第四百十九話 最強暗躍 後編
「女神の世界で生きようだと!?」
「我らが母なる大地を奪った女神を肯定しようと言うのか!」
「これは故郷を取り戻すための戦いだぞ!」
それは異世界ファーアースで約千年前、プレストが同胞より掛けられた言葉の一端である。
プレストは太陽の女神によって大地を奪われた同胞たちへ、異世界ファーアースの法則の元で生きるべきだと提案した。その結果、プレストと彼女に賛同してくれた仲間は異端として吊り上げられた。ある者は申し訳なさそうに謝罪し離れていき、ある者はプレストを裏切った。少ない食料や水もプレストへ分けてくれる者はいなくなった。
そうしてプレストはただ一人異世界ファーアースで生きることを決め、オウコーとディアナと出会う。そして彼らと付き合う中で、自分が正しくなかったと知った。
プレストは同胞たちへレベル一でしかない自分たちが生きるためには、ファーアースの法則を知り、NPCたちと共存していくしかないと説いた。それが絶望的に間違っていたのだ。
竜神ディアナ、天才オウコー、その娘姫桐、究極の人工知能クレシェンド、狐の神タマ、偉大なる時の男神トッキー、他の大勢のプレイヤーたち、彼らの中で勝利と敗北を分けたのは何か。
それは強さだ。
弱いプレストが何を言ったところで、誰も耳を傾けない。プレストの間違いは、弱いプレストが弱い同胞たちと未来を描いたこと。弱いプレストが女神を殺して故郷を取り戻そうとしたこと。
弱者は弱者だ。弱者は敗北する。それが自然界の絶対法則で、ねじ曲げようとするから歪みが出る。
ならば弱者はどうすれば良いか。簡単だ。強者に擦り寄ること。つまらない尊厳や拘りを捨てて、悲願のために強者の側に立つ。
それが最強であれば、弱者は最強の力を得たのに等しい。
あとは、その最強が誰なのか見極めるだけで良い。
◇
フォルティシモが光から出て来た場所は、LED照明に照らされた飾り気のない部屋だった。模様のまったくない白い壁やカーテンが目立つほど物が少ないせいで、生活感がまるで感じられない。それでもVRMMOファーアースオンラインで遊ぶための機器VRダイバーだけが、部屋の中心で存在を主張していた。
「ここはリアルワールドで合っているか?」
そんな部屋でフォルティシモを待っていたプレストは、質問を質問で返されたことへの不快感を示さず、フォルティシモの疑問に答えてくれる。
「ああ、この世界はオウコーやフォルティシモ殿が生まれた世界と聞いている。そしてここはオウコーの屋敷の一室だ」
「一か八かの賭けだったが、勝ったか。一も八も飲み込む九のお陰だな」
「あの子と何か関係があるのか?」
「上手いこと言っただろ」
「………? それよりもこの世界ではオウコーさえも老人の姿で、アバターから本来の姿へ戻っていた。だがフォルティシモ殿は、アバターの姿のまま。これはどういうことだろうか?」
フォルティシモが神戯ファーアースからログアウトして、アバターから元の肉体に戻ったのだとすれば、ここに現れるのはフォルティシモではなく近衛翔であると考えられる。
それなのにここに居るのは、近衛翔が何時間も掛けて作った、金と銀の虹彩異色症、白と黒の翼を持つ、掲示板でも色々な意味で恐れられる超絶美形アバターだった。
「分かり易く現代リアルワールドって呼んでたが、実際の意味は違うってことが証明された。それだけだ」
「某にとっては分かり易くないようだ。もう少し詳しい説明が欲しい」
フォルティシモは異世界ファーアースを、現実世界にファーアースオンラインのシステムを多重定義した世界だと、自信満々にピアノへ語ったことがある。
それが完全に勘違いとは言わないが、現代リアルワールド、現実世界、そんな定義が少し違っていた。
「この現代リアルワールドも、偉大なる神々って奴らが神戯で創造した世界の一つだ。現代リアルワールドの法則は、ここで遙か昔に行われた神戯で勝ち抜いた奴が作った。速度時間距離もma=Fも誰かが物理法則へ定義した、仕様だ」
この世界『現代リアルワールド』は神戯開催者か神戯勝利者が、数学というシステムで「天地創造」をした世界なのだ。
「オウコーたちの世界も、某たちの大地と同じように、神の遊戯盤に選ばれ、何者かが勝者となった世界だと言うのか?」
「そうだ」
「そう考える根拠は?」
「キュウは“到達者”というやつだった。“到達者”とは『神戯に頼らずに神へ到達する者』らしい。そしてキュウを解析して作成したのが、フォルティシモを昇華させる到達者だ」
プレストは少しだけ首を傾げた。ピアノだったら一秒以内に「この間、お前が狐の神様へ言ったセリフを覚えているか?」と返ってくるだろう表情である。
それでも彼女は必死にフォルティシモの言葉を理解しようとした。
