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第七十八話 仇討ちの依頼

 キュウは主人と一緒にギルドでも最高ランクの応接室へ通された。壁に掛けられた絵画は芸術性の高いものではなく、活気に溢れた街と笑顔の人々が描かれたものでこちらまで嬉しくなる明るさがある。部屋の隅に置かれた植物はキュウの背の高さくらいで、茂らせた緑色の葉が絵画と同じように部屋に彩りを与えていた。

 テーブルは飾り気はないがキュウと主人が一緒に乗っかっても壊れないほど頑丈そうで、血の気の多い冒険者が叩いても大丈夫なように特注で作られたのではないかと思われる。椅子にはきちんと背もたれがあり、受付や冒険者たち用に設置されている安物の椅子ではない。


 その部屋でアクロシア冒険者ギルドのマスターであるガルバロスが待っているのかと思ったら、中にはラナリアとシャルロットが居て、彼女はピアノに用事があったらしい。


 彼女たちの話が終わろうとする頃、ガルバロスが慌てた様子で部屋に入ってきた。それによると伝書鳩からの手紙により、『コラブス鉱山』が魔王に襲われたのだと言う。


「なら今すぐ出るか」


 主人は平時とまったく変わらない様子で請け負った。本当に変わらなすぎて、ちょっと朝食にでも行くのかと思ってしまったくらいだ。


 伝書鳩、と言っているが使っているのは鳩ではない。鳥型の魔物に【隷従】を掛けて手紙のやりとりに使っているので、荷馬車で運ぶ手紙の何十倍もの早さで手紙を送れる。

 とは言え、手紙が出されてから数時間は経っているはずなので、襲われたキャンプの人々は絶望的だろう。


 だからガルバロスも、主人にキャンプを救って欲しいとは言わなかった。ただ、魔王を討伐してくれと言っただけだ。


「おい、お前ら」


 主人やキュウが出発のために部屋を出ると、ギルドの廊下を塞ぐように強面の男たちが声を掛けて来た。


 先頭は王国騎士にも引けを取らない、けれども装飾よりも実利を重んじた立派な鎧と剣を身に着けた壮年の男で、主人よりもかなり背が高く威圧感がある。男の背後に居る者たちも見るからに熟練の冒険者と言った風情であり、キュウはそんな者たちの集団を見ただけで身を竦ませた。


 先頭の男はジロジロと主人の顔と全身を観察してから一言。


「見ない顔だな」

「お前らもな」


 先頭の男の問いに主人が答えると、背後に居る一人の顔が歪んだ。


「お前、ギルバートさんを知らないだと!」

「やめろ! こっちだって知らなかった。突っかかるな」

「で、ですけど」

「悪かった。短い間に、知り合いが何人も死んで気が立ってるんだ」

「俺はハーフエルフとして登録してるが、エルディンとは無関係だ」

「ハーフエルフなのか? それにしちゃあ。ああ、いや、確かに死んだ奴の中にはあの事件の奴も含まれてるが、あんたに八つ当たりしようとか思っちゃいない」


 主人の答えに、主人はギルドに登録する際に種族をハーフエルフとしたと言っていたのを思い出した。キュウが尋ねたら「あれは嘘だ」とあっさり言われたため、キュウもそれ以降気にすることはなかったのだ。


「俺はギルバート。アクロシアのAランク冒険者だ」


 Aランク冒険者は事実上最高ランク冒険者で、王国騎士以上の力を持つ者も珍しくない。数ヶ月前のキュウだったら、話し掛けても貰えない上位者だ。


 ちなみにキュウの知り合いのAランク冒険者は、ピアノとフレア、そのパーティメンバーで副リーダーのルーカス、そしてエルフのエルミアだった。意外と知り合いが多くて、自分自身でビックリする。


