第四百六十一話 竜と盛衰の国
その日、カリオンドル皇国最後の皇帝にして最初の女皇ルナーリスは、皇城で行われている盛大な式典の中に居た。初代皇帝から続く動きづらい豪奢な衣装に身を包み、式典の中心人物となっている。
玉座に座るルナーリスの前には三人の亜人族が跪いていて、それぞれが民主的な選挙で選ばれた代表である。
「カリオンドル連合国、第一代大統領コーデリア=カリオンドルへ、行政権の委譲を行います」
カリオンドル皇国は、カリオンドル連合国として生まれ変わることになった。
この式典は、行政権を選挙で選ばれた大統領へ、立法権を議会へ、裁判権を裁判所へ委譲していく儀式である。まさにカリオンドル皇国の歴史が変わる瞬間で、女皇ルナーリスは幾度ものリハーサルのお陰で上手くやり遂げていた。
カリオンドル皇国がいきなり連合国になると言っても、大陸東部の国々はすぐに受け入れることは難しい。それは選挙をしても第一皇女が選ばれたことからも自明だろう。
しかしいつの日か、カリオンドル連合国は今とはまったく違った国になっているに違いない。
千年前から続いていた初代皇帝オウコーの呪縛から解き放たれたのだから。
「最高裁判所長官ニコラス=プラット、前へ、裁判所への裁判権の委譲を行います」
ルナーリスとフォルティシモの婚姻を画策した蜂人族の外交官ニコラスは、持ち前の優秀さを発揮してこの地位まで登り詰めていた。
正直に言うとルナーリスはニコラスが嫌いなのだが、民主的に選出されたのだから文句はない。フォルティシモの覚えが良いせいで、国内外への影響力を増しているらしい。
すべての式典を終え、ルナーリスは第二皇女でも女皇でもなく、ただのルナーリスとなった。
それも役割から逃げ出したのではなく、色々な人に助けられながらも、国を変えるという大業を成して。
もう胸を張って、好きなように生きても良いはずだ。
数ヶ月後、鍵盤商会の従業員寮にルナーリスの姿が見られるようになった。
「ふつーに隠居でもするかと思いましたが、本当に働きてーんですか」
「はい、キャロルさん。鍵盤商会で働かせてください」
「今のフォルさんなら、てめーが死ぬまで引き籠もりたいって言えば、支援してくれるのにですか?」
「それは、その、ずっとフォルティシモ陛下に甘えていると、いつか無価値な自分が嫌になって死にたくなりそうで………」
ルナーリスが自分の人生を取り戻す場所として最適なのは、鍵盤商会だと思う。かつて働いていた時も充実していたし、逃走先に選んだのもここだった。
それに今ならフォルティシモ陛下、キャロル、ラナリアという味方がいるのだ。色んな人に受け入れて貰えながら、楽しく働ける気がしていた。
「まー人手不足なんで、構わねーですけどね」
「頑張ります!」
元皇族のルナーリスが、単なる一従業員として働いている。最初は好奇の目で見られていたけれど、徐々に受け入れて貰えるようになっていった。
ルナーリス自身、虎人族ディアナだったのは自分だと積極的に喧伝したのも効果的だっただろう。上層部や先輩にエルフや元奴隷が多いため、過去に囚われない土壌ができあがっていたのも大きい。
ルナーリスは忙しいながらも、充実した日々を送っていた。
「何度も会話していたけれど、こうして会うのは初めましてだね。ルナーリス」
「ディアナ陛下っ!?」
そんな時、カリオンドル皇国の初代皇妃ディアナが訪ねて来たのだ。
ルナーリスは鍵盤商会の客室で、鏡に映ったかのような瓜二つの人物へ向かい合っていた。
いつもは会長ダアトや副会長キャロルが使う客室なので、少しの気後れを感じながら、初代皇妃ディアナの存在感を忘れようとする。
「あ、あの、ディアナ陛下におかれましては、ご機嫌麗しく。今日はこのような私めにどのようなご用事でしょうか?」
