第四百九十六話 vs竜神サイ
フォルティシモは現代リアルワールドの大都会の上空で、墜落し掛けていたヘリコプターを空中で受け止めると、巨大なドラゴンの姿をした最果ての黄金竜サイと向かい合った。
『フォルティシモ! ようやく我に気が付いたようだな!』
「お前が勝手に付いて来たことは許してやる。だが、お前はかつて、俺が考えていたデートスポットを壊したことがあった」
『フォルティシモ、お前は強い! だが誇り高き最強の竜神である我が本体で現れた理由は分からなかったか!』
「それも二度は許さない。何をしに来たのかは、あとで聞いてやるから、今はさっさと帰れ。断るなら力尽くで帰してやる」
『知恵も! 知性も! 誇り高き最強の竜神である我には及ばないようだな! お前には少し大人しくしていて貰おう!』
「話を聞け」
サイの口元が輝く。
最果ての黄金竜の最強ブレス攻撃【頂より降り注ぐ天光】。異世界ファーアースのアクロシア大陸へ巨大なクレーターを造り出したブレスは、現代リアルワールドの都心で多くの命を奪いかねない滅びの光だった。
だが、その対策はとっくに完成している。
「最強・元素・防御!」
フォルティシモはサイの口から黄金のブレスが発射される寸前に、フォルティシモ自身と、フォルティシモが支えるヘリコプター、そして目に見える都心全域へ、輝く光の壁を産み出した。
フォルティシモの壁はブレスを完全に遮断し、鉄を融解させる熱量も、目を潰す光量も防ぎ切る。
「キュウ、助かった。話の途中で撃ってくると知らなかったら被害が出てた」
『はい!』
『魔王様魔王様、私もキュウと一緒に未来を教えて、可能性を観測したけど、私には?』
「サイがやらかすのを知って利用したクソ野郎は、死ぬ気で協力しろ」
『あははは、魔王様に求められちゃった』
フォルティシモはヘリコプターが邪魔なので、周囲を見回して置ける場所を探す。ビルのいくつかにはヘリポートが見えるものの、最果ての黄金竜の姿を見ようとする野次馬が埋め尽くしている。
「セフェ」
> はいはいぃ、ヘリの制御を乗っ取りましたよぉ。こちらで退避させておきますねぇ
ハッキングAIが元になっているセフェールが、AIの力と神の力の合わせ技でフォルティシモからヘリコプターを引き離す。ヘリコプターに乗っている人らがフォルティシモへカメラとマイクを向けていた。
「あなたは何者ですか!? 一言お願いします! ちょ、何やってるの、勝手に離れないで!」
「さっきから制御が効きません!」
「どう見ても普通じゃない! 離れましょうよ!」
フォルティシモとヘリコプターは少なくない時間をうだうだと揉めていたけれど、その間にもサイはヘリコプターを狙う様子を見せなかった。巨大な目玉でギョロリと一瞥し、まるで何者かに止められたかのように見過ごす。
その仕草に違和感を覚えたものの、フォルティシモのやることは変わらないため指摘はしない。
「恨むなら、この最強のフォルティシモの“前”に立ち塞がったことを恨め」
フォルティシモはインベントリから漆黒の剣を引き抜き、それを両手に持って上段で構えた。
「最強・巨人・乃剣!」
山のような巨大なドラゴンを真っ二つにできるほどまで巨大化した黒剣を、サイへ向けて振り下ろす。巨大黒剣はサイの身体を包む【星の衣】を切り裂き、その脳天へ向かって行った。
かつての最果ての黄金竜よりも、今のサイの方が圧倒的に強い。
それでも今のフォルティシモは、最強のフォルティシモを超えた最強神フォルティシモである。
フォルティシモとサイの力の差は以前よりも大きく開き、神としての格が違う。
フォルティシモはサイを一撃で葬り去り、サイはフォルティシモの世界のセーブポイントへ戻るだろう。
『ご主人様っ、人がっ!』
フォルティシモはキュウの声を直ちに聞き届け、巨大黒剣をピタリと止めた。
巨大な黄金竜の頭の上に人影がある。サイが無理矢理乗せたのならば、わざわざ頭の上に乗せるはずがない。サイが頭の上に乗られると不快に感じることは、フォルティシモがやった時に文句を言われている。
そう考えると“あの”サイが自ら頭に乗せたのだと思われた。
「誰だ、あいつは? またマリアステラの配下か?」
『違うよ。今回の私は魔王様の味方なんだから、そんな邪魔しないって』
サイはフォルティシモが巨大黒剣を止めたことに気が付いて、フォルティシモから距離を取っていく。
『我の【星の衣】を難なく裂くか。やはり直接戦闘では、誇り高き最強の竜神である我でも分が悪い。召使い! やれ!』
「召使い? 頭に乗ってるのが信者なら、信者を獲得したってことか?」
神にとって信者を獲得することには大きな意味がある。信仰心エネルギーの観点から見ても、信者が多ければ多いだけ使えるエネルギーは増えていく。
ただし、信者一人を得ただけで、最強神フォルティシモへ対抗できるとは考えづらい。
それでも万が一、億が一、兆が一、那由他が一、不可思議が一、無量大数が一の可能性はある。
それはサイの召使いなる人物が、キュウのような絶対の才能を秘めている場合だ。
信仰心エネルギーは重要だが、すべてではない。時にはそれを超える才能はある。フォルティシモは油断せず、サイとその召使いからの攻撃を待ち構えた。
戦術的観点から見て、サイが何かをして来る可能性があるのであれば、その前に最強のフォルティシモの力で叩き潰してしまうの方が理に適っている。
