第四百三十六話 FEO・VFF エルミア編
エルミアは冒険者パーティ<リョースアールヴァル>とエルフの精鋭を率い、大氾濫の戦場でどこよりも早く魔物から領域を奪還した。
それは最果ての黄金竜によって焼かれた元エルディンの森一帯で、エルフたちが住まなくなった土地は魔物の住処と化していた。そんなエルディンの森を、アクロシア大陸都市化作戦によって取り戻したのだ。
今のアクロシア大陸において、種族として最も強いのはエルフである。
それはフォルティシモたちが活動場所を『浮遊大陸』へ移した当初、天空の国フォルテピアノなんて名乗れないほど誰も住んでいない土地だったことに起因している。
フォルティシモたちは天空の国フォルテピアノを発展させるための人員を募集し、当然、彼に助けられて『浮遊大陸』へ移り住んだエルフたちの中から選ばれた。本人たちの意志を尊重しているように見えて、エルフたちからは生け贄のように送り出された。
だが今では、最初にフォルティシモたちへ尊厳を売り渡したエルフたちは羨ましがられている。彼らはフォルティシモたちへの協力を約束した日から、ずっと面倒を見て貰っていた。レベルや装備だけではなく知識や教養も仕込まれて、今では国家の重要な役職や各地の管理者を任せられている。
そんなエルミアやエルフたちは、エンジェルたちが現れた時も作戦を大きく外れていないため、十分に対抗することができた。
エルフはもう、天使にも悪魔にも負けない。自分たちの力で故郷を取り戻すことができる。この地上のエルディンは、エルフたちの手によって再び元の美しい森へ戻るだろう。
そんな勝利の高揚感を押し潰すように、神々は現れた。
「なんだよ、荒野じゃん。アプデで消えたエルディンが、また見られると思ったのに」
「美男美女エルフにセクハラするの楽しかったんだ。NPCの反応に対する仕様理解度なら、魔王様にも負けない。そんな俺の青春が取り戻せないなんて」
「まあ星の世界に、大好きなエルフの世界でも創れよ」
エルミアたちの前に現れた二人のプレイヤーからは、圧倒的な魔力が吹き出している。それはフォルティシモのレベルカンストと同等かそれ以上の力を持っている証左だった。
『アップデートで、環境が変わった。以前のカンストには、誰でも簡単に到達できるようになったんだ。エルミア、全力で、逃げて』
「テディさんにしては、誤った状況判断ね。つまり、目の前にアイツが二人居るってことでしょう? 逃げられるはずが、ないわ」
プレイヤーの内、片方がエルミアをじっと見つめる。
「そこのエルフ、どこかで覚えのある感じがするな」
「それよりさっさと終わらせようぜ」
そしてもう片方が、爆発的な殺意を向けて来た。
「みんなっ!」
エルフたちは一人残らず皆殺しにされた。
> ようこそ! ファーアースオンライン・バージョン・フォルティシモへ!
