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第九十三話 死神

 アクロシア王都の西方に広がる平原に、巨大な青い光が現れた。光は渦のように波打ち、その場に残り続けている。


 渦の中から人影が現れる。それも一人や二人ではない。十や二十でさえない。百や二百でも足りない。数千から数万の軍隊が隊列を組み、規則正しい歩調で青い光を通り抜けている。


 彼らは大砲やバリスタを始めとした攻城兵器に加え、地を駆ける魔物や空を飛ぶ魔物に騎乗していて、人数に比して規模が数倍に膨れ上がったように見える軍団だった。さらに彼らの装備はアクロシア王国の精鋭たちを上回るもので、この大陸ではない誰かが何年も掛けて万の軍勢の武器を揃えたかのようだ。


 その軍の旗には、アクロシア王国の大貴族ベッヘム公爵の家紋が刺繍されている。彼らはベッヘム公爵軍であり、大貴族の命令でアクロシア王都に近い西方の平原に陣地を形成していた。


 ベッヘム公爵は現アクロシア国王と幼少期を共にした幼馴染で、今のアクロシア貴族界において最大の権勢を誇っている。加えて騎士団に強いパイプを持っていて、彼の権力は国王に匹敵するだろう。


 そんな彼がアクロシア王都のすぐ側へ、普通でない方法を使って軍を展開し陣を敷く。まともな理由のはずがない。


 渦の中から最後に現れたのは、異様な格好をした集団だった。他の者たちが多少の差異はあれど統一されているのに対して、最後の集団だけは違う。


 革ジャンや背広と呼ばれる着衣に身を包んでいる者。肉体の一部が鋼鉄の者。三メートルを超える巨体を持つ者。


「ヒヌマイトトンボの奴、いねぇじゃねぇかよ」

「君はチームチャットを見ているのか。遅れると書いてあるだろう?」

「じゃあ、あのデブもか」

「公爵閣下をそのような呼び方するな」


 革ジャンと背広の男が喧嘩をしそうになるのを見かねて、鋼鉄の腕の少年が口を開く。革ジャンの男は肩をすくめてへらへらと笑った。


「マウロがやられたんですよね? その関係でしょうか」

「まあ、あいつは課金だけの雑魚だからな。いくら装備を整えたところで、レベルを上げねぇとどうしょうもねぇ」

「でも、マウロは神戯に積極的でしたし、何か嫌な感じだったんですよね」

「親のクレカで勝手に課金しまくってた奴の考えなんか分かんねぇよ。俺は仲間に入れるよりも殺しちまった方が良かったと思ってるぜ」


 この集団は新参者のマウロ以外の全員が【覚醒】と呼ばれるやりこみ要素のコンテンツまで手を出しており、グランドクエストをクリアし、数々のレイドボスを撃破した経験がある。


 所属する全員が中位から上位のプレイヤーチームと言って良い。そんな彼らは、たった一つの目的のために協力し合っている。


『待たせた。少し予定とは違ったが、今からアクロシアを手に入れる。これが帰還への第一歩だ』


 すべては元の世界に戻るため。




 ◇




「ここは、どこですか?」


 先程までカイルの従者である狐人族の少女と戦っていたはずのマウロは、謎の空間に浮いていた。上も下も真っ暗で、どちらが空でどちらが地上かも分からない場所。左右を見回しても何も見つからない。


 唯一、マウロよりも少し年上の高校生くらいの少女がマウロと同じように浮かんでいた。マウロは異性の容姿に興味はないのだが、不思議と彼女には惹きつけられるものを感じていた。


 彼女には、何とも言えない気持ち悪さがある。見ているだけで吐き気を催してくる気さえする。それでいて目を離せない魅力があった。一言で表せば不気味だ。その不気味さが、何よりも勝る魅力を感じさせる。


「あのお姉さん、誰かは知らないですけど、邪魔はしないでくれませんか? 今からあいつらをPKするところだったんです」

「いやいや、邪魔なんかしないよ」


 少女の声は普通だったので、マウロはがっかりした。少女の不気味さが一気に損なわれてしまったと感じたからだ。彼女が口を開くまで、神秘的な何かが自分の前に現れたのかと思っていたのに、今はそう思えない。


 そう思うと、急激に苛立ちが湧いてくる。


「邪魔しない? あのですね。状況わかってます? もう今の時点で邪魔してるんですよ。僕、戦闘中だったんですよ。まったく、これだから低レベルプレイヤーは! 何も分かってないんだから」

「戦闘中? 思い切り気絶して袋に入れられた挙げ句、氷漬けにされてるのに戦闘中? あははは! 面白いこと言うね、君」

「何言ってるんですか? 僕が負ける訳、僕が、だって、僕ですよ? 僕が負ける訳ない。あんな奴らとは違う。僕は最強。僕は最強なんです」


 頭を抑えて同じ意味を繰り返したマウロを見ていた少女の、瞳の形が変わった。少女が嗤ったのだ。笑ったのではなく、哂ったのでもなく、呵ったのでもない。


 それだけで、少女に元の不気味さが戻る。マウロも釣られて笑う。


「あはっ」

「ん? どうして笑ったのかな?」

「良いですね! お姉さんの目! すごい、なんて言えば良いんでしょうか。そう。すごい綺麗です!」

「でしょう。この目は特別。私に見えないものはない。だから見える。君の中にある才能が」


 少女の言葉を聞いたマウロは、心の底からの笑顔を見せた。こんな綺麗な瞳から、認めて貰えたのだから。


「いや、バレちゃいましたか? 僕って天才なんです。格上だって何人もPKしてきました。自分を格上だって思ってる連中は、すぐに油断しますからね。その油断を突けば簡単にPKできます。お姉さんにもやり方を教えてあげましょうか?」


 マウロは上機嫌で話し続ける。自分が苦労した相手を、どうやってPKしたのか。同パーティに入って信頼させて毒殺した。初心者だと偽って後ろから刺した。知らなかったもう二度としないと泣いて謝って、台所にあった包丁でPKしてやった。


 綺麗な瞳が嗤っていたので、マウロはますます上機嫌になる。自分がいかに凄いかを話し続ける。


 どのくらい話していたか、やがて彼女は口を開いた。


「君の才能は、死の才能。死を運ぶ才能。君が神へ挑戦できる才能は、死」


 少女の手から淡い光が発せられた。光はゆっくりと動き出し、マウロの身体へ入り込もうとする。


 マウロは抵抗をしなかった。それがマウロに害するものではないと、直感的に理解できたからだ。それにこれはアニメで見たことのある展開だ。神様的存在から、新しい力を授かった主人公は最強の存在になる。自分は神様に選ばれた特別な存在になった。歓喜が次から次に溢れて仕方がない。


 少女の手の光は、太陽の如く輝きを失わない。無限とも言える何かをマウロに注ぎ込み続ける。


> 【死神】のレベルがアップしました

> 権能【即死】を獲得しました


「さあ、神戯を楽しむと良い」


 マウロは知らないことだが、最果ての黄金竜はたしかに言った。神々は勝つためにいくらでも介入してくる、と。


 少女神様と呼称されている存在は、不気味に佇んでいる。




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