「“到達者”は神と同じように異世界転移が可能なのだな。神ができるのだから、当然かも知れないな。そして此処に現れたのが近衛翔殿ではなくフォルティシモ殿なのは、到達したのはフォルティシモ殿だからか。移動した方法は、某が出した【救援要請】。ここで重要なのは、神戯の効果が、『現代リアルワールド』でも有効だったという事実か」
フォルティシモはプレストが考えている間に、状況の確認へ努める。
情報ウィンドウは開かない。インベントリも同様だ。【剣術】や【爆魔術】は当然として、【解析】や【偽装】などの補助スキルも発動しない。身に着けているアイテムの効果も期待できないだろう。拳を振るってみる。現代リアルワールドの人類には不可能な速度で空気を打ち砕いた。
フォルティシモは神戯、異世界ファーアース、VRMMOファーアースオンライン、現代リアルワールド、それぞれの物理法則が複雑に絡み合っていることを知る。
すべてを知るには、膨大な時間が必要だろう。それこそ太陽神ケペルラーアトゥムが生きたという、四十七億年あっても足りないかも知れない。
「現代リアルワールドが神戯に選ばれた世界ならば、やはり某の予想は当たっている。太陽神を殺し、我らが大地を取り戻しただけでは、解決にならない。そしてオウコーはそのことを知っていた」
「おい、プレスティッシモ、急いで案内して貰いたい場所がある。お前や爺さんが、リアルワールドとファーアースを行き来していた場所だ」
『現代リアルワールド』と『異世界ファーアース』を行き来する場所。プレストや近衛天翔王光にとって、これ以上ない重要な施設のはずだけれど、彼女は何も聞かずにあっさりフォルティシモを案内してくれた。
プレストに案内されたのは近衛天翔王光の屋敷の地下、VRMMOファーアースオンラインが稼働しているサーバールームだった。サーバールームとは、簡単に言い表せばゲームを実際に動かしているコンピュータが設置されている部屋である。
地下の巨大空間に所狭しと二メートルほどの四角いコンピュータが並んでいて、これらすべてで一つの亜量子スーパーコンピュータだ。性能は数十年前はペタフロップスで世界最速を争えたけれど、今ではクエクトフロップスを争っている。一般人ではどちらの単位も馴染みがないだろう。
「俺が言ったのは異世界のファーアースで、ゲームのファーアースオンラインじゃないぞ」
「ここには、オウコーが星の女神から授かった、ファーアースへ干渉するすべてが納められている。その場に居た某も、それを使う権利が与えられた。ゆえに某も、ここから異世界へ移動している」
フォルティシモは網の目状のコンピュータとコンピュータの合間を、プレストに付いて歩いて行き、少し開けた空間へ出た。
そこには『現代リアルワールド』には有り得ない物がある。円形の金属と、その中心で揺らめく青白い渦。VRMMOファーアースオンラインや異世界ファーアースでは、すっかり見慣れた【転移】のポータルだった。
「フォルティシモ殿は、あまり驚かないようだな」
「驚いてはいる。自分の常識がガラガラと崩れる程度にはな。今まで最強だと思っていた構成が、アプデで追い抜かれたような気分だ」
「つまり、あまり驚いていないのか」
フォルティシモは円形の金属の周囲に設置されていたキーボードとモニタへ近付いた。モニタに表示されている文字はフォルティシモにも馴染みのあるもので、内容を理解することができる。
「ここで、ファーアースとファーアースオンラインの両方へ、アップデートを掛けてたらしいな」
ゲームも異世界も、近衛天翔王光の手の平の上だったという訳だ。
「新しいアップデートが読み込み中? プレスティッシモ、何か知ってるか?」
「オウコーはファーアースオンラインで試したアップデートを、ファーアースへ適用していた。今回もおそらくそれだろう」
「なるほどな。どんなアプデなのか確認しておくか」
フォルティシモはアップデートの内容を見て、色々な意味で眉を潜めた。
「それよりもフォルティシモ殿は、ファーアースへ戻るのだろう? このゲートを通った後のことを説明しておこう」
「いやいい。これは使わない」
「何? ファーアースへ戻るため、某を利用したのではないのか?」
「そのつもりだったが、止めだ」
フォルティシモはVRMMOファーアースオンラインと異世界ファーアースを思う。
どちらもフォルティシモは最強だった。
けれどそれは、オウコーが作った世界での最強に過ぎなかった。もちろんゲームをやっていた頃は、そんなことは百も承知で、単純にゲームで強ければ良かった。
本当に? 最強厨は最強に、その程度の信仰を捧げていたのだろうか。
フォルティシモは頭に浮かんで来た疑問を振り払った。
「戻るなら、フォルティシモを最強にしてからだ」