第五百二話 因縁の戦い
それはVRMMOファーアースオンラインのプレイヤーの書き込みだった。
彼らは【最果ての黄金竜】というVRゲームの存在が現実に出現した驚きと戸惑いを仲間内で共有するために、いつもの掲示板へ集まっていた。
だからそれを倒したのが、見知った有名プレイヤー、それも晒しスレの常連で、晒しても誰も文句を言わず、全プレイヤーから忌み嫌われる最低最悪の廃課金最強厨プレイヤーだったことへ、現実に引き戻された感覚を覚えた。
> ほんとだ。魔王様じゃん
> じゃあ何? これって巨大3Dディスプレイ映像?
> 最初から分かってただろ。何? ドラゴンとか信じてたの?
> でも頭の中に声がしたじゃん
> VRダイバーの信号は接触してなくても届く。脳に電極刺してない時点で気付けよ、無学
> VRダイバー使用中は歩こうとしているのに、実際の身体は動かずにアバターが動きますよね。これはVRダイバーが脳の電気信号を受信だけではなく、インターセプトしている証拠です。さらにそれを身体的手術なし、つまり非接触で行っている。ヘルメス・トリスメギストス社の技術が、世界の数世代先を行っていると言われる由縁です
> 考えたらすげぇな。どうやってんの?
> どうでも良い。うんちくうるせぇ
> じゃあ、なんだよ、これ|ファーアースオンライン《FEO》のPVかよ
> そうだよ
> 金かかりすぎワロタw
> ちょっと前から運営方針変わったって噂だったから、宣伝に金掛けることにしたんじゃね?
> 世界規模とかやりすぎだろ
> ヘルメス・トリスメギストス社が関わってんだろうな。元々、技術提携してたって噂あったし
> 魔王様が出てるのなんで?
> 癒着。昔から魔王様がいやにアプデの内容を事前に把握してて、運営と馴れ合ってる噂あったろ
> 噂に噂。お前の話にソースはあんの?
> いつも次のアプデがあるMAPでログアウトしてメンテに入ってる。これ以上の証拠はねぇだろ
> 鉄鉱石の買い取り事件は言い訳できんしょ。相場の九倍まで吊り上げた後、店売り価格が十倍になったんだぜ?
> 魔王様は狐耳キャラが好きだから、第一回PVP大会は黄金色狐人族が賞品だった
> あの大会、明らかにグリッチだったのにお咎め無し。BANどころか普通に優勝賞品見せびらかしてたもんなw
> 準優勝の人超強かったのにカワイソス
> マナダイト錬金術。魔王様がマナダイトの異常買いしたから『浮遊大陸』がイベントMAPから通常MAPへ格上げされたのもあったな
> 魔王様の課金額七割
> 七割とかねーよ
> そこまでするなら株買って、会社乗っ取るわw
> テンプレに真面目に返すな
> さっき魔王様に会った知り合いの話なんだけど。無限PKするって脅されたらしい。PV撮影に邪魔だから消えろって意味だったんだろうな
> なんで脅迫すんだよ。普通に撮影するから出て行ってくれって言えば良いだろ
> 初心者発見www 魔王様のこと知らなすぎwww
> 魔王様はコミュ障だから人と話せないんだよ
> 仕事だろ。PV撮影でプレイヤー脅したとか、あとで問題になるし、馬鹿だろ
> 知らなかったの? 魔王様は、馬鹿だよ?
> 仕事なんだから責任があんだろって話
> MMOゲームでこれだけ嫌われて、何をやるにも晒されて、自分一人だけでやっていて楽しいのでしょうか?
> 魔王様はたぶん―――
楽しくて仕方ないと思う。
◇
フォルティシモはキュウに言われて、VRMMOファーアースオンラインの非公式掲示板を閲覧する。アンゴルモアの大王が蘇る年に作られた巨大掲示板は、VR世界全盛の今になっても運営会社や形を変えながら、その役割を全うしていた。
フォルティシモも情報収集のためにブックマークしているスレがいくつもある。
それを見たフォルティシモは脊髄反射でスレに書き込んだ。
> 最強のフォルティシモを見たか、有象無象
> 何言ってんだコイツ?
> コテハン見ろ
> 最強ってなに?
> 魔王様降臨www
> 本人? 偽物?
> 久しぶりじゃん。今日のお勤めは、顔真っ赤のレスバですか?
