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第五十三話 焼けたエルディン

「それじゃ、エルディン行き、頑張れよ」


 スイートルーム内の雰囲気がエルディンへ向かう意向に傾くと、ピアノがそう言って席を立った。一緒に来てくれるのだとばかり思っていたフォルティシモは、ピアノの行動に少しの驚きを覚え、迷った末に引き留める言葉を掛けることにした。


「なんだ? キュウに話し掛けたプレイヤーが気にならないのか?」


 素直に来てくれと言えなかったが。


「気になる。けどお前に付いていったら、なし崩し的に例のゲームに参加することになるだろ? ああ、お前に協力したくないんじゃない。どうするかは自分で決めたいんだ」

「………そうか」

「悪いな」

「いきなり敵として現れるとかは止めろよ?」

「ははは、言ったろ。私はお前と仲良くやりたいんだ。やるって決めたら協力プレイだ」


 ピアノがひらひらと手を振り、フレアが丁寧にお辞儀をして部屋を出て行った後、意外なことにエルミアが誰よりも先に口を開いた。


「あの二人もレベルが見えない。あの二人とあなたはどっちが強いの?」

「俺に決まってるだろ」

「つまりその、あの二人はあなたのカンストよりは低いってこと?」


 エルミアの言葉は【解析】スキルが失敗したのだろうと当たりを付ける。ピアノやフレアは【隠蔽】をそこそこ上げているので、低レベルの【解析】では突破できない。

 両手槍の男やギルドマスターは、【解析】を使う際に音声ショートカットを使っていたにも関わらず、エルミアにその兆候がない点は気になっていたが、スキルの発動方法は音声ショートカットに限らないため流していた。

 異世界に来て音声ショートカット以外でのスキル発動を見た覚えはないが。




 トーラスブルスの街を出て天烏に乗り込んで、空路でエルディンへ向かう。

 地理的にアクロシア王国とトーラスブルス水上国の間にある森林地帯にあるのがエルディンだ。もちろんアクロシア王国は広いので、正確に言えばアクロシア王国の東南東、トーラスブルス水上国の北北西の森林地帯。フォルティシモが天烏を使ってトーラスブルスへ直線で向かった航路では、エルディンから少しばかりずれている。


「こ、これがアクロシア王国を救った神鳥なの? こんな、速くて高くを移動できるなんて。私の貰った魔法の絨毯なんか目じゃないわ」

「エルミアさん、魔法の絨毯とは何でしょう? そのような魔法道具をお持ちなのですか?」

「な、なんでもないから気にしないで!」


 魔法の絨毯はファーアースオンラインのプレイヤーなら誰でもクエストで入手できる移動手段の一つだ。名前の通り空飛ぶ魔法の絨毯で、低レベルの頃は走りよりも速い移動速度が期待できる。今で言えば、前衛のキュウやシャルロットの全力疾走よりも速度が出るだろう。


 エルディンへ向けて天烏を進めていると、すぐに森林火災によって焼けてしまったような一帯が見えて来た。


 空から見る惨状は酷いものだ。

 エルディンにあったエルフの集落は、樹齢何千年という大樹に囲まれた木漏れ日の降り注ぐ幻想的な空間で、透き通る湖が木漏れ日の光を反射して風が起きる度にキラキラと光るのだ。トーラスブルスの夜景に感動していたキュウに、いつか見せてやろうと決めていた。それが今では重要な集落や森は焼け落ち、湖は干上がっている。


「………酷いな」

「あなた、もしかして、エルディンに来たことがあるの?」

「何度もある。良い場所だった」

「そう………」


 エルミアの目尻に小さな滴が灯る。きっと彼女の悔しさだろう。

 フォルティシモがエルディンに住んでいたNPCのAIにセクハラを試して楽しんでいたことは、墓場まで持って行く必要がありそうだ。いや実装当時、美女美少女エルフのNPCに悪戯して反応を楽しむのが流行ったので、フォルティシモも悪乗りしただけで、決して本気でやっていた訳ではない。むしろファーアースオンラインの開発が実装したAIの機能を確認していただけで、言うならば学術的好奇心だ。


「なんだあの木? なんで一本だけ残ってるんだ?」

「え!?」


 しばらく焼け野原をゆっくり進んだところで、不自然に一本だけ原型を留めている樹木が目に留まった。周囲の木々は一本残らず炭になって朽ち落ちているというのに、その樹木だけが黒焦げになりながらも姿を保ち続けている。


> エルミア! ああ、良かった! 無事だったんだね!


