第五十四話 神戯の敗北者
神戯の敗北者。エルディンの御神木から出て来た語句を聞いたフォルティシモは、己を冷静にするために腕を組んで二の腕に力を込める。ゆっくり力を抜いてから何を聞くべきか頭の中で整理をして言葉を選んだ。
「いくつか確認しておきたいんだが」
> エルミアを救ってくれただけでなく、ヴォーダンに無茶苦茶にされたエルディンを解放してくれたお礼だ。何でも聞いて欲しい
「解放って、エルディンはこんな状態だぞ」
> 場所は無くなってしまったけれど、みんなは生きてる。それだけで充分だよ
御神木は相変わらず真っ黒で、笑っているのか怒っているのか分かったものではない。彼はボディランゲージができるとも思えないので、言葉だけでコミュニケーションを取るしかないらしい。
無理矢理でもピアノを同行させれば良かったと後悔が浮かぶ。今すぐお前が神戯に関して知っていることを仕様書にまとめて俺に送ってくれ、と頼みたくて仕方がない。
「まず最初の疑問に答えて貰ってない。木のアバターでやってたのか?」
> もちろん違うさ。僕はエルフでやっていた。それで神戯に敗北して、木にされてしまったんだ
「負けると木になるのか?」
> いや、僕が戦った相手が特別だった、って答えで良いかな? 君はどうなんだい?
「どうと聞かれても………俺のことはどうでも良い」
近衛翔の祖父以来のまともそうな情報源なので、何度落ち着けても逸る気持ちが先行してしまう。
「いや、いい。負けた時の話は、どうでも良いことだった。まず何よりも重要なのは、このクラスのレベルを上げる方法だ」
【魔王神】。神戯の勝利条件にもなっているらしい新しいクラス。
フォルティシモに更なる力をもたらしてくれる―――最強への道筋。
> 分からない
「分からない? お前、自分が負けたから隠してるんじゃないんだろうな?」
> もう敗北した僕が隠す意味もないよ。僕たちも色々調べたんだけど、結局分からなかった。経験上の話はできるけど、真似しても同じようにレベルを上げられなかったから無意味だと思う
フォルティシモにとって最も重要な話をはぐらかされたような気分になり、これ以上こいつの話を聞いても真偽の判断が付かないので意味があるのか考えてしまう。
「じゃあ、お前を倒したプレイヤーの情報を教えろ」
> それは開示できないようになってるんだ
「このクラス、どうやったら付けられる?」
> 分からない
「このクラスには、どんなスキルがあるんだ?」
> 人それぞれ違うみたいなんだ。だから分からない
「戦った中で最も強かった奴のステータスやスキルは?」
> 僕が敗北した相手。だから開示できない
「お前自身は、このクラスのレベルを上げたんだろ? 何ができた?」
> 今の君には教えられないルールだ
今すぐ剣を取り出して、たたき切ってやりたい気分だ。
「お前、なんでも聞いてくれって言ってなかったか?」
> 答えられない質問ばかりする君が悪い。もっと、なんで僕がこの地に来たのか、とか聞くところじゃないの? 僕は神様じゃないんだ。僕が教えられるのは、僕の知識の範囲だけだよ
人が知っているのは、その人の知識の範囲内。そんな当たり前のことを言われると、馬鹿にされたようで面白く無いが、御神木の言い方がどこか引っ掛かる気がする。まるで自分の知識以外のことを教えられる方法があるような。
しかしフォルティシモには違和感を掴め切れず、仕方ないので話を進める。
「だったら何か有用な情報を教えろ」
> そうだな。例えば、エルミアが無詠唱、発声もなしにスキルを使ったり、僕と会話できる理由とか
「それを知ると、俺にとって有用なのか?」
> 有用そうに見えるけど。だってその子たちを抱いてるんだろ? エルミアが情報ウィンドウの機能を使いこなすのは、僕の直系の子孫だからだよ。君がこの世界で子供を作ったら無関係ではいられないだろう?
