第八十七話 襲い来る殺意
キュウたちは三人で市場を巡る。案の定アルティマが市場の魔法道具に対して文句を言っていたものの、血の気の多い冒険者たちは商品に難癖を付けてくることが多く、露天商たちは何か言われることに慣れていた。そのため大きな問題にならず露店を回ることができる。
ただフィーナが買おうとした物に対して、「それくらいなら妾がマグに頼んでやる」「そのレベルでそれを買うのは無駄にしかならんのじゃ!」と次々と口を出していたためフィーナの新装備を買うことができなかった。
フィーナは苦笑していても文句は言わず、「ありがとうございます」「そうなのですね」とアルティマの常識外れと思えるアドバイスに従っていた。キュウの立場から見ると、アルティマの常識は主人と同じレベルなので鵜呑みにしてはいけないと言いたかったが、ここでそれを言ったら何が起こるか怖かったので言えなかった。
「アルさんは、とても強い方なのですね」
フィーナのお世辞なのか本音なのか分からない言葉に気をよくしたのか、アルティマが何やら市場で物品を買う場合の含蓄を話している。
「良いかフィーナ、あのくらいの杖なら自分で作ったほうが安いのじゃ」
キュウが横から見ていると、アルティマがインベントリからいくつかの素材を取り出して掲げて見せた。魔法金属や宝石だろうか。アルティマが魔力を込めると、素材が光と共に消えて、代わりに彼女の手には一本の杖が握られていた。
職人の技術に頼らないスキルによる武具生成。
キュウもフィーナも驚きで声も出なかった。しかし、キュウはこれ以上の武器を主人が精製していたことを思い出したので、アルティマだってこのくらいできるかも知れないと思い直す。
そもそも主人は素材を並べる手順すら踏まず、インベントリに素材を入れているなと思ったら、いつの間にか完成した武具を取り出していたので、よく考えてみれば今更だ。
「こんなものじゃ」
「凄いです。アルさんは、魔法道具職人だったのですね」
「そんなわけないじゃろ。こんなもの、つうやマグナが作るものからすれば、ただの失敗作なのじゃ」
主人に出会う前であったら、高くて一生縁の無い杖だと思っただろう。しかし今は、キュウが使っている剣や服のが遙かに強い魔法道具で、目の前の杖は相対的に大した物に見えなかった。
主人やアルティマさえも褒めるまだ見ぬ“つう”と“マグナ”という従者が、国宝や神器と呼ばれる魔法道具をほいほいと作り出しそうで少し怖い。
「い、頂けません」
「何故なのじゃ? 今日見た露店の装備よりは良いじゃろう? 繋ぎにでも使っておけ」
「こんな高価なものを」
「高価? フィーナは冗談が好きじゃな!」
「フィーナさん、アルさんは本当のことしか言ってないと思います。高価な杖に見えますけど、たぶんアルさんたちの中では、そうでもないんだと思います」
キュウに促されてフィーナは申し訳なさそうに杖を受け取っていた。アルティマは満足そうにしていたので、キュウの行動は間違っていなかったはずだ。一応、あとで主人に聞いておくことに決める。
何故か、「ゴミを押し付けたのかよ」と言う主人の幻聴が聞こえた。ただ主人の幻に対して言うべきなのは、冒険者の平均レベルが八〇と言われる中、レベル一〇〇まで到達したフィーナが使う杖というのは良い品であるということだ。
気を良くしたアルティマが市場で素材を買い込むと、自分のインベントリに入っていた物と合わせてフィーナ用の神官服と指輪、魔法薬を作ってプレゼントした。フィーナはすっかり恐縮してしまい、素材の料金さえ受け取らないアルティマに困っていた。
それから帰り道がてらせめてお茶でもと、フィーナが泊まっている宿へ寄って行くことになった。フィーナが泊まっているのは治安の良い区画にある女性用の宿で、駆け出し冒険者が泊まるのには値段が高いように思う。どうも親の指示で、そこに泊まっているらしい。
