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第七十四話 朝寒の関所

 朝靄の掛かる早朝、アクロシアの壁の内部にある関所の一室にフォルティシモとキュウは座っていた。一応は応接室の体裁を取っていることもあり、少し固いソファに経年劣化の目立つテーブル、申し訳程度の観葉植物が室内には置かれている。透明度がよくない硝子の窓は人が通れそうなくらい大きく、濁りを差し引いても外の様子を伺う事ができた。四つあるソファの内三つは埋まっており、室内に居る四人の人間の内三人が着席していることになる。


「キュウさん、寒くないですか?」

「はい、大丈夫です」


 出口から一番遠い場所に座っているフォルティシモの横にキュウが座っており、その向かいにラナリアが居る。ラナリアの背後にはシャルロットが直立不動で控えていて、彼女も座ったらどうかと言ったら即応で遠慮された。


 フォルティシモは出された温かいコーヒーを口に運ぶ。ラナリアがキュウに尋ねていたように今日は気温が低い。エアコンなど設置されていないことに加え、アクロシアを囲む壁の中に作られた関所内部はどうにも風通しが良く、一層温度が下がってしまっている。


「外の奴らは平気なのか?」


 フォルティシモが窓から様子を伺うと、およそ数百人の騎士たちが関所を守るように整列していた。彼らはこれからやってくるピアノとエルディンの亡命者を迎え入れる者たちだ。もしもエルディンのエルフたちが暴れ出した場合、取り押さえる役目を担っている。トーラスブルスからエルディンへ向かっている者たちは非戦闘員がほとんどで、子供を含めれば十万人を越えているそうだ。もちろん全員が今日やって来るのではなく、一部の代表者をピアノが連れて来るだけなのだが、アクロシアのエルディンに対する警戒は異常なほどに高い。


 ピアノはエルディンのエルフたちの面倒を見るつもりのようで、トーラスブルスからアクロシアへ護送している。ピアノの力で魔物の排除や移動バフを掛けたとしても、大人数が移動するのはやはり時間が掛かりトーラスブルスからアクロシアまで三日の時間が掛かってしまっていた。フォルティシモの感覚では遅すぎて驚いたが、この異世界の感覚では速すぎて正気を疑われた。


「寒いとは思います。しかし、彼らはお仕事ですので」

「ご苦労なことだな。王女手ずからコーヒーを配ったりはしないのか?」

「フォルティシモ様がいらっしゃった場所ではそういったことをするのですか? アクロシアでは王族が給仕の真似事をするのは騎士の士気を下げかねないのですが」

「そんなもんなのか」

「ああ、フォルティシモ様がお飲みになるものは、これからは私がやれという暗喩でしょうか? そうでありましたらフォルティシモ様のお口に合うものが出せるよう、私も最善の努力をさせて頂きます」

「違う」


 フォルティシモがここに居るのはピアノに用があるからで、どうせ用事があるのなら迎える時から一緒にどうかとラナリアに誘われたからだ。今日はピアノの予定に合わせるつもりだったので、軽い気持ちで来たことを今は少し後悔をしている。王女を連れ立って歩く男は、騎士たちから好奇の目で見られているのだ。


 今更ながらに自分の立場を確認するべきかとも思ったが、何と言われても面倒そうなのでラナリアに任せることにした。


「これから来るエルフの方々は、アクロシアに居るエルフの方々の、家族だったりするんですよね?」


 キュウは暖かそうなダッフルコートに身を包んでいる。朝は寒いと聞いていたので昨日買ったものだ。ちゃんと防御力と特殊効果のある装備を探そうとしていたのだが、キュウに遠慮されてしまったためごく普通のコートである。


 話題にしている両手槍の男が連れて来たエルフの軍勢は、フォルティシモがキュウを助ける際に一部を解放している。エルミアの話によれば、アクロシアの牢屋に入れられているらしい。キュウがアクロシアに居るエルフの人たちと表現したのは、そいつらのことだ。


