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第八十五話 攻略不能

 男はギルドと王宮を結ぶ大通りから少し外れた裏路地をゆっくりとした足取りで歩いていた。アクロシア王都はどこでも比較的治安が良く、裏路地とは言えいくつも商店があり、呼び込みに力が入っていた。


 男の格好はそこらで売っている安物のTシャツにズボン、手には武器も何も持っていない。いかにも街の人という雰囲気に溶け込んでいて、周囲の人々と比べて特徴がない男だった。そこにはもう何年もこの街で暮らしているような慣れがある。


 そんな男に対して少年が小走りで向かっていく。


「ああ、ミヤマシジミさん、どこ行ってたんですか、もう」

「マウロか。装備を取りに【拠点】へ戻ったんじゃなかった?」


 男に声を掛けたのはマウロだ。彼は傷一つない両腕で拳を作り、見るからに不満げな様子で男の質問に答える。


「だから取って来たんですよ。そう言えばヒヌマイトトンボさんが探してましたよ。あと暇なら僕の探し人手伝ってくださいよ。すぐ見つかると思ったのに、大騒ぎになりすぎて見つからないんですよ」


 ミヤマシジミと呼ばれた男は、ぶつぶつと文句を言うマウロを見つめていた。


「ああ、マウロが言っていた黄金の狐人族、昨日見つけたよ。主人も一緒だった」

「本当ですか? カイルさんは雑魚ですよ。たぶんログイン勢か、従者設定だけして自分はプレイしてなかったタイプです。この世界に来て、従者の力を使って好き勝手してるのでしょう。自分で手に入れた力でやるならまだしも、何の努力も代償もなく手に入れた力で好き勝手に生きるなんて、ゴミ以下なタイプの人間ですけどね」

「ははは」


「あ、別に今のは一般論を言っただけで、僕自身が苛立っているなんてことはないですよ。まあ単なる幸運でも良いんじゃないですか? 汗水たらして働いたお金も宝くじで手にしたお金も、お金はお金ですし。僕的にはカイルさんは後回しですけどね。まずは従者をNPKして、カイルさんの恐怖で歪む顔を見るんです」

「従者に頼ってるプレイヤーには見えなかったけどな」


「戦ってるところも見ましたけど、仮に後衛職だとしても通常攻撃でフィールドのモブも倒せないんですよ。そのせいか従者を何かと気にして、理由を付けて近くに居たんです。自分の安全のために従者をずっと傍に置いておくなんて、雑魚の典型ですよ。僕が来たから怖かったんです。まあ僕を恐れる気持ちは分からなくもないですけどね」

「そうか、キミがそう言うならそうなんだろうな」


 ミヤマシジミの顔は明らかに面倒そうな色が浮かんでいたが、マウロが気にした様子はない。


「トンボが呼んでるんだっけ?」

「はい、なんかギルド上層部や貴族たちの中で戒厳令が引かれたらしいです」

「へぇ、内容聞いてる?」

「知りませんよ。それよりヒヌマイトトンボさんの用事が終わったら、僕を手伝ってください。成果が出たら課金アイテムの何かあげますから」

「ああ、それなら喜んで手伝うよ」


 ミヤマシジミは昨日の大騒ぎを遠巻きから観察していた。あの狐人族の主人が雑魚、とは思えない。狐人族もどれだけ強いのか想像ができないほどだった。


 マウロは勘違いしている、もしくは騙されているのではないか。何か悪意のようなものを感じながらも、それを言葉にはできなかった。




 ◇




 翌日、フォルティシモは空の上に居た。天烏に乗った高度一万メートル上空。フォルティシモの視線の先には全長千キロはあるだろう巨大な積乱雲がある。


「さて、運営が作ったシステムを超えられるかどうか、試してみるか」


 アルティマの話を聞いたフォルティシモは、ゲームの設定を無視して『浮遊大陸』へ侵入できないかを試すつもりだった。


 正規の手順で『浮遊大陸』へ入るには、ある時期にのみアクロシア王都に現れるゲートを潜り、その先にあるダンジョンを攻略しなければならない。それ以外で『浮遊大陸』へ入ろうとすると特殊な防衛機構によって阻まれる仕様だった。


 『浮遊大陸』の防衛機構はありとあらゆるプレイヤー、超絶課金でも究極廃人でも、達人でも天才でも、決して回避はできない。実装当時、フォルティシモは何百回も挑戦してみたが、何をやっても突破できなかった。


