまま死んじゃうこともあるんだけどね。だから、自分以外が死ぬ幻覚を見せたわけ」


 恐怖に泣き叫び、腰を抜かし、メラーナから後ずさりする警備兵達の中央を、グレースと共に歩き、玄関へと向かう。


「ああ、そうそう。あの領主なんだけどさ、足が動かせないようにしちゃったんだけど、二日で元に戻るからって言っておいてあげて。今頃絶望してるかもしれないから」


「ねえ、メラーナ。こんなことができるんだったら、もっと早くに出ていけたんじゃないの? どうして今まで大人しくしていたの?」


「なんだかんだ助けてもらったから。お礼はしたかったし、契約を持ちだしたのはあの男からだったしね。ちゃんと履行してくれてたら、私としてももっと穏便にここを去れたのに……」


「……ごめんなさい」


「グレースが謝る事じゃないって。それじゃあ私は行くよ。さよなら、グレース」


「……さようなら、メラーナ。この一年、楽しかったわ」


「私も! じゃあね!」



 領主のお屋敷を出た私は、早速街へと繰りだした。

 まずは何をするべきか。

 お金はこの街の領主から結構な額を貰っていたので、当面旅の資金には困らないだろう。


 宿をとって、冒険者ギルドへ行くのがいいか。

 そう思い立ち、すぐさま宿を確保し、冒険者ギルドへと赴いた。

 流石に街をこうやって堂々と歩くと、私のこの姿は目立つらしい。

 久々に奇異の目を向けられる。


「……羽はまあ、マントの中に折りたためるとして、尻尾も隠せる。角は……帽子でも被るか……」


 冒険者ギルドの中へ入る。

 すぐさま私の姿に気づいた人が、ぎょっとした表情をする。

 それに構わず、私は冒険者ギルドの受付へ行く。


「――ごきげんよう。冒険者ギルドへようこそ。本日はどういったご用件でしょうか?」


 受付の女性は私の容姿に一瞬目を開いたと思ったけど、すぐさま笑顔で応対してくれる。

 その対応に、少しだけ感動を覚えた。


「えっと、魔法が使える人を探しているんです。できれば、魔力保有量が多い人がいいのですけれど、心当たりってありますか?」


「魔法……ですか? 位級はどの程度?」


「高ければ高いほどいいのですが……」


「……生憎、現在私共が把握している冒険者の方で、魔法を扱える人は下位上級まででして……」


「あちゃー……」


 そう易々とはいかないか……、そう思った矢先だった。


「メノウに触れるな!」


 少女の怒号が響き、それと同時に男性が弧を描いて吹き飛んでいく様が見えた。


 その怒号が聞こえた方を見る。

 そこには怒りに眉根を寄せ、体が薄緑に輝く少女がいた。

 良く見てみると、その少女は誰かを背負っている。


「わっ悪かったって! そんなに怒らなくてもいいだろう!」


「失せろっ!!! 今度触れようとしたら、腕ごと斬り飛ばしてやる!!!」


「ひっ!」

「待てっ待てよ!」


 少女の剣幕に恐れをなしたのか、小さな悲鳴を上げる男性と、先ほど吹き飛ばされた男性の二人が慌てて冒険者ギルドから逃げていく。


「ねえ、あの女の子の事を知ってる?」


 私は受付の女性に、彼女の事を聞いてみた。


「……いえ、今日初めて見る女の子ですね。おそらく最近ここに来た方だと思います」


「……へえ。もしかするとあの子なら、条件を満たせるかも!」


 出来れば、優しそうな人が良かったんだけど、選好みをしていたらキリがない。


「私、彼女に話しかけてきます!」


「えっ?! あ、はい、お気をつけて……」


 受付の女性は私の言葉に戸惑いつつも、そう言って送り出してくれた。


「こんにちわ。少しお話を聞いてもらえませんか?」


 受付に向かおうとした女の子に近寄って声をかける。

 どうやら、三人ほど仲間の女の子がいるようだった。

 背負われている女の子は、今の騒ぎでも目を覚まさないようだ。


「――?!」


 私が呼び掛けた女の子とその仲間たちは、私の姿を見た瞬間顔色を青くして、目を見開いて驚いているのだった……。


 ――――――――――――――――


