第六十九話 ギルド職員から見た彼ら
カイルが冒険者になるためにアクロシア王都へ出て来た時に、冒険者のイロハを教えてくれた人がいる。自分は立派な冒険者ではないけれど、同じように誰かが困っていたら気持ち良く助けられる冒険者になりたいと思っていた。だから、ギルドで新人が居ればお節介と言われながらも声を掛けたし、世間知らずそうな少女を助けようと骨を折っている。
ギルドの一階へ行くと、案の定先ほどの狐人族の少女とギルド職員が揉めていた。
「だからマナダイトだと言っておる!」
「だから、それがどう言ったものなのか伺っているのです!」
「マナダイトなのじゃ!」
「ですから!」
職員の背後から別の職員が顔を出す。
「まあまあ、マナダイトという物がどういったものなのか、私共には分かりませんが、その調査も含めての依頼でよろしいでしょうか。成功報酬という形を取らせて頂きますと、お支払い額がその分上乗せされてしまいます」
「金はないのじゃ」
「はあ」
「先輩、追い払いましょう。あなたも冷やかしなら、もっと時期を考えてちょうだい! 不謹慎よ!」
最初に対応していたギルド職員は頭に血が上っているらしく、叫び声に近い大きな声をあげていた。そのせいもあって、非常に目立っている。カイルはそんな空気に臆しながら、三人の会話に割り込んだ。
「あー、この子さ、今は手持ちがないから、冒険者になってお金を稼ぎたいらしいんだ」
「でしたら、三階の冒険者登録受付へどうぞ」
職員に礼を言ってから、狐人族の少女の手を引っ張って廊下へ出る。
「これだから話を聞かない奴は困るのじゃ」
君も大概っぽいけどね、という言葉が喉まで出掛かったが我慢する。
「まずはお金が必要だって言っただろ?」
「何を言う? クエストの報酬をマナダイトにしたほうが早いのじゃ」
魔法道具を金の代わりに報酬として依頼するケースはゼロではない。しかし、そんな依頼があったとしてもピンポイントでその冒険者が欲しがっている物であることは非常に希なケースと言わざる得ない。
「君も知ってると思うけど、エルディンと戦争してるだろ。今は物資が不足してるから、依頼はお金の報酬がほとんどなんだ」
「ふーむ、そういう意味ではなかったが、戦争中ならば仕方ないの」
「場所は分かる? 良かったら案内するけど」
また問題を起こしそうな気がしたので申し出ることにした。
「おお、では頼むのじゃ」
ふと、カイルは不思議に思った。
冒険者ギルドというのは、腕っ節で生きている者たちの集まりであってお世辞にも礼節のある場所ではない。冒険者になるために田舎から出てくるような人間は、狭い世界で幅を利かせている者も多く、自分こそが世界の常識と思っている上に、読み書きもまともにできなかったりする。
そんな者たちを相手取っているギルド職員をあそこまで怒らせたこの狐人族の少女は、いったい何をしたのだろうか気になった。
◇
「まったく、なんなんですか、あのデミは!」
「それは差別用語だから使わないように」
狐人族の少女の対応をしたギルド職員の言葉を先輩職員が窘める。
「なんか生意気なことでも言われたの?」
ギルド職員だって新人ではない。下品な依頼者から「俺の棒でひいひい言わせてやるから、お前を一晩買うのが依頼だ。いくらだ?」とか言われても笑顔でお断りの対応ができる程度には熟達している。
「ええ、色々と」
依頼の発注の際には、手間を減らすために事前に依頼書に必要項目を記入して貰っている。概要、期間、推定レベルなど、分かる限りのことを書いて貰い、それによってギルドが依頼料の概算を決定する。
「これがあの子が書いた依頼書かな。マナダイトを千個。マナダイトが何かは知らないけど、そこそこの量を要求してるね。それで『コラブス鉱山深層』で必要数まで乱獲? 『コラブス鉱山』は分かるけど、深層ってなんだろう。期間一日、って無理だな。募集要項錬金スキルがレベル七〇〇〇以上一名?」
「私だって、それだけなら笑って済ませます。着てる物も良かったからどこかのお嬢様の悪戯だって」
「どうだろうね」
「『コラブス鉱山』の魔物の平均レベルは、一層でも六〇。Cランク以上のパーティが必要ですから、そこで何か知りませんけど千個もの物資を集めた場合は、かなりの金額になります。その相場と期間を説明しようとしたんです」
『コラブス鉱山』はアクロシアから遠く、行き帰りだけでも数日を要する。
「馬鹿にされたわけだね」
「………そうです」
