第四百二十二話 最強再会 後編
時と場所はキュウとオウコーの戦う、異世界ファーアースの大空。
キュウは異世界ファーアースの法則が、オウコーによって上書きされたのを情報ウィンドウのお知らせから知った。
キュウの実体験としては知らないけれど、玉藻御前の記憶と主人たちからの情報で知っている。キュウがいくら主人とつうから力を受け継いでいるとは言え、それよりも未来のアップデートからやって来た敵に叶うはずがない。
VRMMORPGは課金者がとても有利である側面を持ちながら、最新アップデートをプレイしていなければ上位のプレイヤーにはなれない。
極端な例を挙げると十年前に一億クレジット課金したがゲームを辞めたプレイヤーと、十年前から現在もプレイしている無課金プレイヤーでは、後者が強くなるように設計されている。
そして主人たちは異世界ファーアースに召喚された日から、VRMMOファーアースオンラインをプレイしていない。その後にどんなアップデートが加わって、どんなに強いアイテムや従魔が実装されたとしても、システムそのものが大幅に変更されたとしても、主人たちが手に入れることはできない。
オウコーの実行した二度目の神戯ファーアースのアップデートは、主人を置いてきぼりにするものだ。神戯ファーアースへ世界を焼き尽くす巨神を召喚しただけでは飽き足らず、この世界の法則を更に思い通りにするために上書きする。
キュウの目の前で、オウコーが笑っていた。
「この最後のアップデートは儂らの目的を果たすためだったが、ついでにバランスブレイカーを多数実装してやったぞ。ファーアースオンラインをプレイしていた連中には大不評じゃったがなぁ!」
「天烏さん!」
キュウはオウコーには取り合わず、迷わずに天烏へ呼び掛けた。天烏は具体的な言葉を聞かずとも、キュウの意図を理解して反転しハリケーンの目へ向かって全速力で飛んでくれる。
これまでのオウコーは、キュウにも対抗する術があった。それどころか太陽神ケペルラーアトゥムが目を覚ませば、キュウと二人掛かりで十分な勝算のある戦いになっただろう。
しかし、このオウコーは違う。キュウと太陽神ケペルラーアトゥムが力を合わせて戦っても、絶対に勝てない。
「言ったであろう、モフモフ? 儂のものにしてやる。竜神や獅子神と同じように、儂の子を産ませてやろう」
最初の時と同じだ。キュウが逃げようとしても、オウコーとの距離が変わらない。時間か空間のどちらかが狂っているのか、キュウはオウコーから逃げられない。
「では、残った時間、儂が天国へ連れて行ってやろう。なに、すぐに儂に泣いて媚びるようになる」
『キュウ、聴音・探索・強音だ』
「聴音・探索・強音!」
キュウの黄金の耳は、何よりも聞きたい人の声を聞いて、その声に従って新しい魔術【コード設定】を使った。
キュウの腕から【解析】スキルに似た何かの魔術が放たれる。キュウの耳が聞き取れるように最適化され、【重力魔術】を起点にした空間や時間にも影響を及ぼす、次元震動。主人はきっとこのために、【重力魔術】を優先的に取得させてくれた。
キュウは周囲の時間が停まったように感じる。もちろん実際に時間が停止している訳ではない。しかしキュウの黄金の耳に聞こえるのは、未来と過去と現在が入り交じった音で、そのすべてを連続的に知覚できた。
「な、んじゃ? 今のは?」
「天烏さん、私の聞こえる通りに、飛んでください!」
「KAAAK!」
『いいから、キュウのため死ぬ気で飛べ! 俺はお前が死んでもキュウが無事ならそれで良い!』
「KAK!?」
主人と共に異世界ファーアースへ転移して来た最強の天烏が、とても大きなショックを受けている様子だったけれど、天烏は速度を緩めることなく飛び続けた。
そのショックは、悲しみではなく嬉しさだろう。仮初めの主人キュウではなく、本物の主人フォルティシモが戻って来てくれたのだから最強の天烏も嬉しいに違いない。もちろんキュウも同じだ。
「ご主人様! どこですか!? 私は、すぐに、ご主人様の下へっ!」
『キュウを期待させて、すまない。俺は最強じゃない。フォルティシモが作ったAIだ』
