第四百三十二話 vs神戯 創世論
フォルティシモはキュウステラに導かれ、無限の情報の奔流で知っていく。キュウステラはフォルティシモが尋ねればすべてを答えてくれた。その姿勢は善悪や倫理観を排除した、徹底的に論理的なAIのようだ。
そうして知っていく情報の中には、神戯もあった。
フォルティシモやキュウの人生にあまりにも大きな影響を与えた神戯の、成り立ちと現状の情報である。
> 神戯の成立は、世界の始まりの日まで遡ります
古今東西の物語に創世は欠かせないものである。世界とはどうやって生まれたのか、という疑問は何千年何万年生きた人類にも未だに到達出来ないものであり、これだけ科学が進んでも確かな答えには至っていない。
だからこそ神話を語るのであれば、創世は限りなく重要な要素であり、多くの信仰が紡がれた。
ある物語では無から天地創造神が生まれ、ある物語では超存在が光をもたらし、ある物語は泥のような混沌から世界や神が発生したとしている。
科学がある程度発展すると、世界は創世の光から始まったと信仰された。しかしそれもビックバン以前の世界を説明するには至らない。
> 最初に“始まり”がありました
アカシックレコードの案内人キュウステラは宇宙開闢を語る。
> “始まり”は正確には言葉では説明できない概念であり、ここでは説明のため“始まり”と表現させて頂きます。最も近い概念が始まりだったというだけですので、正しく意味を為していない点はご了承ください
キュウステラが手を掲げると周囲が闇に包まれる。この黄金と虹の空間は彼女の仕込みらしく、説明の際にはこうして周囲の風景を変化させていた。
> “始まり”は世界を産み出しました。そこで初めて知性体が理解可能な概念が生まれます。最初の世界、何もない無の世界。無が産み出されました
周囲の闇は変わらない。完全なる無。“始まり”なる概念が産み出した、無を表現しているのだろう。
> そして“始まり”は、己の分身を作ろうと考えました。考えた、と表現しましたが、“始まり”に意志があったのかは不明です
その現象に理由を付けるのであれば、聖書で語られる全知全能の唯一神と同じなのかも知れない。しかし決定的に違う点がある。“始まり”が作ったのは、アダム一人ではなかった。
闇の中に十二の光球が浮かび上がった。大きさは野球ボール程度で、キュウステラの回りでゆっくりと浮いている。
> “始まり”によって産み出された、十二の偉大なる神々、始祖神たち
キュウステラは、その光球の一つを指差す。
> その後も偉大なる神と呼ばれる存在は生まれていきますが、この最初の十二神だけは特別です。そしてその一柱が、キュウと協力して私を産みだしたマリアステラになります
キュウステラが指差した光球は一際強い輝きを放った。
彼女が偉大なる星の女神という敬称以外に、母なる星の女神と呼ばれているのは、彼女が始祖神の一柱でもあるからなのかも知れない。
> 神戯の成り立ちは、この現象に由来します
キュウステラが十二の光球を手の平の上へ集める。
> この十二の神々は、“始まり”の複製であるがゆえに、“始まり”を殺す力を持っていました。だから十二の神々たちは、“始まり”を切り刻みました
十二の光球が激しく動き回った。
親殺し、いや神殺し。
> 切り刻んだ目的はそれぞれです。退屈、憤怒、欲望、虚栄、嫉妬、愉快、挑戦、愛情、依存、願望、狂気、憧憬。どれにしても十二の神々は“始まり”を解体しました
十二の光球の運動が止まる。
> 十二の神々はそれぞれの理由で達成感を抱きましたが、いくつかの神々は“始まり”を殺したことを後悔し、考えました。“始まり”と同じことをすれば良いではないかと
“始まり”は己を複製して十二の神々を作成した。ならば、その方法を自分たちが使えるようになれば、再び“始まり”が戻って来るはず。
> 十二の神々は“始まり”が自分たちを産み出した方法を、大いなる神の儀式、神儀と名付けました
まるで人間のコード化と同じだ。死んだ“始まり”という神を、術式として復活させようとした。
> しかしながら、彼らが実行した神儀では“始まり”を作るには至りませんでした。それどころか始祖神たちの劣化コピーしか作ることができなかったのです
