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第四百六十七話 ある従属神たちの会合

 白いパーカーの上に黒のジャケットを羽織り、デニムパンツというカジュアルな格好をした美人が、フローリングの廊下を歩いていた。芸術作品の中から飛び出して来たような女性は、スタイルから顔立ち、指先から髪の一本一本までが完璧な均整が取れていて、寒気のするような美人という言葉が誰よりも当て嵌まる。


 そんな女性は他でもない近衛翔のサポートAIエンシェントである。今では最強神フォルティシモの従属神【影法神】エンシェントは、『浮遊大陸』の屋敷の廊下を歩いていた。


 エンシェントが向かっている目的の部屋は、百畳の広さを持つ部屋である。この屋敷の主が大勢の友人を呼んで宴会もできるように造った部屋なのだが、その目的が果たされることはない。未だに両手の指で数えられる友人しかいない主にとって、夢のまた夢だろう。


 エンシェントが部屋の障子を開けると、そこには既にエンシェント以外の七人の人影があった。


 つう、セフェール、ダアト、マグナ、アルティマ、キャロル、リースロッテ。エンシェントと同じ、VRMMOファーアースオンラインでプレイヤーフォルティシモの従者だった者たちだ。彼女たちは、お酒や料理が置かれた座敷机を取り囲み、楽しそうに食事をしていた。


「ようやく来ましたか、エンさん!」


 エンシェントが姿を現すと、ダアトが誰よりも素早く反応して席を立つ。


 かつて同じようなシチュエーションの時、エンシェントたち八人の従者はフォルティシモとの連絡を絶たれ、異世界という場所に戸惑っていた。


 しかし今日は違う。ダアトの発案により、たまには最初の従者八人だけで飲もうと話が持ち上がっただけの、何のしがらみもない気楽な飲み会だ。


 もちろんフォルティシモやキュウ、ラナリアも最初の従者八人だけで飲み会をすると承知している。


「エンさんはぁ、私とは違ってぇ、忙しいですからねぇ」

「馬鹿主が交渉ごとをすべて投げてくるからな。ラナリアを引き入れたこと、最近は英断だと思うようになった」

「そうですねぇ。ラナリアの活躍はぁ、エンさんも顔負けですからねぇ」


 エンシェントは比較的暇人なセフェールの気楽な感想に呆れながら、空いた座布団へ座る。


 セフェールの発言に反応したとは言え、セフェールを責めている訳ではない。最初の従者八人は役割がハッキリと分かれており、セフェールにエンシェントの役割を頼むことはできないと知っている。逆もまた然りだ。


 エンシェントが空いた座布団に座ると、すぐにダアトが杯へ酒を注いでくれた。他の従者なら素直に好意を受け取るが、ダアトは飲み会開催から裏があるだろうから、苦笑と感謝を返しておく。どうせ鍵盤商会への便宜を図って欲しいのだろう。


 その後は最初の従者八人だけの空間という気安さもあって、美味しい食事とお酒を楽しみながら世間話や愚痴に花を咲かせた。


 愚痴の内容はほとんどがフォルティシモへ対するもので、それは八人全員が共感できる内容が多くて盛り上がる。


 キュウやラナリアには聞かせられないような、フォルティシモの過去の悪行やセクハラでアカウント停止寸前事件など、最初の従者八人だけで共有できる話は尽きることがない。


 そんな話の盛り上がりが少し落ち着いた頃、エンシェントは最初の従者八人の一人、つうへ問いかけた。


「それにしても、つう、で良いのか? あなたが参加するとは思わなかった」


 ここに参加している黒髪の女性つうは、本当のところVRMMOファーアースオンラインのつうと完全に同一の存在ではない。フォルティシモの母親、近衛姫桐本人である。いや、本人“でも”あると言うべきだろうか。


 複雑な話だが、死んだ近衛姫桐をコピーしたのがAIツーで、AIツーがゲームをプレイしていたのがつうで、異世界ファーアースでそのアバターを乗っ取ったのが近衛姫桐である。本体へ戻ったとも言えるので、今までが偽物のつうで、今は本物のつうだと判断することもできた。


 狐の神タマがコピーしたキュウへ己を上書きしようとした行為を、近衛姫桐はちゃっかりと成功させている。


 こう表現すると悪行のように聞こえるが、近衛翔とエンシェントが近衛姫桐へ使った魂のアルゴリズムは不完全だった。それはフォルティシモがテディベアを作成した時に言った、「今なら」という言葉に集約されている。


 だから最初から近衛姫桐が戻って来るため、あえて感情移入させないように不完全なAIツーを産み出したのかも知れない。


 エンシェントの内心を知ってか知らずか、つうは随分飲んでいるようで、顔をかなり赤くしながら答えた。


「なぁに、エン? 私もみんなの内の一人でしょ? 一緒にカケルの最強を支えましょう!」


 エンシェントは思い出す。つうも、AIツーも、本当のことを言うと特別優秀なAIではなかった。むしろ即応性や戦略性に問題があり戦闘面がからきしだったから、VRMMOファーアースオンラインを始めた時に、生産職に回されたのだ。


