第四百六十話 最果ての竜神
アクロシア大陸最大の山脈『天の頂』では、巨大なドラゴンがマグマの温泉に浸かっていた。
黄金の身体を持つ巨大なドラゴンは他でも無い、異世界ファーアースにおいてフォルティシモと最初に戦った竜神、最果ての黄金竜である。
最果ての黄金竜はどこを見るでもなく、ぐつぐつと煮え立つマグナの中でぼーっと空を見上げていた。『天の頂』は雲よりも高い場所にあるダンジョンであるため、その空には星しかない。
拠点攻防戦、大氾濫、最後の審判と戦った強大な竜神は、穏やかにマグマの熱さへ身を委ねている。戦いが終わって以降、最果ての黄金竜はマグマの温泉に浸かりっぱなしだった。
そんな最果ての黄金竜を、周囲の熱をものともせずに尋ねて来た人影がある。
「なんでお前まで引き籠もりになってんだ?」
ただでさえ険しい『天の頂』までやって来る人間は、『ファーアース』においてこれまでは皆無だった。しかし世界が『最強の世界』とやらに書き換えられてからは、登山が趣味だと言う酔狂な人間が極希に訪れるようになった。
そういう連中は、最果ての黄金竜のブレスで消滅させている。ただしこの『最強の世界』では、消滅させてもセーブポイントへ戻るだけでまたやって来る。
最果ての黄金竜は今回尋ねて来た人物に対してはブレスを放たなかった。地形を変えるような最強のブレスを以てしても、この人物を退けることは叶わないと知っているからだ。
「何用だ、最強神」
神の世界には、竜神や妖精神など様々な種類の神が存在しているが、ここまで戦いに特化した神はいない。
否、正確に言えば戦いの神自体は少なくない。だから勝利の女神や戦神などと比較して、強さだけを信仰した神と言うべきだろう。
「お前が引き籠もって出て来ないって話を聞いたから、様子を見に来たんだ。VRMMOのボスじゃないんだから、律儀に出現ダンジョンにずっと居なくても良いんだぞ」
最果ての黄金竜は最強神に対して、ブレスの代わりに溜息を吹きかける。
最強神が不快そうな顔をしたので、少しだけ溜飲が下がった。
「我は誇り高き竜神。我が居る場所は、我自身が決める」
最強神は竜神の溜息によって乱れた衣服を整えてから、最果ての黄金竜へ向き直る。
「もしかして、まだ気にしてるのか? お前が竜神のコピー、誇り高きとか言ってたわりに、ただの神のクローンだったってことを」
「GAAAAAA!」
最果ての黄金竜は己の最強ブレス【頂より降り注ぐ天光】を、最強神へ向けて放った。
最後の審判における戦場で、最果ての黄金竜は“それ”に出会った。
“それ”は最果ての黄金竜そっくりな姿をした、一目で本物だと分かってしまう存在だった。
“それ”とは、最果ての黄金竜の元となった、本物の竜神だ。
最果ての黄金竜は、本物の竜神がスペアとして用意した存在だった。
それが狐神にとっての子狐キュウだったら良かった。狐神は己を超えるほどの力を求めて、無限の試行回数で子狐を産みだし続けた。子狐キュウは奇跡によって生まれた特別な存在。
だが本物の竜神にとっての最果ての黄金竜は、本当に単なる使い捨てである。名前すら与えられず、称号で呼ばれるノーネームキャラクター。試行回数の中で切り捨てられた失敗例だ。
「いきなり攻撃してくるなよ」
最強神は最強ブレス【頂より降り注ぐ天光】を受けながら、まったくの無傷だった。
かつて最強神となる前に戦った時は、大怪我とは言わずともかなりの痛手を負わせられたにもかかわらず、今ではこの有様だ。
「ふんっ!」
最果ての黄金竜は無傷の最強神を見たくなくて、明後日の方向へ顔を向けて空の星を数えることにした。
「お前もそろそろ俺の世界に適応しないか?」
「ディアナにでも唆されたか? 同胞と言えど、人間に心奪われた竜神など認められるか!」
「いや、この辺り温泉が豊富だから、『天の頂』を大規模な温泉施設にしようと思ってる。そしてキュウは当然として、ラナリアとかも連れ込んで楽しみたい。その時、お前が邪魔だろ?」
