第四百五十三話 vs近衛天翔王光 フォルティシモ編
ブチリ。古典的漫画表現をするのであれば、そんな擬音語が聞こえてきそうだった。
その表現通り、近衛天翔王光から爆発的な怒りの感情が立ち上る。
彼が愛してやまない娘、近衛姫桐は本気で近衛天翔王光を嫌がり、止めようとしていた。キュウが指摘したものは、その客観的事実である。
その客観的事実は、クレシェンドが己の存在を掛けて何度も何度も指摘し、近衛姫桐自身も真正面から申し出たもの。それにも関わらず近衛天翔王光は己を省みることはなかった。
誰に指摘されても動かない近衛天翔王光の感情を動かした者は、AIフォルティシモとキュウの二人だけである。その共通点は、考えるまでもないだろう。
そのどちらもが、近衛姫桐が己の心を託した相手であるという点だ。
「モフモフがぁ! そのモフモフに免じて許してやろうと考えた儂の慈悲を、こうも踏みにじるか!」
「何が免じてだ。爺さんにはキュウの抜け毛一つ渡すつもりはない。キュウの抜け毛でクッションが作れないかと思って集めてるんだ」
一瞬だけ、近衛天翔王光とキュウの時間が停まる。
フォルティシモは自分の発言に思い至り、しまった、と衝撃を受けた。キュウの日課であるブラッシング後に、その抜け毛をこっそりインベントリへ入れていることは秘密だったからだ。
キュウはフォルティシモの驚愕と焦燥を受けて、強く頷いてくれた。
「大丈夫です、ご主人様。私、知っています。捨てようと思ったら、無くなっていましたので」
「気付いていたのか?」
「はい」
キュウの抜け毛でクッションを作成する計画は、たった今、完全に頓挫した。
「ええい、少し考えれば気付けるだろうが、馬鹿孫が! ブラッシングの後の毛が無くなっていたのだぞ!? 何をどう考えたら秘密にできると思っていた!? それも、全聴の才能を持つモフモフを相手に!」
「………片付けをしてくれた優しい主人を演出した」
「もう少し論理的に物事を考えようとは思わんのか! あまりの阿呆っぷりに、決意も怒りも薄れたわ! ふーーー!」
近衛天翔王光は大きく息を吸って吐いた。
本来の宇宙空間では空気がないので、深呼吸などできない。そもそも空気がなければ音は届かないので、こんな風に会話することもできない。
しかしここは宇宙空間に見える『マリアステラの世界』であり、あらゆる可能性が共存している。星の世界でもそんなことができる可能性があるかも知れない。
「認めよう。貴様は儂にとって、最大の障害だ」
「なんか認められた理由が嫌な気がするが。とにかく、この後に及んで最強神フォルティシモとキュウを舐めていたとは、驚きだ」
「当然じゃろう? 儂が殺そうとしているのは、始祖神が一柱、母なる星の女神よ」
近衛天翔王光もフォルティシモが知った事実を知っている。
“始まり”という概念と、十二の始祖神たちの創世。
近衛天翔王光は、元よりマリアステラを殺すつもりだった。
その方法として“始まり”の神儀を再現し、真神に至る術を探ったのだ。
おそらくトッキーは、それを感じていた。近衛天翔王光は偉大なる時の男神トッキーに選ばれた真の天才だ。近衛天翔王光もフォルティシモと同じように、フォルティシモよりも早く、“始まり”の神儀をクリアすると信じていた。
偉大なる神とか呼ばれている連中には、キュウステラの語った“始まり”が十二の神々に殺されたように、己を超えていく者を愛する、“偉大なる親”のような特性があるのかも知れない。
だからトッキーは近衛天翔王光を愛していた。
「これは、姫桐のために、儂が、儂のすべてをかけて準備していた、神儀だ」
最強神フォルティシモと全知全能神オウコーが向かい合った。
「その前に、爺さん、全知全能神って、ダサすぎないか? 小学校低学年が考えた名前じゃないだろうな?」
フォルティシモは戦う前に、自身が信頼する従属神たちから否定された言葉を、己の祖父へも投げ掛けた。祖父の返答が参考になるようだったら、従属神たちを説得する材料に使うつもりである。
最強厨は天才の理論にちょっとだけ期待した。
「全知全能なる神を示す言葉、The Almighty Godを直訳すれば、全知全能神であろう? 全知全能の神という言い方ならThe God of Almightyじゃろうて。全知全能の能力を持つ神ではなく、存在が全知全能、全知全能神と訳したまで」
近衛天翔王光は不敵な笑みを浮かべ、フォルティシモを指差す。
「自分が従者から否定されたからと言って、儂に当たるな。儂は儂の価値観と人類の積み上げて来た歴史を鑑みて、名に意味を持たせている。もはやネーミングセンスが破滅して、信じる者たちから否定された、どこかの孫とは違うのだよ。お前が今抱いているモフモフに対して、堂々と胸を張って名乗れるか?」
フォルティシモはキュウを確認する。キュウはビクリと耳と尻尾を逆立てて、慌てた様子で周囲を見回した後、フォルティシモを凝視した。
「わ、分かり易いですっ」
「そ、そうか」
「かーっ! このクソ孫が! モフモフの気持ちも分からんとはな。目線で意思疎通できるくらいの絆を結ばんかい」
