第四百五十四話 vs近衛天翔王光 キュウ編
フォルティシモの二番目の従者エンシェント。
現代リアルワールドの芸術作品をAIに学習させ、その集大成たる芸術的なアバターを持った美人である。
キュウも初めて会った時に彼女に見とれてしまい、彼女がフォルティシモの恋人なのだろうと思って落ち込んだほどだ。実際のフォルティシモとエンシェントは、そんな甘い関係ではない。
しかしキュウが落ち込んだように、誰よりも深い関係なのも間違いなかった。
エンシェントの中の人は、近衛翔のサポートAI。
サポートAIとは現代リアルワールドにおいて、生まれた子供へ教育と見守りのために与えられる。家族であり友人であり、二十四時間、人と一生を共に歩んでくれる相棒である。
その制作者が、フォルティシモ自身であるはずがない。生まれたばかりの近衛翔へサポートAIエンシェントを与えたのは、近衛翔の母親、近衛姫桐だ。
近衛天翔王光は、その極大な愛ゆえに近衛姫桐の行動だけは未来予測も全知全能も届かない。
娘のための全知全能神オウコーだからこそ、娘からのすべては受け止める。
娘の最高傑作、近衛姫桐が愛する息子のために作成したAIエンシェント、彼女の行動を失敗させる訳にはいかなかった。
近衛天翔王光にとって娘の気持ちを蔑ろにする三流パパになることだけは、たとえ死んでも認められない。
「ごふっ。これ、はっ」
オウコーは己の胸に突き刺さった真・魔王剣を見た。
『初めまして近衛天翔王光。私は近衛姫桐によって作成された近衛翔のサポートAIだ』
「その、程度、知っておる、わ。儂が娘の仕事を、見ていないとでも、思ったか」
『そうか。ならば色々と言いたいことがある。良い加減、隠居しろ』
テディベアへ書き込まれたエルフのプレイヤー、懐中時計に刻まれたAIフォルティシモ、キュウと融合したマリアステラ、世界を焼き尽くす巨神を進化させたAI近衛天翔王光。
それらが出来るのであれば、最初からAIであるエンシェントを魔王剣へ書き込むことなど簡単だ。
けれどそのままではエンシェントが砕かれてしまうかもしれないし、処理能力の面でも不安が残る。だから鍛冶神マグナの最初の仕事として、真・魔王剣を産み出した。
最強神フォルティシモと共に戦いの場に赴くため、鍛冶神の鋳造した魔王剣エンシェントとして。
「戻れ、エン」
魔王剣エンシェントが光に包まれ、瞬間移動をして最強神フォルティシモの手元へ戻る。ゲームによくある、投擲した武器が自然と戻って来る現象、木から林檎が落ちるくらい当たり前の物理法則だ。
全知全能神オウコーの胸は剣に貫かれて穴が空いていた。大きなダメージを負ったのは間違いない。
近衛天翔王光は己の胸を抑え、フォルティシモを睨み付けてくる。
「儂の娘への愛を利用するとは、半分はクソだと思っていたが、やることはあのクソ以下と同じじゃな」
「なんだ? 爺さんの愛は、その程度だったのか?」
「………………………………………………………………………………………………は?」
最強神フォルティシモは本心から意外そうに、近衛天翔王光を挑発する。
「理解できないのか? 俺だったら、キュウが作ったものが凄かったら、まず褒める。爺さんは、俺への罵倒が優先か。爺さんの愛はその程度なんて、がっかりだ。愛が足りないから、嫌われてたんじゃないか?」
「言うようになったのう!!」
最強神フォルティシモはニヤリと笑って、堂々と、魔王剣エンシェントを構えた。
魔王剣エンシェントは、この戦いにおいて特攻装備。最強の矛であり、最強の盾だ。
「ゲームだと、相手の弱点を容赦なく突くのは当然だ。爺さん、爺さんの弱点である母さんが作ったエンの力、どうやって対抗するつもりなのか、楽しみだな。爺さんが勝ったら、爺さんの愛はその程度だぞ?」