初代皇妃ディアナがフォルティシモ陛下の力によって復活したのは聞いていた。しかしそれは『現代リアルワールド』なる異世界の話で、ルナーリスには無関係の事柄だと高を括っていたところに、こうして訪ねて来たのだ。
ルナーリスは初代皇妃ディアナを直視できなかった。
何せルナーリスは、初代皇帝オウコーや初代皇妃ディアナたちが作ったカリオンドル皇国を終わらせて、民主主義国家カリオンドル連合国に変えてしまった張本人なのだ。
千年王国を始めた竜人族と終わらせた竜人族が顔を付き合わせている。
「そんなに緊張しないで。繋がっていた時にあなたの気持ちは知っているから」
お前の考えはお見通しだぞ、と言われた。
ルナーリスには用意された最高級のお茶とお茶菓子を楽しむことしかできない。けど、情報ウィンドウをこっそり起動して、キャロルへ向けて【救援要請】を送っておいた。
すぐに返信があり「そーいうのは本当に危機の時だけにしやがれです」とメッセージが書かれている。
本当に危機なのだが。
「今日は御礼を言いに来たの」
「御礼ですか?」
「ええ、そう。ルナーリスは、カリオンドル皇国を変えてくれた」
「それは」
あの時、ルナーリスはフォルティシモ陛下やラナリアに目を付けられて、カリオンドル皇国を彼らにとって都合の良いように支配するための駒にされるはずだった。フォルティシモ陛下は分からないけれど、少なくともラナリアはやるつもりだったはずだ。
だから、それから脱するために最も都合が良く、いかにも民衆を思うような為政者だと言い張った。ああ見えて、フォルティシモ陛下が“大勢の幸福”に思うところがあると、すぐに分かったから。
それはファーアースオンライン・バージョン・フォルティシモで、世界中の人間をプレイヤーにしたところを見れば自明である。
「ああ、良いの。民主主義って、本当はオウコーが残したものじゃないから」
「………え?」
「オウコーの性格、分かるでしょ。あの性格で、大勢の人の言葉を聞いて、物事を多数決で決めようと思う?」
ルナーリスはディアナの記憶を共有していた時期があり、初代皇帝オウコーの性格をある程度把握している。
「有り得ない、ですね。オウコー陛下は絶対に覆しません」
「そうでしょ? だから民主主義がオウコーの望んだ体制だって広めたのは、オウコーが居なくなった後の私。私たちが居なくなった後、カリオンドル皇国に集まった亜人族たちが、自分たちの力で生きていくために」
ディアナは千年前の大氾濫で死んだが、ディアナも竜神の一柱である。マリアステラまでは行かずとも、己の未来を朧気ながらに理解していたのだろう。
「そ、そうなのですか? 記録にも記憶にもなかったのに」
「継承する意味もない、って思ってたからね」
ルナーリスはその意味に気が付いた。
ディアナはカリオンドル皇国が千年前に、初代皇帝と初代皇妃を失って崩壊すると思っていた。だから民主主義という制度を少しでも広めておいたのだろう。
しかし彼女の予想に反して、カリオンドル皇国は存続し続けた。
「だからルナーリス、あなたこそがカリオンドル皇国の、最高の皇帝だった。王権神授でもなく、国を人の手に取り戻したの」
「そんな、私は、わ、たしは」
第二皇女ルナーリスはカリオンドル皇国で冷遇されていた。
初代皇帝オウコーの力を受け継ぐことが皇族の証明であり、それを持たなかったルナーリスは、誰から見ても出来損ないだったからだ。
カリオンドル皇国なんて無くなってしまえ、と思ったことは一度や二度ではない。
でも、本当の本当は。
誰かに一番だと言って欲しかったのかも知れない。
これもフォルティシモ陛下と同じ血筋の、最強厨なのだろうか。
ルナーリスは自分の気持ちが分からなかったけれど、頬には熱いものが流れていた。