 フォルティシモの耳に少年のような中性的な声が届くと同時に、オープンチャットにログが現れた。


「御神木さん!? 無事だったの!?」


 すぐにエルミアが反応したのは、彼女が何度か口にしていた“御神木”というものだ。最果ての黄金竜に襲われながらも、唯一残っていた樹木が御神木だと言うのであれば、霊験あらたかな樹木というのは理解できるが、どうもそうではないらしい。


 御神木はオープンチャットで語り掛けているのだから、プレイヤーに違いない。


分析(アナリシス)―――何?」


 フォルティシモは迷うことなく【解析】を使用して、その結果に驚いた。

 フォルティシモのスキルによれば、御神木なる物体はただの樹木としか表示されていなかった。【隠蔽】か【偽装】が成功しているということは、どちらかのスキルレベルがフォルティシモ並みということに他ならない。


「おい、お前、ファーアースオンラインのプレイヤーか?」

> 君は………それは従魔かい? エルミアを頼んだのは、君じゃなかったようだけれど


 共に天烏に乗っているキュウが、フォルティシモの腕を掴んだ。何も言わなくても、こいつこそがキュウにオープンチャットで話し掛けた相手だと察せられるので、フォルティシモは頷いて見せた。


「え、エルミアさんを助けられたのは、この方のお陰ですっ。私は預かった薬を使っただけです!」

> このデータ、君か。彼女を助けてくれてありがとう。なるほど、彼の従者だったのか

「そのアバター、木だろ?」

> ああ、そうだよ。ヴォーダンも驚いていたね


 フォルティシモは天烏の上からすっかり黒焦げになっている御神木を見下ろす。

 高さ三十メートルはあるだろう杉の木に似た樹木で、分厚い幹を見ると燃える前はさぞかし立派な木だったのだろうが、今はもうかろうじて数本の枝が残っているだけだった。


「どうやって歩くんだ?」

> 歩けるように見えるかい?


 攻撃でないとは言え、キュウを狙ってスキルを使ったプレイヤーには、死なない程度の先制攻撃を仕掛けてやろうと思っていたフォルティシモだったが、そのアバターに驚かされて機を失ってしまった。

 何かに使えるかも知れないという理由だけで、すべての課金アバターを購入していたフォルティシモでさえ見た事のないものだったからだ。


「って、そういえば! あなたたち、なんでハイエルフでもないのに御神木さんと話せるのよ!?」

「私とシャルロットはまったく聞こえないのですが、あの御神木がフォルティシモ様方へ話し掛けているのですね」

「むしろ、なんでお前は話せる? 情報ウィンドウも使えないのに」

「ハイエルフは生まれた時から話せるのよ。あなたはなんで?」

「音声チャットだ」

「何それ? スキルってこと?」


> 簡単さ。エルミア、彼は僕と同じ存在だからだよ

「御神木さんと、同じ?」

> エルミアの質問にはまた次の機会に答えるよ。今は彼と話させてくれ


 エルミアから批難の視線が向けられるが、フォルティシモもエルミアとの会話よりは御神木なる人物と話がしたかったので無視した。


> まずは自己紹介だ。僕はファーアースオンラインのプレイヤーにして


 樹木のアバター、そもそも黒焦げになっているのにも関わらず、フォルティシモは彼に見つめられたような錯覚を覚える。


> 神戯の敗北者だ


 あまりの驚きの情報で、フォルティシモは大切なことを確認し忘れる。

 先ほどのエルミアの疑問で、フォルティシモだけが不思議に思わなければならない点。キュウが別エリアからのオープンチャットを受け取り、今も彼女は平然と御神木と会話している。

 もしフォルティシモがその異常性を認識していたら、誰かから話し掛けられたら返答する前に自分に相談しろと言い、キュウはフォルティシモの言葉を忠実に守っただろう。

 フォルティシモが確認し忘れたことは吉か凶か、この時点では分からない。


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