第四百八十七話 神々の拠点攻防戦 起動編
フォルティシモが異世界ファーアースで戦った拠点攻防戦は、クレシェンド率いるデーモンたちとどちらかが全滅するまでの死闘だった。そのため拠点攻防戦参加者以外にも大勢の協力者が居て、お互いの街全体、『浮遊大陸』エルディンや地下都市ホーンディアンを巻き込んだ戦いになった。
それに対して、これから行われるのはVRMMOファーアースオンラインの拠点攻防戦で、ルール上参加者以外の邪魔が入ることはないし、死亡してもデスペナを受けるだけで済む。
参加者はフォルティシモ側が、フォルティシモ、キュウ、ゼノフォーブ、エンシェント、ダアト、アルティマ、リースロッテ。
マリアステラ側が、マリアステラ、ケペルラーアトゥム、そしてケペルラーアトゥムの従者五名。
異世界ファーアースで戦った時に知ったが、太陽神ケペルラーアトゥムはフォルティシモとは別バージョンのVRMMOファーアースオンラインの廃課金最強プレイヤーだった。今回の戦いには、そこからデータを持ち込んでいるらしい。五名の従者もそこの者たちである。
七対七の拠点攻防戦。
特殊ルールとして、お互いに百階層のダンジョンや無制限にアイテムを出せる倉庫など【拠点】の施設の使用禁止、HPがゼロになりセーブポイントへ戻った後、待ち時間を経ての再参加禁止も加えられている。
なおゼノフォーブのアバターはフォルティシモには及ばないものの、トッププレイヤーと呼べる装備とステータスだった。
世界的大企業のCEOが廃人プレイをしていたのか、と後でツッコミを入れようと心にメモしておく。
これによりフォルティシモ側はトッププレイヤーがフォルティシモとゼノフォーブの二人、全クラスのスキルを使える万能のエンシェント、従者最強ステータスのアルティマ、システム限界の守護神リースロッテ、そしてゲーム内でも黄金の耳を使えるキュウという大戦力である。
対してマリアステラのレベルは一。
フォルティシモは驚いて何度も見返したけれど、マリアステラのアバターは異世界ファーアースで会った時と同じ、レベル一のノービスでステータスも相応である。
フォルティシモ
BLv:9999+++
CLv:9999
DLv:9999
TLv:9999
HP :999,999,999
MP :999,999,999
SP :999,999,999
STR:99,999,999(+99,999,999)
DEX:99,999,999(+99,999,999)
VIT:99,999,999(+99,999,999)
INT:99,999,999(+99,999,999)
AGI:99,999,999(+99,999,999)
MAG:99,999,999(+99,999,999)
マリアステラ
BLv:1
CLv:0
HP :6
MP :8
STR:1
DEX:3
VIT:2
INT:10
AGI:5
MAG:3
「………この最強のフォルティシモに、レベル一で挑むだと?」
ゲームだから縛りプレイをするのも個人の自由だ。チーム戦でもチームメンバーが認めているなら許されるだろう。
しかし最強のフォルティシモへ、最高の状態で挑んでこない挑戦者には、隠しきれない苛立ちを覚える。それが神々の世界で無敵と呼ばれる女神であってもだ。
「しかもこの忘れられない数字、本気で俺に喧嘩を売ってるらしいな。異世界ではキュウのことがあったから遠慮してやったが、ここで遠慮があると思うなよ」
> 拠点攻防戦が開始されました
フォルティシモはアナウンスがあった瞬間、すぐに情報ウィンドウを起動し、マリアステラのチームの情報を確認する。敵の拠点の場所は『サンタ・エズレル神殿』。聖マリア教の総本山がある場所だ。
「システム・ラプラス起動。運命掌握プロトコル実行。フォルティシモ、キュウ、すべての条件を入力し計算した。あとはこの指示に従って戦えば、まーを倒せる!」
それと同時にゼノフォーブが何かを起動する。
フォルティシモの頭の中へ様々な情報が入ってくる。これからどういう戦いになり、どう行動したら良いか、体感として思い出せる。
脳波を読み取り信号を送るVRダイバーの機能をフル活用し、五感ではなく第六感へ信号を送っている。
俗な言い方をすれば、予知能力を与えられたと表現できる。