「そうですね。再会の時間は取れます。しかし、しばらくは窮屈な思いを強いることになるでしょう。もちろん彼らの代表スーリオンには納得して頂いていますが」

「その、大丈夫なんですか?」


 キュウもエルディンのエルフ、いや両手槍の男に対して恐怖心を抱いているようだった。何か安心させるような言葉を投げ掛ければ、確実に好感度アップを狙えるだろうと考えてみたが、恐ろしいほどに頭がゴチャゴチャになって何も出て来なかった。


「ピアノ様のパーティメンバーであるマルツィオという者が懸命に説得していたようですし、ひとまず信じることにしております。まあ、裏切られてもプラスマイナスゼロどころかプラスになりますので、むしろエルディンの民には私の骨折りを裏切って、盛大に暴れ出して欲しいくらいですが」


 なんか笑顔で凄いことを言っている気がする。


「そういえばラナリア、明日は暇か?」

「暇、とは言えませんが、フォルティシモ様のお誘いであれば喜んでご一緒させて頂きます」

「俺のじゃないな。ギルドの依頼で出るから、暇ならと思っただけだ」

「ああ、あの件ですね。強大な敵だと聞き及んでおりますが、ご一緒させて頂いても構わないのでしょうか?」

「もしかしたらキュウやお前とパーティを組むことになるかも知れない奴を誘う。キュウの友達だが、お前と合うかどうか確認しておきたい」


 昨日のギルドでカイルともフィーナとも出会えなかったため、明日彼らが見つかる保証はない。なので何とかして来てくれと頼むほどではなかった。


「キュウさんのご友人ですか。是非ともご挨拶したいですね。しかしこの度の敵、私も詳細までは把握しておりませんが、討伐対象は」


 ラナリアが続けようとしたところで、コンコンと部屋のドアが叩かれた。すぐにシャルロットがドアへ向かい応対を行う。


「ラナリア様、ピアノ様がお見えになられたようです」

「こちらへお通しして」


 いきなり全員が現れると問題になると思ったのか、先行してピアノだけアクロシアへ姿を見せたようだった。兵士たちに案内されていたピアノはどことなく緊張した様子だったが、部屋の中にフォルティシモやラナリアの姿を見つけると安堵の溜息を吐いていた。


 ピアノは戦闘時に使っている鎧姿ではなく、仕立ての良いダークブルーのスーツを着ていた。黒髪のすらっとした美人のスーツ姿は似合っているものの、ファンタジーの世界観をぶち壊す装いに、何故その服をチョイスしたのか問い詰めたくなる。


「おはようございます。ピアノ様」


 ラナリアが立ち上がって礼をしたのを見て、隣に座っていたキュウが慌てたように立ち上がって頭を下げた。もちろんフォルティシモは椅子に座ったままだ。


「あ、はい、おはようございます」


 ピアノも挨拶を返している。ピアノの視線が味方を求めるようにフォルティシモに動いたので、フォルティシモは言いたい事を言う。


「なんだ、その格好は」

「紳士服量販店とコラボした時のアイテムだが」

「それは知ってる。なんでそれ選んだんだよ」

「逆にお前、それ普段着だろ」


 ピアノに言われて、ラナリアとシャルロットの服装を見る。ラナリアは王族であるゆえに除外するにしても、シャルロットも鎧ではなく儀礼服と呼ばれる正装だった。そういえば、キュウもコートの中に一番高い服を着ている。


 フォルティシモはどうせ戦闘もないと思っていたため、動きやすくて普段着に良いと思って買った無地の安物だ。購入する際キュウに「それを買うのですか?」と驚かれたが、フォルティシモの感覚ではこのくらいで十分だった。キュウが同じようなものを買おうとしたら全力で止めるが。


「フォルティシモ様はこれから交渉の場に出るわけではないので、ご自由で構いませんよ」

「それはフォローだよな?」

「もちろんです。ただ、乙女心から言わせて頂きますと、もう少し仕立ての良い物を身に着けて頂けると嬉しいですね」

「………考えておく」


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