 私達はヘッケルと言う街へ到着した。


 瑪瑙が目を覚まさなくなって十日。

 トライグルでサフィーアが言っていたような、瑪瑙の介護が必要になる場面は結局は来なかった。

 水も飲まず、食べ物も口にせず、排泄もせずにいる。

 顔色は変わらず白く、呼吸も弱く、体温も低い。


 それでも、瑪瑙はまだ生きている。


 朝起きたら、いつも通りの笑顔で、


「おはよう」


 と、言ってくれるんじゃないかと、今も思ってしまう。


 それとは真逆に、目を覚ました時に瑪瑙がもう死んでいるんじゃないかと怖くなる時もあった。

 目が覚めた時にはもう、瑪瑙は息をしていなくて、冷たくなっているんじゃないかと……。


 そして目が覚めて、変わらぬ現実に絶望する。

 一日一日が過ぎていくことが怖かった……。


 サフィーアの言った通りに、トライグルに瑪瑙とサフィーアを残して、私達が旅をつづけたほうが良かったんじゃないかと、何度も心の中で自身に問いかける。

 だけど、私の心は何度もその考えを拒否してしまう。


 もし、私達がいない時に瑪瑙に何かあったら。

 そう考えただけで、私は怖くて何もできなくなってしまうのだ。


 誰も、何も、喋ろうとしなかった。

 それでもサフィーアは、率先して今まで続けてきたように情報収集を率先して行ってくれた。


 私は……私は……。


 ヘッケルに到着して、私達はすぐに宿をとった。

 そのまま私達は冒険者ギルドへ行く。


 私はずっと瑪瑙を背負っている。

 ハルルも本当は瑪瑙の面倒を見たいと思っているはず。

 それはわかってる。

 でも、どうしても譲りたくなかった。


 こんなことが罪滅ぼしになる訳なんて無いのに……。


 宿に瑪瑙を寝かせてあげて、誰か一人が面倒をみるという方が安全だし、瑪瑙への負担も少ないのは分かっている。

 でも、そんなことしたくなかった。

 もう誰とも、一時ですら、離れ離れになりたくはなかった。


 怖くて怖くてたまらないのだ。

 また、誰かがいなくなってしまうんじゃないかと……。


 冒険者ギルドへ入る。

 少しざわついている事に気が付いたけれど、関係なく受付へ向かおうとする。


「おっ! お嬢ちゃん達すっごい可愛いね! この街に来たばっかりだったら、俺達が案内してやろうか?」


 二人の冒険者と思しき男が話しかけてきて、私達の前を塞ぐ。

 いつもだったら一言どいて欲しいと言う所だけれど、そんな余裕がない私達はこの男達に苛立ちを覚える。


「どいてくれんか? 今、貴様等の相手をする余裕はない」


「――!」


 サフィーアが低い声を出し、男二人を睨みつけると、驚いたように目を見開いて顔を見合わせる。


「あっはっは! お嬢ちゃんみたいな可愛い女の子が凄んでも、可愛いだけだよ?」


 残念ながら、男達は声をあげて笑い、引き下がるつもりはないようだった。


「そのおぶっている子はお疲れで眠ってるのかな?」


 突然私の前まで一人が歩み寄って、おもむろに瑪瑙の頭に手を乗せた。

 その行為に、私の怒りが爆発する。


「瑪瑙に触れるな!」


 私は男めがけてウィンドバレットを撃ちこみ男を吹き飛ばした後、風を体に纏い、もう一人の男を睨みつける。


「わっ悪かったって! そんなに怒らなくてもいいだろう!」


「失せろっ!!! 今度触れようとしたら、腕ごと斬り飛ばしてやる!!!」


「ひっ!」

「待てっ待てよ!」


 血相を変え、男二人は逃げ出していった。


 ギルド内がしんと静まり返る。


 私達は構わず、再び受付へと向かおうとすると、今度は一人の少女が私達に声をかけてきた。


「こんにちわ。少しお話を聞いてもらえませんか?」


 さっきの事でイライラしていた私達は、声をかけてきた少女へ敵意を露にして目を向けた。


「――?!」


 だが、それは瞬時に驚きへと変わった。


 話しかけてきた少女の額には、小さな二本の角が生えていた。

 それは、先日私達が殺した女、エーデルのようだった。


 まさか、仲間を殺した私達を探してやってきた?