「まだ、諦めないわよ!」
エルミアが勢い良く起き上がったのは、『浮遊大陸』にあるエルミアの自宅、そのベッドの上だった。
フォルティシモが頻繁にテディベアを呼び出すため、冒険者の仕事であまり自宅を使わないのに『浮遊大陸』エルディンの一等地に建てられたエルミアの自宅。
「ど、どういうこと?」
> 初めましてプレイヤーエルミア、私はあなたの冒険のお供をさせて頂くサポート妖精です。まずは私の名前を登録してください
『な、なんか、とてつもないことが、起きてる、みたいだ』
いつも一緒にベッドで寝ているテディベアは今も側にいるようで、震える手で虚空を指し示した。テディベアもプレイヤー二人との戦いでバラバラに引き裂かれたはずだったけれど、傷一つ負っていない。それには大きな安堵を覚えた。
エルミアとテディベアの視線の先には、無数の文字が表示されている光の窓がある。
『これ、エルミアの、情報ウィンドウなのか』
「情報ウィンドウ? テディさんやアイツが使ってる?」
『そう、だよ。エルミアは、いや、このアクロシア大陸に生きる人々は、全員が、プレイヤーになった、みたいだ』
「それって、この、ファーアースオンライン・バージョン・フォルティシモって言うのと関係あるの?」
テディベアはエルミアの情報ウィンドウではなく、テディベアの情報ウィンドウを操作した。ずっと目に見えなかったテディベアの情報ウィンドウが、今のエルミアの目には見えている。
『ここ、まで、なんて。これが最強なのか? いや、強いとか、そういう次元の話なのか? 強いって何?』
「テディさん?」
『ああ、ごめん。これはフォルティシモが、太陽神や他の神々と同じように、神戯を開催したんだ。それも自分に都合の良い、本当に、好き勝手できるゲームを』
「どういうこと?」
『フォルティシモが世界を創造した。この世界において、全知全能の神に成ったんだ』
いつも分かり易く説明してくれるテディベアだったが、今だけは動揺からか分かり辛い表現になっていた。
エルミアはテディベアの口から告げられた事実を考える。エルミアにとって神戯とか世界創造、全知全能とか言う単語は縁遠くて、間違いかどうか検証することもできなければ、否定する材料も持たない。
だったら事実として受け止めて、フォルティシモがそんなとてつもない力を得たと仮定した。
エルミアやエルフにとって、何か変化があるのだろうか。
元々、夢物語の登場人物かと思うほどに強大な力を振るっていたのだ。今更、更に強くなりましたとか言われても、ああそう、くらいの感想しか浮かばなかった。
「とりあえず、アイツの力で私たちはプレイヤーになって、いくらでも戦う力を得られたってことね。テディさん、私に情報ウィンドウの使い方を教えて。まずは、エルフのみんなへ情報ウィンドウのことを教えないと」
> サポート妖精である私は、熊のぬいぐるみ如きに役割を奪われて苛立ちます。私たちはすべてのプレイヤーに対して、開始から二十四時間は無料でサポートします。それ以上は従量課金制となりますのでご注意ください
「まず、これって信用して良いの?」
『ああ、信用できるよ。ファーアースオンラインで実装されていたヘルプ機能の一種だから、聞けば何でも答えてくれる』
テディベアは「お前を消す方法」って言うミームが再流行したな、と呟く。
『ああでも、これはフォルティシモが設定したのだから、後で何を請求されるか分からないけど』
「まあ、アイツのなら、後で命までは取られないわね。エルフ、フォルテピアノの住民、だけじゃなくて、できるだけ大勢へ、この妖精は信頼できるから、情報ウィンドウとかの使い方を、それぞれ理解できるまで教えて貰うように伝えたいわ」
『一応、ワールド全体へチャットを飛ばす課金アイテムをフォルティシモから貰ったから、使うかい? イベント空間に囚われた際、僕からフォルティシモへ連絡する方法があるか試すためだったけど。まあ使っても怒らないと思うし』
エルミアは御礼を言ってテディベアから魔法道具を受け取ろうとして、新しい情報ウィンドウが開くのを見た。
「アイテムトレード?」
『ああ、こういうアイテムは、トレードが必要なのか。エルミアは何も選択しないで、決定を押してくれれば良いよ。僕がアイテムだけ渡すから』
情報ウィンドウのアイテムトレードなる機能を使うと、魔法道具が手元にないのに、インベントリという中に新しいアイテムが表示されていた。
エルミアは自然とインベントリの使い方を理解していて、虚空に手を入れてアイテムを取り出す。
「アイツと出会ってから、常識が壊れていく気がするけど、今日はもう、粉々になって直せない気がするわ」
『今後、これがこの世界の常識になっていくんだと思う』
もう何も言うまい。エルミアはそう決めて、テディベアからトレードされたアイテムを使う。
もう何も言うまいとは決めたけれど、同じ気持ちを世界中の人々に味わせてやる。
「私はAランク冒険者のエルミアよ。今、目の前に浮かぶ窓のようなものに、戸惑っていると思うわ。でも安心して。これは決して害のあるものじゃない。むしろ、私たちを未来永劫助けてくれるものよ」