第四百二十六話 最後の審判 後編
「一人一人がフォルティシモ様と同等か、それ以上のレベルということ………?」
ラナリアは世界を焼き尽くす巨神との戦場において、純白の巨大ドラゴンの背中で各地の報告を受けていた。フォルティシモに頼んで板状の魔法道具を八台持たせて貰ったため、その八台から次々に信じられない報告が上がって来ている。
それらの報告を要約すれば、フォルティシモ以上の戦士がアクロシア大陸の至るところに現れて、ある者は暴れ回り、ある者は信仰を説き、ある者は人を殺していると言う。
それは予測して然るべき事態だった。フォルティシモを召喚した存在が、それ以上の存在を召喚しない保証は何処にもなかったからだ。
むしろあのフォルティシモを召喚しながら、何の要求もしないなど有り得ない。あれだけの強さを持つフォルティシモを召喚したのだから、召喚者はフォルティシモに何かを期待したはずだった。
それなのに召喚者からの干渉はほぼない。善意の可能性は最初から捨てている。なら考えられる召喚者の目的は―――。
ラナリアが答えを出す前に、神々はラナリアとルナーリスにも襲い掛かる。
「ルナ! 逃げて!」
『え、何、ラナ? きゃあああぁぁぁーーー!』
ラナリアの警告は間に合わず、ラナリアとルナーリスに大きな衝撃が走った。背中に乗っているラナリアが振り落とされないようにするのが精一杯だったほど、白き竜神ディアナ・ルナーリスの身体が大きく揺らいだ。
ラナリアは攻撃して来た相手へ振り向く。ルナーリスを攻撃したのは、光輝くドラゴンの従魔に騎乗した竜人族の男性だった。逞しい体躯に立派なドラゴンの角、鋭い眼光でルナーリスを睨み付けている。
そしてその竜人族プレイヤーが放つ存在感は、単なるNPCであるラナリアにも分かる。おそらく竜神の中でも高位の神に違いない。
「ディアナめ、竜神の誇りを忘れ、<星>に下ったか」
『私は、ディアナじゃあっ、ありません!』
「一度は滅びたディアナより姿と記憶を受け継げば、ディアナだ」
ラナリアは必死に頭を回転させて、状況を打破するべく藻掻く。
◇
大陸東側にあるカリオンドル皇国は、奇跡に湧いていた。
カリオンドル皇国初代皇帝オウコーの統治時代、宰相を務めたプレイヤーが現れて、こう宣言したからだ。
「我らが偉大なる皇帝オウコーが帰還された!」
建国当時、人間には不可能な知略と知識を以てオウコーを補佐した彼に、初代皇帝と同じくらい敬意を捧げる者は多い。
第一皇女コーデリアは、心酔する初代皇帝の帰還を喜んだ。コーデリアは数ヶ月前、実の父親によって監禁されて拷問を受けた。だが父親は死にコーデリアは生き残り、初代皇帝の孫フォルティシモと出会い、初代皇帝本人の帰還に立ち会えた。
コーデリアが正しかったのだ。父親は間違っていた。それがこの結果である。
「忠誠と信仰を捧げよ」
コーデリアが人々を押し退けて初代宰相の前へ出ようとした時、誰かが喜んで捧げた。
誰かは、魔物が消える時と同じように、光の粒子になって消えていった。
命を捨てるほどの想いが、初代皇帝オウコーに届く。彼らは初代皇帝オウコーの元へ行き、未来永劫生き続ける。
女神の神託にあった。世界は終わる。
コーデリアの足は止まった。思い出したからだ。コーデリアの何かが壊れてしまった日、壊れても守りたかったもののことを。
それはカリオンドル皇国の皇族としての矜恃でも、初代皇帝への尊敬でもない。
「いや、死にたく、ないっ」
ただ生きたいという願い。
女神は世界の終わりを言い渡したけれど、天空の王は世界を救うと約束した。初代皇帝はコーデリアへ、命を捧げろと言う。コーデリアが最後に思うのがどちらか。
そしてコーデリアの身体は光の粒子になっていく。
◇
世界を焼き尽くす巨神との戦場は、天空の国フォルテピアノの精鋭、巨大なドラゴン、大氾濫の魔物を引き連れたエンジェル軍、そして命を賭けたデーモンたちが入り乱れる戦場だった。
そこに神々たちが介入してくる。
「へっ、ようやく本当に倒すべき敵が現れたってことだろうが!」
多くの者が本物の神々が現れたことに驚き戸惑っている中で、デーモンの槍使いが味方を鼓舞するように声を上げた。
このデーモンの槍使いは、サンタ・エズレル神殿でフォルティシモに呆気なく気絶させられ、拠点攻防戦の時は大氾濫の英雄アーサーと戦った青年である。
彼はグラーヴェ翁の言葉をすべて信じた訳ではなかったけれど、フォルティシモたちへ積極的に協力しているデーモンの一人だった。
