第四百四十八話 天才からの光あれ
フォルティシモと<時>の神々の戦い。最強世界の住人と神々の戦い。近衛姫桐と近衛天翔王光の戦い。
今、この異世界ファーアースで行われている闘争は、その三つだけではない。
フォルティシモの帰還と共にアクロシア大陸を包んでいた超弩級ハリケーンは消滅したものの、世界を焼き尽くす巨神は健在だった。
ピアノはデーモンやエンジェルたちと協力し、この泥の巨人との戦いを続けている。
> ようこそ! ファーアースオンライン・バージョン・フォルティシモへ!
この情報ウィンドウのログに関しては、聞きたいことから問い詰めたいこと、正直に吐かせたいことなど色々あったけれど、それらをすべて飲み込んで戦っていた。
それはフォルティシモのような仕様の解析と世界の分析などを行った末、優先するべき目的を定める合理性を伴った理由ではない。
ただピアノの直感が、世界を焼き尽くす巨神は危険だと告げている。
だからピアノは神々たちへの対応をアルティマラナリアたちに任せられると判断した後、世界を焼き尽くす巨神への攻撃を再開した。
「おい見てくれよ、アーサー! この情報ウィンドウ、すげぇんだよ!」
「僕は情報ウィンドウの使い方にかけては一日の長がある。分からないことがあるなら、教えてあげよう」
「あーくん優しい!」
権能【伝説再現】を操るプレイヤーアーサー、勝利の女神ヴィカヴィクトリア、デーモンの若き槍使いたちは神々へ立ち向かって敗北し戦線を離脱したが、今は五体満足で元気に復帰していた。
この事実から分かるようにファーアースオンライン・バージョン・フォルティシモでは、原住民たちもNPCたちと同じようにプレイヤー化している。
彼らは課金ステータスアップアイテムで命を捨てる戦いに挑んだ。しかし今やプレイヤーにとっては何の代償もない―――課金という代償は払っている―――ので、全員が生きて帰れることだろう。
フォルティシモはピアノとの約束もきちんと守ってくれた。ピアノはフォルティシモのそういうところは、とても信頼しているし、胸を張って親友を自慢できると思っている。
「一番隊、攻撃止め! 二番隊交代! 間には私が入る!」
情報ウィンドウによってオープンチャットが使えるようになったため、これまで以上に綿密な連携を取れるようになった。
世界を焼き尽くす巨神への攻撃パターンはキュウが構築してくれたものの、こうしてオープンチャットを使ってお互いに連絡を取れたほうが、柔軟で強い攻撃パターンが組める。
『一番隊下がります!』
『二番隊、回復が追いついていません!』
『四番隊、カバーに入れます!』
「四番頼む!」
そうして泥の巨人は、今や見る影もないほどに身体が削られていた。誰がどう見ても瀕死の死に体であり、無限に再生する強大なワールドレイドボスモンスターは、討伐寸前と言ったところだろうか。
ピアノは世界を焼き尽くす巨神のHPが残り二割を切り、レッドゾーンへ突入するのを見て、全軍に呼び掛けた。
「ここからが本番の可能性がある! 絶対に油断するな!」
現実の生物であれば、生命力が二割を切ったら瀕死の重態、もう助からないような状態だろう。反撃も弱々しくなり、勝負の趨勢は決したはずだ。
しかしゲームでは違う。ゲームのボスは追い詰めれば追い詰めるほど強くなるし、HPが一定以下になってからが本番だったりする。なんなら死んだ後に第二形態、第三形態が平気で有り得る。伝説の竜探索RPG第一作でさえ第二形態へ変化するのだ。
ピアノの懸念は半分当たりで、半分外れだった。
フォルティシモはかつて世界を焼き尽くす巨神と戦った後、トッキーに対して「五十パーと二十パーでAIの思考パターン変わってた」と言った。その情報はピアノにも共有されている。
だから世界を焼き尽くす巨神の猛攻が始まるのは、ここからだった。
それが正解部分。
外れ部分は。
空から何かが降って来て、世界を焼き尽くす巨神が輝いた。
