第七十七話 捕まった親友
翌日のすっかり昼になってしまった時間帯、フォルティシモは城へ戻ろうとしないピアノと一緒に冒険者ギルドへ向かっていた。
「なんでギルドへ行くんだ?」
「ギルドからクエストの依頼をされた。なんか強い魔物が出たらしい」
「へぇ。相手は? 世界を焼き尽くす巨神なら私も戦わせてくれ」
「まだ聞いてないが、どうせ雑魚だ」
ピアノは異世界へ来てしまったため、戦うことができなかったレイドボスモンスターの名前をあげた。なんだかんだピアノもファーアースオンラインが好きだったのだ。そうでなければいくらプレイ時間があったとは言え、フォルティシモに迫る勢いで強さを身に着けなかっただろう。
冒険者の姿も職員の姿もまばらなギルドの建物へ入り、受付にギルドマスターと約束がある旨を告げると、いつもの応接室へ案内された。
その中にはラナリアとシャルロットの姿があった。
「裏切ったのかフォルティシモ!?」
「いや、知らん。なんでラナリアたちが居るんだ?」
ギルドマスターは何か問題が起きたのか、少し遅れるということだった。その間にラナリアとピアノの話が始まる。
「そこまでお嫌でしたか?」
「私はお姫様って言うのを舐めてた」
ラナリアとピアノが机を挟んで座り、フォルティシモとキュウはその横にある二人掛けのソファに腰掛けている。ピアノは破れかぶれなのか、ラナリアへの口調が彼女本来のものに戻っていた。
当事者ではないフォルティシモはコーヒーを飲みながら話を聞いている。キュウの前にはミルクが置いてあるものの、手を付けていないようだった。
「ピアノ様、これはピアノ様への脅迫の類ではないのですが、ピアノ様にとってエルディンの者たちを助けた行為はどのような位置づけでしょうか?」
ラナリアは注目していなければ気が付けない程度に、フォルティシモへ視線をやる。
「こう言っては何ですが、アクロシアとしましてはエルディンに対して何らかの恩情を与えようという考えはほとんどありませんでした。しかし、それを受け入れているのはピアノ様という方が矢面に立っておられるからです。これはピアノ様を利用しようという考えも少なからずあることは否定できません。我が国としてもあなたにこの国のために尽力して頂きたいからです。我々はエルディンとのすべてを忘れても良いほど、あなたという人物を高く評価しています」
「フォルティシモに頼め」
「もちろんフォルティシモ様にもお話はさせて頂きました。私のすべてを捧げるよう仰いましたので、私は身も心もフォルティシモ様に差し上げました」
同意を求めるようにラナリアが笑顔を見せたので、フォルティシモは言葉通りの意味だと思い至る。まだ自由にはしていないものの、身も心も自由にできる権利を貰っている。
「ピアノ様がお望みでしたら、父とウイリアム、そして既にフォルティシモ様の物である私以外でしたらご用意させて頂きますが」
「いや、すまない、いいんだ」
ピアノは男アバターの時によくやっていた仕草である、頭を掻き毟るような動作をする。リアルの癖なのだと思っていたが、ピアノのリアルが指一本動かせない状況であったのなら、演技をしている内に癖になったのだろう。
それから意を決したように、姿勢を正してラナリアを見つめた。
「私は、何も考えて無かった。救える力があると思ったから、やっただけなんだ」
ピアノは再会した時よりも元気のない印象だった。この数日間、エルディンのエルフたちの期待を一身に背負っただけで疲れ切ったのだろう。自分の行動に何万人もの人生が掛かっているような状況で、容易く決断できる者は少ない。
昨夜は縁談話に疲れたように言っていたが、彼女が弱ってしまった本質はそちらに違いない。
病と闘い寝たきりだった未成年の少女に、エルフたちの人生を背負わせてしまったのかも知れない。これが成人の男だったら「お前自身の責任だろ。弱音を吐く権利があると思うのか。人生を賭けろ」と言っただろうが、薄幸の美少女となればフォルティシモの罪悪感が湧いて来る。まあ、フォルティシモが何かできるかと言われれば、何もできないが。
「ラナリアさんが、思うようにやって欲しい。エルフの人らと話してくれ。私にはどうしたら良いか分からない。なんでもとはいかないが、私ができることなら可能な限りやるつもりだ」
ここにはフォルティシモにキュウ、ラナリアにシャルロットしか居ないため、ピアノの発言を無責任だと批判する者はいない。それをしているとすればピアノ自身になる。
ピアノとラナリアが見つめ合って無言になったので、フォルティシモは口を挟むことにした。
「重い話なら余所でやって欲しいんだが」
「助けてくれ、フォルティシモ」
ピアノは情報ウィンドウを立ち上げて、救援要請を押した。フォルティシモの耳に通知音が響く。フォルティシモは情報ウィンドウを操作して、すぐに救援要請を消した。
「俺にどうにかできると、欠片でも思ってるのか?」
ピアノは究極廃人だったがパーティプレイも多く、フレンドとの仲もそこそこ良好だったはずだ。対してフォルティシモは超絶課金でソロ思考、加えて最強厨の嫌われ者、壊滅させたチームは一つや二つでは済まない。コミュニケーションスキルの一段上じゃないかと思われる政治スキルがあるはずもない。
「溺れる者は藁をも掴むって、本当だよな」
「俺が藁か。頼っても無駄だって分かってるだろ」
「The danger past and God forgotten(危機が過ぎ去ると、神は忘れられる)、ずっと両親や医者さんたちに生かされてた私が、誰かを助けようなんて無理だったんだな」
「重い」
何度も言うようだが、フォルティシモは重い話が嫌いだ。重い過去を暴露したピアノに対して隔意を抱いていないと言われたら嘘になるので、彼女がそれを軽いノリでネタにするのは困る。ピアノ自身が現実逃避したいとしてもだ。
「そうですね。それでは、エルディンの者たちへの対応は今この場に居る者たちで方針を考え、ピアノ様はそのために動くというのはいかがでしょう?」
「というと?」
「ピアノ様お一人で決めるのがご負担になっているようですので、皆で考えて方針を決定するのです。ここに居る者たちであれば、隠し事をする必要性も低いでしょう。もちろん私もご一緒しますし、どうしようもないとなれば、皆で逃げてしまうかあるいは」
ラナリアは何故かフォルティシモを見て笑った。まるで夜逃げ以外の選択肢があるような雰囲気は、考えてはいけないような気がする。
「それはフォルティシモとキュウちゃんも含めてますか?」
「はい。ああ、ですが、私もフォルティシモ様のご意向には逆らえませんので、フォルティシモ様のお気持ちが優先されることは事前にご了承頂きたく思いますね」
ピアノと視線を交わす。このメンバーならラナリアに任せておけばいいだろう、お互いの心がシンクロした気がした。
フォルティシモにとって何の利益もない取引だが、居るだけで良いというのはポイントが高い。
「もう私は誰かがやってくれるなら、それがいい。ラナリアさん、フォルティシモ、悪いが頼む」
「これも貸しだからな」
「ああ、もういくらでも積み上げておいてくれ。はぁ、私も勉強しないとな」
ようやくギルドマスターが現れると、その焦った表情に話が中断を余儀なくされた。
「今伝書鳩が来た! 『コラブス鉱山』のキャンプが魔王に襲われた!」