第五十九話 vs最果ての黄金竜 後編
最果ての黄金竜の攻撃を受けきったフォルティシモは反撃に出た。そしてその結果がすぐに現れていることに満足する。
全身を切り刻まれ、空に浮かぶことができなくなった最果ての黄金竜は、それでもフォルティシモを倒すべく、ブレスや炎弾で攻撃を仕掛けてくる。それらは狙いを付けたと思えず、悠々と回避できた。ゲームのモンスターに搭載されているAIでは有り得ない、追い詰められたことによる焦燥が伝わって来るような行動だ。
人間と同じように行動が乱暴になった最果ての黄金竜は、当てもなく炎弾を連射する。もう属性防御で受け止めてやるつもりはない。敵が学習するように、こちらも学習している。特にフォルティシモにとってはトライアンドエラー、学習こそが強力な武器なのだ。
「巨人・乃剣!」
巨大化させた剣で、すべての炎弾を薙ぎ払った。切り裂かれた炎弾はすべて空へ消える。その間に【頂きより降り注ぐ天光】のモーション。そのパターンはもう見た。
「領域・爆裂!」
ブレスの直前で最果ての黄金竜の目と耳の周囲で爆発を起こす。【頂きより降り注ぐ天光】は明後日の方向へ向かって射出された。地上から空へ向けたブレスだったので、どこかに着弾することもない。
「瞬間・移動!」
この隙を突いて、フォルティシモは再度接近。魔王剣で最果ての黄金竜の身体を切り裂く。
「GAaaa!」
何かが砕けるような音がして、最果ての黄金竜のHPが大きく減った。
フォルティシモが最果ての黄金竜の情報を確認すると、そこに【星の衣】の文字が消えている。最果ての黄金竜に【星の衣】を維持するだけのMPが無くなったのかも知れない。これも異世界とゲームの仕様の違いと言えるだろう。
【星の衣】を剥がした。つまり、もう最果ての黄金竜はフォルティシモの敵ではないということだ。
「雷光・暴風!」
雷の嵐で最果ての黄金竜を包み込む。幾度となく降り注ぐ雷によって急速に減っていく黄金竜のHP。それを見て笑みを深めるフォルティシモ。
黄金竜は悲鳴を上げ、地団駄を踏み、雷の嵐から逃れようと翼を動かす。しかしフォルティシモが逃がすはずがない。黄金竜のHPバーは赤く変色し、レッドゾーンの域に達している。
フォルティシモ自身のHPも多少は減っていた。爪で引き裂かれ、翼や尻尾で打たれた箇所は熱い。だが残HPは七割以上で、満身創痍とは程遠い。
「Ga………!」
「俺のHPがここまで減ったのは久々だ」
当時の最強を自称していたチームが解散するということで、最後の記念としてPvPを挑まれて戦って以来だろうか。
「お前はよくやった。だが、相手が悪かった」
あの時の思い出が蘇る。大きな高揚感だ。
フォルティシモは魔王剣を両手に持って掲げた。究極のスキルを使ってトドメを刺す。
「究極・乃剣!」
魔王剣でしか放てない究極のスキル。
天を貫く黒剣が脳天から縦一文字に最果ての黄金竜の身体を切り裂き、その最後のHPをゼロにした。最果ての黄金竜の身体は、数多のモンスターと同じように光の粒子に包まれて消えようとする。
その瞬間。
「何!?」
巨大な懐中時計のエフェクトがフォルティシモの視界に現れたのだ。キュウにも渡してある課金アイテム、刻限の懐中時計のそれだった。HPがゼロになった瞬間に完全回復して蘇生する効果。
最果ての黄金竜は、HPバーが満タンの状態でその姿を復活させた。
「レイドボスが課金アイテム使って来るって、クソゲーにも程があるだろ、クソ運営っ! このクソが!」
良い戦いだった。強力な敵に攻略法を探りながら倒す。良い戦いだったのに、それを汚されたような気分だ。
こうなれば容赦はしない。こちらも課金アイテムを連打し、奴の持つアイテムが無くなるまで付き合おう。このフォルティシモに課金アイテムで挑んだ愚かさを骨身に染みるまで教えてやる。
何せフォルティシモは全プレイヤー参加型最新最強のレイドボスモンスター、世界を焼き尽くす巨神を十五分で消滅させたのだ。あの時のステータスはないとは言え、同じ戦術を使えばどんなモンスターだろうと一方的に嬲り殺せるはず。
ただしその戦術はすこぶる評判が悪いので、自分に期待してくれていた少女たちの前で使いたくなかった。それを使わせようとしている最果ての黄金竜に苛立ちが湧いて仕方がない。
全力で身勝手な怒りを感じていたフォルティシモは、情報ウィンドウから己のインベントリを表示させ、ショートカットにエリクシールなどの課金回復アイテムをずらりと並べた。攻撃準備は完了。
「Gua!」
『おい、フォルティシモ、キュウちゃんが話したいことがあるらしいんだが、どうする?』
フォルティシモは使おうとしていた、究極を超えた最強スキルを慌てて止めた。
◇
主人と最果ての黄金竜の戦いを遠くから見守るキュウたちは、その光景に息をするのも忘れてしまうほどだった。
「雷光!」
青天の霹靂ならぬ黄天の霹靂。雲一つない空だったはずだが、天より飛来した雷が黄金の竜を襲う。黄金の竜の速さは分からないが、雷の速度を超えられるはずもない。巨大な雷が黄金竜を何度も何度も撃ち抜く。
「なんというっ。神の光さえ、フォルティシモ様は自在に操ることができるのですね」
キュウは自分の尻尾の毛が逆立つのを感じる。
主人がこれほどの大魔術を使ったことも理由にあるが、それ以上にあのヴォーダンや修練の迷宮の魔物たちを前に常に余裕を見せていた主人が、幾度も魔術を使う最果ての黄金竜。その存在に、ようやく恐怖が染み渡って来たのだ。
