第四百八十八話 神々の拠点攻防戦 承引編
キュウはこの拠点攻防戦で、主人と別行動を取ることになった。その理由はこの世界の神ゼノフォーブフィリアが亜量子コンピュータという物で導き出した最適解がそうなっていたから、というのもある。しかしキュウが主人の側で主人をサポートしない理由はそれだけではない。
異世界ファーアースで行われた、主人と太陽神ケペルラーアトゥムの戦い。
あの戦いはキュウにとって誇らしいものだった。主人の他の従者たちと違って、なかなか役に立てる仕事がないキュウが危険を冒して手に入れた情報を使い、多くの人の協力を得て実現した最強の主人が太陽の神と戦う舞台だったからだ。
最高の神に最強の主人が勝利する姿を見届けたかったのに、主人の祖父オウコーに邪魔されてしまった。だから再度、主人と太陽神が戦う機会が訪れたら、今度こそ誰にも邪魔させないつもりだった。
ゼノフォーブフィリアは、そんなキュウの気持ちも考慮してくれたらしい。
VRMMOファーアースオンラインの空を三羽の天烏が飛んでおり、その内の一羽にキュウが騎乗していた。今のキュウの乗っている天烏は、異世界ファーアースでキュウを乗せて戦ってくれた最強の天烏にそっくりな姿をしているけれど、その内面は命令によって動くだけのゴーレムに近い。
残り二羽の天烏には、それぞれゼノフォーブとリースロッテが乗っている。
「どうしてアルと一緒に攻めなかった?」
そんな『サンタ・エズレル神殿』へ向かう天烏の上で、リースロッテが不満そうにゼノフォーブへ問いかけた。
アルティマとリースロッテは主人の従者の中で役割が戦闘に偏っており、対抗意識から喧嘩している姿がよく目に付く。しかしリースロッテとアルティマは喧嘩をしても、決して武器を取り出したり、スキルで攻撃することはない。
それは二人が誰よりも本音で語り合えるほど仲が良いという証明だ。だからリースロッテは、アルティマを捨て駒のように使った作戦に不満を感じている。
ゲームの時は主人こそがアルティマを特攻させていたという話は知っているけれど、それはそれだ。主人の意向と他の者が考えた作戦は違う。
他の人にされたら嫌だけど、主人だったら不快に思わないことくらい、キュウにだってたくさんある。耳や尻尾を触られることなどは顕著な例だ。
それはともかく、先頭を行くゼノフォーブがリースロッテを振り返る。
「まーが楽しみたいのは、VRMMOファーアースオンラインを蹂躙した魔王フォルティシモだ。拠点攻防戦でアルティマがチーム行動を取ることは、其方たちの作戦であったか?」
リースロッテはゼノフォーブの解答にやはり不満そうだったけれど、それ以上の反論はしなかった。
「最初の関門だ。働いてもらうぞ、リースロッテ」
空中を行くキュウたちの前に現れたのは、五匹の空飛ぶ魔物。それぞれに太陽神ケペルラーアトゥムの従者が騎乗している。
「相手は五人だ。時間さえ稼げれば良い」
「お前のためには動かない。けど、フォルのために、こいつらを倒す」
五対一、普通であれば勝負にもならない状況。しかし主人の従者リースロッテは、“対人最強”だ。
リースロッテが一人で五人の従者を相手している間に、キュウとゼノフォーブは『サンタ・エズレル神殿』へ飛び降りる。
現実だったら上空から魔術もなしに飛び降りたら大怪我しそうなものだけれど、ゲームでの着地は痛くも痒くもなかった。落下ダメージは評判が良くなかったから廃止されたらしい。
「アルティマが切り開いたルートがある。今なら従魔も罠もなく、まーの元まで行ける」
「は、はい、分かりました」
『サンタ・エズレル神殿』の大聖堂は、かつて主人とクレシェンドが戦った場所で、クレシェンドに隷従を掛けられたフィーナをキュウが救った場所だ。
そして女神像があるべき台座に大きなクリスタルが鎮座し、その前に本物の女神が立っている。
神々の最大派閥の一つ<星>の主神、偉大なる星の女神にして母なる星の女神、始祖神の一柱マリアステラが、キュウとゼノフォーブを待ち構えていた。
「待ってたよ、ぜー、キュウ。やっぱり友達と遊ぶゲームは楽しみだね」
「そうだな、親友。だが、そう呼ぶのは今日限りだ」
キュウは主人から教えられたように、戦闘開始前にまず【解析】を使った。
マリアステラ
BLv:1
BLv:1
CLv:0
HP :6(+777,777,777)
MP :8(+777,777,777)
STR:1(+77,777,777)
DEX:3(+77,777,777)
VIT:2(+77,777,777)
INT:10(+77,777,777)
AGI:5(+77,777,777)
MAG:3(+77,777,777)
そこには色々と有り得ない数字が並んでいる。
「ぜ、ゼノフォーブ様、マリアステラ様のステータスが」
