第六十三話 十日後と三日後
フォルティシモは人気の少ない整備されていない街道を出て、大回りするように待ち合わせの場所へ到着する。そこにはラナリアとシャルロットの姿がある。
「やらなければならないことが増えてしまいました」
ラナリアは別れた時には着けていなかったアクセサリを胸に着け、シャルロットは両手一杯に荷物を持っている。
ラナリアがトーラスブルスとどんな話を付けたのかは分からないが、あれだけの見送りをして貰っていたということは良い話だったのだろう。エルフたちも捕まって牢獄行きも有り得ただろうに暴行や捕縛などされた様子も無かったのは、ラナリアが上手くやってくれた結果なのかも知れない。
「俺に問題がなければ、それだけでも良くやった」
「ふふっ、ありがとうございます。フォルティシモ様には決してご迷惑はお掛けしません。それに、ピアノ様から頼まれてしまいましたので」
ラナリアは機嫌が良さそうに答えると、何か悪戯を思いついたらしく、わざとらしい笑みを作った。
「フォルティシモ様、私が子供のように国には帰りたくないと駄々をこねたら、連れて逃げて頂けますか?」
「十日くらい後なら考えてもいいぞ」
「十日ですか?」
具体的な数字を返されたラナリアが首を傾げる。
あと十日という数字には意味がある。
情報ウィンドウに表示されている、今では意味のない日付表示。そこから考えて、あと十日ほどでフォルティシモの【拠点】を発見できる公算がある。いや絶対に戻ってみせる。
【拠点】と従者の支援を取り戻せば、フォルティシモは当時の最強に戻る。
話しながら天烏へ乗り込み、アクロシアへ向けて飛ばす。
まだ日は明るいが、アクロシアに着く頃は日も落ちてしまうだろう。ゲームの頃にはなかった要素として天烏にも疲労があるらしく、昨日から移動に使い続けているせいで往路よりも速度が出ないからだ。課金アイテムを使えば回復するのだろうか気になったが、ドーピングをして更に酷使するというのは、動物虐待をしているようでキュウやラナリアの前でやりたくない。後で一人の時に確認しておこうと思う。
しばらく会えなくなるかも知れないので、ラナリアのためにスキル設定を見直そうと情報ウィンドウを開いていると、当のラナリアから話し掛けられた。
「フォルティシモ様は、ヴォーダンのような者を討滅するためにこの地へ降臨されたのでしょうか?」
ラナリアの顔は真剣だった。まだ数日の付き合いではあるけれど、ラナリアはフォルティシモとは比較にならないほどの交渉技能を持っている。そして彼女はフォルティシモに対して、可能な限り良い面を見せようとしていた。それは笑顔に代表される表情や、重くなりかける空気があればそれを転換するような話術から感じ取れた。
そのラナリアがこの上ないほど真剣な顔をしていので、フォルティシモも真摯に答えた。
「厳密には違う。だが、俺の目的の一つはああいう奴らに勝つことだ」
「そうなのですね」
「当面は、黄金竜のやつが言ってた“到達者”とやらを俺が倒すのが目的になる」
「“到達者”、ですか」
ラナリアは癖なのか、右手で口許と顎を押さえた考え込む仕草を見せる。しばらくの沈黙が流れ、ラナリアの中に何か答えを出したのだろう。顔を上げた時には、先ほどまでの雰囲気は消えていた。
「ところで、一つと仰いましたが、他にもあるのですか?」
「まあな」
「どのようなことでしょう? とても興味がありますので教えて頂けないでしょうか?」
「例えば、お前みたいな美人を好き勝手できるハーレムを作ることだ」
どうせいつでもお待ちしていますとか答えるだろうと思っていたのに、予想に反して嬉しそうに笑った。それはもう嬉しそうに。
「それは良かったです! 実は私の外見が、フォルティシモ様の好みではないのでは、と心配していたのです」
「いや、美人だろ、お前は」
「客観的なものではなく、フォルティシモ様の好みのお話ですよ」
なんとなく視線がキュウに移動すると、キュウと目が合う。キュウは何も言わなかったが、こちらを見ていることには変わりない。この話題は心地が良くないので早々に切ることにする。
「それよりお前に連絡を取る場合はどうしたらいい?」
「フォルティシモ様のお呼び出しであれば、とお答えしたいですが、たしかに難しいですね」
