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第九十話 氷の拘束

 フォルティシモは天烏をアクロシアの上空で旋回させ、マップにキュウのマーカーが表示されないか見つめる。王都の市民が騒がしい気がするが、それを気にする余裕はない。


 アルティマは反省のポーズと思われる、フォルティシモの胡座の上に手を置いて俯いている。こんな設定はしていないので、どこから手に入れた知識なのか少し気になる。


「キュウを攫った、片方の聖女はセフェだな。護衛って言うのが、フィーナから聞いた話だとエンか」

「おそらくそうなのじゃ。後光とか訳のわからんことを言っておったが、【蘇生】スキルを使えるのは【救世主】クラスしかないからの」


 無関係の第三者であるならばキュウを連れて行く必要性がない。敵の仲間に【救世主】を取得してる女が居る可能性も捨て切れないが、情報ウィンドウのキュウのHPが最大値まで戻っていた。敵ならキュウのHPを回復させるとは思えない。


 このことを確認したフォルティシモは、少しだけ気持ちを落ち着けることができた。


「けどなんでキュウを。間違えたのか? 容姿が似ているだけで、あの二人が間違えるとは」


 ふと無課金勢のピアノでは確認が難しいことを、アルティマに確認していないことを思い出した。


「アル」

「反省しているのじゃ」

「そうじゃなくて、アルはキュウが俺の従者だって分かるのか?」

「うむ。妾たちは、主殿の従者であれば同類だと理解できるのじゃ。どうやってかと言われると困るが」


 アルティマの言う通りであれば、エンシェントとセフェールはキュウがフォルティシモの従者であると理解したはず。そしてあの容姿であれば、多少の無茶をしてでも助け出すのも納得できる。


「だとしたらキュウは、無事。今は気を失ってる、通信端末を壊された、襲われたならその場に落としたかも知れないな」


「これからあいつらならどうする? あの二人なら『浮遊大陸』に帰還しようとする。キュウが俺の【拠点】に入れるかどうかも一緒に確認できるし、キュウから俺の話を聞いて俺の居場所に当たりを付ける。キュウにはもうすぐ【拠点】へ戻ることを伝えてあったし、このまま『浮遊大陸』に残したほうが安全だと判断する。他のプレイヤーと戦いになったんだし、再戦を警戒して『浮遊大陸』に立て籠もるのが最善だしな」

「主殿、一つ忘れているのじゃ。妾は望郷の鍵を使えなかった。ならば、エンらも同じ状況じゃと思う」

「………そういやそうだったな。となると、キュウから話を聞いてすぐ宿へ向かう、か」


『おい、いい加減にしろ。こいつどうすんだ』


 考えているとピアノから連絡が入った。


「ああ、悪い」


 ピアノに捕らえたマウロを任せきりにしてしまっていた。すぐに倒してしまおうと考えていたけれども、もしもフォルティシモの予想が間違っており、キュウがマウロの仲間たちに捕まっていたら人質交換も有り得る。


 その場合はその後の皆殺しは確定として、キュウが見つかるまではマウロを生かしておかなければならない。


 しかし、ファーアースオンラインに長時間の拘束を可能にするスキルはない。あくまでVRMMOゲームであるため、プレイヤーを何時間も拘束できるようなシステムを用意したらあっという間にクレームの嵐だ。


 両手両足を切断を考えていたものの、先ほどの騎士たちの話で物的欠損もスキルなどで回復できることが証明されてしまった。


「ピアノ、キュウが見つかるまでそいつを捕まえておきたい。なんか案はあるか?」


 すべてのスキルを最大レベルまで上げているフォルティシモは、己のスキル群を一覧にして確認する。


『短い時間でいいなら効果切れにならないように【石化】を掛け続ける。かなり長時間ならコールドスリープのように【氷魔術】で何とかする。祈る気持ちで城の地下牢にでも入れておく。現実的にはお前とアルが交代で見張る』

「その中ならコールドスリープをやってみるかな」

『まじかよ。成功したらコードくれ』

「わかった」


 情報ウィンドウを前にして、フォルティシモは真剣な表情を見せた。この時ばかりはアルティマも口出しすることはない。


 【氷魔術】は物理現象を無視して氷を発生させる攻撃と対象の温度を下げる攻撃の二種類に分かれる。コールドスリープを実現させるのであれば、後者の効果に手を加える必要がある。フォルティシモが異世界へ来てからよく使っている瞬間(アクシオン)氷結(コンヘラル)というコード設定は、後者に大きく重きを置いている。


