第四十一話 冒険者ギルドでの予兆
アクロシアへ戻ったフォルティシモはキュウと一緒にギルドへ行き、『修練の迷宮』で手に入れたアイテムの納品クエストを達成しようと思っていた。『修練の迷宮』のドロップアイテムは敵のレベルを考えると換金効率では数段落ちるものの、アクロシア周辺で手に入るドロップアイテムの納品クエストよりは報酬が良いはずだった。しかし現実は『修練の迷宮』のドロップアイテムは誰も欲しがっておらず依頼書が無かった。
「なんで誰も欲しがってないんだ?」
思わず聞いてしまったため、ギルドのカウンターで対応していた女性職員は困った顔で答えてくれる。
「何に使うか分からないですし、使い道がないからではないでしょうか」
身も蓋もない回答で、それはフォルティシモ自身にも当てはまった。武器や防具の素材になるアイテムではあっても、専用スキルが必要な上に完成する装備アイテムの装備適正レベルは一〇〇〇前後になる。アクロシアの騎士が平均レベル三〇〇と聞いているので、仮に専用スキルを習得できてアイテムを作ったとしても誰も装備できないのだ。
しかし、そこでふと思い出す。特殊効果のアイテムは装備という概念が無くなっていて、身に着けるだけで効果が発生していたので、もしかしたら装備レベル制限が無くなっているかも知れない。あとで確認しておこうと心にメモする。
「なんだ、珍しい物を持ち込んだ奴が居るって言うから来てみたら、フォルティシモだったか」
別の職員に連れられてやって来たのは、アクロシアのギルドマスターだった。
ファーアースオンラインのプレイヤーがアクロシアを制圧しようとした時に、ギルドマスターはそのプレイヤーである両手槍の男から【隷従】を受けてしまい命令のまま動いていた。今はフォルティシモが解放したので大丈夫なはずで、額にガーゼや包帯を巻いているものの、足取りはしっかりしている。殴ったのはフォルティシモだったが、回復アイテムを使えば治りそうな傷を残している理由はさっぱり分からない。
「お元気そうで」
「今更無理して畏まらなくていいぞ」
「ギルド内ですから」
「苦手なんだろ?」
部活は入っていなかったし学生時代から敬語を使うような相手は学校の先生くらいなものだ。それもかなり子供の頃の話なので、尊敬語と謙譲語の差すらよく分かっていない。
「じゃあ、遠慮なく」
「おう。それで、お前が持ち込んだのか?」
ギルドマスターはフォルティシモがカウンターに置いていたアイテムを手にとって眺める。
「アナライズを掛けてもいいか?」
「好きにしてくれ」
ギルドマスターが「アナライズ」と唱えると、ギルドマスターの前にA四程度の紙が現れた。ギルドカードもそうだったが、この異世界では情報ウィンドウが物体に代わっている場合が多い。
「あー、こりゃ買取は難しいな」
「そうなのか?」
「どこで手に入れてきたかは知らないが、こいつを加工できる職人はアクロシアにはいねぇ。つまり、金にならん」
ギルド職員も同じことを言っていたが、さすがにギルドマスターが言うと言葉の重みが違う。フォルティシモも納得して、ドロップアイテムを仕舞うことにした。
その様子をギルドマスターは凝視していた。以前から目を掛けて貰っていた感じは気付いていたし、エルディンの両手槍の男から解放した際には親しげな様子も見せていたのに、今はそういう感じではない。何かを警戒するような、観察している感じだった。
しかしフォルティシモにその理由は分からないので、きっとフォルティシモがギルドマスターを救ったことを盾にして、無茶な要求をしないか警戒しているのだろうと結論した。ならば太っ腹なところを見せれば安心するはずだ。
「せっかくだから、これはギルドマスターに預ける。加工できそうな奴が居たら渡してくれ。料金なんかは要らない」
「倒すのに苦労しそうな魔物のもんだが。いいのか?」
「悪いと思うなら、俺のランクアップを急いでくれ」
フォルティシモがそう言うと、ギルドマスターは驚いた顔をした。
「なんだ?」
「あ、いや、すまん。そこまでギルドのランクに拘ってるとは思わなくてな。忘れてた」
「忘れてたって」
今のアクロシア王国の状況を考えれば忙しくて仕方ないだろうから、怒りは湧いて来ない。
冒険者ギルドだって例外ではなく、先ほどからギルド職員が忙しなく動いて次々と新しい依頼書を貼り付けていた。
フォルティシモは今回の冒険で手に入れた物のうち、半分程度をカウンターに袋ごと置いた。
クエスト達成報酬も買取もして貰えなかったので、キュウへの分け前はフォルティシモ自身の懐から渡すしかないだろう。ラナリアとシャルロットへはどうするか迷う所だが、あの二人が金に困っているとは思えないので、ドロップ配分については次に会った時に相談だ。