 それが異世界となった今でも同じなのか。


 それはフォルティシモが最強へとなるために重要な要素となるかも知れない。


 今までは仕様を理解することを念頭に置いていたが、これから仕様を超えるための挑戦をする。もしもこれが上手く行くのであれば、これからのアプローチがすべて変わってくる。


 自分だけの事情であれば、挑戦しようと思わなかった。しかし昨日、アルティマが汎用アイテムである望郷の鍵を蹴り壊すところを見た。ゲームの時は不可能だったことができるかも知れない。


 そして何よりも、アルティマというフォルティシモを主と慕う者の願いを受けた。


 今なら行ける気がする。


「天烏、回避は不可能だから考えるな。行け!」


 キュウやラナリアを乗せて移動した時には決して出さない天烏の全力機動。


識域(エクステンソ)上昇(アウメンタル)! 生命(ヴィダ)上昇(アウメンタル)! 物質(マテリア)防御(ディフェンサ)! 元素(エレメント)防御(ディフェンサ)! 閃光(ルス)防御(ディフェンサ)!」


 選んだバフは五つ。戦闘中であればキャストやリキャスト、効果時間を念頭に置いた設定にして使うスキルでも、ここでは上昇量を優先させたコード設定にしてある。


 光。


 天烏の翼が千切れ飛んだ。

 天烏が聞いたことのない悲鳴をあげたので、急いで天烏を収納。天烏というモンスターは【拠点】に何匹も居るが、キュウを載せて何度も空を駆けてくれた天烏はこいつしかいない。


飛翔(ボラル)!」


 自らの【飛翔】スキルを使用した。


 フォルティシモの視界の先にある巨大な積乱雲。あの中に『浮遊大陸』が存在する。その巨大な積乱雲が光ったと思った瞬間に天烏が堕とされた。それこそが『浮遊大陸』のシステム上攻略不可能と言われた防衛機構だ。


 光線。文字通り光速の攻撃が、『浮遊大陸』へ近づく者を躊躇無く打ち落とす。


 人体は電気信号で遣り取りをしている。目から入った電気信号が脳に到達するまでの時間は、約ゼロコンマ二秒。それに対して積乱雲から放たれる光は、たとえ十キロメートル先に居たとしてもゼロコンマゼロゼロゼロゼロ三程度でプレイヤーを貫く。


 人間の限界として積乱雲の攻撃は気付いた時には着弾している。

 ゆえに攻略不可能とされた。


 散々挑戦したため、次弾までのインターバルは分かっている。


 次弾はプレイヤー一人につき二秒。今回は一人で挑んだので二秒に一回。この頑張れば達成できそうな設定がいやらしい。


 光。


 頭を守った腕が焼けるように熱い。


 ファーアースオンラインは部位によって受けるダメージに違いがあり、強大な威力と視認不可能な光速のヘッドショットは危険だ。


 二秒の間に進む。


「モセ!」


 瞬間(モメント)移動(ムダールセ)は、音声ショートカットが長いので短い設定に変えた。


 光。


 自分のHPを確認すると、三億ポイント以上減っていた。あと一発でも喰らったら黄金竜との戦い以上のダメージを負ったことになる。


 光。


 回復と移動を迷った瞬間に撃ち抜かれた。


「クラ!」


 今度は迷わず回復を選択。HPが最大まで戻る。


 光。


「モセ!」


 フォルティシモはしばらく粘ってみたが、最終的には転身し、積乱雲が攻撃開始する範囲から遠ざかる。


「よし。無理だ」


 最初から期待していなかったので悔しくない。悔しくない。悔しくないのだ。


 運営は何を考えてこんなシステム―――まるで攻略可能であるかのような中途半端なシステムを作ったのかと、当時と同じ怒りが湧いてきた。


 しかし、ここで悪魔の閃きがやって来た。フォルティシモは天烏に迫る速度、プレイヤー以上のHPを持つ相手に心当たりが出来てしまったからだ。光の攻撃を全てそれに受け止めて貰えば、『浮遊大陸』へ入れる。


「いやいや、さすがにあと五日待ては良いだけのことで、“あれ”を肉盾として使うのは、無い。無いよな?」


 フォルティシモは諦め切れない気分で、悠然と浮遊する積乱雲と情報ウィンドウのフレンドリストにある名前を見つめていた。


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