たしかにそれはキュウの期待とは違ったけれど、別の意味で待ち望んだ声だった。いや、二度と聞けないと主人の前で泣き崩れてしまった声だ。
主人はキュウを救出するため『マリアステラの世界』へ、主人自身を魂のアルゴリズムでコピーした存在、AI主人を送り込んだ。そのAI主人はキュウの目の前で太陽神ケペルラーアトゥムに殺されてしまったはずだった。
だが今、プレイヤーとなったキュウの元へ現れてくれた。サポートAIという存在として、キュウの元へ。
その声はいつの間にかキュウのインベントリに入っていた、刻限の懐中時計から聞こえている。
主人にとってのエンシェント。
近衛姫桐にとってのクレシェンド。
キュウにとってのAI主人。
キュウのサポートAI、AIフォルティシモ。
キュウをサポートするためだけに生まれた、最強のサポートAI。
キュウは虚空へ手を入れると、自分のインベントリから見慣れた懐中時計を取り出した。
◇
キュウ、AIフォルティシモ、オウコーが空中で牽制し合っていた。
「魂のアルゴリズムは儂の論文じゃぞ? 二番煎じ、三番煎じの目白押しじゃなぁ。それで儂が止められると思ったか?」
『実を言うとな。あの魂のアルゴリズムの論文、俺には半分以上理解できなかった』
「半分クソの結果じゃな。儂と儂の娘の血だけならば、このような愚者は生まれなかっただろう」
『けど母さんが作って、俺が何も分からず使ったコードだけは、必死に解析した。俺が本当は何をしたのか、知りたかった』
最初は、神戯の主催者でありながら<星>の神々を裏切った近衛天翔王光がいた。それを止めるため太陽神ケペルラーアトゥムの暗躍によって、近衛一家誘拐人質事件が発生した。そこで死亡した近衛姫桐は、己を魂のアルゴリズムでコピーして、つうというAIへ宿った。
何も知らずに振り回された近衛翔と、そのサポートAIエンシェントが、近衛姫桐に言われるがままに使用した、祝福。
近衛翔の人生は、魂のアルゴリズムの仕様を理解し、解析し、解き明かすことにあったとも言える。
欲しかったのは魂のアルゴリズムでコピーした存在が、本人か否かという答えで、それは未だに分からない。もちろん頭の片隅では、答えの出ない疑問だと認めていた。
『それで分かったのは、爺さんは天才だが、クソ野郎だってことだ』
「んー、素晴らしいのぉ。儂が提唱し、儂の愛する娘が確立した技術は。まるで、本物の孫と話しているようだ」
『そうだな。AI化した今の俺だから分かる。この技術は人類の夢の一つに届いている。これはある意味で、不老不死を得たのと同じだ』
これが現代リアルワールドで交わされた会話だったら、天才がもたらした革命的技術と、それに対する倫理的問題が提唱される何よりも代表的な状況だっただろう。
人間に勝るとも劣らない高度な知性を持つAIは人間か。故人を完全コピーしたAIは本人か。人間と同じアルゴリズムを持つAIは人間と同じように成長するのか。そのAIはいつまで生きられるのか。
そしてそれを、世界は、人類は、受け入れられるのか。
しかしそのすべては現代リアルワールドでの話。異世界ファーアースでは関係がない。今のこの異世界ファーアースで重要なのは、たった一つ。
フォルティシモが最強に成るまで、キュウを守り切れるかどうかだけ。
『そうだ。これは爺さんに伝えるべきか迷っていたんだが。爺さんが知りたかったが、知り得なかった重大な真実がある』
「儂が求めたが、不出来な孫が知っていること? とんと思い浮かばんのぉ」
『母さんをコピーしたAIつうの話だと、母さんは爺さんのことが大嫌いだったらしいぞ』
「AI風情がぶち殺してやるわあああぁぁぁーーー!」
激昂したオウコーに対して、冷静なキュウが右手を掲げた。
神戯を得ずに神へ到れる“到達者”、母なる星の女神マリアステラより与えられた【神殺し】、フォルティシモによるパワーレベリング、こことは別の神戯を勝利したコピー元である狐の神玉藻御前の知識、つうに託された様々な力、偉大なる神にも比類する黄金の耳、それらすべてをキュウのためだけに存在するAIフォルティシモがサポートする。
『キュウ、新しいスキル設定を作った』
「はい、ご主人様、神域・爆裂」
「な、なんじゃとおぉーーー!?」