第八十三話 再会アルティマ・ワン 後編
「じゃあ、こいつが魔王アルティマ・ワンなのか」
「ああ」
机の上を綺麗に拭いた後、アルティマは大人しく座っていた。
「嘘だとは思っちゃいないが、このギルドカードを持って貰って良いか? 本人が持つと紋章が浮かぶ仕組みだ」
アルティマの落としたギルドカードはガルバロスが持っていたため、フォルティシモに手渡してきた。
アルティマはフォルティシモからギルドカードを受け取る。ギルドカードはアルティマを本人だと証明するように、ギルドの紋章を浮かび上がらせた。
アルティマ・ワン、九尾狐、レベル九九九九、魔王、ランクG、依頼達成数ゼロ、依頼失敗数ゼロ、作成場所アクロシアギルド、作成日*******、カードにはそんな情報が書かれている。
「本物らしいな。それで、この騒ぎは収めるよう指示はしといたが、俺から事情を聞いても大丈夫なのか?」
ガルバロスはちらりとアルティマの様子を伺いながら、フォルティシモへ質問を投げかけた。アルティマへ直接問い掛けないのは、ガルバロスの人間観察を褒めるべきか。
「騒ぎについては感謝する。調査は俺とキュウが同席するならしてもいい」
「お前の同席は、正直こっちから頼みたいくらいだ」
聞き取りは、そのまま応接室で行われることになった。ガルバロスが話を聞き、眼鏡を掛けた女性の職員が何やら紙に記入する形だ。
事が大きいために王国騎士も同席させていた。ガルバロスが呼んだのはシャルロットで、ラナリアの護衛は良いのか聞いてみると、ラナリア自身の指示だと言うことだった。
「そこで妾が「世話になった礼に助けてやる」と、まあ大して世話になっていないが、最強たる妾たちの余裕を見せつけてやることにしたのじゃ」
聞いてもいないことまでペラペラとしゃべるアルティマが、ゲームの頃のようで懐かしさと嬉しさを感じる。
ガルバロスやシャルロット、同席しているギルド職員はアルティマの横柄にも近い態度を気にしている様子はない。真面目な顔を崩すことなくアルティマから聞き取りを行っていた。
「マウロってのがプレイヤーなのは確定か」
横でアルティマの話を聞いていたフォルティシモはそう結論付けた。厳密に言えば、アルティマがカイルたちと同じテントから出た時には、ギルバートの仲間は既に殺された後であり、犯行を目撃していたわけではないが、本人がPKだと断じていたこともあり、確定したと言って問題ない。
フォルティシモはプレイヤーを問答無用で倒すとは言わないつもりだ。しかし、無差別に人殺しをしているのであれば、そしてアルティマまで狙ったのであれば、そのプレイヤーを殺すのに躊躇いはない。
「【解析】はしたのか? マウロのレベルは?」
フォルティシモが口を挟むと、ガルバロスもシャルロットも何も言わず、アルティマは頬を掻いて思い出すように答える。
「それが、使わなかったのじゃ。【覚醒】している様子が無かったゆえ、エンジョイ勢かと………」
「それならいい」
フォルティシモが知りたかったのはマウロのことではなく敵の戦力なのだから、弱いと分かればそれで問題ない。
「待ってくれ。弱いと言っても、お前らのレベルからすればって話だろ? 具体的でなくても、戦った感覚で何か分からないか?」
「そういえば、【睡眠】スキルが三〇〇〇になっているとか言っていたの」
【睡眠】スキルというのは、直球で対象を眠らせるためのスキルで、スキルレベルを上げていけば効果時間や対象数、成功確率、攻撃されても目覚めない確率などを上昇させることができる。ボスモンスターと戦う場合、大抵は耐性を持っているため使われることはなかった。そのため雑魚モンスターへの使用が主な用途になり、フォルティシモからすればあまり有用なスキルではない。
また、フォルティシモやアルティマの【魔王】クラスはボスモンスターと同等の状態異常耐性があり、例え【睡眠】スキルが九九九九レベルだとしても眠らされることはない。