ギルド職員は狐人族の少女が放った言葉を思い出す。
「そんな初心者の雑魚のことなんてどうでもいい。このギルドには雑魚しかいないのかって。しかもレベル上げてやるから感謝しろとか言い出すんですよ」
ギルド職員だけでなく、ギルドに所属する冒険者全員を馬鹿にしたような態度を取られ、その辺りから頭に血が昇り始めた。
仕事だから我慢して根気良く説明しようとしたが、「レベル八〇が平均とか嘘つくな」「ギルマスが八〇〇だって、雑魚の素人だろ」のようなことを言われ続け我慢が決壊した。
ギルド職員は、アクロシアの冒険者ギルドに誇りを持っている。今は戦争のために戦う先が変わってしまっているが、このギルドは大陸で最も魔物を討伐して人々の生活の安全に貢献しているのだ。定期的な魔物の討伐はほとんど依頼されることはなく、冒険者に支払われる報酬はギルドが負担するため、当然報酬額は少なくなる。それでも冒険者たちは魔物を討伐してくれるし、額への不満はほとんど無い。このギルドは本当にギリギリのやりくりで成り立っている。それが今のギルドマスターガルバロスの方針で、ギルド職員は彼を尊敬していた。
今だってギルドマスターを馬鹿にされた話をしているのに、先輩が苦笑いしているのが少し気に入らないくらいだ。
「実際、強いのかもね」
「何を言ってるんですか先輩?」
「計器が振り切れてる。こんなこと、ガルバロス様が対応は自分がするって言った例の冒険者だけだよ」
公表はしていないが、ギルドには建物に入った時点でレベルを計測する魔法道具が設置してある。これは腕の立つ者たちを相手にする性質上、そこそこのレベルで見知らぬ者が入った時に警戒態勢を取るためのものだ。
二ヶ月ほど前、その計器が振り切れるという事件が発生した。その時ガルバロスは取りかかっていた仕事を放って、すぐに件の冒険者の元へ急いだ。ガルバロスが直接面談したことと、冒険者が登録した情報が中級冒険者程度だったため、計器の故障だと結論していた。
「あれって故障ですよね? あれ以来、あの人が入ってきても普通ですよ」
「私は故障だと思っていない」
「故障だと思ってない?」
「あの冒険者の連れ、ああ、知らないかな?」
「狐人族の冒険者ですよね? 直接話したわけではないですが、階段昇る姿は何度か見ました」
そういえば、先ほどの無礼な依頼者に似ていた。まあギルド職員が見たのは遠くからなので、毛色と狐人族だったというだけだが。
「二ヶ月前、冒険者登録もしていないあの子はレベル七八だった。けど、今いくつだと思う?」
「まさか、百くらいまで上がったって言うんですか?」
このギルドに所属する冒険者の平均が百くらいだったから、冗談交じりでそう言った。
「一二七八」
「―――え?」
「公式記録上、このギルドで歴代最高レベルの冒険者は、あの子になったんだよ」
何を言われたのか、ギルド職員の頭が理解するまで時間が掛かった。
あの二人の容姿は人目を引く。男の方はちょっと寒気がするくらいの色男で、黄金色の珍しい狐人族の女の子はその後をくっついている。後者がたまに一人でやってくると、大きな男の冒険者が怖いのか、びくびくしながら人の少ない場所を選んで通っている。その子が、このギルド最高レベルの冒険者だと言う。
「ま、相方がそれなのに、その冒険者―――フォルティシモって言うんだけど、彼がそれより低いわけないでしょ? そもそも彼のレベルの上がり方は異常だ」
「い、異常って、その子のが異常ですよ!?」
「最初に登録した時は、九九、次が一〇〇、次が二〇〇、次が三〇〇って来て、この間は一〇〇〇だ。誰がどう見たって、レベルを操作してるようにしか見えない」
「れ、レベルの操作!? なんなんですか、その二人組は」
「まあさ、だから、明らかに常識外の相手が来たとしても、相手が本気だと思ったらよく話を聞いてみると良いよ。意外と真実かも知れない」
「うっ、申し訳ありません」
もしもギルド職員を怒らせた狐人族の少女の言っていた内容がすべて真実だとすれば、それを正確に把握できなかったことは大きな失態だ。少なくても彼女はアクロシアのギルドに良い感情は持たなかっただろう。
「でも、それって怖いですね」
見えているレベルで、強さが分からない。もしかしたら冒険者登録したばかりのレベル一の人物が、王国騎士並みの強さを持っているかも知れないのだ。その者がもし悪意を持っていたら、そう考えてギルド職員は身震いをした。