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第七十九話 魔導駆動車と禄豹の往来

 フォルティシモにキュウ、ギルバートたち九人を連れた十一人で西側の壁の関所を出て、少し開けた場所までやって来た。


「魔導駆動車を使うんじゃなかったのか?」


 フォルティシモはギルバートの質問に答える代わりに、インベントリから大きなアイテムを取り出した。見た目は十人乗りの四輪車。現代リアルワールドのそれとは比較にならないシンプルな構造の車両で、屋根もなければドアもない。ただの荷車と言われても分からないだろう。


 ファーアースオンラインでは天烏や馬のように生物に乗る以外にも、馬車や船などのアイテムが用意されている。その中で魔導駆動車というのは、MPを消費して走る車両全般を表わしていて、魔力を使うという設定から物理法則を無視した速度が出せるため、移動手段として優秀なアイテムである。


 ただ、フォルティシモくらいのステータスになると移動スキルを使って走った方が速いので、遅い上にMPを消費するアイテムになってしまう。


 何故そんなアイテムを持ち運んでいるのかと言うと、このアイテムは“視線切り”と呼ばれるテクニックに使用できるためだ。簡単に言えば、大きな物体を瞬時にインベントリから出せるため、プレイヤーやモンスターの攻撃から身を隠すことができる。もちろんそのような使い方をした場合、魔導駆動車は高確率で壊れるのでお金に余裕がなければ使えない戦法だ。


「デカイな。高かっただろ。って、そうじゃねぇよ! どこから出したんだ!?」


 ギルバートたちが魔導駆動車自体には驚いていないことからも分かるように、魔導駆動車は一般的に流通しているらしい。ただし人々のインフラにまではなっていなかった。

 平均レベルが低いこの異世界だと、魔導駆動車を運転するのに必要なMPの関係でまともな時間を運転できる者が少ない。そのため、これらを持って使っている者は趣味の範囲から出ないのだ。


「お前らベテラン冒険者なんだろ。新人がベテランに尋ねるのは当然でも、ベテランが他の冒険者のスキルを聞くのか?」

「それはそうなんだが、限度があるだろ限度が」


 ギルバートは仲間たちの中で魔術に詳しい奴に質問をしているようだった。もちろん、聞かれた男は首を横に振っている。


「俺が運転、キュウが助手席。お前らは後部座席か荷台だ。詰めて入れ」


 フォルティシモのアイテムなのだからフォルティシモが運転するのが当然だし、キュウをむさい男たちの中に座らせるつもりはないので、助手席はキュウで決まりだ。


「こいつの性能は? どの程度掛かる?」

「『コラブス鉱山』までは二時間くらいだな」

「二時間かよ。荷馬車で三日掛かるってのに」


 男たちはギルバートの指示に従って次々に乗り込んでいく。


 キュウは困った様子でそれを見つめていて、残った二つの席をじいっと見つめていた。


「キュウ、助手席に座っていいぞ」

「ど、どちらでしょうか?」

「ハンドルが付いてないほうだ」

「………ハンドルってどれでしょうかぁ」


 魔導駆動車のことをまったく知らないらしいキュウは、先細りしそうな声音で尋ねて来た。可愛かったので尻尾をさすった後に、助手席を示してやる。


 フォルティシモも乗り込んで棒形のハンドルを握る。


 ふと運転できるか心配になった。リアルでは自動車運転免許すら持っていないため、魔導駆動車が実装された際に運転した以外には、ファーアースオンラインではないレーシング系のVRゲームをやった経験しかない。