 そう思ったのだ。


 ハルルが大鎌を構え、臨戦態勢をとる。


「ハルル達に何の用!」


 ハルルが叫ぶ。


「ちょっとちょっと落ち着いて? そう敵意を剥き出しにされると話せないじゃない」


 慌てた様子を見せ、少し後ずさる少女。


「貴様、ジェリー達の仲間か?」


 いつでも魔法を放てる態勢をとっているサフィーアが静かに問う。


「ジェリー? 知らないけど……。私と同じような姿をしていたの?」


 少女は困ったようにそう言うと、服の背部分をめくり、蝙蝠のような、髪の色と同じ真っ黒な羽を伸ばしてみせた。


 それを見て、私達は一層警戒を強める。


「……あれ? この羽を見て驚かないって事は、あなた達、魔族に会ったことあるの?」


「魔族? 失礼ですけど、あなたのその角と羽は、生まれながらにあったものですか?」


 何かに気づいたのか、ルーリが少女の前に立って話す。


「変なことを聞くわね? そりゃあそうじゃない?」


「念のためにお聞きしますが、元は普通の人間で、後からその姿になった……なんてことは無いんですね?」


「そんな事って……まあいいわ。違うわよ。私は元々この姿。そりゃーもっと小さい頃は、羽も尻尾も小さかったけど」


 そう言って少女は、ひざ下まであるスカートの裾をめくり、左太腿を露にする。

 そこには、黒いアクセサリーのようなものが付けられていた。

 だが、次の瞬間その黒いアクセサリーのようなものが突然動き出し、するするとほどけていき、一本の細長い尻尾に変わった。


「どう? 尻尾をどうしようかと思ったんだけど、普通にしてたらスカートめくれちゃってお尻が丸見えになっちゃうし、腰に巻き付けとこうかなとも思ったんだけど、芸がないし。こうやって太腿に巻き付けておくのって、お洒落じゃない?」


