第六十六話 少女神様
二十一世紀頃に建設ラッシュとなった千メートル高層ビル群がある。その中でも最大の二千四百メートルを誇る地上四百階建ての超高層ビルの最上階。床は大理石でできていて傷どころか汚れ一つない。明るい照明が所狭しと並べられた人類の至宝と呼ばれる名画や壺、彫刻たちを照らしていた。そんな贅を極めたビルの頂上にある一室。
その中にあまりにも場違いなものが一式。光の灯った大きなモニタとゲーミングチェアに座った人の姿だ。
何をやっているかと言えば、動画サイトを見ながら笑っている。
動画の中に映っているのは銀髪に金と銀の虹彩異色の瞳、天使の白い翼と悪魔の黒い羽を持つ男だった。もちろん現実にこんな容姿の男が居るはずがないので、これはVRMMOゲームの配信である。
彼はこのVRMMOゲームにおいて、最強のボスを単独で討伐していた。その様子を多くの者が見つめている。何を隠そうその存在もその内の一つに他ならない。
> 勝っちゃったよ!!
その存在はモニタの前で大笑いをしながら、コメントを書き込んだ。
ゲーミングチェアはVRゲーム全盛となった現代では、ほそぼそと生産をし続けているマニアックな一品だった。それを使っている時点で、レトロゲームマニアと疑われるほどである。つまりその存在は、そんなゲームマニアと言って過言ではないだろう。
その存在はひとしきり楽しんだ後、他にもいくつもの配信を視聴する。
どのくらいそうしていたか。何時間か、何日か、何年か、何世紀か。
部屋の中に、その存在とは別の人影が現れた。専用エレベーターを使ってやって来たのは中東系を思わせる美女で、ヒジャブと呼ばれる布で頭部を覆い、首から下はゆったりとしたローブを身に着けている。
美女は部屋に入るなり、その存在に向かって傅いた。
「我が偉大なる神よ」
「やあやあ、何か用かな?」
その存在はモニタから目を離さずに美女へ問い掛ける。
「かの遊戯にて、規定に至ると思われる者が現れました」
「へぇ。あと千年は掛かると思ってたけど。あ、もしかしてもう千年経った?」
「いえ、まだ二ヶ月と一日、二時間三十八分十五秒でございます」
「細かいっ! あははは!」
琴線に触れたらしく、ゲーミングチェアに腰掛けていたその存在は、椅子をくるりと回転させて美女に向き直った。視線を受けただけで、美女が感涙にむせび泣いている。
「短期間でそれだけ上げるのは困難だけど、何かしたのかな?」
「どうやら竜神から神格を簒奪したようです」
「竜神。最果ての黄金竜? あれはたしか、エルフに負けたんじゃなかった?」
「時の神の秘宝により生き存えましたが、それでも敗北し長き眠りに就きました」
「それを起こして倒したのか。やりたい放題だ。いいね」
その存在は、くるりくるりと椅子を回転させ始めた。回転する椅子で遊ぶその様子は、まるで子供だった。
美女はそんな姿を気に掛けることなく続ける。
「いかがいたしましょうか」
「どういう意味かな?」
「このままでは我々の意図せぬ者が、神戯を勝ち抜いてしまうかも知れません」
「それは絶対におきない」
「かしこまりました。出過ぎた言葉をお許し下さい。不快に思われましたら、この身を我が偉大なる神に奉納致します」
「功罪であれば今の報告で帳消しを裁定する。他に用事がなければ下がって良いよ」
美女が恭しく一礼して部屋から出て行き、エレベーターで戻っていくのを見届けてから、その存在は唇を歪めた。そして声を出す。
「あははは! さすが魔王様。早い早い。せっかちなところは祖父譲りだね」
その存在―――年齢のところ高校生に成り立てくらいの少女が笑っている。
「さて、魔王様のファンとしては見学に行こうかな。いつものように蹂躙して、どんな悪名を轟かせ、どれだけ嫌われてるのか、今から楽しみだ」
それはピアノと呼ばれるリアルワールドにおいて死した者を、ファーアースへ呼び込んだ少女。彼らが便宜上“少女神様”と名付けた存在に他ならない。