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第九十七話 四人の従者

 キュウは透明になっているので、他人との接触を警戒して人通りが少ない道を選んで進んだ。歩いている間も全力で耳に神経を集中させ、エンシェントとセフェールの足音を聞き逃さないように足を運ぶ。それでも何度か立ち止まって、振り返って二人の姿がないか確認してしまう。


「あの」

「どうした?」

「何か問題でもありましたかぁ?」

「いえ」


 キュウは普段から一人で洗濯へ行っているし、買い物やギルドの依頼を見に行くこともある。なので一人だから怖いというのではなく、三人で歩いていて一方的に見られているのが何だか落ち着かないのだ。


 それでも少し早足で歩いていき、見慣れた風景になってくると、キュウの胸中に安堵の思いが広がっていく。


 エンシェントとセフェールというキュウから見れば圧倒的な強者と共に居ても、主人が傍に居ない状況で大きな事件に巻き込まれるのはやはり不安だった。


 見慣れた宿が見つかり、思わず駆け足になる頃には主人からの「心配させるな」という言葉を想像して、足取りが浮ついたものになっていた。


 透明になっているために宿の従業員に気付かれることなく、キュウは一直線に宿泊している部屋へと向かって行く。


 二人の従者は主人が話題にしていた強力な従者で、それを連れてきたのを褒めて貰えるのではないかという、少しだけ都合の良い気持ちが、もうすぐ主人に出会えるという期待から湧いてしまう。


「先手必勝なのじゃぁ!」

「空蝉っ」


 部屋のドアノブを掴んで扉を開こうと思った瞬間、そんな声が聞こえた。木製のドアを破砕音と共に蹴破り、不思議な格好で空中で右足を突き出したアルティマが見えた。スキルを発動させたのか、エンシェントとセフェールの二人の姿がキュウの目の前に現れる。


 エンシェントはアルティマの空中蹴りをまともに受け、キュウの身体は気付いた時にはセフェールに抱きしめられて三メートル以上後方に下げられていた。


 アルティマが着地した音がやけに大きく響く。


「え、エン、じゃと?」

「いやぁ、なかなかのクリーンヒットですねぇ」

「セフェもか?」


 エンシェントの頬には、たった今アルティマの蹴りが炸裂した痣が残っていた。美人が台無しなど言われるけれど、まさしくそんな感じだった。


 エンシェントの全身から立ち上る殺気が怖い。それを見たアルティマは怯えた表情を見せている。


「アル」

「お、おお、エンよ。あ、あれなのじゃ。よ、よくここが分かったの」

「キュウが案内してくれてな」

「きゅ、キュウか! あ、主殿が心配していたのじゃ! いやぁ、無事で良かったの!」

「それだけか?」

「も、申し訳ないのじゃ! 妾が悪かった! 主殿の願いを遂行するために先走ったのじゃ。決して、キュウを蔑ろにしていたわけではない。本当に反省してるのじゃ」


 アルティマはキュウへ向かって土下座をしていた。エンシェントはそれを見下ろしている。セフェールがキュウを抱きしめる力が弱まっていた。キュウは状況について行けない。


「キュウへ謝罪したのなら、この一撃は主を見つけたことと帳消しだ」

「すまぬのじゃ、エンよ」


 ついて行けないキュウは、促されるままに部屋に入った。


 セフェールが何かのスキルを使うと、エンシェントの頬の痣が消えただけでなく、アルティマが破砕した木製のドアが何事もなかったかのように元へ戻った。




 昨日部屋を変えたばかりの三人部屋は、内装は主人と一緒に数ヶ月を過ごしてた部屋と大きく変わらない。しかしキュウにとって数日前まで会ったこともないしゃべったこともない顔ぶれが揃っており、居心地が悪く一番端に座って縮こまる。


「アル、主に連絡を」

「分かったのじゃ」


 エンシェントは事情を聞くなどの手順をすべて脇に置いて、アルティマに主人へ連絡を取るように言った。この場にそれを咎める者は居ない。エンシェントもセフェールもアルティマも、もちろんキュウも、主人への連絡が最優先だと思っているからだ。


 落ち着いて見てみると、アルティマの周囲に普段は見ない種類の魔力が集まるのが分かる。あの魔力が、キュウの主人やピアノやアルティマが魔法道具を使わず、キュウやラナリアは魔法道具を使って会話するための魔力なのだ。


 キュウは主人がわざわざピアノと取引をしてくれた通信用の魔法道具を、襲撃された際に無くしてしまったことを思い出して気持ちが沈んでしまう。こういう時は変な挽回をしようと思わず、正直に話して謝らなければならない。嘘を吐いて誤魔化すのは、最も信頼を失わせる行為だ。


