第四百四十二話 vs時の神々 後編
アクロシア大陸の大空で百を超えるプレイヤーがフォルティシモを取り囲む。
その中で誰よりも先にフォルティシモへ向かって来たプレイヤーは、VRMMOファーアースオンラインで<エインヘルヤル>というチームを結成していた者たちだった。
<エインヘルヤル>は正義や勇者を標榜しており、最強厨で魔王なフォルティシモとは、プレイスタイルの面で相性が悪かった。
狩り場やボスの独占を止めろと突っかかって来たことは数知れず、何度も何度も邪魔されたものだ。【拠点攻防戦】を挑まれた回数も最多だろう。
彼らが時に忘れられた神だったのであれば、『現代リアルワールド』で信仰されなくなったことに皮肉を感じずにはいられない。
「魔王! <星>の前に貴様を討伐してやる!」
「久しぶりだな。懐かしい。さすがにお前の名前は覚えてるぞ、<エインヘルヤル>のリーダー、ヴァルキリー」
「ヴァルキュリアだ!」
フォルティシモはさすがに真顔になった。ピアノやトッキーと違って仲良くはなかったけれど、何度も最強のフォルティシモに挑戦して来た知り合いのプレイヤーの名前を勘違いしていたらしい。
「………あれだ。神話って色々な表現があるだろ。そのせいで間違えて覚えていた。だから、改名したらどうだ?」
「イカれてるのか!?」
フォルティシモはヴァルキリーのが覚えやすいと言いたかったのだ。信仰が大切な神にとって、覚えやすさや分かりやすさは重要な要素である。フォルティシモはコミュ障と言われているけれど、このくらいは伝わっただろう。フォルティシモの希望的観測だが。
<エインヘルヤル>はフォルティシモが異世界ファーアースへ行った後、新しいアップデートで自分たちを鍛え続けたようだ。
かつてのフォルティシモであれば、<エインヘルヤル>の一人で勝利できるほど彼らは強くなった。神戯のルールに則り、最強の更に先へ届いた勇者たちは―――。
「最強・領域・爆裂」
最強神の放つ最強の爆撃によって、一撃で一人残らずアクロシア大陸の大地へ堕ちていった。
「俺がメイン盾になる! あとは頼む!」
<時>の神々は、彼らの中でも戦闘に特化した<エインヘルヤル>が為す術もなく一撃で爆砕されたのを見て、フォルティシモへの攻撃を躊躇した。
その中で破れかぶれになって向かって来たのは、武器を持たず両手に盾を装備した大男だった。フォルティシモはこの男の名前くらいは間違えて覚えていない自信がある。
「<お散歩連合>の会☆長、お前も神だったのか。良い奴だと思ってた」
「良い奴? 話したこと、ほとんど無かったと思うが、どういう意味だ?」
「俺と戦ったことなかっただろ?」
「いや、俺のチームはたしかにフォルティシモと戦うことはなかったけど、それだけで良い奴認定とかガバガバ過ぎだろ!?」
一年ほど前にトーラスブルスでピアノと会話した時に出て来たプレイヤー会☆長は、フォルティシモと世界を焼き尽くす巨神の戦いを近くで見届けていた。
邪魔はしないと判断して、フォルティシモの従者たちが素通りさせた珍しいプレイヤーの一人である。そのチーム名にもあるように狩りやレアドロを目的とすることが少なく、フォルティシモからすると友好的なチームだと思っていたのだ。
「お前ならすべてが終わった後、話を聞いてやっても良いぞ。だから今は、最強の前に沈め」
「プレちゃんに告白するまで、俺は死なねぇ!」
「………プレちゃんって、プレスティッシモのことか? あいつは、ちゃんなんて可愛げのある奴じゃないだろ」
「うおおお、プレちゃんは可愛い! ぜってぇ許さねぇぞ魔王ぉぉぉ!」
フォルティシモはいつでもどこでもマイペースなお散歩をしているような会☆長に思わず笑みを零し、最強神としての力を見せる。
「最強・光速・乱打」
文字通り光速の最強拳が<お散歩連合>の会☆長と、そのチームメイトたちを撃ち抜いた。
「どう、なってんだ。俺たちは、アンタよりも未来の、アップデートで! 環境を手に入れたんだぞ!?」
「それでもフォルティシモは最強だった。それだけだ」