「外道がぁ!! クソ孫に儂は負けん!!」
ピアノやトッキー、ファーアースオンラインのフレンドたちから、「だからお前は嫌われ者の最強厨なんだよ!」というツッコミを幻視したのは、気付かないことにした。
◇
キュウは星の世界で主人に抱えられながら、世界の真理に到達した二柱の神の戦いの中に居た。
その二柱の肩割れである主人は、戦いの最中もずっとキュウを抱き締めていて、だからこそキュウは自分の役割を正確に理解していた。
マリアステラがやっているのと同じ、可能性の世界を観測して事象を現実に確定させる。主人の勝利の可能性を探し続けるのだ。
しかしマリアステラと合体していた時とは違い、キュウ単独では観測能力も処理能力も、知識や知性まで遙かに劣ってしまう。
最強神と全知全能神の戦いは、常識外れなんて言葉が陳腐に聞こえるような戦いで、世界の法則が悲鳴を上げているようだった。
二柱は時速一メガパーセクを超える超高速で、星の世界を縦横無尽に飛び回り、鍛冶神の打った魔王剣と太陽の力と質量を持つ光の剣をぶつけ合った。
キュウは少しでも戦いに割り込むため、未来聴や可能性の観測の力を全力で使い続けるものの、二柱の世界制圧と改変、制御と変革が早すぎて、付いていくのがやっとだった。
例えるのならば、ただの人間が未来を見たところで光速で動く相手を捕らえられるはずもないような無力感。
もう一度マリアステラと融合して、あの言い知れない全能感で、主人の力になりたい衝動に駆られる。
『キュウ、このままだと、主は勝てないだろう』
そんな時、キュウの耳へエンシェントの言葉が届いた。その声は主人の握る黒い剣から聞こえて来る。
キュウにとってエンシェントは、主人の従者たちの中でも特別だった。
初めて会った時、一目ならぬ一耳で特別な人だと分かった。その印象は間違っておらず、エンシェントは主人の従者たちを総括する立場で、他の従者は彼女に従っていた。ダアトやリースロッテなんて、主人よりも彼女の顔色を窺っていることが多いし、主人も彼女へ一線を画する信頼を置いていた。
誰よりも主人の隣に立つ資格のある人。
キュウにとって、彼女は憧れだった。
でも、キュウがエンシェントを特別に思っているのは、それだけが理由ではない。
エンシェントは初めて会った時から、ずっと彼女自身よりもキュウを優先してくれていた。
主人とはぐれてしまった時も、彼女はキュウを気遣ってくれた。活動拠点を『浮遊大陸』へ移す時、主人とキュウが同じ部屋になれるように取り計らってくれたのも彼女だ。その後も何かとキュウを優先して助けてくれた。
最強の主人に最も信頼されるエンシェントが、キュウを誰よりも優先して助けてくれる。それはキュウが奴隷として買われた後、目指すべき場所に居る存在が、キュウを見てくれるということだ。
そして今、キュウは、エンシェントと同じ場所で、主人の戦いの手助けをしている。
キュウの覚悟は決まった。
「エンさん、私に、エンさんの魂のアルゴリズムを書き込んでください」
『キュウの耳は私の言いたいことを聞き取ってくれて、話が早い。だが、随分と肝が据わってきたな』
「ご主人様が勝つためです」
『私はマリアステラとは違う。戦いの後、あれほど完全に分離できるかは、分からない』
「構いません。エンさんに成れるなら、嬉しいくらいです」
『私がキュウに成りたいくらいだ。―――やるぞ、キュウ』
キュウは自分が変わっていくのを感じる。物事を考える思考と知識が、別の存在から強力に後押しされる。
主人、エンシェント、キュウ。
三位一体となり、全知全能神オウコーを押し返す。