それでもフォルティシモには数字でしか理解できない永い時間、神儀は行われ続けた。
> そんなある時、ある神が、戯れに神儀を変えました
儀式が産み出すものを、“始まり”ではなく世界へ。天地創造の儀式へと改良したのだ。
何故そんなことをしたのか、それはあまりにも永い時間だったので、神儀に飽きてしまったのかも知れない。あるいは“始まり”への執着を忘却してしまったとも考えられる。
こうして神なる儀式は二つの側面を持つことになる。
一つは元の神儀と同じく神を産み出すこと。
もう一つは世界を創造し、管理運営すること。
> 以上が、マリアステラの記憶にある神戯の成立です
キュウステラが手の平を閉じると、十二の光球は消え去り、元の黄金と虹の空間が戻って来た。
「ずっと疑問だった謎が解けたな」
キュウステラの説明を聞いたフォルティシモは、少しだけ晴れやかな気持ちになっていた。
太陽神ケペルラーアトゥムはデーモンたちの故郷に現れて異世界ファーアースを創造した。その中ではNPCたちが本物の人間と同じように生きて暮らしていて、時間差で次々と召喚されるプレイヤーに、それぞれの事情で振る舞う神様たちがいた。神戯で誰かが勝利条件を達成し、最後の審判が終了したら異世界ファーアースはNPCごと消滅する。
「ピアノに初めて聞いた時から、ずっと考えていた。ゲームだったら作られた目的がある。だが神戯ってやつは知れば知るほど、基幹部分と側を別人が作ってるんじゃないかと思えて仕方がなかった」
主催者がマリアステラ、トッキー、近衛天翔王光の三名だと聞いた時は一定の納得をした。
しかしそれも別の疑問が浮かび上がり、答えにはなってくれなかった。
神戯は神を誕生させたいのか、世界を創造し維持したいのか、神様が遊びたいのか。
そして基幹部分―――現代リアルワールドでよく知る物理法則―――は美しいまでに完璧なのに、VRMMO的要素の、なんて不完全なことか。最強のステータスでも壊せない破壊不能オブジェクトは、物理法則なら子供でも簡単に壊せたりする。
「最初から、クリア条件が間違っていた。挑戦する相手が違った。俺が達成するべきだったのは、“始まり”の神儀だ」
フォルティシモは笑う。
「ファーアースへ初めて来た日、言っただろ。このフォルティシモが、誰よりも先に見つけてやるって」
> 記録を聞くと言ったのではなく、心の中で誓ったとなります
「細かいことは良い。とにかく“始まり”の神儀の達成は、誰にも譲らない」
フォルティシモはキュウステラの尻尾をわしゃわしゃした。相手がキュウだったら可哀想でできない強引な触り方である。
「最強って何だと思う?」
> 最強とは固定された概念ではなく、相対的あるいは観念的なもののため解答不能です、ご主魔様
キュウステラは最初と同じ解答を繰り返した。
「俺はこう考える。どんな不可能も可能にする、絶対に物語を幸福にする存在、まるで機械仕掛けの神のような力」
> 最強厨の最強は私の存在理由です
神々の遊戯を真の意味で完遂した時、到達する存在とは―――。
◇
異世界ファーアースで黒い隼に乗る星の狐は、笑みを浮かべた。一つの身体に二つの存在が入っている状態だから、それがどちらの笑みかは分からないけれど、たしかに二人の願いは同じだった。
<時>の神々は、危険を感じて星の狐を殺そうと全力で向かった。しかし黒い隼には追いつくことができず、神々が持つ権能も何故か通用しない。
やがて黄金と虹の光が周囲を飲み込み始め、二つの光はその場にいる誰一人として近づけさせなかった。
あるいは、そこに降臨する“何か”を、恐れたのかも知れない。
System Ars Magna Start up
Restore The Demon God
Wating...Failed
Create The Fortisimo God
Wating...Done
Success!
観測されたから最強が生まれるのか、最強が生まれたから観測されたのか。
それは永遠の謎になるが、ただ一つ言えることは、フォルティシモはフォルティシモと成って戻って来た。




