第四百七十三話 現代リアルワールドへ
その日は『浮遊大陸』の屋敷にフォルティシモとフォルティシモの従者たちが集まっていた。
別の世界へ行っていたつうとセフェールも帰還し、国家運営で多忙なエンシェントとラナリアも帰宅している。マグナとアルティマはよく戻って来るので珍しくはないが、鍵盤商会のダアトとキャロルが揃うなど奇跡かも知れない。全員が集まるせいか引き籠もりのリースロッテも顔を出していた。
最近のフォルティシモはキュウと二人きりでキュウの作る料理を楽しんでいたけれど、こうして皆で食べる食事も美味しいと感じられる。
フォルティシモは一通りの夕食を楽しんだ後、食後の歓談で現代リアルワールドの神ゼノフィリアとの会談について言及した。
「知っての通りゼノフォーブフィリアと組むことになった」
フォルティシモはゼノフィリアからの対マリアステラに関する提案を受け入れた。
それは今すぐに軍事同盟を締結して、<星>との戦争を始めるような重大で大勢を巻き込む話ではない。
ひとまずフォルティシモとゼノフォーブフィリアは、お互いに対マリアステラで協力できる関係で、ある程度同じ価値観を持ち、交流できる間柄だと合意が取れた形だ。
今後は頻繁に会ってマリアステラとどう戦っていくかを話し合い、お互いに準備を整えて行く予定である。
相手は未来や可能性を観測する全視の神、その配下には最高クラスの神である太陽神が居て、神々の中でも最大派閥の一つ<星>が立ち塞がる。
フォルティシモはマリアステラを必ず倒すが、焦りは禁物だ。何せ天才近衛天翔王光でさえ、トッキーが創造した千年の時間を準備に使っても、マリアステラの本体に傷一つ負わせられず、結局は手の平で踊らされた。
「その辺りの話をするため、今度リアルワールドへ行くんだが」
現代リアルワールドでも異世界ファーアースでも同じだが、首脳同士の外交が一方的に相手国を訪れるなんてことはない。お互いに訪問してこそ信頼関係は築けていくのだ。
「一緒にリアルワールドへ行きたい奴は居るか?」
「フォルティシモ様、それは神ならぬ身である私でも行けるのでしょうか?」
この場で唯一“神”という領域に到達していないラナリアが、疑問を投げ掛けて来た。
ラナリアが神になっていないのは、フォルティシモが彼女を軽視した訳ではない。むしろ強制的に従属神へ進化させた他の従者たちに比べ、ラナリアには最強神フォルティシモの従属神になるかどうかの選択肢を与えるという特別扱いをした。
そしてラナリアは、最強神フォルティシモの従属神となることを自らの意志で拒否したのだ。
「リアルワールドも神戯によって創られた世界だ。ラナリアとピアノの事情は、ゼノフォーブフィリアにも話してあるから行けるぞ」
「それでは是非、私もフォルティシモ様の誕生された世界へ行ってみたいです」
ラナリアが期待していたので、フォルティシモも彼女のために準備をしておこうと決める。インターネットの接続は当然として、国立国会図書館の入館や公文書の閲覧など、ラナリアであればどれも楽しめるだろう。
それからフォルティシモの従属神たちは遠慮がない。
まずは誰よりも興奮したのはダアトである。
「リアルワールドから、どれだけ物を持ち帰ることができますか? 私のインベントリ能力はリアルワールドで使えますか? ファーアースから稀少金属とか持ち込んでも良いですか? 定期的に行き来は可能ですか? 異世界交易させてください。出来るようにするのがフォルさんの役割でしょう! フォルさんの存在価値はそれしかないですよ!」
「最初は遠慮しろ。あと俺の存在価値は最強であって、ダアの金稼ぎだけじゃない」
「仕方ありませんね。では、こちらからは換金が容易な宝石や黄金を持ち込みます。向こうからはファーアースの環境でも育てやすく食用に適した種籾と、ファーアースでは作成の難しい精密機器を持ち帰ります」
「そうか。バレないようにやれ」
マグナは自分の役割を考えている。
「そのリアルワールドへ行った時、フォルさんと行動しなくても良いんですよね? 鍛冶の伝統技能をデータではなく、直接みておきたいです」
「そういうのって、弟子入りしないと見せて貰えなかったりするんじゃないのか?」
「フォルさんが何とかしてください。真・魔王剣を超える武器を造るのに、一つでも多くの経験が要ります。最強の武器が不要なら構いませんが?」
「何とかしてやる」
アルティマは純粋に楽しみにしている。
「妾はただ、主殿の世界を見てみたいのじゃ!」
「ああ、いいな。今回はピアノの心残りの解消と、お前たちが楽しめればそれが一番だ」