その道すがらにある小さな宿で、人が集まっているのが見える。
「何かあったんでしょうか」
「フィーナの宿か?」
「いえ、私の泊まっている宿はもう少し先ですが」
キュウは耳を澄まして、話し声から意味のありそうな会話を拾う。すると知り合いの声が聞こえてきた。
「何も盗られてはいないんだな?」
「はい、盗られた物はありません」
「盗られてないって、そういう問題じゃないでしょ! こんなに目茶苦茶に壊されてるのに!」
最初の男の声は聞いたことがないが、あとの二人の声はカイルとエイダだ。
「強盗か何かが入ったみたいです」
「強盗ですか?」
「キュウ、フィーナ、妾の後ろに回れ」
アルティマの視線が人垣とはまったく別の方向を見ていることに気付いた。
キュウもアルティマの見ている方向を見つめる。キュウよりも年下だと思える少年と、見知らぬ冒険者の男性がこちらを見ていた。
「ほら、僕の言った通りでしょう? 危険を感じたら従者を呼び寄せるって。他人頼りの人間の考えることなんて、みんなおんなじなんですよ」
「凄いなぁ。さすがだよ。でもそれなら最初からやって欲しかったなぁ。今日一日歩いたのってなんだったんだ?」
少年と男性の視線に、キュウは恐怖を覚える。隠す気もない少年の無邪気な殺気と、氷のように冷たい男性の殺気、二つの殺意が混じり合い、キュウをこの場に縫い止めている。
「マウロじゃったか? 一人で勝てないと思えば仲間を連れてくるとは、雑魚が考える常套手段なのじゃ」
「ミヤマシジミさんは探すのを手伝って貰ってただけだよ。キミが僕から逃げるからだろう? それにしても二人居たとはね。目撃情報がバラバラで変だとは思ってたんだよ。お陰で何人かやっちゃったよ。でももう逃がさないからね」
「それはこちらのセリフなのじゃ。先日は興味が無かったが、今は違う。決して逃がさぬ」
アルティマは肉食獣のように牙を見せ、全身から魔力が吹き出し始める。瞳が真紅に輝きだし、それに呼応して実態を持っているかのような九つの鮮やかな紅い魔力渦が踊り出した。それだけで地面や周囲の建造物がガタガタと揺れる。
アルティマの姿に気付いた人垣から悲鳴が上がり、蜘蛛の子を散らすように逃げ出していく。
「あ、アルさん、ここで戦うのはっ」
「主殿が狙ったものは、何があろうと手に入れる。それが妾なのじゃ」
「これは、想像以上だな。マウロ、油断しないほうがいい」
「油断? 馬鹿にしないでくださいよ。従者はどんなに強くしようとしても、強化できる箇所に限界があるんです。僕みたいに強くなれないんです。あ、いやミヤマシジミさんに苛立ったわけじゃないです。実際、僕は適当なクラスと装備で遊んでいてやられてますからね。その忠告は間違ってないです。今は違うので、安心してください」
「………やり返すためだけに従者にカイルを襲わせる時点で、油断なんだよなぁ」
マウロと呼ばれている年下の少年は、刃渡りが三十センチメートルほどある二本のナイフを両手に構えた。アルティマに答えるように、魔力が爆発的に上昇した。
キュウから見れば、アルティマもマウロも規格外過ぎてどちらが大きいかは計れない。
こんな状況でキュウができることは一つしか無い。邪魔にならない場所へ逃げて、主人に連絡を取ることだ。キュウはフィーナの手を握ると、その場から走り出す。走りながらポーチの中に入っている板状の魔法道具を取り出した。
「まず通話を起動して、それからご主人様を選んで」
他の魔法道具に比べて非常に手順が複雑で、少しでも間違えると正常に動作しない。使用方法が難しい魔法道具の使い方を思い出しながら、キュウはそれを使う。