外部装置を使ったプレイ効率のブーストは、見る者が見れば完全にハードウェアチートだけれど、フォルティシモは声を大にして言う。
ゲームをやっている最中、ステータスや金を計算するため電卓を使おうと思ったり、表計算ソフトで事前に入力しておこうとか思ったことはないだろうか。
これはその外部ソフトが、世界最大の亜量子コンピュータで“ちょっと”ばかり、計算できる情報が多いだけ。
そしてゲームを楽しむ者は、攻略サイトを使ったり、指示通りにプレイするだけで勝てることをつまらないと感じるかも知れない。
最強厨は違う。勝てば良いのだ。指示通りにやるだけで勝てるなら、これほど楽なことはない。
しかし最強神フォルティシモの最強厨としての何かが、胸の内にざわめきを感じ取っていた。これほど有利な状況であっても、マリアステラに勝てない。そんな予感がする。
◇
「【九尾】全開なのじゃあぁぁぁーーー!」
アルティマはフォルティシモやゼノフォーブが『浮遊大陸』で拠点攻防戦開始の通知を受け取ったのとは別に、始まる前から『サンタ・エズレル神殿』隣のMAPで待機し、始まった瞬間に単身で『サンタ・エズレル神殿』へ乗り込んだ。
異世界ファーアースのアクロシア王都で猛威を振るった巨大化した九つの尾を縦横無尽に操り、太陽神ケペルラーアトゥムの従魔を屠っていく。
拠点攻防戦のセオリーとして、防衛側はチームで捕獲した従魔を第一防衛ラインとして使う。もちろんフォルティシモもそうしているので、異世界ファーアースの拠点攻防戦においてデーモンたちが地獄を見た。
そんな中、アルティマはその戦術を破るための能力を持っている。元々、フォルティシモの代わりにレイドボスや新実装モンスターと戦うことが想定されている従者がアルティマだ。対モンスターの能力は従者でも随一となる。
アルティマはつい先ほど、ゲームセンターでマリアステラへ挑み、それはもう完敗を喫した。マリアステラのゲームの腕前は神の領域だった。本人は女神だから当たり前かも知れないが。
アルティマはそんな完敗へ、普通に苛立っていた。
だからこれまでの鬱憤を晴らすように、マリアステラの【拠点】で暴れ回る。ゼノフォーブの計算とか色々言われたけれど、今はこのストレス解消がすべてである。
キュウの付き添いでフィーナへの陣中見舞いをしたりしていたため、『サンタ・エズレル神殿』の構造は充分に頭に入っている。
最短ルートを走り抜け、百体を超える従魔を屠った後、大聖堂へ辿り着いた。
大聖堂の中央に輝くクリスタルの前に、マリアステラの姿がある。周囲に人影はなく、マリアステラが一人でアルティマを出迎えて笑みを浮かべていた。
てっきり太陽神ケペルラーアトゥムの従者との戦闘になると考えていたけれど、まさかのマリアステラと一騎打ちの様相である。
アルティマは周囲の警戒を最低限にして、速度を緩めることなくマリアステラへ向かって飛んだ。
マリアステラをレベル一のノービスとは考えない。話をするつもりもない。相手の行動を待ち構えるつもりもない。ただアルティマが考える最速で、最強のプレイヤーへ攻撃するつもりで、刀を抜き放った。
罠上等。それに引っ掛かって主人であるフォルティシモへ繋げるのがアルティマの役割である。
「究極・乃剣なのじゃあぁ!」
空中でマリアステラをターゲットして、音声ショートカットでスキルを起動。
フォルティシモ本人が使うのとは異なり、ディレイもキャストもゼロとは言えないものの、アルティマが使う究極・乃剣も高速で発動し、攻撃力は絶大だ。
しかしマリアステラはアルティマの攻撃が分かっていたかのように、一歩動いた。
その一歩で、アルティマの放った黒い剣が回避される。
アルティマもその程度は想定している。未来視との戦い方。アルティマだって馬鹿ではないので、アルティマなりに考えているのだ。着地と同時に、マリアステラが回避した場所へ向かってもう一撃。
「究極・乃剣なのじゃ!」
それも同じだ。アルティマが着地してから振り返った時、ギリギリの角度で届かないように動かれた。
「まだまだ、究極・乃剣なのじゃ!」
アルティマが考えた対マリアステラ戦術は、何度も攻撃することにより回避できない可能性へ辿り着くこと。百でも千でも、刃が届くまで振るい続ける。すなわちフォルティシモお得意のトライアンドエラー戦術。
