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第四百三十一話 善因楽果

 場所は『現代リアルワールド』にある近衛天翔王光の屋敷地下。フォルティシモはそこでVR空間へダイブして、何枚もの情報ウィンドウに囲まれていた。


 フォルティシモはこの場所で、フォルティシモを最強にするための作業をしている。


 AIフォルティシモにキュウのことを任せて、マリアステラと取引までした。そこまでして時間を稼いだお陰で、フォルティシモはその目的を達成できる寸前まで至っている。


『何をやろうとしているのか知らないが、ファーアースは危機的状況だぞ』


 デーモンの女武者プレストは『現代リアルワールド』にいながら異世界ファーアースの状況が分かるらしい。向こうの状況が余程悪いのだろう。今までフォルティシモの邪魔をしなかったプレストが話し掛けて来た。


「プレスティッシモ、ちょっと行って、助けてくるとかできないのか?」

『あの全員を止めるなど不可能だ。それに役割を放棄しても良いのか?』

「言ってみただけだ」


 たしかにフォルティシモはガチャを引きまくって極限の集中状態を作り、状況打開の光明を見出した。


 しかし時間が掛かり過ぎてしまったのも事実だった。フォルティシモが最強の戦術だと信じているトライアンドエラーにも、絶対的な弱点として時間が必要という問題がある。


 フォルティシモの内心に焦りが広がっていく。異世界ファーアースの状況がどうなっているのか、AIフォルティシモはちゃんと仕事を果たしたのか、マリアステラは取引に応じたのか、キュウが無事なのか気になる。プレストも馬鹿ではないので、それらの結果を見届けた上で危機的状況だと伝えて来たのだ。


 こんな状態では、せっかくガチャを引きまくったのが無駄になってしまう。心配事は、極限の集中状態にとって最も邪魔な要素だ。


 フォルティシモは今も忙しなく文字を表示し続ける情報ウィンドウを見つめた。


 もう少しだ。もう少しでフォルティシモが最強になれる。


 しかしその時間がない。今からでも別の方法を模索するべきか迷った。


『なん、だ、これは?』


 フォルティシモが迷いながら作業を続けていると、『現代リアルワールド』で待機しているプレストから声が届く。


「どうしたプレスティッシモ?」

『ポータルが、光っている』

「ポータルは元々光の渦だろ」


 今は一分一秒も時間を無駄にするべきではない。それを分かっていながら、何かの予感を覚えた。


 深淵を覗き込む時、深淵もまたこちらを覗いているのであれば、黄金の声を聞き取る時、黄金もまたこちらを聴いている。


 フォルティシモは情報ウィンドウからログアウトを選択し、VR空間から『現代リアルワールド』へ戻る。


 すぐに近衛天翔王光の屋敷地下が目に入った。周囲にはダイブ前と同じように、VRダイバーを接続した謎端末と、それに併設されたポータルの渦がある。


 『現代リアルワールド』も神戯であると思えば、光の渦があることは不思議ではない。しかしやはり長年暮らしてきた現実世界の常識にはない現象は、どこか受け入れがたいものがある。


 そんなポータル渦に、今だけはまったく別の印象を抱いた。今のポータル渦は、二つの色に明滅を繰り返していたからだ。


 その色とは黄金と虹。すっかり見慣れたキュウの黄金と、敵視さえしているマリアステラの虹。


「プレスティッシモ、これに覚えは?」

(それがし)が知る限り、初めてだ」


 フォルティシモはゆっくりとポータルへ近付いた。そうしたら光に対して警戒する気持ちがすっかり消え去る。


 これを用意してくれたのはキュウだ。


 フォルティシモは勢い良く光の渦へ飛び込んだ。




 ポータルで飛ばされたフォルティシモが立っていたのは、黄金と虹の光に包まれた空間だった。


 上下も、大空も大地も、空間も時間もないのに、黄金と虹の光だけはある。


「なんだここは。せっかくファーアースやリアルワールドが、理解可能な法則の上に成り立つ世界だって分かって、神様って存在も理解できるかと思ったのに、物理学を根底から否定するような不思議空間に飛ばされたぞ」


 思わず文句を口にしたフォルティシモの周囲に、情報ウィンドウに似た窓が開いていく。


 フォルティシモがその内容を確認すると、そこにあったのは、神戯だった。全知全能である神が、現実という遊戯を遊ぶために作った法則。百五十億光年にも及ぶ宇宙全体を完璧に管理する究極の管理機構。情報はあまりにも膨大で、文字通り天文学的数字が並ぶ。


