第四百五十話 トータルエクリプス 後編
近衛天翔王光は世界を焼き尽くす巨神を用意し、その身体に己をコピーしたAIと信仰心エネルギーを満たすことで、『マリアステラの世界』を焼き尽くすつもりらしい。
最初から最後まで己の手で復讐を完遂する、実に近衛天翔王光らしい方法だった。
フォルティシモはそんな近衛天翔王光に対して、墓穴を掘ったな、と考える。
フォルティシモが近衛天翔王光にアカウントを強奪されたのは、太陽神ケペルラーアトゥムとの戦闘中である。フォルティシモが異世界ファーアースへ戻った後、太陽神ケペルラーアトゥムとも決戦の続きを想定していた。
だからフォルティシモは最強神になる前から、太陽神を倒す算段を付けている。それを使うため、『現代リアルワールド』にデーモンの女武者プレストを待機させていた。
フォルティシモがプレストへ呼び掛けると、返答はシステムメッセージから流れて来る。
> 相手は本物の太陽神ではないぞ
「問題ない。太陽神討伐イベントは、太陽と同等の恒星と戦うことになった場合も想定して作った」
> そうか
「不満は後で聞いてやる。それに本物は、いつか必ず俺がぶった切ってやるから安心しろ」
> イベント【トータルエクリプス】が開始されました
> 太陽の化身が地上に出現しました
> このままでは太陽が地上のすべてを焼き尽くしてしまいます
> すべてのプレイヤーは協力し、太陽の化身であるボスモンスターを撃破してください
> 太陽の化身は近付くだけで身を焼かれることでしょう
> イベント限定アイテム【イカロスの翼改良型】を使用し、特殊空間へ侵入して戦闘を行う必要があります
> このイベントはワールド全体で達成度が共有されます
> 全員でワールドレイドボスモンスターを攻撃し、時間内に撃破を目指しましょう
イベント【トータルエクリプス】。
このイベントには一六〇〇万度の熱量の中で活動し、一〇万ルクスの光量でも目を潰されないようにするため、特殊イベントアイテム【イカロスの翼改良型】が実装されている。
本来、SFまで科学が発展しても太陽の中を生身で活動するなど、物理法則を軽視するにもほどがある。
しかし神戯には、天地を砕くカンストステータスで、机から落ちただけで割れる硝子のコップを破壊できなかったのと同じ理論があった。
だから【破壊不能オブジェクト】があるように、【イカロスの翼改良型】を装備したプレイヤーは【太陽へ近付いても活動できる】。肺が焼けるとか融解温度とかの問題は、すべて多重定義されていた。
「神戯ファーアース最後のイベントで、ファーアースオンライン・バージョン・フォルティシモ最初のイベントの始まりだ」
> 領域『天岩屋戸』に侵入しました
◇
イベント【トータルエクリプス】は、『最強の世界』に生きるすべてのプレイヤーが参加する戦いである。そしてこの戦いを超えなければ、太陽の降臨によって瞬時に世界が焼き尽くされてしまう。
その事実は、情報ウィンドウを与えられた世界中の人間に共有される。
冒険者カイルはオープンチャットへ向かって叫んでいた。
「【イカロスの翼改良型】作成に必要な素材、余裕がある人は集めに行ってくれ! 俺たちは『天岩屋戸』へ突入する!」
神官フィーナもオープンチャットへ語り掛ける。
「聖マリア教は領域『天岩屋戸』へ侵入するチームを支援します! ヒーラーがいない場合、掲示板で募集をかけてください!」
かつて故郷と仲間を失ったエルフのエルミアも同じだ。
「怯えて逃げてるだけのあなた! 後悔したくなかったら、【アイテム精製】だけでも手伝いなさい!」
ギルドマスターガルバロスは保証する。
「緊急依頼を全冒険者に対して発令する。情報ウィンドウより告げられた、イベント【トータルエクリプス】をクリアせよ。依頼料は後日、貢献度によって査定とする」
ドワーフの鍛冶師エイルギャヴァは修羅場に戻って来た師に言われて告げる。
「【イカロスの翼改良型】は【鍛冶】や【裁縫】のような生産スキルなら、よりレアリティの、効果の高い魔法道具になるのけ! 可能な限り専門職へ………仕事が増えてるのけぇー!?」
