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第四十三話 エルミアvs黄金竜 後編

 視界がゆっくりと暗い地下牢から焼けた森に変わる。いつの間にか辺りはすっかり夜になっていて、森は焼けてしまったのに空に浮かぶ月と星の光は変わらず大地を照らしていた。

 そんなエルディンに降り立ったエルミアは、もはや決意を固めている。すぐに御神木の元へ向かうと、彼はまだ無事にその姿を残していた。


「御神木さん、ごめんなさい。彼は連れて来られなかったわ」

> そうか。それも仕方がない。運命だったんだろう。君はとにかく遠くへ逃げるんだ。場合によったら君も狙われてしまうかもしれない

「それなら好都合よ」

> 好都合? 何を言っているんだい?


 エルミアがエルディンへ戻って来た理由は他でも無い。御神木を救うためだ。

 それより大切なものがあるのではないのか。同胞を見捨てるのか。単なる樹木のために命を賭けるのか。色々と自問はした。


 けれども、エルミアは幼い頃に故郷から捨てられた。

 だからもう何一つ捨てる選択はしたくなかった。


> 戦うつもり、なのかい?


 力強く頷いてみせる。御神木に何度も止められたが、エルミアの決意が固いと分かると、空中から木彫りの人形を取り出した。

 手で掴める程度の大きさでしかないのに、お祭りで飾られる御神体以上の神々しさを感じる。


> それはインスタンス空間………いや、黄金竜と戦うための武器だ。もし戦う前に、その冒険者と出会ったら渡してくれ。きっと黄金竜を倒してくれる。そして、本当は反対だけど、君が戦うのなら、大勢を集めるんだ。それを使って大勢で挑めば、可能性はある

「こんな凄い物を、貰ってもいいの?」

> 本当は君に渡したくないよ。でも、それ無しで挑むのは無謀過ぎる

「ありがとう、御神木さん」




 御神木からエルフの至宝と思われる木彫りの人形を受け取ったエルミアは、まずはフェアロスたちと合流するため、魔法の絨毯を操り突き進む。


 そうして空が白み始めた頃、視界の端にエルフの集団を見つけた時には、飲みかけの魔力回復薬を放り投げて急いだ。

 焼け落ちた集落を見た時には絶望しかなかったけれど、こうして無事に逃げおおせたエルフたちを見ると逸る気持ちを抑えられない。


「みん、なっ!」


 エルミアは大声で知っている限りの名前を呼ぶ。誰でも良いから答えてくれと願って。

 その願いが通じたようで、一人の美しいエルフが立ち止まり、集団の中から出てエルミアを待ってくれた。そのエルフを見たエルミアは、視界が涙で滲んでいく。


「フェアロス!」


 あの日、エルフの王を名乗りだしたヴォーダンの脅威からエルミアを逃がしてくれた女性だった。


「エルミア? 戻って来たの?」


 落ち着いた言葉で空飛ぶ絨毯に乗ったエルミアを見上げるフェアロス。エルミアは空飛ぶ絨毯から飛び降りてフェアロスへ抱きついた。


「良かった! 無事だったのね!」

「相変わらず甘えん坊ね」

「これは甘えじゃないわよ。再会できた喜びの抱擁」


 エルミアの身体はフェアロスと別れた時と比べてすっかり成長している。フェアロスに比べて、女の子の部分は多少スリムだけれど、背丈は伸びて変わらないものになった。


 他のエルフたちはエルミアとフェアロスを気にも留めずにある方角へ向かって歩き続けている。誰一人、視線さえも二人に向けない。


「良かった。みんなが無事で、本当に良かったっ」

「無事?」

「森が黄金のドラゴンに襲われたんでしょ? どこまで逃げるの?」

「逃げる? 私たちは王命を果たしに行くのよ」

「………え?」


 フェアロスのさも当然のような口調に、エルミアの表情は凍り付いた。再会を祝う熱いはずの抱擁が、何か薄ら寒いものに変わる。


「偉大なる王は命ぜられたの。ここより南にあるトーラスブルス水上国を支配せよ、と仰られたの。ちょうど良かった。エルミアも手伝って? そうしてくれたら、あなたを偉大なる王に紹介してあげるから」