 しかしあれは、対象を殺すことが前提で解凍時に蘇生することを考えていない。そのため今回は、限界までの低温による氷結は使えない。


 フォルティシモは情報ウィンドウの打刻型キーボードインターフェースを起動させ、新しいスキルのコードの設定を刻んでいく。


氷乃(イエロ)揺籠(ドルミル)




 ◇




「これは………」


 ラナリアとラナリアの直衛だという女性騎士数名が驚きの声を上げた。


 視線の先には氷の中で眠る姫のような少年の姿がある。その周囲は溶ける気配のない氷の塊、そして樹氷となった木々が茂っている。ブルスラの森の一角が氷山に覆われ、まったく別の様相となっていた。


 ラナリアや騎士たちは、寒冷地でもないのに分厚いコートを着込んでおり、口からは白い息を吐いていた。


「周辺への影響が大きすぎないか?」

「どれだけ計算しても、これが限界だったんだよ。マップごと氷漬けにならなかっただけ俺を褒めろ」

「映画とかだと、小さなポッドとかで実現してるじゃないか」

「俺も挑戦してみて分かったが、あれは映画だからだ。物理演算エミュ上だが人間をコールドスリープすんのは本気で難しい。何よりも解凍時が問題になる。【氷魔術】だけだと何やっても氷結した時点で細胞が死滅するし、まともに蘇生できる気がしなかった。薬品とか使ったら違うかも知れないが、俺に薬学知識はない」

「そういえば私もリアルでコールドスリープとか言われなかったな」


 アルティマは自分と同じフォルティシモの従者であるラナリアへ対して、不遜とも取れる自己紹介をした後、ラナリアがフォルティシモを持ち上げる発言を繰り返したためにラナリアを認めたようだった。


 彼女は現場に近づこうとしたモンスターを自主的にオーバーキルこの上ないスキルを使って排除している。その度に、護衛たちの顔が恐怖に歪むのは気にしないほうが良さそうだ。


「まず、キュウさんはフォルティシモ様の従者であるエンシェントさんとセフェールさんという方々が連れ出した、ということでよろしいのでしょうか?」

「状況を考えると、だが」

「フォルティシモ様に似た少女と非常に見目麗しい銀髪の女性が、黄金色の狐人族を担ぎ出す姿を目撃した者が多数います。前者がセフェールさんという方で、後者がエンシェントさんという方ですね? 失礼な質問になるかも知れませんが、どこまで信頼できますでしょうか?」

「俺の従者の中でも、特別な二人だ。もし俺に連絡が取れなくなったら、最優先でそいつらを頼って良い」


 フォルティシモの従者は生産、対モンスター、対人、採集など特化している者がほとんどだが、その中でもエンシェントはファーアースオンラインにおいて唯一万能の従者と呼べた。試合で最強なのはアルティマかリースロッテだろうけれど、フィールドで何でもありとなれば最も手強いのは確実にエンシェントだ。


「ではキュウさんは安全なのですね。それは良かったです」

「ラナリアもキュウを心配してくれるか」

「もちろんです。私にとってキュウさんは大切なお友達ですから。私が今こうしていられるのも、フォルティシモ様に出会えたのも、キュウさんのお陰なのです。それに私にとっては初めての対等なお友達ですし、キュウさんはフォルティシモ様以上に私を王女だと考えて接していないので、最高の友人だと思っています」


 キュウがラナリアを王女と考えていない、という点に首を傾げる。


 その間にラナリアは連れてきた女性騎士たちから、マウロをコールドスリープさせた氷山を運び出すのは難しいという報告を受けていた。フォルティシモが見ても見るからに難しそうだったため、騎士たちのせいではない。


「こいつを取り返そうって仲間がラナリアさんを襲うかもな」

「ピアノに頼みたいんだが、城に寝泊まりしてるならラナリアを守ってくれないか?」

「少しでも借りを返せそうだから、頼まれればやるが。でもラナリアさんはお前の従者なんだから、お前がやるほうが楽じゃないか?」

「………俺にはやることがある」

「キュウちゃんを探すために王城を爆砕した奴の台詞だと思うと怖いな」


 神様のゲームに対するスタンスを決めかねているピアノだったが、フォルティシモの頼みを聞いてラナリアを守ってくれる件は請け負ってくれた。


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