ファーアースオンラインにはテレパシーのような遠くの相手と話ができるスキルはない。それらは基本的に情報ウィンドウから行えるシステムコマンドになってしまう。音声チャットだけでなく映像や文字チャットからメール、掲示板、動画配信など、プレイヤー同士がコミュニケーションを取り合うツールは充実していたが、すべてシステムコマンドだ。
「じゃあ三日後にお前から会いに来い。ピアノと取引してから渡すものがある。あと十日後辺りの予定は必ず空けておけ」
「三日後のプレゼントは嬉しいですね。楽しみにしております。しかし、先ほども十日ほど後について言及されていましたが何かあるのですか?」
「俺の【拠点】が見つかるはずだ。そこでなら、俺の従者たちと会える」
フォルティシモは自分が興奮状態にあることを自覚していたが、またあいつらに会える、そう思うと興奮を隠す気にもならなかった。
「ああ、そういえば【拠点】には俺と俺の従者しか入れない。護衛を連れてきても危険な場所で待たせることになる。連れて来ないほうが良いだろう」
ゲームの中にマイホームを作って他人を招待できるシステムは数多く、ファーアースオンラインも多分に漏れず同じようなシステムを採用している。
そしてファーアースオンラインでは、他人の【拠点】に入るには申請して許可を貰わなければならない。ラナリアが護衛を連れて来ても、申請ができないので許可もできないのだ。
あくまでゲームの時の設定なので異世界でも同じなのか後々に試さなければならないだろうが、それは見つけてすぐではないだろう。
ラナリアはシャルロットに視線をやり、シャルロットはラナリアの考えに通じているように首肯をしていた。言葉を使わずとも分かり合える信頼、羨ましい関係だ。
「あの、フォルティシモ様」
続けてラナリアへ向けて新しいスキルの説明をしていると、彼女が少し暗い表情を見せる。
「なんだ?」
「やはり、フォルティシモ様のような方を見つける以外、強くなることは不可能なのでしょうか?」
「どういう意味だ?」
「フレアさんに伺ったのです。彼のように強くなる方法はないのか、と」
「フレア程度で良いなら、すぐにそこまで育ててやる」
「………ええっと、フレアさん程度、ですか?」
フォルティシモは自分がカンストしてしまったから、従者たちのレベル上げに勤しんでいた。それに対してピアノは、自分のレベル以外にも他人のレベル上げの手伝いがある。課金アイテムのブーストもないので、従者を優先して育てる余裕はなかった。そして何よりも、従者たちへの思い入れが違う。
「フォルティシモ様、私がフレア様に伺ったのです。このままでは、私はラナリア様を守る盾にもなれない。そしたらスキル設定を嘆願せよ、と」
ずっと影に徹していたシャルロットが口を挟む。
「なんだスキルの設定をして欲しかったのか。まあレベルが上がったからな、その気持ちは分かる。そう、レベルが上がった時、次はどんなことができるようになるか、ワクワクするもんだ」
「はい。ですが、フォルティシモ様方の持つ、神の力が無ければ不可能であると言われてしまいました」
スキル設定は情報ウィンドウで行う。だからシャルロット自身では、彼女のスキル設定を変更できない。
「じゃあ、俺がやってやる」
「ですが、【隷従】は………」
「安心しろ。識域・解放の設定を見直してる時、【隷従】の束縛効果が発動する前に、コードを割り込ませる方法を見つけた。そこに事前に作ったコード設定を張り付ける処理を含めれば、コード設定だけ相手に渡せる」
プレイヤー以外かつ格下限定だが、相手のスキル設定を強制的に書き換えることが可能だ。モンスターにも通用するはずなので、これからのレベル上げがより安全になることだろう。
「そ、その魔術をスペルスクロールにすることはできませんか!?」
「試してないが、できるんじゃないか?」
フォルティシモの返答を聞いたラナリアとシャルロットは、それぞれ笑い出した。
「あはははっ、さすがはフォルティシモ様です!」
「ふ、ふふっ、あなたは正に、魔王なのですね」
よく分からないが、心の底から賞賛されているようなので、気分を良くしておく。
ラナリアから彼女の信頼する者たちに、それを配りたいと申し出があったので軽い気持ちで承諾した。その作業の面倒臭さに、この時の自分をぶった切りたくなるのは後日の話だ。