デーモンの槍使いからすれば母なる大地を取り戻すなんて目的は、命を捨ててまで達成したい目的でもなかった。そもそも彼ら歳若いデーモンにとって、生まれた時から暮らしている地下都市ホーンディアンが故郷である。だから彼らが戦っているのは、誇りのためであり、生きるためだ。
そんなデーモンの槍使いがフォルティシモへ協力しているのは、単純にその力に惚れたからである。
フォルティシモは強い。あの自分たちが生まれる前からデカイ顔をしているクレシェンドさえ、フォルティシモを倒すことができなかった。母なる大地奪還の最大派閥であるグラーヴェ翁など、フォルティシモの右腕に完全敗北して白旗を揚げた。
そしてデーモンの槍使い自身も、殺す気で挑んだのにまったく相手にされず生かされた。
千年前に故郷を奪った女神も、それを黙認した神々も、維持に力を貸す天使も、都合の良いように解釈するプレイヤーも嫌いだ。だが、あの最強の力だけは、信仰したい。
「俺に付いて来い! 奴らに、俺たち角付きの力を思い知らせてやる!」
「ふっ、君たちだけでは無謀だ」
「ああん!? って、アーサー? なんだよ、邪魔すんな。お前は世界を焼き尽くす巨神との戦いで重要な役割があんだろ!」
アーサーは強大な女神の加護を受けた最上級のプレイヤーであるものの、デーモンの槍使いと戦って以来不思議な友情が芽生えていた。
「あーくんに対してその物言い! 誰!? あーくんの何!?」
アーサーに背負われている陰気そうな女がデーモンの槍使いを睨み付けて来たけれど、無視してやった。
「僕の権能【伝説再現】で、君たちをサポートしよう。僕らの軍は大勝利を収めた、そんな伝説を飾ろう!」
「ああ、そうだな!」
デーモンの槍使いとアーサー、そして同調したデーモンたちは、<時>の神々へ挑むが、その力の前に散っていく。
◇
アクロシア王都の北側防衛線は、<青翼の弓とオモダカ>を中心とした戦いで広範囲を魔物の領域から奪い返す大戦果を挙げていた。その後に現れたエンジェル軍に対しても、一歩も引かずに戦い続けて後退させた時、冒険者たちは神罰さえも越えたのだと歓声にあげた。
その中で中心的役割を担ったカイルは、今後数十年に渡って語られるであろう伝説の冒険者へと成り上がったと言って良いだろう。
実際は、魔物の領域を奪い返したのはフォルティシモの力で、エンジェルを味方に引き入れたのはキュウの呼び掛けがあったお陰である。板状の魔法道具を持たないごく普通の冒険者たちは、そんな情報を得ることができないため、目の前の結果だけを受け入れている。
カイルはフォルティシモやその恋人の功績を奪う気など、本当に毛筋ほども無かったので、大氾濫が終わったら後できちんと説明しようと思っていた。
けれど、大氾濫の最中は彼らの威を借りるつもりだ。自分たちだけの力で守り切っているという高揚感は、戦意に大きな影響を与えるだろう。
「まだ戦いが終わった訳じゃない! まずは負傷者を! それから休める人は少しでも休んでくれ! 俺は状況を確認してくる!」
カイルは板状の魔法道具を使って、フォルティシモやその仲間たちへメッセージを送信した。
この板状の魔法道具、使い方を教えて貰ったものの、どうにも慣れず使うのに時間が掛かってしまう。よくキュウとやりとりしているフィーナのほうが使い慣れているけれど、彼女は負傷者を癒やす要であり、二十四時間以内なら死者さえも救い出せるので、連絡役程度を任せる訳にはいかない。
「フォルティシモにメッセージが届かない? なんか操作間違えたかな」
カイルはオフラインという文字に心当たりがなく、首を捻っていた。何度やってもメッセージが届けられないため、板状の魔法道具を頭の上に掲げてみたり、思い切り振り回してみたりした。さすがに高級な魔法道具を叩くことはしなかったけれど、教わった通りに動かない板状の魔法道具に困り果てる。
やがて戦場に、一羽の烏が現れた。
「天、烏?」
カイルが見たのは、見間違えようもない天烏の姿だ。一年ほど前、幼馴染みたちに【隷従】を掛けられて殺されそうになった時、何もできない絶望を切り裂くように空を駆けた真っ白な烏。何かが変わる予感がして、自らの傷が開くのも放って追い掛けたのを覚えている。
あの時の天烏にはフォルティシモが騎乗していたけれど、今、カイルたちの戦場に現れた天烏に騎乗する者は、見たこともない男だった。
「ええっと、何だっけ。時の篝火に導かれし………まあ、いっか。<星>に組みする不信心者共め、死ね」
そして冒険者たちは命を落とした。
◇
最後の審判で永遠の命が与えられる者は、敬虔なる信者と選ばれた民のみである。
不信心者と悪魔、そして罪を犯した者は、地獄に堕ちて永遠に苦しむことになる。