「こっちは俺のパーティメンバーの」

「覚えられないからいい。俺はフォルティシモだ」

「そ、そうか。とにかく、あんたがガルバロスさんから魔王討伐を依頼された最強の勇者なんだろ?」

「ああ、俺が最強の………ん?」

「この時期にガルバロスさんがあの部屋で会う冒険者は一人しかいねぇ。悪いが張らせてもらった」


 ギルバートは鋭い目つきで主人を見つめている。顔立ちのせいかまるで睨み付けられているようで、キュウが見つめられていたら縮み上がりそうだったが、主人は何処吹く風だ。


「俺たちの用事ってのは一つだ。魔王討伐に同行させて欲しい」

「なんでだ?」

「魔王に、仲間を殺された。二十年連れ添った、仲間だ」


 二十年、キュウが生きた年月以上の時間だ。そんな仲間が殺された気持ちは、キュウでは想像もできない。けれど、もし、有り得ない想像だけれど、主人が殺されたら。キュウは―――。


 ギルバートたちは全員膝をついて頭を下げた。Aランク冒険者パーティが膝をついて頭を下げるなど、本来であれば有り得ない光景に周囲がざわついているのが分かる。


 これはギルバートの誠意だ。もしもAランク冒険者パーティであるギルバートが同行して魔王を討伐すれば、多くの者たちは主人がおまけでギルバートがメインだと思うだろう。だから彼は、大勢の前で屈辱にも似た姿勢を見せることで、あくまでAランク冒険者パーティは同行させて貰う側だと示した。加えて主人に対しても、その功績を奪うつもりはないと証明しているのだ。


「未熟だと笑ってくれて構わん。だが、どうしてもドミトリーの仇が死ぬところを、この目で見たい」


 主人の様子を伺うと迷っているのが見て取れる。有名らしいAランク冒険者のギルバートに借りを作れれば、アクロシアの冒険者ギルドで動きやすくなるので連れて行ったほうが良いと思うが、魔王がどれだけ強敵か分からない。


「俺たちのことを守ってくれとも言わん。戦いが激しくなれば見捨ててくれて構わん。聞き遂げてくれるならば依頼料も出そう。ギルドを通すことは、ちと難しいが」

「それなら同行しても良い。言っておくが、社交辞令じゃない。俺は本気でお前らを守るつもりはないぞ」

「恩に着る!」


 主人が許可すると、ギルバートたちの顔が一斉に明るくなった。


「で、いつ出発するんだ? 俺たちも合わせて準備をしたい」

「『コラブス鉱山』に出たらしいから、すぐに出る」

「分かった。向こうの滞在は何日を考えてる?」

「野宿は嫌だから日帰りだ」


 主人とキュウは練習として二人で野宿をしてみたが、あまり上手くいかなかった。その時は、不思議だと思っていたことだが今なら納得できる理由がある。それは主人の召喚する天烏だ。あの巨大な鳥に乗って空を移動すれば、この大陸などあっという間に行き来できるので、野宿の必要性を感じない。


「日帰り? 『コラブス鉱山』はどんなに急いでも二日は見たほうがいい。魔物を処理する時間を考えれば三日だ。いやあんたの実力を考えれば日帰りも可能なのか?」

「そりゃあ………この人数で天烏は無理か。チタニージルで買った魔導駆動車を使う」


 チタニージルはアクロシアの南方に位置する国家で、ドワーフが多い国だと最近読んだ本に書いてあった。アクロシアとは古くから国交があり、多くの武具を仕入れているしアクロシアに住む鍛冶師の大半はチタニージルのドワーフだ。


 魔導駆動車はキュウの知らない単語だった。あとで調べておこうと心のメモ帳に記しておく。


「魔導駆動車って、この人数だぞ? 魔力は保つのか? たとえ保ったとしても、その後に魔王と戦うんだろ? 少しでも温存するべきじゃないのか?」

「………お前らは連れて行くだけで良いんじゃなかったのか?」

「っと、何度もすまない。やり方には一切口を出さない。お前がそれができるというのなら、できるんだろう。俺たちは黙って付いていく」


 予定ではフィーナやカイルたちと一緒に行くはずだったけれど、予想外の人物たちと『コラブス鉱山』へ向かうことになった。


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