第四百五十一話 vs世界を焼き尽くす巨神 最強編
イベント【トータルエクリプス】に参加した世界中のプレイヤーによって、太陽の巨人の身体がとてつもない速度で削られていく。
太陽の巨人は光の窪みのような目で、フォルティシモを見た。
『何故、儂の邪魔をする!? 儂はお前の半身は愛してやったぞ。その愛の大きさで、お前の望みを叶えてもやった』
近衛天翔王光は近衛翔を愛していた。彼の価値観からすれば、そこに嘘はないのだろう。
何よりも愛する娘の息子として愛していたから、近衛天翔王光は近衛翔が死ぬような策略は残さなかったし、カリオンドル皇国にはフォルティシモが無双できるようにチートツールや信仰という遺産を残した。
両方とも他人に奪われた上、最終的にはフォルティシモのアカウントごと近衛天翔王光に強奪されたが。
「爺さん、俺はずっとあんたを理解できなかった。愛する者のためなら、何でもできるって気持ちが」
フォルティシモはイベント空間『天岩屋戸』の中で、太陽の巨人となったAI近衛天翔王光を見下ろす。
「けど異世界に来て、俺にも絶対に失いたくない大切なものができた。だから今なら分かる」
そして同情するような表情を作った後、くわっと目を見開いた。
「と言うとでも思ったか? 爺さんの気持ちは、後にも先にも欠片も共感できない。俺はキュウが大好きだし、キュウのためなら何でもするが、キュウの気持ちを裏切るつもりはない。従者やラナリアたちも同じだ」
フォルティシモは天才である祖父との絶対の違いを宣言する。
「気持ちまで守れてこそ、最強だ」
イベント戦闘開始から数時間、太陽の巨人の何よりも強烈だった光が陰っていく。
もうすぐ大氾濫の期限である四日間が終わる。
『馬鹿、な。現代でも届かぬ太陽が、こんな、つい先ほどまでNPCでしかなかった輩に』
「世界五分前仮説からすれば、今、最強の世界の住人であることが重要だろ」
『そんな仮説、有り得るはずがなかろうが! どうして中二病が抜けんのだ。負けん。儂は、あの子のため、負けられん!』
太陽の巨人の全身が一層強く輝き、勢い良くフレアが溢れ出す。灼熱の太陽風が洞窟内を蹂躙した。
プレイヤーたちの攻撃が目に見えて鈍る。このままいけば、太陽の巨人はプレイヤーたちを押し返すかも知れない。
それでもフォルティシモは、太陽の巨人のHPが充分に削られたことに満足した。フレンドと一緒とか全員で戦うとか、世界に住む人々が戦うとか言ったけれど。
やっぱりトドメは、フォルティシモが掻っ攫うつもりだからだ。
「ああ、そうそう。もう一つの心残りだったな。それは当然、最強のフォルティシモが、太陽に負けると思われていたことだ」
フォルティシモは太陽に勝てないなんて、それが気に食わない。キュウでさえ太陽神を弱体化させる作戦を提案したくらいだ。
フォルティシモは情報ウィンドウのショートカットを開き、そこへずらりと回復アイテムを並べた。
そして真・魔王剣を光の巨人へ向ける。
最強神ではなく単なるフォルティシモとして最後の、そして最強の攻撃を放つために。
「究極・乃剣・無限!」
巨大な黒剣が発射され、太陽の巨人を貫く。
それだけであればピアノやアルティマが何度も繰り返した攻撃に過ぎない。だがフォルティシモの放った巨大黒剣は、スキルの効果時間が終了しても消えることがなかった。
フォルティシモは究極・乃剣の特徴を説明する時、ディレイもキャストもない究極の一撃だと表現する。
ゲームプレイヤーがディレイもキャストもない技を見つけた時、どうするか。
当然のように、連射する。
それ以外の使い方があるなら聞いてみたい。
究極・乃剣・無限は、剣を向けた方向へ究極・乃剣を途切れることなく連発し続けるだけのスキル設定である。