 そう言って、再び左太腿に尻尾を巻き付ける少女。


「わっわかりましたから! スカートを下ろしてください! 男性の目もあるんですよ!」


「おっと!」


 ルーリが慌てて言うと、少女は少し顔を赤らめてスカートを下した。


「失礼しました。みんな、この人は多分あいつらとは関係ないと思う」


 ルーリが少女に頭を下げ、私達にそう言う。

 私達はほっとして警戒を解く。


「すまんのう。少し余裕がなくてのう……」

「ごめんなさい……」

「……ごめんなさい」


 私達は少女に謝る。


「ううん。わかってくれればいいの! 私メラーナ。ちょっとお願いしたいことがあって、あなた達に話しかけたの」


「……ごめんなさい。私達、依頼を受けられるような状態じゃないの。悪いけど他を当たってくれないかしら?」


 ルーリは申し訳なさそうに、メラーナと名乗った少女に断りを入れる。


「そう言わずに! お願い! あなた達に頼めなかったら、次はどこで巡り合えるかわからないのっ!!! だからっ!! この通り! お礼はするからっ!」


 手を合わせ、次は頭を下げる。


 どうしてかわからないけど、このメラーナと言う少女を見ていると、心が少し軽くなった気がした。

 たぶん、ルフェナのような明るさがあったからだろう……。


「話を聞くだけ、聞いてみようか?」


「……リステル」


「妾は別に構わんが……」


「困っているのは間違いないみたいだからね」


「リステルお姉ちゃんがそうしたいなら、ハルルもいいよ」


「ありがとう、みんな」


 私達のやり取りを聞いたメラーナは、


「それじゃあ――」


 と、喜びの笑顔を見せるが、私はそれを途中で遮る。


「待って。さっき言った、私達に依頼を受ける余裕がないと言うのは、別に嘘ではないの。話は聞くけど、無理だと判断したら断るから、それは了承して」


「うん! 了解だよ! でも、そんな難しいことを頼むつもりはないの。まあどっか落ち着いたところで話をしよう?」


 今の私達にとって、彼女の屈託のない笑顔は眩しかった。

 だけど、私達から漂っていた陰鬱な空気が、少し……ほんの少しだけ、晴れた気がしたのだった。


「どこへ行こうか? あ、その背負ってる子、宿に休ませてから行く?」


「あ、ううん。ごめんね。この子とは離れたくないの」


「……そっか、わかった」


 メラーナは少し困った顔をするが、突然ぎゅるるるーという音が聞こえ、メラーナはお腹を押さえ顔を真っ赤にする。


「……聞こえた?」


「うん」


 私達は苦笑する。

 ……久しぶりに笑ったような気がする。


「ハルルもお腹すいた」


 ハルルが小さくつぶやいた。

 そう言えば瑪瑙がこうなってから、ハルルがお腹すいたと言わなくなっていた。


「メラーナさん」


 ルーリがメラーナに話しかける。


「あ、呼び捨てでいいよ。そっちの方が気楽でしょう?」


 メラーナは気さくに話す。


「ありがとうメラーナ。私の手作りでよければ、外に出て食事をしない?」


「いいの?」


「あなたが良ければね?」


「いくー!」


 メラーナは嬉しそうに快諾した。


 外壁を出て開けた場所で、料理を始めるルーリ。

 勿論、私達も野菜を切ったりして手伝いをする。

 瑪瑙は、テントを張ってその中で休んでもらっている。

 途中、簡単な自己紹介は済ましてある。


「私も手伝う?」


「ううん。メラーナはお客さんだから、美味しくできるように祈ってて」


「あはは。みんなの姿を見ていたら、慣れているのが良くわかるから、心配はしてないよ」


 しばらく沈黙が続く。


「ねえ、メノウの事を聞いていい?」


「……」


「あの子、目を覚まさないの?」


「……うん。もう十日は経つかな? 瑪瑙の事はいいよ。それより、私達に頼みたいことって何?」


 あまり口に出して話したくはなかったので、メラーナの頼みたいことを聞こうとした。


「……うーん。ちょっと待ってて」


 そう言ってメラーナはすたすたとテントへと入っていく。


「ちょっとメラーナ! やめてっ!」


 慌てて止めるが、メラーナはテントの中で横になっている瑪瑙の額に手を置いた。


「……」


「私のせいなの……」


 思わず私はそう言った。


「心が壊れちゃってるのね?」


「――え?! どうしてわかるの?」


 メラーナが少し悲しそうな表情でつぶやいた言葉に、私は驚いた。


「まだ話してなかったわね? 私、闇属性の魔法が使えるの」


「闇? そんなの聞いたことない」


「でしょうね。こっちの世界の人達は、魔法もマナも五属性の存在しか知らないって、私も聞いてたから。でも本当は、七属性。地・水・火・風・光・闇・無の七属性あるの。私の住んでる魔界は闇のマナが、こっちの世界に比べて濃い世界だからね。闇の魔法も結構身近なんだよ。ちなみに、天界は光のマナがここより濃い場所って聞いてる」


「……それが、瑪瑙の心が壊れていることがわかる理由に、どう関係するの?」


 他のみんなも料理を中断して、瑪瑙の下まで集まった。


「闇はね、魂を司るの。だから、今のメノウの状態が良くわかるの。今彼女は夢を見ているわ。夢の内容までは見てないけれど……」


「夢? どうして夢なんて?」


「……心がバラバラに壊れるほどの辛い思いをしたから、何もかもを魂の中に閉じ込めちゃっているの」


「……そうなんだ」


「……メノウの目を覚まさせたい?」


 メラーナの一言に、思わず涙が溢れてくる。


「あっあたりまえじゃない……。大好きで大切な人なんだもん……」


「……壊れた心を無理やりに元に戻すことって、闇属性魔法だったらできるの」


「……え?」


 突然言い出したことに、私は一瞬理解が追い付かなかった。


「そっそれは、瑪瑙が目を覚ますこと言う事か?!」


サフィーアが大きな声を上げて聞く。


「……ううん。それはまた別。魂の中に隠れてしまっている、彼女の意志を引きずり出さないといけないの」


「それは、できないの?」


「……彼女が、自らの意志で目覚めようと思わない限り、心を無理やりもどしても目を覚ますことは永遠に無いわ。ただし、呼びかけることは、できるけどね?」


 そう言って、メラーナは私達を見る。


 そして。


「どうする? あなた達にとっては、辛い現実を思い知ることになる可能性が高いけれど、試してみる?」


 思わず降って湧いた瑪瑙が目を覚ますかもしれないチャンス。

 だけど、瑪瑙自身の意志がなければ、永遠に目覚めないと言う。


 もし、瑪瑙がこの世界に生きることを諦めてしまっていたら。

 そう思っている瑪瑙を引き戻すようなことをしてしまうのは、酷い事なのでは、残酷なことなのではと思ってしまう。


 それでも……。


「話したい! 瑪瑙と話したい!」


 また、笑顔で話をしたい!

 旅をして、料理を手伝って、手を握って、頬を寄せて、一緒にいたい!


「わかった。頑張ってみるよ」


 私達は、メラーナに託すことにした。

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