第四百四十一話 vs時の神々 前編
神々の世界において<時>の派閥を率いる時の篝火。
偉大なる時の男神なんて呼ばれると、いかにも時間を自在に操る強大無比な神様のように思える。同じように<時>の神々などと呼べば、それは人間には操ることのできない時間に関係する神々の集まりだと勘違いする。
そう勘違いされる<時>の神々の実体は、時に忘れ去られた神々の寄せ集まりだった。
別の言い方をすれば、信仰心エネルギーを集められなくなった神々。
神々が思うに、時間は人間に平等で、神々には不平等だ。
たとえば精霊や幽霊。生まれた時から一人一人にサポートAIが用意されるまで科学が進んだ世界で、誰がそれらを信じるだろうか。何万年も前は信仰され、神の領域まで至ったそれらは、今では忘れられた神である。
時が進むにつれて信仰を失った神々。中にはほんの数年で忘れられた神さえいる。
実のところ<時>の神々に、神としての力はもうほとんど残っていなかった。信仰心エネルギーが枯渇してしまえば、神は死さえも迎えることになる。
このままいけば忘れられ、自然と消えていく。
そんな<時>の神々が求めたのは、星の世界だった。
「星の世界を奪おう。星の世界は、それぞれが、それぞれの世界を構築して生きてる」
かつてAIフォルティシモが近衛姫桐に出会った際、『マリアステラの世界』について説明された通り、星の世界では様々な神々が自分の領域を区切っている。『マリアステラの世界』では『呼吸をしないと生きられない者』と『呼吸をしたら死ぬ者』が共存できる。
それは可能性の共存だ。存在の重ね合わせを次元の異なる視点から観測できるマリアステラにだけ許された世界。『マリアステラの世界』における猫箱の中は、生きている猫と死んでいる猫が共存する。
無限の可能性の中で、極小と極大は共に存在した。ならば時に忘れられた神々が、信仰された世界も創造できる。
「マリアは次の神戯、名称『ファーアース』に参加する。お前たちはファーアースオンラインで、充分な準備を整えておいて欲しい」
篝火は<時>の神々を『現代リアルワールド』へ召喚し、そこでの生活の仕方を教え、VRダイバーを配り準備を進めさせた。
篝火や近衛天翔王光が全力で彼らを支援すれば、彼らは圧倒的な強さを得ただろうけれど、それをしたらマリアステラがゲームから降りてしまい兼ねない。それだけは避けなければならなかった。
<時>の神々はそれぞれ『現代リアルワールド』に適応しながら、全力でVRMMOファーアースオンラインをプレイした。
彼らは己の存在が掛かっている。自分たちは<星>の神々を滅ぼして、世界を奪う覚悟をしている。
神々の戦争。それがどれほど罪深き所業だとしても、自分たちを助けるために戦うのだ。
なのに。
> ようこそ! ファーアースオンライン・バージョン・フォルティシモへ!
それが表示された時、大騒ぎになったのは異世界ファーアースのNPCだけではなく、<時>の神々も同じだった。
いやむしろ、<時>の神々こそが最も混乱したと言えるだろう。
だってこの世界創造の力は、特別な十二の神にしか使えない力のはずだった。
<時>の神々が自分たちが生きるために狙っている世界、それを創造してしまえる力。
オープンチャットに元凶からの音声が流れる。
『聞こえるか、有象無象。俺はフォルティシモだ。俺のことは分かるだろう? 俺は………お前らのことはほとんど覚えてない。名前なんか忘れたから、トッキーの金魚の糞共としか認識してない』
<時>の神々は多かれ少なかれ、VRMMOファーアースオンラインに関係していて、あの最強厨に思うところがある。何人かは、何度も何度も挑んだし、拠点攻防戦を仕掛けた。
だが最強厨は、忘れたらしい。信仰心エネルギーは、信仰されることで神が得られる力だ。神思うが故に神はある。
だがあの最強厨は、思いもしない。<時>の神々を忘れたと言い切った。時に忘れられ信仰を失った神々に対して、最大の侮辱を言い放った。
本人にその気はないだろう。あくまでも人の顔と名前を覚えるのが苦手な最強厨の癖でしかない。だがその行いを許せるかどうかは、受取手である<時>の神々の気持ち次第だ。
そして何よりも、そんな奴が<時>の神々が願ってやまない力を得てしまった。
『どいつもこいつも、最強のフォルティシモに手も足も出なかった癖に、ここまで来たのか? 無駄な努力ご苦労様だな。追い返してやるから、向かって来い』
ああ、奴こそVRMMOファーアースオンライン、最後にして最強のボスに相応しい。ベータテスト開始当初からずっとプレイヤーたちの邪魔をし続けた魔王。
時に忘れられた<時>の神々は、最強のフォルティシモへ挑む。
◇
キュウの耳はその状況を聞き取った。アクロシア大陸の各地から、主人を狙った神々が浮上して来る。つい先ほど降臨した神々が、こうして昇ってくるのは皮肉としか思えない。
「ご主人様!」
キュウは今の内に主人と合流しようと思った。その判断はキュウが戻って来た主人の傍に居たい、という気持ちが多分に含まれていたけれど、今のキュウの力なら主人の助けになれるという自負もあった。
多くの強敵と対峙する主人に対して、ただ助けられて守られるだけのキュウはもういない。
つうから受け継いだプレイヤーとしての能力、太陽神ケペルラーアトゥムの信仰心エネルギー、マリアステラと合体したことによる虹の瞳と知識、今なら主人を助けられる。
しかしキュウの身体は動かなかった。キュウとマリアステラは二人で一つの身体を操作していて、どちらかに主導権がある訳ではない。
それでも動かなかった理由は、とっくに分かっている。
「マリアステラ様? 邪魔しちゃ駄目だよ。魔王様も私たちに見て聞きいて欲しいはずだからね」
過去も未来も見通す全視たる虹の瞳は、もう現在しか映していない。
「最強の魔王様のお披露目だ。特等席で一緒に見よう」
そしてそれを、キュウも聞きたいと思った。
◇
フォルティシモは今すぐキュウの元へ駆けつけたい気持ちを抑えながら、向かってくるプレイヤーたちを待っていた。
彼らの名前や姿は、VRMMOファーアースオンラインの頃に見覚えがある。たしかにVRMMOファーアースオンラインは神戯の練習場のようなもので、<時>の神々はVRMMOファーアースオンラインのプレイヤーらしい。
フォルティシモは『現代リアルワールド』へ行って神戯やVRMMOファーアースオンラインのことを知り、世界の裏側まで知識として得た。
それは大いに役立ってくれた。感謝してやっても良い。フォルティシモはVRMMOファーアースオンラインで生まれ、最強の神へと至った。
奴らにはその御礼として、最強神の前に破れて貰う。
「恨むなら、この最強のフォルティシモの“前”に立ち塞がったことを恨め」