アクロシア王国の王妃マリアナは、小さな勇気を出した。
「私も、やります、手伝ってください、妖精さん!」
カリオンドル皇国で帰還した初代たちから距離を置いていた蜂人族の外交官ニコラスは、勝機を見出した。
「どの種族よりも信仰を捧げ、【イカロスの翼改良型】を作りましょう。この戦いの後、我ら蜂人族が登り詰めるために」
同じくカリオンドル皇国で初代たちから逃げたコーデリアは、立ち上がった。
「そうよ、大丈夫。まだあの方がいらっしゃるもの」
元より死を覚悟して戦場に立ったデーモンたちは、グラーヴェ翁を先頭にして我先へと太陽へ立ち向かう。
「今こそ、あの憎き太陽を墜とす時!」
母なる女神に見つめられた天使たちは、己が主たる神を焼こうとする偽物を許しはしない。
「我らが輝く星へ、汚れし手を伸ばそうとする愚者。御神の名を下に天罰を」
◇
そこは洞窟だった。世界を焼き尽くす巨神から太陽の巨人となった巨体を、すっぽりと納めてしまえる広大さを持った洞窟。小路や出入口は見当たらず、巨大なドーム状の大空洞一つだけが世界のすべてだった
その中心に太陽の巨人がポツンと立っている。太陽の巨人は目も眩むような光量で、洞窟の隅から隅までを照らしていた。
太陽の巨人から放たれる光と熱を受けても融解することのない洞窟は、『現代リアルワールド』の物理法則とはまったく別の法則が働いていることが分かる。
『ここは、どこじゃ?』
「実は、ファーアースオンラインとファーアースで、一つずつ心残りがあった」
『ここがどこかと聞いておる!?』
洞窟の空に―――洞窟なのに空と表現できるかは別にして―――フォルティシモが浮かんでいた。フォルティシモは太陽の炎に焼き尽くされることもなく、悠然と浮かんでいる。
「まずファーアースオンライン、せっかくのワールドレイドボスモンスターだ。俺一人で倒すんじゃなくて、たまにはピアノやトッキーたちと協力して戦うのも悪くないと思ってた。ピアノがログインしてなかったから止めたがな」
異世界ファーアースへ来る前の最後の日、フォルティシモはVRMMOファーアースオンラインで世界を焼き尽くす巨神をたった一人で撃破した。
しかし【拠点攻防戦】でフォルティシモに負けたチームを羨ましく思っていたように、ピアノやトッキーなど仲の良かったフレと一緒に戦うのも悪くないと思っていたのだ。
「だから太陽神を倒す時は、『フォルティシモの世界《異世界ファーアース》』に生きる皆で、神から世界を取り戻す体裁にするのも良いと思った」
洞窟のそこら中に、【転移】のポータルが発生する。
その数は一つや二つではない。
十や百では足りない。
千や万も届かない。
異世界ファーアースで戦う意志を持つ者たちが、最強の神の声に応える。
イベント空間『天岩屋戸』に、異世界ファーアースのNPC、原住民デーモン、太陽の使徒エンジェルが次々に出現した。
「これだけの人数だ。どうせ作戦とか戦術とか考えても、無駄だろ。好きなだけ攻撃しろ!」
フォルティシモがそう言う前から、プレイヤーたちから太陽の巨人への攻撃は始まっていた。やはり大勢をまとめるのは難しい。
キュウは世界を焼き尽くす巨神を倒すため、現存する戦力で攻撃パターンを組み上げてみせた。フォルティシモはそれさえもしない。フォルティシモに応えてくれた数十万の戦力で叩き潰す。
太陽の巨人の反撃を受けて、一撃で数百人が蒸発した。しかし『フォルティシモの世界』の住人は、セーブポイントへ戻るだけだ。
HPがゼロにされた者たちは、外で必死に【イカロスの翼改良型】を作成している者たちから、次の【イカロスの翼改良型】や新しいアイテムを受け取って、再び洞窟へ戻って来る。
AI近衛天翔王光は、本体に負けず劣らずの知能を持っているのかも知れない。しかし、たった一つの存在がコントロールするには、あまりにも多勢に無勢だ。何せ多勢側は不死、いくら倒そうが戻って来る。
それは無限の魔物が湧き出す大氾濫と逆の現象。
無限ループの如く決して減らないプレイヤーの津波が創造主を押し流す。
「さぁ、神殺しだ。お前たちを駒としか考えていない神は滅ぼして、世界を取り戻せ!」