フォルティシモは余計なお世話だと、心の底から思う。それでもキュウが反対なら、後で再考してみようとは思った。
しかしフォルティシモはやられっぱなしでは終わらない。情報ウィンドウを使い、すぐにつうへメッセージを送った。
つうからの返答は「格好悪過ぎて誰にも話せない。お願いだから、二人共改名して。それから何かに名付ける時は、今後、絶対に自分だけの感性で名付けないように。特に私かエンに相談すること」だった。
近衛天翔王光へそのメッセージが表示された情報ウィンドウを見せる。
近衛天翔王光とフォルティシモは真顔で見つめ合い黙りこくった。
「まあ、名前はどうでも良いことじゃな、うむ」
「そうだな」
この件については、お互いに指摘しないことに決めた。
フォルティシモは鍛冶神マグナがフォルティシモの指示で作成した、新たな最強武器である真・魔王剣を右手で構えた。
左腕でキュウを抱きかかえていて、そのキュウは黄金の耳をピクピクと動かしながら、可能性の世界からフォルティシモの勝利を観測するべく潜っている。
近衛天翔王光は、太陽の如く光輝く剣を掲げた。
「これまで儂にとって半分愛している孫は、守らなければならない存在だった。近衛翔を守らなければ、娘を愛する父親ではない。しかし、フォルティシモは違う」
ここに至って近衛天翔王光の力は、“始まり”なる原初の存在に限りなく近くなっているのかも知れない。
「姫桐の息子よ。唯一、パパたる儂よりも姫桐に愛されている貴様を、ずっと、殺したかったぞ」
「爺さん、そこまで異常者だったか? それより母さんが爺さんより好きだったものなんて、ごまんとあるぞ? キュウもその一人だし、爺さんだって分かってるから、キュウの言葉に怒ったんだろ」
フォルティシモはそれでもまったく臆することはなかった。
この腕の中にキュウがいて、従属神たちや友人たち、フォルティシモを信仰する大勢の人々の声が届いている。
「というか爺さん、俺のが愛されてるって認めてたんだな。父親よりも息子を愛するって言うのは、母さんは意外とまともだったのかも知れないと思えたぞ。あんまり感じたことがないが」
「こ・ろ・す」
最強神フォルティシモと全知全能神オウコーは、直接的にぶつかり合う。
星の世界で、真・魔王剣と太陽剣が交錯した。両者は火花を散らしていたが、それは火花などという小さなものではない。太陽の表面で起こるフレアであり、人類が使うエネルギー数万年分に相当するエネルギーが、打ち合いの度に発生する。
「何が全知全能神だ。そんなもの有り得ない。全能のパラドクスはどうした。存在そのものが論理破綻してんだろ!」
「最強神とか意味不明過ぎじゃろうが。そんなあやふやなもの、誰が信仰する。相も変わらず自分本位の中二病じゃな!」
真・魔王剣から黒い衝撃波が放たれ、太陽剣が光によって相殺する。
宇宙空間を超光速移動しながら、色んな意味で同レベルの神が激突していた。
最強と全知全能、お互いの信仰と存在を削り合い、キュウと近衛天翔王光が観測する可能性の未来がひしめき合う。
最強神フォルティシモと天狐神キュウを相手にして、全知全能神オウコーは―――上回っていた。
「最強というのはこの程度か? モフモフが聞こえるのはこんなものか? 儂の全能と全知、そして娘への愛の前に破れよ」
最強神フォルティシモが敗北するはずがない。
最強という概念なのだから、敗北したら矛盾が生じる。それでも、たしかに最強神フォルティシモの力は確実に削られていた。全知全能は最強さえも理解して解体解析解剖しようとしている。
世界とは“始まり”が創ったシステムだ。そこへ仕様を定義し、己の存在を作成する。世界への理解度と定義の強度で、最強神フォルティシモは全知全能神オウコーに劣っている。
フォルティシモは思わず舌打ちをして、真・魔王剣へ視線をやった。
「仕方ない。奥の手だ」
「ほう、まだ手を残していたか。しかし儂の全知全能の力の前では、無駄だと結論付けられておる」
近衛天翔王光は全知全能だからフォルティシモの奥の手が、オウコーに通用しないのだと笑う。言葉尻だけを真正面から受け取るのであれば、全知全能の神を相手に奥の手なんて通用するはずがない。そもそも戦うという概念が成立しない。
しかし厳密には、全知全能神オウコーは哲学的な全知全能ではない。そこに穴がある。
この奥の手は、通用する。何故ならフォルティシモが最強神フォルティシモに成る前から用意していたもので、能力や立場に関係無く、近衛天翔王光を確実に倒すための戦術だからだ。
「俺が現代リアルワールドへ行って、爺さんのことを知った時、爺さん対策を取らなかったと思うか?」
「儂の孫でしかないお前が、儂対策? 見せて貰いたいものじゃな」
「俺は俺の弱点を誰よりも分かっている。業腹だが、爺さんの弱点も分かる」
フォルティシモとキュウは同時に、近衛天翔王光を睨み付けた。
近衛天翔王光は警戒したのか、その動きを止める。
「エン!」
そしてフォルティシモは、近衛翔のサポートAIエンシェントの愛称を呼び掛けた。
フォルティシモの手に握られていた真・魔王剣が、独りでに星の世界を飛翔し、オウコーの心臓を貫いた。