「キュウ、友達の私に聞いてよ。ゲームなんだから」
これから殺し合いをする相手ではないのだから、能力を解明するより聞いたほうが早い。キュウはそれもそうだなと思い、マリアステラをまっすぐ見て改めて口にした。
「マリアステラ様、マリアステラ様の使っているアバターはレベル一なのに、ステータスが高くなっているのは、何故なのでしょうか?」
「その素直さ、ぜーも見習って欲しいね。良い友人関係はこうして築かれると思わない?」
キュウの隣のゼノフォーブが、地面に唾を吐き捨てていた。
「【近衛】システムに、単純なバフスキルや課金アイテムを使ったんだよ。今回参加させた従者たちは、四人がバッファー型クラス。そして最後の一人は【影法師】。キュウも知っているように、【影法師】クラスは育てたプレイヤーの能力を引き継ぐ」
【影法師】は主人の従者ではエンシェントが就いている従者専用の特殊クラスだ。プレイヤーが他クラスに転職しながら育てたすべてのスキルを習得できるため、プレイヤー以上の万能性を発揮できる。
「その【影法師】を【近衛】にして基準ステータスを上昇させて、その後、私に対してできるだけバフを使う。そうすれば、たとえレベル一でも、ある程度の時間はかなり高い能力値を発揮できる」
いくらリースロッテが対人最強でも五対一で善戦できているのは、敵従者がマリアステラへ援護しているかららしい。従者をプレイヤーのサポートに特化させる作戦は、元々カンストプレイヤーである主人からは生まれない戦術だろう。
「教えて頂きありがとうございます」
「どういたしまして」
「時間制限があるのはこちらも同じだ。まー、覚悟しろ」
キュウの目の前でゼノフォーブとマリアステラの戦いが始まる。
本来、この二柱は絶大な神威を誇る偉大なる神であるが、ここはゲームなので繰り広げられるのはゲーム相応の戦いだった。
宇宙規模のエネルギーが交錯したり、何百年という時間を創りだしたり、常識外れの権能が使われることはない。『サンタ・エズレル神殿』の大聖堂内で行われ、人間大の武器が交錯する。
ゼノフォーブは扱いが難しい蛇腹剣、マリアステラは黒と白の双剣を手にしていた。
ゼノフォーブとマリアステラはお互いに武器を振るい、間合いを取りながらスキル発動のタイミングを窺い、打ち込む。
キュウとしては魔力の動きがないので、現実よりも魔術や魔技の発動が察知し辛かったけれど、回数をこなすごとに慣れていく。
そうするとゼノフォーブの縦横無尽の攻撃が、何度もマリアステラへ届くようになる。キュウの観測した未来が、マリアステラの観測した未来よりも可能性がかなり高い証拠だった。
「ぜー、ファーアースオンライン上手いじゃん。さすが引き籠もって廃プレイしてただけのことはあるね」
キュウは未来聴と可能性観測へ全力を注いでいるというのに、マリアステラはゲームとは言えゼノフォーブと戦いながら両者に拮抗している。
一対二でようやくの互角。
キュウは戦っているのが主人だったら、と思わずには居られなかった。主人だったら主人が絶対に勝つと言えたのに。
そんなキュウの不安とも言える心情が、現実になってしまう。マリアステラは双剣を巧みに操り、ゼノフォーブの猛攻を防ぎながらゼノフォーブの心臓を突き刺したのだ。
ゼノフォーブは心臓を貫かれたのだから、ここが現実であれば一撃で絶命しただろう。だがVRMMOファーアースオンラインでは、急所攻撃は確定クリティカル扱いになるだけなので、それだけで死ぬことはないらしい。それでもゼノフォーブのHPがレッドゾーンまで減少していた。
「ゼノフォーブ様!」
「キュウは少しだけ勘違いをしてるよ。キュウの能力が最大限に発揮されるのは、魔王様に対してだけ。何故なのかは、次回の宿題にしようかな。次の神戯は、キュウに“まー”って呼ばせるからね」
マリアステラは余裕さえも見せながら、キュウへ“次”の神戯を挑むのだと宣言する。
「ぜーも魔王様と一緒に戦えば、もっと善戦できたのに。この未来を選んじゃったか」
大ダメージを受けながらもゼノフォーブが笑った。
キュウはゼノフォーブが心臓を刺された瞬間、思わず悲鳴を上げたけれど、それはあくまでもキュウがVRゲームに慣れていないからだった。
何故「あくまでも」なのか。それはこの状況さえも、ゼノフォーブの亜量子コンピュータによる計算通りだからだ。ゼノフォーブの計算では、キュウとゼノフォーブが共にマリアステラへ挑んでも勝利できないという結果が出ている。
ここまで条件を整えて、マリアステラに圧倒的な不利な条件で戦っても、この女神は倒せない。
マリアステラがゼノフォーブへトドメを刺すべく、双剣を振り上げる。それに対してゼノフォーブが言葉を紡いだ。
「まーの瞳に空は映っているか?」
「空?」
