第8話 オズワルド①
仕事場に戻ったオズワルドを待っていたのは、十二歳年上の姉エミリアだった。部下は彼女に追い出されたようで、姉は一人で何やら書類とにらめっこをしている。
ドアの開閉音に気づいたらしいエミリアは顔を上げて弟を見ると、ニヤリと笑った。そのまま何も言わずにニヤニヤしているのでオズワルドは顔をしかめ、黙って机に戻ると仕事の続きを始めた。
「グレース嬢の店に行ってたんだな?」
声にまでニヤニヤが入っているような調子の姉を無視していると、今度は鼻歌が聞こえだしてきて呆れた。
「邪魔をしたいだけなら出ていっていただけますか?」
はっきり言って邪魔である。
「そう言うな。幸福そうな弟の顔を見て喜んでいるだけだ」
「幸福そう? たしかにお腹いっぱい美味しいものを食べてきましたが」
とぼけて見せるが相手には当然通じない。はあと大きくため息を付き、手にしていた書類を置いた。
「はいはい、たしかに幸福ですよ。わかったら黙って仕事をさせてください」
「ふむふむ。素直でよろしい」
再び書類に目をやるが、脳裏に浮かぶのはさっきまで一緒だった女性の姿だ。
最後に特別だと言って出してくれたコーヒー。
青い炎をうっとり見つめる顔はとても可愛らしく、彼女にバレないよう気をつけながらも懸命に目に焼き付けた。
グレースは不思議な女性だ。
誰からだっただろう? 珍しい店ができたからと教えられ、初めてぶらりと立ち寄った時には驚いた。店の雰囲気も変わっているが洗練されていて、コーヒーも珍しい食事も美味しくてすぐに気に入った。
だが給仕をしているグレースが、伯爵令嬢その人であることに気づいたオズワルドは内心唖然としたのだ。
彼女が本人だと気づいたのは、数ヶ月前に亡くなったソリス伯爵の地位を長男が継ぐために、彼女とその弟が王宮を訪れているのを目にしていたからだ。
記憶をたどってもグレース嬢に覚えがなく調べたところ、大変体が弱く社交界デビューもしていないことが分かった。
だが父親の死で弟を助けるために、王都で店を開いたらしい。
笑顔を絶やさないグレースだが体が弱いのは本当らしく、時々心配になるほど頬がこけることがある。顔色も悪いのに、それを感じさせないほど元気に明るく働く姿に目を奪われた。




