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第五十二話 エルミアの事情

 フォルティシモは理不尽に罵倒されるのは慣れている。慣れたくもないが、廃課金によって登り詰めた最強のトッププレイヤーというのは、どうしても嫉妬や恨みを買ってしまうものだ。

 出会い頭にいきなり罵倒されたとしても、冷静に相手をPKしてきた経験と実績がある。


 だがその経験の中に、罵倒の後に泣きじゃくってフォルティシモに縋り付く美少女はいなかった。


 クラス【魔王】は状態異常を受けないはずだが、麻痺でも受けたように動けなくなったフォルティシモは、後のことをキュウとラナリアに任せて寝室から逃げ出した。


 最強とてできないことはある。


「なんか想像と違う展開だな」

「それは俺の台詞だ」


 フォルティシモはリビングでソファに座っているが、ピアノは物珍しいのかスイートルームの調度品を触ってみたり、いくつもの部屋を出たり入ったりしている。


「両手槍の男の仇討ちで俺を倒したいんじゃないのか? 違うなら何の用だ?」

「さっき聞けよ。もしくはそこのドアを開けて聞いて来い」

「それやったら女の子を苛めてるみたいだろ」

「お前は女キャラだって容赦なくPKしてたろ」


 ピアノはフォルティシモの話を笑いながら流している。

 フォルティシモの望む自由とは、泣いている女の子に追い打ちを掛けて喜ぶものではない。フォルティシモは犯罪者などは地獄に落ちろと思うものの、品行方正に暮らしている人間は笑っていてくれたほうが嬉しいし、それが美少女であれば尚更だ。


 フォルティシモが戸惑っているのは、後半の理由が大きいのは否定しない。


「どうした?」

「い、いや何でもないぞ」


 美少女という意味であればピアノもそうなのだが、さすがに男アバターだった時の印象が強すぎてそういう対象とは考えられない。

 もしピアノが男だったら、キュウやラナリアへのエロい妄想をぶちまけていたかも知れないので、ある意味で助かった。ぶちまけた後で、実は女だったと言われたら死にたくなる。


 ピアノが足を止めたタイミングを見計らったかのように、キュウたちの居る寝室のドアが開かれた。

 ラナリアを先頭にして、エルミア、キュウ、シャルロットが出て来る。エルミアは視線を合わせようとせずに明後日の方向を見ているが、キュウはすぐにフォルティシモの傍へ寄って来たので無問題だ。


「それではエルミアさん、私からフォルティシモ様へお話しましょうか?」

「じ、自分で話すわよ! あなた性格悪いわね!」


 エルミアは先ほどまでの薄着ではなく、しっかりとした服装になっていた。しっかりとしたとは言え、この異世界で一般的に使われている普段着に着替えているという意味で、露出がすっかり少なくなっているだけだが。


 エルミアはフォルティシモの前まで歩いてきた。


「………」

「………」


 フォルティシモはエルミアの言葉を待っていたが、一向に話し出す気配がない。だったらフォルティシモから尋ねたい、いや尋ねておかなければならない内容がある。


「どうしてオープンチャットが使える? なんでキュウを狙った?」


 フォルティシモが質問を口にすると、エルミアは安堵した表情を見せたのも一瞬だけで、フォルティシモを睨み付けた。


「そこのキュウって子に聞いたけど、助けて貰ったのには礼を言うわ。でも私が、その、青白い光? については知らない」

「【転移】なんてどうでも良い。オープンチャットとキュウを狙った理由だ」

「………オープンチャットって何よ?」


 オープンチャット、多くの旧来のMMOにおいては誰にでも聞こえる発言を示している。旧来のMMOはどうしても文字でのやりとりがメインになるため、オープンチャットとプライベートチャットが明確に切り分けられていた。

 しかし昨今のVRMMOにおいては、言葉を口に出すというのは旧来のオープンチャットを使うのと同じだ。だからオープンチャットという単語の意味が変わっていき、今では同エリアの全員へ向けて通話で話し掛ける行為を示している。


「キュウに話し掛けたんだろ?」

「私が? いつよ?」

「ご主人様、私に話し掛けて来た人とエルミアさんは、声音が違いましたので別人だと思います」

「キュウを狙った奴は別に居るのか。見つけ出して八つ裂きにしてやる」


「ちょ、ちょっと待ちなさいよ!」

「そういえば、両手槍の男の仇討ちじゃないなら、何の用なんだ?」

「それは、いえ、そっちも大事なんだけど、八つ裂きにするって、そんなこと許せるはずない、でしょっ」


 まあ、フォルティシモも本気で言った訳ではない。キュウたちが泣きじゃくるエルミアの対応をしている間に、フレアから詳しい状況を聞いたところ、声の主は本気で助けを求めて来たのであってキュウの命を狙ったのではないと分かっている。