「三〇〇〇か。途轍もないはずなのに、なんだその程度かって思っちまうぜ。まあ【睡眠】ってのがいやらしいが」
「眠らせるより倒したほうが早いぞ」
「主殿の言う通りなのじゃ」
「【睡眠】スキルは相手を傷つけずに無力化できる上、被害者に顔を見られずに済むため窃盗や強姦に多様されます」
シャルロットが補足してくれたので、ガルバロスが良い顔をしなかった理由を察した。この異世界でも多分に漏れず、相手を眠らせてからの犯罪はある。
「とりあえず、今の話を発表しとかねぇとな」
「良いのか? アルが一方的に言ってるだけかも知れないぞ」
「まあ、そうなんだが。狐の魔王さんは、強者特有の雰囲気がある。そういう奴は嘘をつかねぇ」
「主殿に話せと言われたのに、嘘を吐いたりはしないのじゃ」
フォルティシモにはその雰囲気が無いらしいことに、何とも言えない気持ちになるのは内緒だ。
「それになフォルティシモ。お前さんは、俺たちを策謀に嵌める意味がない立場にある。何せお前は俺たちをいくらでも支配できたのにしなかった。信用できる常識外れの強者だ。これなら組織として、お前を信じて動いたほうが利益になる。お前たち四人全員に言えることでもあるが、俺個人としちゃお前を誰よりも信じてる」
そんなもんかと思いながら、フォルティシモはそれ以上を考えない。少なくともガルバロス個人には大きな貸しがあるので、悪いようにはならないはずだ。
「四人? 主殿を含めて妾たち九人ではないのかの? 四人となると、主殿、エン、妾、あと一人は誰じゃ? 対人特化であればリースか? このような国であればキャロかの?」
「ギルマスが言ってるのは俺とアル、それからピアノとフレアだ」
「おお、ピアノ殿とフレアの小僧なのじゃな」
「この魔王さんくらい強いお前の従者が、あと七人も居るのか?」
ぶんぶんと尻尾を振り回しているアルティマの九人という数字を聞いて、ガルバロスが問い掛けてくる。
「まあな」
「そしてこの魔王さんが自分より上だって思う奴が一人いんのか」
「色んな意味で優秀だ」
「奴は悪魔なのじゃ」
【魔王】であるアルティマを上回るのは簡単ではない。ただし【魔王】はバランスブレイカーであるものの、一点特化したクラスには敵わないこともある。たとえば剣だけで戦えば、剣に特化したクラスのが強い。他にも特殊なクラスで運営の想定外、仕様の穴、バグなんかも加えると、従者は【魔王】が最強とはならない。
フォルティシモの【近衛】としては、【魔王】が最適解だが。
「そいつらの中に俺たちの知らない、一瞬で人を探し当てられるようなスキルを持ってる奴とか居ないか?」
「居ないし。そんなスキルは―――少なくとも俺は聞いたことがない」
そんなスキルは無い、と言おうとして隣に座らせているキュウを思い出した。キュウの聴力は、スキルの枠組みも人間の枠組みも超えた力だ。他にもそんな力を持っている者が居るかも知れないので、無いとは断言できないだろう。
「そうか。なら地道に行くしか無いか」
「残念そうだな」
「そりゃ早く解決したいからな。困ったことに、魔王さんがここで呑気にお茶を飲んでる時点で、この件は単に冒険者同士の揉め事になった。そうなっちまうと、殺人の証拠がねぇとギルドとして大々的に動くのが難しいんだ」
被害者がベテラン冒険者一名に新人数名。フォルティシモの住んでいた世界だったら大事件だっただろうけど、この世界ではそれほど珍しい事件ではない。思い出して見れば、フォルティシモが初めて異世界に来た日、デモンスパイダーに十名の冒険者が殺されたが、大きな騒動になっていなかった。
その後、マウロの捜索は小規模の調査はするが拘束や捕縛は難しいので、見つかったらフォルティシモかピアノに連絡するとまとまった。