「フォルティシモのスキルでも、あのダメなのか」
ポツリと小さな声を漏らしたのは、傍らに立っているピアノだった。彼女は主人が戦闘を始めるのと入れ替わりで、キュウたちが乗っている主人の天烏へ飛び乗ってきたのだ。
眼前で主人が天高くへ上昇した。
黄金竜は主人を追い掛けるように上昇する。その風圧だけで地面が抉り取られるほどの勢いだ。主人の飛翔は速い。しかし黄金竜はその巨体では考えられないほどに速かった。
黄金竜が主人に追いつく寸前。
「雷光・暴風!」
主人の魔力が黄金竜の周囲へ収束し黒雲を形成したかと思うと、何十もの雷が竜へ向かって次々に落とされる。
先ほどの雷とは比較にならない轟音が鳴り響く。神の怒りに触れたかのような凄絶な光景で、キュウは目を離すことができなかった。
「………マジか。【星の衣】は雷属性が弱点じゃなかったか」
主人の声音は聞いた事のない―――いや、キュウも数えるほどしか耳に残っていないものだった。初めて会った時やアクロシアで助けに来てくれた時に聞いたもので、建前をなくした主人の声音だ。
キュウは今も雷に包まれている黄金竜を凝視した。主人の大魔術を受けた最果ての黄金竜、その身体を包み込む魔力がみるみる内に減っていく。主人もピアノも焦っているようだが、最も焦っているのは最果ての黄金竜だろう。主人がそのまま大魔術を使い続けたら、黄金竜を守る魔力が霧消してしまうのだから。
キュウも何かできないかと、主人に褒められた耳へありったけの力を込める。
> この強大な力、どうやら貴様も神戯の参加者のようだな
そんな時、耳にしたことのない重厚な、生物としての生存本能が否応なしに屈服してしまいそうな言霊がキュウへ届いた。
「ピアノ様、まさか、フォルティシモ様は危機的状況なのでしょうか?」
「いや、そういう訳じゃない」
主人も、ピアノも、ラナリアも、誰もその言葉が聞こえていないようだった。
「さすがにフォルティシモでも手こずる敵はいる。けど、あいつは負けないことに、“最強”に命懸けてるような奴だから、絶対勝つ。それに今は格好付けてるが、負けそうになればいくらでも卑怯な手段を使うだろうし」
> 人の身には余る力を手にし愚かなる者よ、滅ぶが良い
黄金竜の口元が光り輝く。
吐き出されるのは黄金竜の身体と同じ色の黄金光だ。天烏を丸ごと包み込んでも余裕があるほど大きな魔力の奔流。
主人は一瞬で虚空を移動する魔術を用いてブレスから退避したようで、無傷ではあった。
しかし、主人を狙ったブレスが外れたということは、別の場所へ着弾したということだ。
最果ての黄金竜のブレスは、どこかに着弾して巨大な爆発を起こした。それは何十キロも離れているであろう場所からでも、ハッキリと分かるほどに巨大な爆発であり、その爆心地に居た者たちの命がないことは容易に想像できた。
大地が抉られて、その衝撃波がここまで届く。
「すごい威力だな。キュウちゃんたちは平気か?」
「は、はい」
「私たちは平気です。しかし、あの威力………もはや単なる魔物と呼べるものではありません。もしもトーラスブルスの都市部に当たりでもすれば」
「急いで避難してるのを願うしかないな」
ラナリアは最果ての黄金竜のブレスが着弾した方角を見ていた。遠巻きでも地面が抉り取られ、地形が大きく変わっているのが見て取れる。
そうこうしている内に、キュウの主人が反撃に打って出た。高速移動と瞬間移動を繰り返しながら最果ての黄金竜と近接戦闘を繰り広げている。その戦いはあっという間に主人の優勢に傾く。キュウをヴォーダンから救ってくれた時に使っていた、あの漆黒の剣が最果ての黄金竜を切り裂いているのだ。
黄金光が主人を貫いた。キュウの心臓が跳ねて、全身の毛が逆立つ。塵一つ残さず消滅してもおかしくないブレスを受けたというのに、主人は何事もなかったかのように無事だった。
否、無事ではない。主人が血を流していた。キュウが初めて見る主人の血だ。キュウは背筋がぞっとするのを抑えられない。
> 信じられん!? 我がブレスを受けて、ほとんど怪我を負っていないと言うのか!
最果ての黄金竜の畏れが伝わってくる。キュウは主人がわずかでも傷付いた事実に驚いたけれど、最果ての黄金竜からしたら地形を変えるようなブレス攻撃をあっさり受けきられたことになる。
いつものキュウなら、主人の強さを賛美して安心と興奮でそれを見ているだけで良かった。
> それほどの力を持ちながら、何も知らず、神々の駒になって死ぬつもりか!?
しかし今のキュウは聞こえる声が気になって、それどころではない。ピアノ、ラナリア、シャルロット、エルミア、天烏、加えて周囲の聞こえる範囲の会話を聞き取る。
エルフもトーラスブルスの兵士も、主人の戦いに呆然としている。やはりその声は、キュウ以外の耳には届いていないようだった。
このまま見守れば、主人はこの未曾有の魔物である最果ての黄金竜を見事に討滅してくれるに違いない。主人は間違いなく最強で、誰にも負けない。
そんなことはもう分かり切っている。だから主人がキュウに望んだのは、そういう所ではない。そう考えたキュウは、意を決してピアノの腕を掴み、願いを口にした。
「ご主人様に伝えてください」
キュウの口にした内容に、ピアノは驚きながらも頷いて、主人へ連絡を入れてくれた。