 エルミアは目を見開いて、フェアロスを抱き締めていた腕を離す。そして後退りしてフェアロスの顔を何度も確認する。

 顔も姿もエルミアの知っているフェアロスだったけれど、中身は違うとしか思えなかった。


「な、何を言っているの? ヴォーダンの命令? そんなの聞く必要ないわ! ヴォーダンは死んだの! だからもう従う必要はないの!」


 パンッと乾いた音が響く。エルミアは何が起こったのか、すぐには理解できなかった。数十年振りに再会できた姉のように慕っていた相手から平手打ちをされたのだ。何が起きたのか理解したくなかったと言い換えるべきか。


「偉大なる王を侮辱するのは止めなさい」

「フェア、ロス?」

「ああ、私の愚かな行いをお許し下さいませ、偉大なる王よ。私は愚かにも、この小さなハイエルフの少女に偉大なる王への敬意を教授することなく森から出してしまいました。私の失態、私の罪です。私はこの子を偉大なる王に献上するべきだったのに、なんて愚かなことをしたのでしょうか」


 今ここに立っているエルミアは、ヴォーダンに支配されそうになったエルディンから追放のように逃れ、文字通り泥を啜って生きて来たのだ。幼いエルミアにとって、それがどんなに辛かったか。それでもいつか同胞たちと再会できるはずだと信じていたから頑張れた。辛いのは自分だけではなく、エルディンに残った同胞たちなのだと言い聞かせた。それが救ってくれたフェアロスへの最高の恩返しだと信じて。


 だがフェアロスは、その行動を過ちだったと言う。


 エルミアの顔は真っ青になり瞳からは涙が流れてきた。頭の中はゴチャゴチャで、自分が立っているのか座り込んでいるのかも定かではない状態となってしまった。


「なん、で」

「可愛いエルミア。大丈夫。あなたも偉大なる王に会えば、すぐにあの方への敬意に目覚めるから。あなたならきっと可愛がって貰えるから」


 フェアロスの微笑みが怖い。エルミアが心の支えとしていたはずの彼女の微笑が、今は何よりも怖かった。


 しかしそう思ったのも一瞬だった。エルミアとフェアロスの距離が再びゼロになろうとした瞬間、エルミアが空飛ぶ絨毯で進んできた方角、彼方の空が黄金色に輝いたのだ。


 雲一つない晴天であった空は、突如として輝く黄金に染め上げられていた。

 大空を染めたそれは、山のように巨大な体躯を天に浮かべ、大きく開いた六枚の翼からは滝のような黄金の魔力光を噴射している。その魔力だけでも小国程度は吹き飛ばしてしまいそうなほどに強大で、人間の使う魔力とは比べるのが馬鹿馬鹿しくなる。それが飛んでいる周辺は、普段は縄張り意識の強い魔物でさえ、その災害が通り過ぎるのを大人しく平伏して待っている始末だ。


 レベル四〇〇〇〇という史上空前の大魔物。


 黄金竜はその巨体でゆっくりと空を泳いでいたが、その瞳はしっかりとエルディンのエルフたちを捉えているように思える。


「え? なんで、御神木さんを狙ってるんじゃ、ないの?」

「どうしたのエルミア?」

「ど、どうしたのって! あれ! 黄金のドラゴンが!」

「落ち着きのない子。大丈夫。もう何も考え無くて良いの。ただ偉大なる王を讃え続けるだけで良いの」

「何言ってるの!? 黄金のドラゴンが! あの本物の怪物が!」


 フェアロスの様子がおかしいなんて言っている場合ではなかった。


 彼方より現れた黄金のドラゴンが、確かにエルミアの同胞たちに狙いを定めているのだ。そうでなければ、どうしてトーラスブルスへ向かっているというのか。


「み、みんなを逃がして!」

「落ち着いて、エルミア。大丈夫だから。私たちは偉大なる王を敬っていさえすれば良いのよ」

「大丈夫な訳ないでしょ!」


 エルミアは話の通じないフェアロスを振り切って、エルディンのエルフたちへ声を掛ける。


「あの黄金のドラゴンの狙いは私たちよ! だから! 急いで逃げて!」


 エルミアの悲鳴にも似た叫び声は、同胞たちに届かなかった。誰一人としてエルミアの話を聞こうともしない。


 フェアロスの異変や同胞たちの様子。明らかにおかしい言動の原因を追及したい衝動に駆られるが、今の状況はそれどころではない。何せ黄金のドラゴンがこちらへ近付いて来ているのだ。


 徐々に巨体を露わにしていく黄金のドラゴンに、エルミアは大きく息を吸って覚悟を決める。


「フェアロス」

「どうしたの、エルミア?」

「あの日、エルディンから逃がしてくれて、ありがとう。あなたのお陰で、私は今日まで私として生きて来られた」


 エルミアはフェアロスの返答も待たず、空飛ぶ絨毯に飛び乗った。フェアロスから制止の声が掛かるが、そんなフェアロスを空から見つめ、もう一度だけ「ありがとう」と伝える。