> お前らの目は節穴か? 最強のフォルティシモは最強神へ到達した。そしてこの世界に戻ってきた。お前らの目の前で、最果ての黄金竜を倒してやっただろうが
> おう、そうだな
> 本人だわ
> 魔王様が電波を垂れ流してるぞ
> PVじゃないって言うなら、ビルの一つでも壊してみろよ
> 【頂より降り注ぐ天光】受けても壊れないビルw
> 逆に考えるんだ。ビルが凄かったと
> いくら課金したらPVに参加できるんですか?
> なんでPVに最果ての黄金竜選んだの? 世界を焼き尽くす巨神のが良かったんじゃね?
> あれは本物の最果ての黄金竜だ。あいつはこの世界で虐殺をしかねない。だから俺が止めた。お前たちを最強のフォルティシモが救ってやったんだから、感謝しろ
> ういっす、ありw
> あざーすw
> 魔王様に皮肉は通用しない。だからちゃんと言わないとな。誰も信じてねーよ、バーカwww
> 自分の目で見ても信じられないとは愚かだな。あれだけの質量を持った物体が出現したんだぞ? そして大勢が目撃した。これが真実でなくて何が真実だ。最強のフォルティシモの力を見て、まだ理解できないか。哀れだな
> お前が哀れだろ
> やべっw 魔王様がお怒りだぞwww
> その質量を持った物体が出現したのに、人的物的被害がゼロなんだが。ゴ○ラやガ○ラでも、もう少し被害出すだろ
> 凄いPVでしたね。見応えがありました。僕、3Dホログラム技術者を目指しているので、あんな凄いショーを見られて感動しています! 作成した方は技術書やブログなどは書いていませんか? もし書いていたら教えて欲しいです。すぐ買って読みます!
> だからあの最果ての黄金竜は本物だって言ってんだろ。なんで理解できない? フォルティシモは最強だ。最強のフォルティシモだけが、この世界に顕現した最果ての黄金竜を、まったく被害を出さずに討伐できた。それが真実だ。分かったか?
> あ、はい、すいません
> 魔王様、少しは手加減してやってよ。このスレ、魔王様降臨を知らない人も増えたんだからさ
> 俺は事実を言っているだけだ。それを信じないから、お前らはいつも最強のフォルティシモの邪魔をする
> 誰か魔王様止めてwww
> なんか掲示板の閲覧数がえげつないことになってね?
> omoi
> 重い
> このVR全盛に文字だけの掲示板が重い訳ねぇだろ
『フォルティシモ? 其方、何をやっている?』
フォルティシモはゼノフォーブフィリアから話し掛けられて、周囲が見えなくなるくらい集中していたことに気が付いた。
「悪い。実を言うと、俺は、この掲示板の連中が大嫌いだった。だからムカついた」
フォルティシモは素直に謝罪を口にする。
『其方を晒し吊し上げて盛り上がっている者たちだ。好きになれというほうが無理だろう。だが吾が聞いたのは、何故、今、そんなことをしているのかだ』
「今ならフォルティシモが最強であることを、こいつらに認めさせられる」
『それを止めようと、ついさっきまで戦っていたはずだがな』
フォルティシモが半ば諦めの境地に居ることを悟っているのだろう。ゼノフォーブフィリアもフォルティシモの掲示板バトルを咎めなかった。
『いや、ある意味で、これで良いのか? まー、これで別の未来を観測できるようにならないか?』
『んー、弱いね。まだ“人類百億人がゲームの宣伝だ”と思う可能性が小さすぎて、私にも見つけられない』
いよいよ最後の手段、キュウとマリアステラの合体、神戯の根源“神儀”さえも見通す究極の観測者に頼らなければならないかも知れない。
『フォルティシモ様!』
そう思った時、神々の会話に割り込んで来た者が居た。その命知らずな者の名前は、文屋一心だ。
『数々のご無礼を心より謝罪いたします! 今、不祥の兄とストーカー女から、すべての事情を聞きました。というか、あなたが近衛翔って本当ですか!? つまりあなたは、神に両親を殺され、その復讐のために神々の遊戯へ参加し、勝利して戻って来たと! 単独インタビューを! 是非! お願いします! 世界中へその事実を公表し、神への勝利を宣言しましょう!』
「それを止めるって話を理解してないのか。お前、やっぱアーサーの妹だな」