「これは………」


 フォルティシモは状況を把握するよりも、その中身を閲覧することにした。


「神戯がOSなら、ハードウェアは何かと思ったが、アカシックレコードだとでも言うつもりか? 無限の情報を持つデータベース、情報という概念がハードウェアか。近い何かじゃないかと、薄々は思ってたけどな」


 近衛翔が信じていた現実世界は、物理法則というシステムで動いている。


 フォルティシモが最初に疑ったのは、魔王神の権能【領域制御】を使った時である。フォルティシモはピアノに対して、世界というデータベースを参照して更新する能力だと説明した。


 アーサーの【伝説再現】もおかしいと思っていた。伝承や劇の場面を現実化する能力だが、お世辞にもアーサーが詳しいとは思えない。だったら再現される伝説の情報はどこから来ていたのか。


 クレシェンドの学習能力も、どこから何をどうやって学習していたのか。無限のデータベースからダウンロードして、そのダウンロードに時間が掛かっていたのではないか。


 そしてキュウの能力もそれに近いのだろう。今更過ぎるけれど、キュウの力は耳が良いなんてものでは説明ができない。


「いや何でも構わない。これが全知なるデータベースなら、俺が知りたいのは、フォルティシモを最強にする方法で、キュウを、キュウたちを助ける方法だ」


 フォルティシモの疑問の答えはあった。


> 最強とは固定された概念ではなく、相対的あるいは観念的なもののため解答不能です、ご主魔様


 謎の声がした方向を振り向き声の人物を見ると、驚かずにはいられなかった。


 そこに浮かんでいたのは、黄金の耳に虹色の瞳を持った狐人族の少女だ。フォルティシモの主観で表現するならば、キュウとマリアステラのアバター情報を掛け合わせて作成されたような姿をしている。そしてどちらかと言えば、キュウ成分が強い。


 心の中で星のキュウ(キュウステラ)と命名した。深い意味はまったくない。


「アカシックレコードの化身か? 意志があってコミュニケーションは取れるらしいな」

> 意志と呼べる精神活動は行っていません

「ならどうして、俺の疑問に答えた?」

> ご主魔様の知識に当て嵌めれば、キュウとマリアステラによって神戯の中に創造された、此処へ案内しサポートするためのAIだからです

「キュウが? いや、お前の意志がないだと? ある哲学者は、人間に自由意志とは存在しておらず、学習データと知覚を比較した結果でしかないと定義した。無限のデータベースに意志がないと断定できるのか?」


 フォルティシモはその狐人族の少女の物言いへ、思わず反論していた。


 別に意地悪で反論したのではない。キュウステラは己に精神がないと言った。それは魂のアルゴリズムでコピーした存在には精神がないと言っているのと同じだ。


 もっと言うのであればエンシェント、セフェール、ダアト、マグナ、アルティマ、キャロル、リースロッテ、彼女たちの心まで否定されたような気がした。


> それでは意志があります

「いきなり覆したな。半分はキュウの姿をしているから、俺が手出しできないと思ったか? 狐人族の娘たちで経験値は十分だ。悶えさせてやるぞ」

> それがご主魔様の望みであれば、私は意志を持っています。これはご主魔様の願いが存在理由です


 フォルティシモはガチャを引けない手の震えを感じながら、右手を左手で押さえ付けた。代わりに、目の前に良いものがある。


 キュウステラの尻尾を触った。この一年、ほとんど毎日何度も何度も触ってきたフォルティシモだから分かる。これはキュウの尻尾だった。


「キュウの勝ちだな」

> 尻尾部分の情報精度誤差はゼロです

「心の問題だ」

> 受取手の心象情報を操作するのは、精神操作となるため推奨されません


 フォルティシモはキュウステラの尻尾から手を放し、周囲を見回した。相変わらず黄金と虹の光に包まれていて、フォルティシモの周囲にだけ情報ウィンドウのような窓が開いている。


「何処までサポートしてくれるんだ?」

> これはご主魔様の耳であり目となります


 フォルティシモの前には黄金の耳と虹の目がある。無限の情報の中からフォルティシモが知りたいものを、聞いて、見て、くれる。


 無限のデータベースへのアクセス権を手に入れたフォルティシモがやることは、決まっている。


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― 新着の感想 ―
[一言]  こんばんは、御作を読みました。  そうか、ガチャよりキュウの尻尾が大事だったんだね。  良かっ……てそこは迷うなよ! フォルテ!!(*≧∀≦*)  禁断症状の旦那とそれを支える妻って字面…
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