しかしフォルティシモは戦略的に今後のことを踏まえ、サイの召使いの能力を確認しておこうと考えた。フォルティシモはトライアンドエラー戦術が頭にあるため、ついつい“次”を考慮してしまう。
それを自覚しても、この判断は間違いではないはず。
なにせサイの知性と性格は、信頼度においてマリアステラさえも下回る。
マリアステラは性格こそ極悪だが高い知性を持っていることは疑いようもなく、ちゃんと話が通じる。相手の価値観を考慮しての会話が可能だ。例えば「今日は戦いではなく茶でもしよう」と言ったら、マリアステラは最後まで一緒にティータイムを過ごしてくれる。
対してサイは「茶がぬるい」とか言い出して、その場でブレスを放って茶を加熱するのではなくテーブルから同席者を焼き払いかねない。更にそれをフォルティシモの責任と言い出すタイプ。
何か強い力を手に入れたのであれば、ここで開示させて抑えておきたい。
加えて現状分析をすれば、今のフォルティシモのバックアップ体制は強力だ。キュウの未来聴、マリアステラの未来視、ゼノフォーブフィリアの予測計算がすべて味方で、従属神全員を集結させて戦うこともできる。いざとなればマリアステラか太陽神ケペルラーアトゥムをこの場に呼び出して、盾にしてしまうのも有りだ。
サイの切り札を受けきるのであれば、今以上のタイミングはないだろう。
「………おい、サイ、まだか?」
問題は、いくら待ってもサイからのアクションがないことだった。
待ちあぐねたフォルティシモの耳へ、別の声が届く。
『ぜー、あっちと繋いでよ。やらないと魔王様が暴れるか、キュウが勝手に繋げちゃうよ』
「何かあるならやれ、ゼノフォーブフィリア。暴れるぞ。キュウもだ」
『えっと、わ、私も勝手に繋げます! ………何をでしょうか?』
フォルティシモはマリアステラがゼノフォーブフィリアへ何かを要求していたようだったので、それに対する口添えをした。
キュウもそれを察して、マリアステラの交渉へ精一杯の援護射撃をしてくれた。キュウ自身が戸惑っているのはご愛敬である。
『其方ら三人、実は仲が良くて、結託して吾を追い詰めに来たんじゃないだろうな』
『あははは、今は違うよ。将来的には分からないけど』
『できないとはどういうことだ、召使い! フォルティシモを止める手段があると言ったであろう!』
『なんで物理的に止められるって話になってるんですか!?』
それはサイとサイの召使いの会話と思われた。
サイと聞き覚えのない相手の声―――フォルティシモは顔と名前だけでなく、声の記憶力も自信がないので出会っていたとしても分からない―――は、何かを言い争っている。
『見てくださいよ、あれ! 竜神サイ様の黄金ブレスを、掻き消したんですよ!? ヘリどころかビルの硝子一枚割れてないんですよ!?』
『それがどうした! 召使いはフォルティシモを止めると言ったであろう!』
『それに竜神サイ様の巨体の前に、生身!? この状況でコンサート会場から出た時と同じ目をしています。竜神サイ様を前に、一欠片も恐怖を感じてないんです! とんでもなくイカれてるか、本当に恐れる必要がないってことです! あの魔王は、竜神サイ様の質量を、どうにでもできるって思ってるんですよ!?』
『そんなことは当然であろう!』
『竜神サイ教の教皇として上奏します。ここは一旦逃げましょう』
『ええい、召使いを使えると思った我が愚かだったか!』
フォルティシモは話に割り込むべきかどうか悩んだ。『会話を繋ぐ』は『チャットに参加した』という意味だろうから、向こうの声だけでなくフォルティシモの声も届けられるはずだ。
「サイ、揉めてるな」
『わ、割り込んで来た!? こ、これって竜神サイ様のプライベート通話みたいなのじゃなかったんですか!?』
『フォルティシモは引っ込んでいろ! これは我と召使いの話だ!』
「どう考えても俺こそが当事者だろ」
サイの顎が開かれ、フォルティシモへ向けられた。【頂より降り注ぐ天光】が発射されるのかと身構える。
キュウとマリアステラが未来を観測してくれているから、奇襲攻撃はないはずだけれど、彼女たちが絶対ではないことはフォルティシモ自身が証明している。
サイの口から放たれたのは、なんとも生温い息だった。サイの吐息に包まれて、フォルティシモの心へ変な意味のダメージが入る。キュウの吐息なら笑って済ませた上に、キュウのモフモフの耳へふーふーの仕返しをするけれど、巨大ドラゴンの臭い息など好んで包まれたくはない。
「こんな嫌がらせを覚えたか、ちょっと効いた。だが残念だったな。最強のフォルティシモは冷静だ」
そうフォルティシモは冷静だ。
この事態が解決した後に、キュウと“予約してあるレストラン”でディナーを楽しみ、酔ってしまったキュウを介抱するために“予約してある高級ホテル”へ行く予定だったので、この口臭攻撃によって身体に染み付いた臭いを落とさなければならなくなっただけだ。
「サイの頭の上の奴、本当にサイの信者なのか?」
『此奴は誇り高き最強の竜神である我の召使いだ!』
「お前には聞いてない。どうなんだ?」
『ま、魔王フォルティシモ! 残念でしたね! あなたの悪行は世界中に晒されました! もうあなたの思い通りにはなりません! 私と竜神サイ様は! この世界を守って見せる!』
「どいつもこいつも俺の質問に答えろ」
フォルティシモが思ったのは、この召使いなる人物も、サイに負けず劣らず人の話を聞かなそうだな、ということである。