そうして何度目かの追撃は、当たった。ただしマリアステラにではない。拠点攻防戦の破壊目標であるクリスタルに当たったのだ。
しかしクリスタルに損傷はない。
「拠点攻防戦の仕様、クリスタルへダメージを与えられるのはプレイヤーのみ。現実とは違うね。もしアルティマ・ワンが命を持ったファーアースの拠点攻防戦だったら、今のでクリスタルが壊れて、魔王様側の勝利だったよ。魔王様の六番目の従者アルティマ・ワン」
マリアステラはクリスタルを盾にして、アルティマの攻撃を防いだのだ。
PvPコンテンツである拠点攻防戦は、主役はあくまでもプレイヤーである。プレイヤーが何もせず、AI従者に任せて勝負が決まってしまうようには作られていない。その最たる仕様が、従者はクリスタルへダメージを与えられないというものだった。
「その程度、妾だって理解しているのじゃ! 識域・爆裂!」
クリスタルを盾にされても関係ない。むしろそれは回避できなくなったことの証明。ここで範囲攻撃を放つ。レベル一のノービスなど、かすっただけでHPをゼロにできる【爆魔術】だ。
それでもマリアステラはクリスタルに触れたまま涼しい顔をしていた。
「この拠点攻防戦を作ったプログラマーは、三徹しててね。その際に、もう限界で、一秒でも早く帰りたくて、ソースコードを他から流用したんだ。だからクリスタルのダメージ判定は球形になってしまった。今のアルティマ・ワンの私への攻撃は、クリスタルへの攻撃と判定されて、アルティマ・ワンは従者だからダメージはゼロ。拠点攻防戦で、ほとんど攻撃されたことのない魔王様は知らない仕様だよ」
マリアステラはインベントリから攻撃アイテムを取り出す。それはフォルティシモの従者ではダアトやマグナが得意とする、レベルやステータスが低くても効果のあるアイテムを使って戦う戦法だ。
そのアイテムを作成したのが、フォルティシモと同等の廃課金プレイヤー太陽神ケペルラーアトゥムであるのなら、アルティマにも充分なダメージを与えられる攻撃アイテムを多数揃えているだろう。
たとえアルティマが未来視を超えるため、無限回の攻撃をしたとしても、そもそも攻撃無効というゲーム仕様は超えられない。
「おめでとう。魔王様のために仕様を調べる仕事をこなせたよ」
安全地帯からの一方的な攻撃を受けて、アルティマは絶命した。
◇
「アルが死んだだと!?」
フォルティシモは『浮遊大陸』で、驚きの声を上げた。
アルティマはトッププレイヤーに勝るとも劣らないステータスを持つ従者で、使うスキル設定もフォルティシモの“魔王のコード”をアレンジした強力なものばかり。
まさかレベル一のノービスのマリアステラに敗北するなど、夢にも思わない。
『申し訳ないのじゃあぁ、主殿ぉ』
「い、いや、責めてる訳じゃない。敵拠点の従魔はかなり減ったし、アルが遺した記録は役に立つ」
ちなみにアルティマの死は、アルティマ自身から戦闘内容と共に報告を受けた。
「話は終わったか?」
フォルティシモがアルティマからの音声チャットに応対していると、『浮遊大陸』で最も広い平原で、フォルティシモの目の前にヒジャブを被り、真っ白な錫杖を持った褐色肌の女性が立っていた。
彼女は太陽神ケペルラーアトゥム。アルティマが『サンタ・エズレル神殿』を攻撃開始したのと同時に、太陽神ケペルラーアトゥムが『浮遊大陸』を侵略にやって来たのだ。
太陽神ケペルラーアトゥムはフォルティシモの用意した従魔を破り、こうしてフォルティシモの目の前に現れた。
「ああ、待たせたな」
ここで実現するのはフォルティシモと太陽神ケペルラーアトゥムの一騎打ちだ。
実を言うとこの状況は、フォルティシモがゼノフォーブの作戦に乗り気だった理由の一つである。
「お前、俺の印象だと、マリアステラの側から離れるようには思えなかったが」
「リアルの私は我が偉大なる神の御側に居る」
「今日は、そのツッコミを受けるのは二度目だな」
フォルティシモはどうにもゲームの中という意識が欠如しているなと思い、苦笑しながら黒剣を構えた。
「だが良かった。マリアステラの前にお前と戦いたいと思ってた」
フォルティシモのもう一つの心残り。近衛天翔王光に邪魔された太陽神ケペルラーアトゥムとの決着。
「私もだ。我が偉大なる神がお作りになられた遊戯。勝つのは私だ」
神戯ですべてを出し切って戦い、世界を超え、最強の神に成った後、遊戯で雌雄を決するのも悪くない。