 まずは相談しようと思う。それからピアノのところへ行って、もう一個作ってくれないか頼み込むのが良いだろう。


 そんなことを考えて待っていると、アルティマの表情が歪んだ。


「あ、主殿と繋がらないのじゃ」


 焦ったアルティマに対して、エンシェントとセフェールは冷静そのものである。


「キュウから話は聞いているが、アルは主とチャットできたんだな?」

「うむ。主殿と再会してからは、いつものようにできたのじゃ」

「なら主はチャットが届かない空間に入ったんだろう」

「特殊ボスモンスターが創成する空間、もしくはイベント空間ですかねぇ」

「ならば主殿が出てくるまで待つのじゃ。主殿は、本当にキュウの安否を心配していた」

「そうだろうな」


 主人が心配してくれていた。そう言われると、なんだかとても嬉しい。けれども、それはキュウとアルティマの実力が天と地ほど離れており、キュウが頼りないことを示していると気付き、嬉しいなんて思った自分を叱咤する。


「アルが交戦した二人は倒したのか?」

「一人は捕まえたが、一人は逃げられてしまったのじゃ。主殿は城にも奴らの仲間が居ると言っておった」

「そうか。ならラナリアと合流したいな」

「何? しかし、主殿はここで待つように言っていたのじゃ」


 キュウもここで主人を待っていたほうが良いと思っていたので、不思議に思ってエンシェントの様子を窺ってみる。


「キュウの次に狙われる可能性があるのがラナリアだ。固まっていたほうが守りやすい」

「たしかにぃ、あいつらにラナリアが人質にされるとぉ、身動きが制限されますからねぇ」

「わ、妾もそう言おうと思っておったのじゃ。主殿が戻った時、妾たちが完全な状態になり、どんな敵だろうと撃滅できるからのっ!」


 三人がキュウを見つめた。突然注目されて、キュウは自分の背後を確認したくなった。しかし自分の背には宿屋の壁があるだけで、何もないことは良く分かっている。


「キュウはどう思いますかぁ?」

「この国に来て最も長く主と共に居たのはキュウだ。遠慮せずに意見を言ってくれ」


 アルティマの戦闘力が高いのは分かっているし、エンシェントとセフェールが色々と優秀であるのはこの目で見たし主人から聞いている。ラナリアの優秀さは言うまでも無い。その四人が合流して最強の主人を待つという案に対して、どんな意見を挟めば良いのか分からない。


「い、良いと思います………」

「キュウ、私たちは神様でも何でもない。最善を尽くそうと思っているが間違えることもある。思うことがあったら、言ってくれ。反対意見を出したところで、恨み言を言う者は居ない」

「いやぁ、エンさんのそういう態度に萎縮しているのではぁ?」

「これは主が私に望んだものだから直すつもりはない。キュウ、これが私のしゃべり方だ。気にするな」

「あ………」


 一瞬だけ、エンシェントが主人とだぶって見えた。主人と初めて会った日、少しばかりぶっきらぼうな口調の主人の言葉が怖くて萎縮していたら、同じようなことを主人に言われた。


 そう思ったら自然と口が動いた。


「私もそれで良いと思います。ご主人様は、お戻りになられたらラナリアさんへ連絡するはずです」


 実際には最初にキュウへ連絡するが、キュウは通信用の魔法道具を失ってしまったので連絡ができない。実力から考えてアルティマへの連絡は後回しにする。だからキュウの次はラナリアの情報網に掛かったかどうかを確認すると思う。ラナリアの無事も確認できて一石二鳥だ。


「それに敵戦力がはっきりしない状況なら、こちらは厚くしておくのも良い。ピアノさんが居れば安心できる」


 戦力という意味ならアルティマ、エンシェント、セフェールが揃っている今もあまり変わらない気がするのだが、彼女たちにとっては大違いのようだ。


「えっとですねぇ。プレイヤーが三人居るということはぁ、最悪の場合はそれぞれに従者が八人。つまり二十四人居る可能性があるってことになるんですよぉ」

「もっと言えばプレイヤーは三人とは限らない。五人、十人と居れば、敵チームは百に上る可能性もある」


 そう言われて、ようやくエンシェントたちが言っている意味を理解できた。


 敵戦力は数千レベルの一騎当千の戦士が百人近く居るかも知れない。それも一人一人の強さは分からないのだ。警戒してし過ぎることはない。キュウは一刻も早く主人に会いたくなった。



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