キュウは空を聞いた。
今のキュウはVRMMOファーアースオンラインへログインしているため、視覚情報で空を見上げることはできない。だからその耳を全力で使い、現代リアルワールドの空の様子を窺った。
主人と一緒にドライブして、コンサートを聴いていたから、ゼノフォーブとの会談が始まったのが遅い時間になっている。その後、その場で拠点攻防戦が開始され、アルティマの特攻によって更に時間が経った。
だから現代リアルワールドは、すっかり日が落ちて夜になっていた。
キュウは現代リアルワールドの夜空を聞く。
そこに広がっていたのは、美しい星空だった。魔力に侵されていない空気や地面、主人とのドライブは世界の美しさを感じられた。そして今、それらを上回る美しい星々の光が空を埋め尽くしている。
それはまるで天に掛かる光の川のようで、異世界ファーアースでも見られないものだった。
「今日は七夕か。このゲームが終わったら一緒に素麺でも食べる?」
マリアステラはキュウと同じ美しい星空を見ているにも関わらず、それに見とれることなく剣を振り下ろした。
「こういうことだ」
天の川が掛かっている。それは決して出会えない二人を結ぶ星の祝福。人々が信仰する再会。
振り下ろされたマリアステラの剣を、弾くプレイヤーが出現した。そのアバターは、黒髪紅眼の美青年の姿をしている。
キャラクター名ゼノフィリア。異世界ファーアースでフォルティシモと会談した、ゼノフォーブフィリアの片割れ。VRMMOファーアースオンラインに、二人のゼノフォーブフィリアが顕現した。
青年ゼノフィリアは少女ゼノフォーブへトドメを刺そうとしていたマリアステラの剣を弾き、反撃でマリアステラの首を飛ばすような斬撃を繰り出した。
完全に意識外からの一撃。マリアステラが回避しようとする。今までの攻撃よりも先に動いたのではなく、攻撃を察知してからの動き。
マリアステラの反応は充分に早かったけれど、それでも青年の剣を回避することができず、マリアステラへ大きなダメージが入った。
「ちっ、今ので決まる可能性もあったんだがな」
「フォーブ、それは希望的観測だ」
青年ゼノフィリアが【治癒】を使うと、少女ゼノフォーブのHPが回復する。
「えぇー、ぜー、それはさすがに反則じゃない? オメテオトルだって男女二人が同時にログインするなんてしないよ?」
「吾とフォーブは二人で一人だ。吾と戦うのは、吾たちと戦うという意味になる。神戯にエラーは発生していない」
「全知全能ならば男であり女であり全であり個でなければならない。グレーゾーンを攻めるのは好きだから、許しちゃうけどさー」
ゼノフォーブフィリアは男女の性別を使い分けているのではなく、人格そのものが二つある神であるらしい。
その事情を利用してVRMMOファーアースオンラインというゲームの中へ、本来は有り得ないゼノフォーブとゼノフィリアが同時に存在する状況を造り出した。
感覚としては、キュウとマリアステラが合体した時に近いのだろう。もしかしたらゼノフォーブフィリアとは、二つの神が合体した姿なのかも知れない。
キュウ、ゼノフォーブ、ゼノフィリアに対して、マリアステラが一人の三対一。
この状況をマリアステラにも観測できなかったのは、二重人格の人間が別々の身体で同時に存在する確率はゼロだからなのか。キュウには分からなかった。
「私を倒すためだけに、世界最高の亜量子コンピュータを製作し、私から見られない秘密の部屋に引き籠もって、魔王様やキュウへ協力を頼み、神戯のシステムとしてギリギリの戦略。ぜーは、そこまでして私に勝ちたかったんだね」
だがマリアステラは嗤っていた。
そしてキュウは思い出した。マリアステラとキュウが初めて言葉を交わした時、マリアステラは本気で驚いていた。あの時、マリアステラは初めてキュウを知ったのだ。
マリアステラは決して全知ではない。その言動や超絶能力に惑わされそうになるけれど、未来視によって観測した事象に対して、冷徹な計算によってコントロールすることでそう見せかけているだけ。
亜量子コンピュータは『マリアステラは短期的にはすべての未来が見える』ことを前提に計算している。
前提が間違っている。マリアステラでさえすべてを観測できない。いくら亜量子コンピュータという物が究極の計算能力を備えていたとしても、前提条件に誤りがあってしまえば正常な計算結果を出力することは不可能だ。
主人は否定していたけれど、かつてのマリアステラの言葉を思い出す。
主人とマリアステラは似ている。主人が最強という印象を他者へ与えるように、マリアステラは大勢に“マリアステラは全知だ”と勘違いさせているのだ。神々の世界での評判さえも、どこまでも冷徹な計算に基づいて操作している。
その記憶と閃きは、キュウへ敗北の予感を覚えさせた。