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第七十六話 逃げてきた親友

 エルフたちの姿が見えたということで、五人は部屋から外へ出た。ラナリアは髭のおっさん騎士に何かを指示すると、王国騎士たちが左右に整列している中央をピアノ、シャルロットを伴って歩いて行く。ラナリアは慣れたもので背筋を伸ばして堂々と、シャルロットは整列する騎士たちから飛び出す者がいないか目を光らせている。ピアノだけが緊張からか動きがガチガチで足の運びが変だった。


 王国騎士数百人の隊列が、エルフたちを出迎える。エルフたちの集団は先頭をフレアが歩いていた。背後には野次馬なのか疎らに人影があり、完全武装で出迎えた騎士団を見て明らかに怯えた様子を見せている。


 フォルティシモとキュウは、その光景をアクロシアの壁の前で遠巻きに見つめていた。エルフの中で唯一の知り合いであるエルミアの姿があれば、挨拶くらいしておこうかと見回してみたが、彼女の姿は見つからない。


「わ!」


 と思ったら背中から声を掛けられ、振り向くと笑みを浮かべたエルミアが立っていた。シャルロットの服を借りた前回とは異なり、毛皮のチュニックに木製の長杖を背負っている。


「何の真似だ?」

「ちょっと驚かせようとしただけよ。全然驚かなかったみたいだけど」

「いや、驚いたが」

「それならもっと驚いた顔をして欲しいわね。あと、あなたはありがと」


 エルミアがキュウに対して礼を言っているのは、キュウはエルミアの接近に気付いていたからだろう。小声でキュウに黙っているように頼んだに違いない。


 エルミアはフォルティシモの格好を上から下まで確認して、溜息を吐いた。


「本当にそういう欲がないのね」

「馬鹿にされたことは分かる」

「良い意味よ。安物のシャツを着て隅で見学だけ。あなたが私たちを救ってくれたんだって、みんなに紹介する気が失せるけど」

「そんなのしなくて良い。救おうとしてるのは、ピアノとラナリアだ」


 エルミアが肩をすくめるのを見ながら、フォルティシモは自分の衣服に注意を向けた。今朝から非常に評判が悪い。たしかに無地で編み目が粗いが、破れているわけではないので充分に着られる、はずだ。


「お前はあっちで話さないのか?」

「私はエルディンとは関係ないから、参加しないことになったの」

「仲間外れか。悪かった。せっかく再会したのにな」

「ちょっとなんで謝るのよ!? 私が冒険者として活動できるように、エルディンとは無関係ってことで通してくれたの!」

「なんだそっちか。じゃあ冒険者を続けるのか」

「そうよ。私には合ってるし。まあしばらくはアクロシアで活動するつもりだから、一緒の仕事をする機会があるかも知れないわね」


 フォルティシモはエルミアと雑談に興じながら、ラナリアとエルディンの代表者が握手を交わす光景を見続けた。




 ピアノがアクロシアへ到着した日の午後、その日は予定を入れていなかったため、キュウと一緒に買い物をすることにした。特に女性陣から不評だった普段着を購入しようと回ったところ、キュウが張り切ってくれたためフォルティシモには珍しく三着も買ってしまった。キュウが選んでくれたのだから、今後の普段着はこれをローテーションで着ようと思う。


 問題は日が落ちて食事を済ませ、宿に戻ってからになる。


「頼む。キュウちゃんを私に預けてくれ!」

「お前ってそういう趣味だったのか。答えはこうだ。キュウは絶対に渡さない」


 フォルティシモが泊まっている宿の一室で、ピアノが頭を下げていた。エルフたちを引き連れてラナリアや騎士たちと共に城へ向かっていったはずのピアノが夜中唐突に現れて、今のように頭を下げている。


 話題に上がったキュウは寝間着に着替えており、ピアノが来るまで読んでいた本が机の上に開かれていた。本は彼女が勉強のために自分のお金で買ったもので、この国の歴史などが書かれているものらしい。フォルティシモも一緒に読もうかと思ったのだが、学生時代の参考書を超えるつまらなさに数ページで匙を投げた。