「俺たちは、お前みたいな、ただゲームを楽しんでいた暢気な連中とは違う! 俺たちの存続を、存在を賭けて! あのゲームを必死でやっていた!」
「VRMMOは楽しいよりも苦しいことが多いんだが。まあ、お前ら無能がいくら努力しても、フォルティシモには届かなかったな」
「なんなんだよ、なんだよ、お前は!」
「フォルティシモ、最強だ」
「話が、通じない!」
続いてフォルティシモへ仕掛けて来たのは、掲示板で何度もフォルティシモを晒した古参プレイヤーを中心とした集団だった。掲示板の集団工作で、フォルティシモを悪者に仕立て上げた張本人たちである。
フォルティシモとは暴言や挑発は当たり前、狩り場占有、相場操作、容赦の無いPK、リスキルまでする粘着質、VRMMOファーアースオンライン最凶最悪の危険人物だと書き込んでいたのだ。
概ね真実なので反論はしなかったが。
「ちゃんと通じている。要するに、神戯にかこつけて戦争を始めようとしてるお前らを、俺が邪魔したってことだろ」
「お前は分かっていない! 俺たち<時>の神が、何を思って―――」
「ああ、そういうのは良い。何度も言わせるな、そういう話は嫌いだ。キュウや親友の話なら真剣に聞くが、無関係の奴の事情なんて、聞きたくもない」
キュウと初めて出会った時、尊厳さえ失った彼女は泣き崩れた。
ピアノは現実世界に絶望して、自ら命を終わらせる選択をした。
『異世界ファーアース』を創った神様も『現代リアルワールド』を創った神様も、揃ってクソ野郎だ。
フォルティシモは彼らの前へ手を掲げた。
「このフォルティシモからの完全敗北を受け入れろ。だが安心して良い。フォルティシモは、どんな不可能も可能にする、絶対に物語を幸福にする存在、まるで機械仕掛けの神のような神」
そして力強い笑みを作る。
「それが最強神フォルティシモだ」
情報ウィンドウから従者たちの「改名しろ」コールが流れている点には目を瞑った。
古参プレイヤーたちは首を傾げて、お互いに目を合わせて。
「意味が分からねぇ」
「産業」
「そもそも定義が曖昧すぎる」
「強いことと幸福に何も関係ないだろ」
「最強神って馬鹿にしてるのか?」
「最強・巨人・乃剣!」
フォルティシモが振るった巨大剣は、古参プレイヤーをまとめて叩き斬った。
フォルティシモは最後に残った人影を見つめる。
VRMMOファーアースオンライン最大のチーム<時>を率いたプレイヤー、トッキー。
<時>は最大百人所属できるシステムの中、実装当初からずっと最大人数を保ち続けている唯一無二のチームである。全員が積極的にゲームをプレイしていて、攻略も成長も課金も最大チームに相応しい。
いくつものチームとレイドチームを結成できるほどの人脈を持っているだけでなく、魔王フォルティシモとトッキーが友好的な関係だったため、狩り場でかちあってもPK合戦―――実際は一方的な蹂躙―――にならなかった。
「自分の派閥と同じ名前を付けていたんだな。<時>のトッキー、ギャグのつもりかと思ってた」
「フォルさんの、<フォルテ>のフォルティシモよりもマシでしょ」
「俺はソロだったから良いんだ」
<フォルテ>はVRMMOファーアースオンライン時代のチーム名で、フォルティシモ以外誰も所属していないソロチームだった。
ピアノが加わったことで<フォルテピアノ>へ改名し、今ではキュウ、テディベアやルナーリスなどのメンバーも増えている。
「まったく、なんだよ、これ。俺たちの邪魔してさ。まさかマリアの切り札が、ラーちゃんじゃなくて、フォルさんだったとはね。フォルさんのこと嫌いだったけど、今、大嫌いに変わったわ」
「俺のAIの学習データを取得したから、さっき知った」
フォルティシモは従属神マグナが作成した、【真・魔王剣】が届いたのを確認する。
これまでフォルティシモが使っていたフォルティシモ専用とまで言われたアイテム魔王剣を上回る、神の力によって作成された武具だった。
フォルティシモはそれをインベントリから引き抜き、トッキーへ向けて掲げる。
「止まれないのか?」
「止まれない。俺たちは<星>へ手を出した」
「そうか。トッキー、お前との神戯、楽しかったぞ」