「なお悪いわ!」
もう一発、【頂より降り注ぐ天光】をお見舞いした。
「真面目な話、それは半分だ」
何度か最果ての黄金竜が攻撃して、最強神が防ぐという状況が展開され、ようやく落ち着いて二柱が向き合った。
最果ての黄金竜の頭に特大のたんこぶが出来ているのは、そういうことである。
「最果ての黄金竜、お前はフォルティシモが最強の神になるため、かなり協力してくれた。【拠点攻防戦】や大氾濫は本当に助かったからな」
【拠点攻防戦】については大量の課金アイテムを貰ったので、差し引きイーブンだろう。
だが大氾濫は、判断が難しいところだ。
最果ての黄金竜は、“到達者”を恐れていた。
それは間違っていなかった。最果ての黄金竜の元となった竜神は、“到達者”キュウによって全ての思惑を砕かれている。
しかしそのお陰で、最果ての黄金竜は今も生きている。
だが、生きている、だけだ。
誇り高き竜神は、声高に叫べるような存在ではなくなった。今や神戯を勝利するなんて意味もない。最果ての黄金竜の存在意義そのものが問われていた。
そんな最果ての黄金竜の内心を知ってか知らずか、最強神が核心を突いてくる。
「何を気にしているのか知らないが、人間だって、みんなAIみたいなもんだろ? 両親の遺伝子情報を掛け合わせて生まれて、学習データを外側からインプットされていく。AIは肉体がないが、お前は肉体も魂もある。何も気にする必要ないだろ?」
最果ての黄金竜は、最強神を見つめる。
おそらくこの最強神は、自分が実は偽物で、誇りにしていたものも贋作に過ぎず何の価値もないと言われても。
『フォルティシモは最強だ。本物とか偽物とか、何か関係があるのか?』
と言うに違いない。
生まれた意味も、己の存在意義も、未来への目的も、すべてが最強だけへ直結する存在。最強神まで至った者。
「何か失礼な思考が流れて来るな。俺はキュウとか従者とか、大切なものは昔よりも多いんだが」
最果ての黄金竜は、再び最強神へ溜息を浴びせた。
「もう良い。何用だ? さっさと具体的な話をしろ」
「それをするために来たのに、お前がいきなりブレスで襲い掛かって来たんだろ」
最果ての黄金竜は最強神の文句を無視する。
「最果ての黄金竜、お前、俺の派閥に所属する気はないか?」
「派閥? <星>や<時>のようにか?」
「そうだ。派閥の名前は分かり易く<最強>にしたいんだが、従者たちの反対に遭って説得中だ」
先の戦いで、最強神が偉大なる神と呼ばれる存在まで到達したのは知っている。
しかし派閥を作ろうなど、神々の世界へ殴り込もうとしているのだろうか。
神々の世界に現れた<最強>に所属する竜神。
最強の竜神。
それは、なんというか。
誇り高き竜神に相応しいのではないだろうか。
しかし同時に、最果ての黄金竜は敗北者である<時>の竜神のデッドコピーであると思い至る。
「我に協力を頼まずとも、本物が居るだろう。そちらを誘うが良い」
「俺と敵対して、一度も味方にならなかった奴を信じるつもりはない。少なくともお前は、お前から俺を敵としたことは一度もないし、ファーアースでは何度も協力してくれた。あんな竜神よりも、お前を仲間にしたい」
最果ての黄金竜は目を瞑った。瞑るしか無かった。
最強神が選んだのは、最後の審判の竜神ではなく最果ての黄金竜だ。
竜神の誇りを得るべきはどちらだろうか。
「そんなに気にしてるなら、俺が名前と姿をやる。いや、姿はアバター変更でお前が好きな姿を創って良いけどな」
最果ての黄金竜は己の行く道を決めて、最強神へ問いかける。
「最強神の決める、我の名は何とする?」
「そうだな。お前の名前は、サイだ」
「安直過ぎる」
速攻で正直な感想を口にすると、最強神の表情が歪んだ。噂話程度だけれど、この最強神はネーミングセンスで仲間から責められているらしい。
「だが気に入った。我は最強神に選ばれし誇り高き竜神サイ。<最強>の一柱となり、神々の世界を蹂躙せん」