第五十八話 vs最果ての黄金竜 前編
キュウたちが乗った天烏が距離を取ったのを確認してから、視線の先に映る最果ての黄金竜へ狙いを定める。
「巨人・乃剣!」
魔王剣の刀身が巨大化する。とはいえ物体がそのまま巨大化した訳ではなく、あくまでスキルによるエフェクトの範囲内だ。スキル設定も攻撃範囲を優先しているため、威力は推して量るくらいでしかない。その代わり、超広範囲へ攻撃を届かせることができる。もちろんフォルティシモのステータスで放たれる斬撃なので、威力が低いと言うのはフォルティシモの他のスキルに比べてという話に過ぎない。
フォルティシモは百メートルを超える長さとなった剣を振り下ろした。
突如として戦場に現れた天を衝く巨大な剣に、最果ての黄金竜も驚きの鳴き声を上げる。
巨大な剣と最果ての黄金竜の身体がぶつかり合って、周囲の光を押し退ける火花を散らす。数瞬のつばぜり合いの後、巨大な剣が弾かれた。しかし巨大な剣が無力だった訳ではなく、最果ての黄金竜の身体には大きな傷跡を残したし、フォルティシモの情報ウィンドウに表示されている最果ての黄金竜のHPも確実に減少していた。
「ファーアースオンラインの頃よりもHPが十倍以上あるな。だが問題ない。十倍攻撃するだけだ」
最果ての黄金竜が首を動かし、フォルティシモを凝視した気がする。
「GAaaa!」
咆哮をあげる最果ての黄金竜に、フォルティシモは返事の代わりに攻撃スキルを使った。
「雷光!」
空に雷が発生し、最果ての黄金竜を貫く。
最果ての黄金竜の【星の衣】は、“ほとんど”の属性攻撃を無力化する。実装当時、人気スキルだった攻撃範囲が広い【爆魔術】、モンスターを拘束できる【氷魔術】、対人で回避の難しい【光魔術】などは、当然のように無力化される。それらはスキルレベルを上げているプレイヤーも多かったので、開発としたらそれらを例外にするはずもない。
【星の衣】が無力化しないスキルは、当時不人気なものが選ばれた。それが【雷魔術】だ。伝説のRPGでは勇者が使うような強力な属性に思えるが、ファーアースオンラインでは違う。速度は【光魔術】に劣り、威力は他の様々な魔法系スキルに劣り、痺れの拘束効果も【氷魔術】に劣るという中途半端振りだった。
だから、【星の衣】に有効なのが雷属性のみだと分かった時、プレイヤーたちは怒り狂ったものだ。ファーアースオンラインはスキルレベルも九九九九まで上がる。新たにスキルを鍛え直すのは途方もない時間が掛かるからだ。
フォルティシモは怒り狂いながら、【雷魔術】をカンストさせて見事最果ての黄金竜を討ち取った。
そんなフォルティシモの【雷魔術】が最果ての黄金竜へ襲い掛かる。
「雷光!」
フォルティシモは続けざまに【雷魔術】を放っていく。しかし最果ての黄金竜に目立ったダメージがないことを見ると、天空を疾走して高度を上げ、広範囲に強力な雷を連続して放つスキルに切り替える。効果範囲が広いので、万が一にもキュウたちに被害が及ぶのを避けるためだ。
「雷光・暴風!」
雷の嵐が最果ての黄金竜を包み込む。しかし最果ての黄金竜は、大きなダメージを負った様子はなかった。
「………マジか。【星の衣】は雷属性が弱点じゃなかったか」
ダメージがゼロというわけではない。しかしまともにHPを減らせていないのは確かだった。更に追い打ちを掛けようとしたところで、最果ての黄金竜が【頂より降り注ぐ天光】のモーションに入ったことに気が付く。
「瞬間・移動!」
瞬間移動を使ってブレスを回避する。フォルティシモを狙ったブレスは大きく外れ、遙か先の野原で大爆発を起こした。そこには大型ミサイルでも投下されたのかと思うような破壊が残されている。
モンスターが一時的に地形を変えるようなスキルは使ってくることはあるが、それはあくまで【罠作成】に代表される変えることに意味のあるものでしかない。今のブレスのように、攻撃によって大地が抉れてしまうようなことはなかった。