 それからすべての未練を振り切るように、フェアロスと同胞たちから視線を外し、彼方の空を浮遊する黄金のドラゴンを収めた。


 空飛ぶ絨毯に魔力を注ぎ、空高くまで飛ぶ。空飛ぶ絨毯を全速力で飛ばす方向は、もちろん黄金のドラゴンの方角だ。


 エルミアの瞳から流れる滴は、空飛ぶ絨毯の全速力によって宙に消えてなくなる。




 レベル四〇〇〇〇という異次元とも言うべき魔物へ立ち向かうエルミアは、懐から木彫りの人形を取り出した。見た目はありふれた民芸品にしか見えない物だったけれど、この魔法道具の価値は大陸最古の国家エルディンの至宝に相応しいものだ。

 エルミアには、他人のレベルが分かるのと同じようにそれが分かる。


 エルミアに恐怖はない。むしろ心はこれまでにないほどに高揚していた。


 エルディンから逃れて数十年、最初の浮浪児としての生活は酷いものだった。冒険者としての生活は幸福なことばかりではなかったものの楽しかった。それでも心の奥底に故郷を捨ててしまった自分があった。だからずっとエルディンの化け物ヴォーダンを倒す方法を考え、化け物を超えるレベルを手に入れるために寝る間も惜しんでレベルを上げ、依頼をこなし、情報を集めた。人族の平均寿命を上回る年月だ。


 それなのに、エルミアの知らないところでヴォーダンは倒されてしまった。


 自分の人生は何だったのか。


 ヴォーダンを討伐した者はその栄誉の一切を放棄した。

 彼こそが真の英雄なのだろう。自ら危険を背負いながらも大きな代償を求めない、物語の中から抜け出して来たような英雄だ。本当に、認めたくはないが尊敬せずにはいられない。だけど。それでも。


「どうして、もう少し。もう少し早く、来てくれなかったのっ! そうしたら、私だってっ!」


 頭で理解している事柄と心と口から溢れるものが乖離していた。頭では感謝しているけれど、心と口では身勝手な罵詈雑言が出て来てしまう。


 だけど、もし黄金のドラゴンと戦ってエルミアが生きていたら、まず最初に彼に会って、そして感謝を口にしたい。みんなを助けてくれてありがとう、と。


 覚悟を決めたエルミアは高速で動く空飛ぶ絨毯の上、エルフの至宝を空に向けて掲げた。


 エルフの至宝が黄金のドラゴンの輝きに負けないほどに強く輝く。エルミアの命令に反応し、その究極の魔法道具としての機能を発動した。


 エルフの至宝を発動した瞬間、まるで世界が変わったような気がする。鳥や虫と言った姿はおろか、風の音さえまともに聞こえてこない。空気そのものが変わってしまった。エルミアは世界に関する違和感を胸の内へ封じ込めた。それでも構わないからだ。目の前の黄金のドラゴンは変わらずに存在していて、倒すべき魔物はあれ以外に存在しない。


> 【最果ての黄金竜】との戦闘が開始されました


 耳に入るそれは、戦えという神の声か。


 エルミアの意思に従って、森が迫り上がった。否、迫り上がっているのは大地だ。アクロシア王城やカリオンドル皇城のような巨大な質量の大地。大地は槍か何かのように形を変え、黄金竜へ向けて飛んでいく。大地の槍の大きさは、大陸の二大国家の城と比べられるほどの巨大さだったけれど、黄金竜の巨躯の前には頼りないものに見えてしまっていた。


 近付いてみれば、黄金竜の巨躯を否が応でも理解させられる。正しく山ほどに大きいのだ。


 周囲の森が、大地が、木々が、次々と空に浮かぶ黄金のドラゴンを打倒するべく動く。エルフの至宝を使って、この大森林のすべてを掌握しているエルミアは、およそ考えられる攻撃を仕掛けているが、黄金のドラゴンはものともしない。


 何度も何度も攻撃を繰り返す。だが幾百幾千繰り返しても、黄金のドラゴンには通用しなかった。


 それはまるで、生物としての格の違いを見せつけられているかのようだった。黄金のドラゴンにとって、エルフの至宝さえ無意味であると。


 そんな時、黄金竜の口許が光り出した。


 圧倒的な破壊がエルミアとエルミアの操る森を襲った。


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