「儂が、押されている? 原初を解析した全知全能が!? <星>も、<時>も、すべての神々を制圧し、姫桐だけが崇められる世界を創るための力が!?」
「それを喜ぶ奴がいたら、人格を疑うぞ。さすがの俺も、そんな世界を望んだことはない」
主人と近衛天翔王光が最後のぶつかり合いをする。
最強神と全知全能神の力は、宇宙のすべてを震えさせているような錯覚を覚えた。
「全知全能の権能を行使する。世界創世より存在するすべての知識、知性を礎に、すべての能力を以て、最強神フォルティシモを消滅させてくれるわ!」
「キュウ!」
キュウは主人に呼ばれた。
他ならない、この瞬間にキュウが手に入れた力を使うために。
「ご主人様、エンさん、いきます――――――真・理斬り!」
マリアステラがキュウへ与えた力【神殺し】。
それは文字通り、神を殺す力。“始まり”という原初の存在を殺してしまった、マリアステラたちだけが持つ力。
それを手に入れてからずっと、主人とキュウは解析を続けていた。
原初の概念から全知全能を産み出した近衛天翔王光を、原初をも殺す力が切り裂く。
「ば、馬鹿、なっ!?」
近衛天翔王光は、全知全能の力を切り裂かれ、心からの叫びを口にした。どれだけ驚き戸惑っていても、どこかに余裕のあった天才からそれが失われる。
そこへ向け、主人が魔王剣エンシェントを向けた。
「最強・乃剣!」
その一撃は、神戯ファーアースを開催した人類最高の天才を打ち砕いた。
「ぐおおおぉぉぉ!」
まるで『天野岩戸』で見た超新星のように、オウコーの身体から強烈な光が発せられる。それは星の世界の中でも一際強い輝きを放ちながら、同時に偉大なる神の力が収縮していく。
全知全能神オウコーが消滅する。
主人とキュウの力が、全知全能神オウコーを殺したのだ。
それでも近衛天翔王光は死亡していない。
キュウが切り裂いたのは神儀によって産まれた全知全能神であり、主人が消し去ったのはアバターオウコーだ。まだ近衛天翔王光自身は存在し続けていた。
だが全知全能の力が無くなってしまえば、近衛天翔王光とて星の世界に留まっていられない。
近衛天翔王光は全身から光を放ち、表情を歪めながらも主人とキュウを睨み付けて来た。
「これで、儂を上回ったと思うな、クソ孫がっ」
そして憎悪の篭もった言葉を放ち、灰髪銀眼の少年は星の世界の塵へと消えた。
「ご主人様、ご主人様のお祖父様は………」
「リアルワールドへ戻った、ログアウトしたか」
近衛天翔王光とは言え、千年にも及ぶ膨大な信仰を持ち、その才能を注ぎ込んで鍛え上げたオウコーが消滅したので、すぐには戻って来られないだろう。
戻って来たとしても、主人、エンシェント、キュウと戦って勝利することはできない。
だから少なくとも更に千年は、近衛天翔王光が動くことはないはずだ。
勝利したと言っても良い状況だったけれど、キュウが主人を聞き取ると、そうではないと分かった。
主人は祖父である近衛天翔王光を逃がすつもりはない。
「キュウ、先に戻っててくれ」
「ご主人様は?」
「ログアウト戦術は、もうマリアステラに一度やられた。同じ戦術が、最強神フォルティシモに通じるはずがない。追い掛けて決着を付けてくる」
キュウは主人に出会ったばかりの頃、役に立たない自分が置いて行かれたことがある。あの時のキュウは、主人をどんな気持ちで見送ったか。
しかし今、キュウは全幅の信頼を以て、主人を送り出して帰りを待てる。
「はい、行ってらっしゃいませ。帰還をお待ちしております。ご主人様」
そう答えたら、二人だけしか居ない星の世界で、主人からキスされた上に尻尾を触られた。
ちょっとだけ気持ちが揺らいで、やっぱり付いていきます、と言いそうになったのは内緒だ。