「なんだ、あの威力は」
違和感は最初から感じていた。ピアノが逃走さえできなかったことに始まり、魔王剣での攻撃で思ったよりもHPが減らず、効果があるはずの【雷魔術】を使っても行動が鈍らずにダメージを受けた様子もないこと、極めつけはゲーム時には比較にならない威力を持つブレス攻撃だ。
この異世界に来て、ずっと警戒し続けていたゲームと異世界の仕様の違い。それがこのタイミングで襲いかかってきた。
フォルティシモは自分に言い聞かせる。想定していたことだ。ここで慌てる必要もないし、焦る必要もないことだと。ここがゲームではなく異世界だと理解した時から、フォルティシモはゲームとの仕様の違いを慎重に見極めてきた。大小あれど、初めてのことではない。
「元素・渦流!」
フォルティシモは、己が習得しているすべての属性スキルを一斉に使う強力なスキル設定を放った。一つの属性でも通用するものがあれば、それなりのダメージが入るはずである。
七色の光の渦が黄金竜を中心に発生し、各属性のエネルギーが次々に黄金竜へ殺到する。
フォルティシモはターゲット指定した情報ウィンドウを見る。そこには黄金竜のHPゲージが表示されていた。HPゲージが誤作動を起こしていない限りにおいて、フォルティシモの攻撃は黄金竜に対して一ドットもダメージを与えていないことになる。
たしかにフォルティシモは【拠点】からの支援も、最強の従者の補助も無くなっている。しかしだからと言ってカンストした基本ステータスはそのままだし、廃プレイと超絶課金によって手に入れた装備アイテムも失われていない。
それにも関わらず、一切のダメージが与えられないのは異常だと言える。ゲームの頃だったら文句の一つでも出て来ただろうが、今は攻略方法が見つからない焦りがわずかに顔を出す。フォルティシモはその焦りを息と共に大きく吐いた。
【飛翔】スキルにより空中で制止。
フォルティシモは己の右手に握られた剣を見つめる。
魔王剣に付与された特殊効果の一つ【耐性貫通一〇〇%】。フォルティシモが最果ての黄金竜とソロで戦って勝った理由は、【雷魔術】とこれのお陰が大きい。
最初からこれだけで攻撃を仕掛けなかったのは、この特殊効果が、魔王剣で攻撃した場合のみ発揮されるからだ。大きなダメージを与えるには近接戦闘を挑まなければならない。近接戦闘はどう足掻いてもダメージを受けてしまうから、できることなら遠距離から魔術系統のスキルで弱らせたかった。
だが【雷魔術】が通用しないのであれば、やるしかない。
「飛翔・突破」
フォルティシモは弾丸のような速度で黄金竜へと真っ直ぐ飛び出した。
「GYAa!?」
黄金竜の驚いたようなうなり声が聞こえる。
フォルティシモは剣を振るう。
胸を突き刺すように剣を突き出し、左肩へ向けて一気に切り裂いた。斬った箇所から血が噴き出す。大量の血液が降りかかり、生暖かい感触が手にまで広がった。その色も匂いも感触も、ゲームでは考えられないほどリアルで、あまりの気持ち悪さに剣を手放して逃げ出したくなるのをぐっと堪える。
「領域・爆裂!」
ダメージが入らないことは先刻承知のため、爆発による光と音の目眩ましと混乱を狙ったものだ。
黄金竜は爆発に包まれながらも爪を振るってきた。黄金竜の爪の速度はそれほどではない。狙いも目茶苦茶で回避することは楽だ。大振りによる隙を狙い翼の一枚を落とすため、振り下ろされた腕を伝って翼の付け根へ向かって飛ぶ。
黄金竜は身体を捻るように回転させた。
「仕様外の攻撃パターンかっ」
巨大な翼がフォルティシモを叩き落とすべく向かって来る。
かわす。しかし二枚目が回避できない。
「物質・防御! 羽翼・防御!」