攻撃を超高速で発動し続けて一方的に敵を嬲り殺す。対人最強リースロッテを作成したのと同じ思想を、作成者本人であるフォルティシモが使わないはずがない。
ただし弱点として、フォルティシモのMPやSPでも消費が激しく、長い時間は使えなかった。その対応策が情報ウィンドウに並べた回復アイテムのショートカットで、スキル発動中に回復アイテムを使いまくれば消費の問題は解決する。
これこそ、かつてのフォルティシモが世界を焼き尽くす巨神を十五分で討伐した戦術。最果ての黄金竜に対して撃とうとした寸前で止めた、正真正銘のプレイヤーフォルティシモ最強の攻撃方法だった。
世界を焼き尽くす巨神オウコーは身体の光を更に強め、フォルティシモの黒剣を押し戻そうとする。
『ぐおおぉっ、この、程度、でっ』
「信仰にも肉体にも、限度がある。使えば使うだけ減っていく。それは神の世界の法則でも変わらない。これだけの物量に晒された上に、俺の攻撃だ」
『世界中の人々を戦争に参加させるなど、それでも人間か! 恥を知れ!』
「自分たちで創造しておきながら、最後は自分の手で消し去ろうとしてる爺さんにだけは、言われたくない」
『クソ孫がぁ!!』
フォルティシモは光輝く世界を焼き尽くす巨神を圧倒し、その残ったHPをあっという間に消し去った。
フォルティシモは世界を焼き尽くす巨神オウコーが最後の力を振り絞り、首を上げるのを見る。モンスターが死亡時に攻撃スキルを使うのは、VRゲーム以前からある悪しき仕様だ。
世界を焼き尽くす巨神オウコーは、『マリアステラの世界』で自爆するはずだったのかも知れない。しかしそれが叶わないと知った時、代わりに『最強の世界』を自爆で焼き尽くそうとしている。
「爺さん、いいか、フォルティシモに同じ戦術は通用しない」
フォルティシモの力が太陽の巨人の周囲を区切る。
「最強・拒絶防壁」
それは太陽の最後、超新星の如きエネルギーを完全に遮断した。
光輝く世界を焼き尽くす巨神の身体を構成する泥がボロボロと崩れていく。真なる神に到れなかった泥は静かに大地へ還ろうとしていた。
その光景をフォルティシモとキュウだけでなく、大勢の人々、デーモンやエンジェルたちが見守っている。
世界を焼き尽くす巨神の消滅に対して歓喜の感情が膨れ上がったものの、デーモンやエンジェルたちを中心に歓声一色とはならなかった。
ファーアースオンライン・バージョン・フォルティシモの件も含めて、フォルティシモに対する感情の多くは、戸惑いと少なくない畏怖と言ったところだろうか。
「ご主人様」
キュウもイベント【トータルエクリプス】へ参加してくれていた。キュウはAIフォルティシモが補助しているため、キュウ専用魔王のコードで随分と活躍したようだ。
フォルティシモは近付いて来たキュウの肩へ手を回して抱き寄せた。そのままキュウを守るように抱き締める。
「キュウ」
「はい」
「爺さんの本体を探してくれ」
「すぐに」
ほんの数瞬の時間が流れる。
「見つけました、ご主人様」
「さすがだ、キュウ」
キュウは本当にあっという間に、近衛天翔王光の居場所を突き止めた。
近衛天翔王光は既に『マリアステラの世界』に居る。
神戯によって作成されたNPCも、クレシェンドが唆した原住民たちの反抗も、太陽神とその天使たちの反応も、<時>の神々の必死も、世界を焼き尽くす巨神も、近衛天翔王光の目的を果たすための使い捨ての駒ではないか、そんな錯覚に陥った。
実際はいくつものプランを並行で走らせていて、どれかが失敗することを最初から組み込んでいただけだろう。
それでもここまで来て、最も危険な近衛天翔王光自身が『マリアステラの世界』に到達しているのだ。
近衛天翔王光は神々さえも手玉に取る天才なのかも知れない。しかし同時に、最強を敵に回す大馬鹿だ。