「そんなもの俺の最強の力にとって………………何だと? もう一回詳しく教えてくれ」
思わず詳しい話を尋ねてしまった。それによれば、プレイヤーの子供はシステムの一部を感覚的に使えることがあるらしい。エルミアは中でも多くの機能を使えるようで、音声チャットやスキルの自動起動、他にも色々と使いこなせるという話だった。
また、プレイヤーの血が混じることにより、最初から能力の高いハイエルフなどの種族が生まれる可能性もある。更に元となったプレイヤーのスキルや能力値などが、少しばかり引き継がれることもあるらしい。
フォルティシモは思わずキュウとラナリアを見る。欲望のままに二人を抱けば、冗談ではすまない影響を子孫に与えかねない。
キュウは良いが、ラナリアなど子供はアクロシア王国の王族として育てると言われているのだ。もしフォルティシモとラナリアの子供がフォルティシモのステータスを一%でも引き継げば、赤ん坊にして無覚醒レベル九九九九のステータスを上回る人間が誕生する。そんな奴が王族としてどんな成長をするか、正直恐ろしい。
「な、なる、ほどな。意外と有用な情報だった」
「フォルティシモ様? どうかなさいましたか? 私を見てそのような反応をされると、心が傷付くのですが」
「こいつとあなたの間にできた子供には、こいつの力がある程度受け継がれるらしいわ」
「っ!? そ、そうですか」
ラナリアはそれ以上何も言わず、口を挟む様子もない。ただ少し潤んだ瞳で見つめられている気がする。
> 君からの質問はこれで終わりかな? じゃあ僕から頼みがあるんだけど
「質問はまだあるが、おそらく俺の知りたい情報がこれ以上出て来ることはないだろう。だったら、キュウがエルミアを助けた分の礼は貰った」
> 含みのある言い方だけど、聞く気はあるってことで良いのかな? 僕からの頼みは一つだ。最果ての黄金竜を討伐して欲しい。あれはレイドボスってだけじゃない。僕を含めたすべてのエルフに恨みを抱いている。放って置けば、エルフを絶滅させるまで止まらないかも知れない
御神木が何を考えているのか分からないが、フォルティシモとしての答えは決まっている。
「倒してやっても良いが、対価に何を出せる?」
> 対価って。いつかは戦わなければならないものを、今戦って欲しいって言ってるつもりなんだけど
「仕様を理解せずに戦うのはリスクだ。俺にリスクを負えと言ってるんだから、何か対価はないのか?」
> 僕が持ってるアイテムとか?
「何を持ってる? M級とL級でめぼしいのを教えてくれ」
理由も無く他人を無償で助けたというのは、フォルティシモが今後この異世界で生活していく上で良い評判ではなく、むしろ足かせになるものだとしか思えない。
フォルティシモは他人に利用されるのが嫌いだ。まるで人質のように、フォルティシモが動かなければ誰かが殺されると言われるのは特に。
御神木からメールが送られてきて、そこに彼が持っているアイテムが記載されていた。フォルティシモからすれば時代遅れで使い道のないアイテムばかりだったけれど、要求したことに意味がある。
「今返信したアイテムを寄越せ。それで最果ての黄金竜を討伐してやる」
> 多いよ。半分にして
「………いいだろう。上半分だ」
アイテムトレード機能を使おうとしたところで、ビィーという警告音が鳴り響く。鳴ったのはフォルティシモの情報ウィンドウだった。
警告音など異世界に来て初めて鳴ったため、驚いて手を止める。
確認してみると、救援要請だった。
ファーアースオンラインではフレンドに対して、救援を呼ぶ機能がある。機能とは言え大したものではない。VRMMOでは全身を使って戦闘を行うため、救援が必要な戦闘中にフレンドリストを探して片っ端からメッセージを送っている暇はない。
その解決策として、ボタンを一つタップすればフレンド全員へ自分の状況を一斉送信できるようになっているのだ。
現在、フォルティシモがフレンド登録している人物は一人しかいない。
だが、あいつは最強のフォルティシモに次ぐプレイヤーの一人だ。どんなモンスターが相手だろうと、救援要請を送るなど有り得ない。
少しばかり震えた指で、情報ウィンドウの救援要請を開く。
そこにはHPが四分の一以下のイエローゾーンまで減っているピアノのステータスと、最果ての黄金竜と戦闘中である旨が表示されていた。