 ひっくり返ったところで大事故にはならないはずだし、万が一怪我しても回復スキルも回復アイテムもある。しかしもしも運転ミスでひっくり返すと、とてつもなく格好悪い。


 フォルティシモはキュウを見る。緊張した面持ちで姿勢を正して座っている。キュウに格好悪いところを見せるのは嫌だったので、安全運転で行くことにした。




「速ぇ!」

「おい、今、魔物をひき殺したぞ!?」

「見ろよ! アクロウルフの間抜け面を」

「この速度に頑強さ、風の結界、これ高いぞ」

「いや、あいつの魔力が半端じゃないんだろう」


 ギルバートの仲間たちは盛り上がっていた。横目でキュウの様子を伺ってみると、大人しく前を見ていてはしゃいでいる様子はない。キュウは天烏に乗っているので、あれに比べたら魔導駆動車なんて玩具だろう。


「うるさくしちまって悪ぃな」


 運転席と助手席の真後ろの床に座ったギルバートが話しかけてくる。


「あんたの力を疑ってるわけじゃないんだが、こうして直に見せられれば安心もするし、無理にでも騒がしくしたい気持ちもあんだ」


 運転をしながらギルバートが何を言いたいのか考えて見る。彼らからすれば仲間を殺されたギルバートたちではなく、フォルティシモが依頼を受けたのは面白くないだろう。


「そっくり言葉を返すようだが、悪かったな」

「何がだ?」

「お前らが受けたかった依頼だったんだろ?」

「依頼は、達成できる奴が受けるべきだ。そのためにギルドカードやランク制度がある」


 ギルバートは感情を押し殺しているようで、声が殊更に低かった。


「ま、待て! なんだ、あの魔物は!?」


 背後で騒ぎ出したので、フォルティシモは彼が指差した方向に目をやる。見事なまでの脇見運転であった。


 ギルバートの指先には、禄豹(ろくひょう)という魔物が走行している姿が見て取れる。


 禄豹(ろくひょう)はチーターを巨大化させたようなモンスターで、レベル五〇〇〇ほどなので【隷従】によるテイムも可能である。チーターをモデルにしているだけあり、地上での移動速度はかなりのもので、加えて設定次第では戦闘にもそれなりに役に立つ玄人向けのモンスターだ。


「禄豹か」

「禄豹? とんでもない化け物だぞ!?」

「安心しろ。禄豹は各地に現れるがノンアク、自分から人を襲わない」

「な、なるほどな。たしかに人を襲わないタイプの魔物はいる」


 ギルバートは人を襲わないと言ったことで安堵していたが、キュウはその後もずっと背後を振り返っていた。


「キュウ、どうした?」

「魔物の背中に人が………狐人………い、いえ、気のせいだと、思います」


 途中でモンスターに襲われることもなく、盗賊が現れることもなく、誰かが車酔いすることもなく、三時間程度の走行を終えた。安全運転に終始したので、予定よりも時間が掛かってしまった。


 ファーアースオンラインの『コラブス鉱山』はいかにも廃棄された鉱山という風情で、山脈の麓に申し訳程度の入り口と壊れて錆び付いたレールが設置されていた。もちろんゲームのダンジョンなので狭いのは入り口だけで、中に入れば通路は四、五人が並んで歩けるくらいには幅広く、所々にある広間は飛び回れるほどに大きな空間になっている。


 しかし、異世界の『コラブス鉱山』はフォルティシモが知っているものと大きく異なっていた。まず入り口が大きくなっており、隊列を維持したまま中に入ることができるほど広くなっている。それからレールは汚れているものの整備されており、その上をトロッコが走っていた。


 何より『コラブス鉱山』の周囲には無数のテントが建ち並び、中には小屋のようなものまである。ざっと見るだけで百人は下らない数の人が見て取れるので、キャンプと言うよりもちょっとした村のようだった。冒険者や商人たちが売買をしている様子は、アクロシアの冒険者ギルド傍にある市場と何ら変わりが無い。


 魔導駆動車から降りたフォルティシモとギルバートたちは、全員で首を傾げた。


「キャンプが襲われたんじゃなかったか?」

「その、はず、なんだが」


 無残にも虐殺された廃墟を想像していたのに、予想は裏切られてキャンプは今も平和に人々が生活していた。



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