『吾からすれば、其方はやはりまーのお気に入りだな』
『はっ!? そ、そうでした。この世界的ニュースを、あらゆる賞が霞むような、私の存在が異世界を報道した記者として歴史に刻まれるようなニュースを………く、くううううぅぅぅーーーー!』
フォルティシモへ話し掛けてきた文屋一心は、何故か苦しみ始めた。
ふと、キュウ、マリアステラ、ゼノフォーブフィリア、トッキーという神たちが、文屋一心の話を止めないことを不思議に思う。
彼女が起こそうとしている行動は、今の状況を変えるのだ。
「それで何か用か、アーサー妹」
『私の記事は、嘘、お金で買収された宣伝目的だったと公表します! 多くの行方不明事件を繋ぎ合わせて、尤もらしい話を作ったのだと。今、それを告白する記事を書いています! 公表後、すぐにルー・タイムズからアップします!』
文屋一心は続ける。
『それからゼノフォーブフィリアCEOも、この音声チャットに参加しているのですよね? 世間は情報源を最も大切にします! 最初に公表した私が宣伝目的だったと告白し、そこにVR技術の最先端をいくヘルメス・トリスメギストス社が肯定すれば、それは“真実”になります! サポートAIたちも、それを真実だと学習して、主へそう言うでしょう!』
極東の島国の人間たちが、本当にドラゴンは居たと宣言した。
対して、そのドラゴンの存在を喧伝した最初の情報元が偽物だと告白し、VRダイバーを開発した世界的大企業が自社の関わったゲームの宣伝だったと公表した。
どちらを信じる可能性が高いかという話である。
未確認動物の歴史上、最も有名な例の一つであるネッシーの真相と同じだ。当時は知らないが、一人一つのサポートAIが生まれた時から付けられて、VRが当然となるまで科学が発達した現代で、ネッシーをロマンとして“信じたい者”は多いが、“信じる者”はまず居ない。
ただし、この提案には一つだけ大きなマイナスがある。
これ以降、文屋一心の記者としての生命は終わる。こんな世界的な嘘の記事を公開したのだ。彼女の書く記事は信じられることはない。彼女は二度と、記者としての仕事はできないかも知れない。
「やれ」
まあフォルティシモには関係ないので、やるように言うが。
VRMMOファーアースオンライン、大好評サービス稼働中。
ルー・タイムズの記者文屋一心の投稿した記事へ、そんな文言が大きく表示されるようになった。さらに文屋一心が書いた謝罪記事が掲載される。
そこへ文屋一心自身の【調査報道】の権能により、ここまでの戦闘が最新技術を使ったパフォーマンスに過ぎないと発表。
ヘルメス・トリスメギストス社も公式ホームページでその事実を肯定。VRダイバーを使ってハッキングに近いコマーシャルを流したことで、世論がヘルメス・トリスメギストス社を批判する方向へ定まっていく。
「おお、なんだか良い感じだな。もうマリアステラが何とかできるんじゃないのか?」
『んー、逆効果だね』
「なんでだ?」
『ファーアースオンラインで魔王様を知っているプレイヤーは、これは単なる広告CMだったと思い始めた。直接見ていない九十九パーセントの人間も、|ヘルメス・トリスメギストス社《ぜーの会社》がそういうならって感じ。でも、残りの一パーセントで、今の魔王様たちを目撃した者たちは、むしろ魔王様という明確なイメージが与えられたことで、より強固に現実を認識した。この可能性だと、そういう奴らが神戯へ辿り着いて公表する』
フォルティシモは“良い感じ”だったため、マリアステラに否定されて疑念がわき上がってきた。
全視のマリアステラからすれば状況がより悪くなったのかも知れないが、最強のフォルティシモは“良い感じ”なのだ。
「いや、何とかできるはずだ」
『魔王様?』
「フォルティシモは最強だ」
最果ての黄金竜サイは、百億の信仰心エネルギーを集めることで真の竜神へと到達して膨大な力を発揮した。
その百億の信仰は、サイだけに集まった訳ではない。
文屋一心の記事はサイも出て来たがフォルティシモが中心だった。世界中に公表された都心の夜空で激突したのはサイと、フォルティシモだ。フォルティシモが勝利した今、ネットワークには宣伝だなんだと話題を集めている。
百億の信仰が、最強のフォルティシモへ集まった。