「今から楽しみなのじゃ! 妾も、それをさらなる成長の糧とするのじゃ」
「色んなものを見て来てくれ」
キャロルは面倒臭そうにしながらも参加する。
「仕方ねーんで、私も連れて行ってくれねーですか」
「乗り気じゃないなら、無理に行かなくても良いぞ」
「できればこっちの仕事を済ませてーです。ですが今後、フォルさんはファーアースの住人を『そっち』に送りやがるんですよね? その人材管理は私じゃねーですか? なら私が先に知っておかなきゃならねーです」
「キャロ、俺は人の顔と名前を覚えるのは苦手だから、お前が頼りだ。任せる」
リースロッテは無表情に要求する。
「ゲームと漫画買いたい」
「直球だな」
「ファーアースからネットにアクセスできない。アクセスできるようにして。対戦できない。あとゲームと漫画買うからお金いっぱい頂戴」
「最近、リースは俺の引き継いではならない性格を、誰よりも体現している気がしてきた。まあ、ゼノフォーブフィリアと交渉はしてみる」
兎にも角にも、フォルティシモの従者たちは全員が現代リアルワールドの世界への訪問を希望した。
ちなみにキュウにだけは、こう言ってある。
「キュウ、リアルワールドでデートしたいから付いて来てくれ」
「は、はい、ご主人様」
たとえ敵地に連れて行くことになろうが、フォルティシモが別の世界へ行っている間にキュウが襲われる訳にはいかない。
というのも理由にあるが、純粋にキュウと現代リアルワールドを楽しみたい。キュウが現代リアルワールドに来てくれたら、やりたいことが、それはもう色々あった。
美味しいものを食べに行ったり、映画館で映画を観たり、観光地へ旅行に行ったり、アクロシア王都の時のように食べ歩きも良い、フォルティシモの趣味であるゲームを一緒にしたり、耳が良いのでオーケストラのコンサートなんか楽しんでくれそうだし、VR空間をどう感じるのか聞いてみたいと、数え切れない。
◇
異世界ファーアースから現代リアルワールドへの転移は、好き勝手な行き来をすることができない。何せ現代リアルワールドはゼノフォーブフィリアが、そういったものを否定している世界である。
それこそマリアステラが用意した、リアルワールドの物理法則をぶち壊すオーパーツでも無ければ転移できないだろう。
ただし、そのゼノフォーブフィリア自身が協力してくれるならば、話はまったく変わってくる。
> 【永久普遍原理】へフォルティシモの管理リソースが追加されました
『それは吾から其方への信頼の証だ。同行者として、こちらに情報リソースのない八名分、世界での存在枠を用意した』
「永久普遍原理に、情報リソースに、存在枠。どれも聞いたことのない単語だ。お前、俺に理解させる気があるか?」
『VR空間の単語に当て嵌めれば、システムで管理されたデータベースへフォルティシモ用アカウントを八つ作成した』
「分かり易くなったが、それを現実世界と結びつけられる気がしない。俺の脳が拒否しているだけか? いや、これ、エキゾチックマターってやつじゃないだろうな。魔法は無しでもSFはありなのか。まあ今は使えればそれで良いが」
現代リアルワールドでどんな法則が働いているのかは、これからじっくりと解析する予定である。
現代リアルワールドへ異世界転移する日、『浮遊大陸』にある屋敷の正門に、フォルティシモとその従属神、キュウとラナリア、ピアノが集結していた。
彼女たちはそれぞれ準備をしていて、しっかりとスーツを着込んでいる者や大きな旅行鞄を持つ者、いつも通りの者も居た。従属神たちはいつもの調子だったけれど、他の三人には少しの緊張が見て取れる。
これからこの場に居る十二人が、現代リアルワールドへ異世界転移する。
フォルティシモ、つう、エンシェント、セフェールは、ゼノフォーブフィリアが用意したアカウントを使う必要はないので、使うのはキュウ、ラナリア、ピアノ、ダアト、マグナ、アルティマ、キャロル、リースロッテである。
フォルティシモは情報ウィンドウを使い、それぞれを現代リアルワールドのアカウントへ紐付けする。この辺りも、複数のサービスにアカウントを連携するような感じで、VR空間と現実空間の境目が曖昧になる気分だった。
「よし準備は良いか」
彼女たちそれぞれから準備万端の返事を受け取って、転移を開始する。今から発動させる転移は、効果範囲内のものを異世界転移させるものだ。
フォルティシモが右手を掲げると、十二人の足下へ光輝く魔法陣が出現する。キュウたちが太陽神を召喚した時に似たものだが、これは単なるフォルティシモの格好付けであり、まったく意味はない。
そしてフォルティシモが発動させた転移は、“十三”の影を消した。