使い慣れた物理防御に作ったばかりの防御スキルを重ねる。フォルティシモの周囲に六枚の板が出現し、黄金竜の翼に当たった瞬間、六枚が同時にバラバラに破壊された。あまりの威力と巨大な翼の攻撃範囲の広さに、設定したスキルを越える事態が起きたのだ。威力が殺しきれず吹き飛び、地面に叩き付けられる。
「クソがっ」
フォルティシモはすぐに立ち上がって毒づいた。HPはほとんど減っていないが、泥だらけにされてしまったからだ。
「飛翔・突破!」
地面から砂埃を撒き散らせながら飛び上がる。
「巨人・乃剣!」
魔王剣の刀身が巨大化する。フォルティシモは剣を逆袈裟に振るう。
黄金竜は剣の腹を尻尾ではたいた。剣を持つ手に衝撃が走り、巨大な刀身は大地へ沈む。
黄金竜の口元が光った。
「瞬間・移動!」
ブレスを警戒して、短距離の瞬間移動のスキルを発動する。
だが黄金竜が吐き出したのは地形を変えたブレスではなく、火球だった。
一つ、二つ、三つと断続的に発射される。
一つ目は移動前の場所へ着弾して大地にクレーターを作った。
二つ目は明後日の方向へ。
三つ目は瞬間移動した先へ向かってくる。
「元素・防御!」
フォルティシモは己の正面に光の壁を作り出す。属性防御のスキルを発動させて受けきる。光の壁を維持している手が、火傷したように熱い。それでもノーダメージで受けきったと思ったが、竜の顎は開き、黄金に光り輝いていた。
最果ての黄金竜の最強攻撃手段であるブレス【頂きより降り注ぐ天光】だ。
瞬間移動も属性防御もクールタイムのため使えない。スキルのクールタイムを考慮して、フェイントを含めた戦術の組み立て。この黄金竜の行動は、ゲームのAIとは比べものにならないことを認識して戦慄する。
ある程度のダメージを覚悟した。光が視界を塗りつぶす。全身に感じたことのない痛みが走る。しかし、それでもフォルティシモのHPをゼロにするほどではない。
痛みはある。ゲームをやっていただけでは感じることのない痛み。それを受けて、フォルティシモは思わず笑みを漏らした。それは生まれてこの方感じたことのない痛みによって、頭が狂ってしまったのかも知れない。
冷静に残存HPを確認すると、フォルティシモのHPが二割ほど削れていた。たった二割かも知れないが、最強のフォルティシモがレイドボス如きにダメージを受けたことへ苛立ちを覚える。防具の耐久を確認、問題ない。結論として地形への威力は信じられないものだが、プレイヤーへのダメージはゲーム時代と変わらない。
「Gua!? Gaaaa!」
最果ての黄金竜が何かを言っていても、そんなことは関係ない。
フォルティシモは黄金竜と視線を合わせるようにゆっくりと空中を上昇した。
「Guaaa?」
最果ての黄金竜の瞳は、眼前で飛ぶフォルティシモに合わせて動く。その瞳には恐怖が映っているように思える。フォルティシモが【頂きより降り注ぐ天光】を浴びても動いているからか、それとも何か別の理由か、推測する材料は少ない。
「今更後悔でもしたか? 己が最強に挑んでしまったことに」
ブレスを受けた全身がズキズキと痛む。頭から血が流れてきているようだ。汗ではないじっとりとした液体が頬を伝うのが分かる。しかしフォルティシモは自分の体調を頭の隅へ追いやった。
黄金竜は耐性が変わり行動パターンがゲーム時代とは比較にならないようだが、攻撃力に関しては大きくは変わらない。ならば簡単に攻略できる。そして攻略法は単純明快。HPが続く限り、近接戦で攻撃し続けるだけ。戦術も何もないドッグファイトだ。
フォルティシモが飛翔する。巨大化した黒剣を振るう。何度叩き落とされようと向かう。フォルティシモの攻撃速度は変わらない。
黄金竜の動きは精細を欠いていく。黄金に輝いていた全身も徐々に血に染まっていく。そして、黄金竜の全身から吹き出る光が弱まり、空に留まれなくなった黄金竜がその足を大地へ沈めた。
フォルティシモは地を這う黄金竜を最強という頂から見下ろしていた。