「お前に隠し事をしても意味はない。だから正直に言う。私はあの王女様が怖い」

「ラナリアはレベル一〇〇〇ちょいだぞ」

「お前は人をレベルでしか見れないのかよ!?」

「さすがに冗談だ。ピアノの気持ちは分かる」

「たぶん分かってないだろうが、そうだろう?」

「この話は無しだ」

「すまなかった。さすが親友だな、分かってくれるか」


 キュウが道具袋の中から紅茶葉を取り出したのを見かける。フォルティシモとピアノが話を始めたので、お茶を用意しようとしているのだ。

 キュウの気遣いを無駄にしないため、備え付けのテーブルを挟んで椅子に腰掛けた。


「で、なんでキュウを?」

「あの王女様は、お前にはかなり気を遣ってる」

「【隷従】を掛けた主人なんだから気を損ねないようにするだろ」


 フォルティシモはラナリアに対して、酷いことする旨の発言を何度もしている。それを防ぐためにもフォルティシモの機嫌を取るに違いない。よくよく考えるとフォルティシモが嬉しくなるような行動はそれほど取っていない気もするが、少なくとも本気で不快になるような行動を慎んでいる。


「理由はなんでもいいし、ここで議論するつもりはない」

「議論の余地があるのか」


 ピアノはテーブルに両肘をついて、頭を抱えていた。その様子から余程堪えているらしいのは分かる。


「お前に気に入られてるキュウちゃんが、私と一緒に貴賓室とやらに泊まってくれれば、ラナリアさんは絶対に無茶をしないはずだ。だから頼むっ」

「いや、何があったんだよ、お前」

「この半日でお前以上にこの国の貴族たちのご子息様たちとお知り合いになれた。あと王様は第三夫人しか生きていない、ラナリアさんにはそれはもう聡明な弟さんが居た。現在騎士団は実力を持つ男たちが台頭し始めていて、エルフたちは私をまるで」

「事情は分かった」


 フォルティシモがされたことはないけれど、よくある歓迎方法である。男女が逆だったら羨ましいと思うところだ。


「まず最初の話に戻る。なんでキュウを連れて行くと改善されるんだ?」

「言っただろ。ラナリアさんはお前に気を遣ってる。キュウちゃんが居れば、一緒に居る間は安心なはずだ」

「あの、ラナリアさんは、そこまで無茶はしないと」

「前言を訂正する。ラナリアさんは、フォルティシモとキュウちゃんにはかなり気を遣ってる。二人のどちらかが一緒だったら、絶対に無茶はしない。だから私の心の安寧のためにキュウちゃんのヘルプが必要なんだ」


 フォルティシモはキュウを見る。キュウのピアノを見る視線は、どちらかと言えば嬉しそうでその感情は隠せずに尻尾に現れてしまっている。


「だがダメだ」

「なんでだ?」

「キュウは俺のものだからだ」


 ばたん、とキュウの読んでいた本が机から落ちた。キュウは慌てて拾う。尻尾の動きが激しい。


「フレアを護衛に付けるとかで何とかならないのか?」

「フレアはフレアで求婚されたが断っていいかと、私に許可を求めて来た」


 フォルティシモはフレアの現状を聞いて、キュウの入れてくれた紅茶を口にして心を落ち着けた。従者にまで手を広げているようであれば、益々キュウを城へ連れて行くわけにはいかない。


「キュウが誰かに求婚されたら即報告しろ。俺がそいつをこの世から消滅させてやる」

「すげぇ束縛だな。キュウちゃん、もし受けたい相手だったら先に私に相談すると良い。この馬鹿は私が抑えてやる」

「お前、俺に助けを求めに来たんだよな?」

「今も昔も“俺”は可愛い女の子の味方さ」


 ここで格好付けられても逃げてきた事実は変わらないので、呆れの目を送っていると、ピアノはそれに気が付いて目線を逸らした。


「フレアはそういうことに無頓着だ。私の意向がすべて、って感じで動いてる。だから私が決められないと思ってもお構いなしだ。そこが良いとも言えるが」

「言っておくが、今日だけキュウを連れて行っても何も解決しないぞ」


 ああだこうだ、大体この世界の連中は、などと言い合いながら、ピアノは城へは戻らずキュウと一緒のベッドで寝ていった。



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