一年程前、ピアノが異世界ファーアースでフォルティシモと再会した直後、トーラスブルスのお気に入りのカフェで食事をした時の話だ。
その時にフォルティシモから、ピアノが戦えなかった世界を焼き尽くす巨神について話を聞いた。
話題の一つとして、世界を焼き尽くす巨神の攻撃が風属性だったことに、炎を使えよと文句を言って盛り上がったことがある。それは運営のつまらないトラップだと笑って見過ごしていた。
だが世界を焼き尽くす巨神は、太陽への復讐を誓った天才、近衛天翔王光が作成した人造の神である。
あのフォルティシモの祖父にして、カリオンドル皇国の初代皇帝、天才近衛天翔王光が、そんなつまらない仕様を実装するだろうか。
ピアノはそれを理解した。
「まずい、緊急事態、だっ! 全員、全力で攻撃しろ! このまま削り切れ!」
全軍に作戦を無視して攻撃を仕掛けるように号令する。
継続的な攻撃力こそが世界を焼き尽くす巨神を倒すために必要な要素だったはずだけれど、そんなことを言っている場合ではないと、ピアノの全感覚が警報を鳴らしていた。
その判断は正しくても、それは間に合わない。
世界を焼き尽くす巨神は異世界ファーアースへやって来てから、世界中の人々に注目されていた。
大氾濫を戦っていたNPC、デーモン、エンジェル、ほぼすべての人間が、この世界を焼き尽くす巨神を考える。
どうすれば倒せるか。どうすれば逃げられるか。どうすれば生きられるか、このハリケーンは何か、いつ晴れるのか、世界の終わりか。
信仰とは想うこと。
死の神への恐怖や破壊の神への畏怖でも、信仰は等しく信仰だ。
急速に信仰心エネルギーを手に入れていく人造の神。
世界最高のAIを超えた世界を焼き尽くす巨神は、その宿命を真っ当する。
世界を焼き尽くすため、太陽と成る―――だけでは終わらない。
全知全能の神を模して作られた泥は、大いなる太陽へと進化するだけでは飽き足らず、近衛天翔王光を手にする。
世界を焼き尽くす巨神が、その巨大な腕を空へ向けて掲げると、何かがそこへ向けて放たれた。
それは熊のぬいぐるみに書き込まれたテディベアのように、懐中時計に書き込まれたAIフォルティシモのように、キュウに書き込まれたマリアステラのように。
世界を焼き尽くす巨神という器へ、AI近衛天翔王光が書き込まれた。
これまでは子供が作った泥の人形だった全身が、光によって形作られていく。
『おお、おお! これが神の肉体か。儂の頭脳も、これまで以上に冴え渡るわ』
それは一瞬にして『異世界ファーアース』を焼き尽くすだろう。
天地創造をした創造神と同じ領域に立った本体の近衛天翔王光は、かの存在と同じように全知全能の力を振るった。
ただし近衛天翔王光が創造したのは、世界ではなかった。
近衛天翔王光の知性、太陽と同等の肉体、膨大な信仰心エネルギーを持った、三重に偉大なる神。
世界を焼き尽くす巨神オウコー。
『AIの儂よ。聞こえているか』
「聞こえているぞ。老化で難聴を煩っている本体の儂と違い、光の聴覚によってクリアに聞こえる」
『今の儂は全知全能神オウコー。言葉以上によく聞こえているわ』
「軽い冗談じゃ。それよりも本体の儂よ。『星の世界』への扉は開けたのか?」
AI近衛天翔王光の魂のアルゴリズムと学習データは、この戦いが始まる前に準備されたものである。だから戦いの趨勢が大きく変化していることを知らない。
『世界一可愛くて賢くて将来はパパのお嫁さんになると言っていた娘に邪魔されてしまってな。まだ達成できておらん』
「世界一可愛くて賢くて将来はパパのお嫁さんになると言っていた娘に邪魔されてしまったのならば、仕方がない」
全知全能神オウコーと世界を焼き尽くす巨神オウコーは、お互いに理解し合った。
『儂は『星の世界』への扉を開く。神戯ファーアースの最後の信仰取得は頼むぞ』
「うむ。太陽の降臨としよう」
異世界ファーアースで、世界さえもハッキングした天才による蹂躙が始まろうとしていた。
しかし、それに立ち塞がる最強があるとは、全知全能を以てしても思いも寄らなかったに違いない。