「それは置いておけ」

「置いておけるはずないでしょ!?」

「じゃあお前をここまで送った奴は誰だ?」

「それ、は………」


 先ほどから、エルミアはどうしても彼女の背後に見え隠れするプレイヤーを隠したいらしい。もしかしたら【隷従】を受けていて、何も言うなと命令されているのかも知れない。

 どちらにしても、彼女が話してくれないことは分かった。フォルティシモが物語の主人公か何かのように、彼女の琴線に触れられる言葉を紡いで説得できたら話は別だろうが、フォルティシモにそれを望むべくもない。


「なんでギルドで俺を探してたんだ?」

「そ、そうよ! とてつもない強さの黄金のドラゴンが………エルディンを襲ったの」


 エルミアは表情を歪め、奥歯を強く噛み締めているようだった。エルミアはラナリアの助けを借りながら、ここまでの経緯をぽつぽつと語る。結論としては、彼女の故郷エルディンがドラゴンに襲われて焼かれてしまったらしい。

 ファーアースオンラインの時に何度も訪れたエルディンが焼き尽くされてしまったというのは、フォルティシモにとっても良い気分になれなかった。ピアノも同じ気持ちだったようで、眉間に皺を寄せている。


「エルディンの黄金のドラゴンと言うと 最果ての黄金竜か?」

「あ、あれを知ってるの!?」

「エルディンに封印されてたドラゴンだったか? たしかにあれは強かったな」


 ファーアースオンラインのレイドボスモンスター、最果ての黄金竜。

 レイドボスというのは一言で表わしてしまえば、プレイヤーが複数パーティで挑むように調整された強力なボスモンスターだ。レイドという単語の本来の意味とは違うし、ゲームによってレイドの扱いやボスの強さは異なるものの、共通して言えることはそのゲームのパーティが最大人数で組んでも討伐することが難しいほどに強いモンスターになる。


 その中でもこの最果ての黄金竜というレイドボスモンスターは、グランドクエストというシナリオをクリアしたプレイヤー百人以上と戦っても返り討ちにできるほどの強さを持っている。実装当時に三百人というプレイヤーが連合を組んで挑み、全滅したことで運営への批判が高まり実装二日目に弱体化されたものの、それでもほとんどのプレイヤーが勝てず、結局は更に弱体化させるためのアイテムが実装された経緯があるほどだ。


 当時のフォルティシモでさえ、実装直後の状態では討伐できなかったので、運営への罵詈雑言を叫びながら同時実装されたガチャを回して新しい装備を作っていたものだ。


「エルディンに、封印されてた?」


 フォルティシモの疑問に対して、エルミアが逆に問い掛けて来た。


「そうじゃないのか?」

「そんなこと、誰も。御神木さんだって、言ってなかった………」

「御神木?」


 フォルティシモが気になった単語を復唱すると、エルミアの表情が「しまった」と言う形に変化した。御神木という物が何か関係しているらしいが、フォルティシモの知識では御神木はさん付けするような物体ではないし、エルディンは森に囲まれた国だったが御神木のような特定の樹木はなかった。


「どうやらエルディンへ行く必要がありそうだな」

「………………無駄よ。もうすべて、焼き尽くされたもの」


 今度は先ほどの失敗から一転して、沈んだ表情をするエルミア。コロコロと感情が変わって表に出る奴だった。

 幼い頃から苦しんでいたようだから、何かのトラウマのせいで躁鬱の気があるのかもしれない。そう思うと少しの同情を覚える。


「それを判断するのは俺だ」

「まあ、それなら止めないけど、今は止めておきなさいよ。あなたも知ってる黄金のドラゴンが居るかも知れない。とにかく、今はあれのレベルを上回るまで逃げ回って」

「なんで逃げる必要がある?」

「だって、さっきその子に聞いたあなたのレベル、九九九九なんでしょう?」


 レベル九九九九。フォルティシモの情報ウィンドウのレベル項目に並んでいる“数字”だけを読めば、そうなる。


「誰がレベル九九九九だと言った? 俺のレベルはカンストだ」


 室内に居るピアノとフレア以外の全員が疑問符を浮かべていた。そう言えばキュウにレベルのことを話そうと思って、すっかり忘れていたことを思い出す。


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[良い点] 「誰がレベル九九九九と言った? 俺のレベルはカンストだ」 かっこよすぎる…
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