「………………誰か水を持って来てくれ。私はこいつから酒を取り上げる」


 エンシェントはつうが完全に酔っ払っていたので、休ませようと思った。それに対して他の従者たちの協力を依頼したのは間違っていないはず。


 しかしエンシェントは、はたと気が付いた。


 エンシェントが来るまで、彼女たちはどれほど飲んでいたのだろうか。


 VRMMOファーアースオンラインだったら、いくら飲んでもプレイヤーを、ましてAIである従者たちを酩酊させるなど不可能だった。


 しかし異世界ファーアースではフォルティシモが吐くまで飲んだり、アーサーが酒によって大敗したり、誰でも酒に溺れてしまう。


 それは様々な神話で、神々や神々を喰らう怪物が酒によって失敗するのと同じようにだ。


「おい、お前たちは、酔ってないか?」


 エンシェントは歴史上で最も無意味な問いかけをしてしまった。


 酔っ払いに酔っているか問うても、返答なんて決まっている。




「エンさん! 今日こそは! 私に協力してくれるって言うまで、逃がしませんよ!」


 ダアトは【財福神】の権能を使い、エンシェントの背後に抱きついた。


「私はハイエイストドワーフから進化した鍛冶神だから酔ってませんよ。ほら、証拠に杯を黄金に錬成しました。狐の置物に」


 マグナは【鍛冶神】として飲み食いしている食器を、ただの置物に変えていた。


「妾は最強神の従属神なのじゃ! エン、妾は今日こそお前を超え………なんと、エンは二人居たのか」


 アルティマは【魔王神】の如く、酒に酔っ払って幻覚を見ていた。


「あ、やべーです。かなり飲んだみてーです。これ、明日一日、苦しむやつです。エンさん、明日、私の代わりを頼みます」


 キャロルは【調教神】という名前とは裏腹に、周囲を気遣っていたものの、明日の仕事をすべてエンシェントへ丸投げしていた。


「私の並列能力は、十のゲームを同時に攻略し、十の漫画を同時に読める」


 リースロッテは【守護神】なのに意味不明だった。


「みんな、誰が悪いと思う? 翔、フォルでしょ? フォルに責任を取らせましょう!」


 つうが全員を扇動すると、エンシェントとセフェール以外の全員がそれに答える。


「そうですよ! 全部フォルさんのせいです! 最近鍵盤商会の成長率が鈍化してきたのも、忙しすぎて寝る暇がないのも、全部フォルさんが悪いです!」

「考えてみればエンさんを使った真・魔王剣を超える武器を作るのって、今のままじゃ絶対不可能。さらに先を見るには協力が必要。つまりフォルさんが悪い」

「主殿ぉ、妾はもっと主殿に甘えたいのじゃぁ!」

「そんなの最初から分かり切ったことじゃねーですか。フォルさんが一番、わりーです。ちょっと殴らせやがれです」

「何もかもフォルが悪かった?」


 ダアト、マグナ、アルティマ、キャロル、リースロッテが立ち上がった。セフェールは楽しそうに、その様子を録画している。


 エンシェントは真顔になり、冷静に情報ウィンドウからフォルティシモへ音声チャットをコールした。




「主、緊急事態だ」

『エン? どうした? 広間で飲んでるんじゃなかったのか?』


 フォルティシモは屋敷の書斎で、キュウと映画でも観ているはずだ。邪魔はしたくなかったけれど、報告した通り緊急事態である。


「皆が酔っ払って、暴れ出した。私では止められない」

『………そうか。頑張れ』

「主へ突撃を掛けようと言う話になり、部屋を出て行った」

『よし、詳細な状況を教えろ。俺のサポートAIとして、信じられるのはエンしかいない。何とか奴らを止めるぞ』


 フォルティシモが異世界ファーアースに来てから、最も恐れたという事態。


 この最強が、唯一敗北を考慮した可能性。


 フォルティシモの従者たちによるフォルティシモ襲撃が、この日、行われた。


 酔っ払いたちのそれらは、酷いものだった。


あと二話となります。

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― 新着の感想 ―
[良い点] これ後に神話として残るエピソードになるんでしょうね笑 [一言] 一番好きな作品です。残り2話、じっくり反芻させて頂きます。あと向こうに気付かなくてすいませんでした……
[一言]  こんばんは、葉簀絵様。御作を読みました。  よりにもよって母ちゃんが扇動してる(*≧∀≦*)  とはいえフォルテが散々やらかしてるのめ、残念でもなく当然というか、エンシェントもこれまでの無…
[気になる点] もうあと二話、寂しいです [一言] これ3章との対比ですか フォルテが従者に負けるっていうのも3章だし あの時とは違って楽しそうw
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