「金が必要なのか?」
「俺には余裕があるが、キュウと、仲間に渡す分をどうするか考えていた」
「仲間………。あー、これらは俺が個人的に買い取ろう。正規料金よりは低くなっちまうかも知れねぇが、多少は出せる」
ギルドマスターは言葉を選ぶように悪くない提案をしてくれたが、この程度のドロップアイテムでギルドマスターという地位の人間からお金を取ろうというのは悪手だろう。
「気にしなくて良い。金になるアイテムを用意出来なかったのは俺の責任だ」
金になりそうなアイテムは、相場を読むのが得意だったピアノに聞けば良い。本物のピアノならばあっさり教えてくれるはずなので、彼女がピアノなのかどうかを確認する意味でも悪くない質問になるはずだ。
「れ、レベル一二七八!?」
ギルド職員の絶叫にも似た声が聞こえた。
声のした方向を見ると、案の定キュウが職員にギルドカードを見せているところだった。大声だったのでフロアに居る職員や冒険者数十人の視線が一斉にキュウと職員に集まっている。
「あいつ、説教だな」
ギルドマスターがキュウに対応している職員に向かおうとして、不意に立ち止まりフォルティシモを見た。何かを言いたそうにしていたが、結局は何も言わない。
「お前、冒険者の情報を漏らすとは、どういう了見だ?」
「が、ガルバロス様っ! も、申し訳ありません!」
「謝る相手が違うだろ!」
フォルティシモの常識からすればレベルくらい良いじゃないかと思っても、彼らはそれが生活に直結するのだから本人の承認なしには言えないのだろう。
フォルティシモは謝罪されて戸惑っているキュウの元へ行く。
キュウは職員の謝罪に何も言わずに、職員とギルドマスターそしてフォルティシモへ視線を行き来させていた。フォルティシモが近づくと明らかに安心したように駆け寄る。
「あの」
「どうした?」
「レベルは、言わないほうが良いですか?」
「別にレベルくらい、好きに言って構わないぞ」
フォルティシモくらいのプレイヤーになると、レベルよりも覚醒、覚醒よりもステータスになる。キュウはフォルティシモにお礼を言って、ギルドマスターから怒られている職員の所へ戻って行った。
「あの、私は気にしてませんので」
「本当ですか! ありがとうございます! レベル一〇〇〇超えってランクAの冒険者様ですか? お目に掛かれまして光栄です!」
「とりあえず、お前の手元にあるギルドカードを見て、それで持ち主に返せ」
ギルドマスターが呆れたように注意をしている。ギルドカードにはギルドのランクが記載されており、キュウは納品クエしかこなしていない上に、レベル上げばかり優先して達成数そのものが少ないため、ギルドのランクは駆け出しのGのままだ。
フォルティシモもGのままだが。
「ええっ!? ランクGって!? ガルバロス様、これ間違ってますよ!」
キュウの対応をしていたギルド職員は、ギルドマスターの拳骨で殴られた。
フォルティシモが遠慮したにも関わらず、結局は迷惑料代わりとしてドロップ品を買い取って貰っていると、ギルドの入り口付近で騒ぎが起きているのが聞こえて来た。フォルティシモはたった今受け取った革袋の中身を確認しようとした動作を止めて、騒ぎの方向に注意を投げ掛ける。
とは言え、室内に居るので見た方向はただの開けっぱなしの扉だ。
「なんだ?」
「えっと、エルフの方が冒険者ギルドに現れて騒ぎになっているみたいです。あ、いえ、エルフの方が騒ぎを起こしている? 途中からなので、どっちなのか………」
「それだけ分かれば充分だ」
どうせこの時勢でエルフと一悶着が起きたのだろう。
フォルティシモはすぐに興味を失って、貰った革袋の中身を数える。ファーアースオンラインの開発を信じていなかったフォルティシモは、報酬額をしっかり確認するのが癖になっているのだ。
「よし、行くぞ」
「………」
「キュウ、どうした?」
キュウはフォルティシモが興味を失った出入口の方向を見ていた。
「あっ、い、いえ、そのエルフの方が、ご主人様の名前を口にしたので、何か、あるのかな、と」
「俺を一方的に知ってる奴か。ちょっと気になるな」
「名前は、エルミアさんと言うらしいです」
「聞いた覚えがない」
フォルティシモが名前を思い浮かべるトッププレイヤーの中に、エルフを使っている者は居なかったはずだが、ピアノの例もあるので確かめておこうと考えた。
「識域・分析」
情報ウィンドウに次々と現れる文字列を読み、気になる相手が居ないことを確認する。
エルミアなる相手の情報も手に入れられた。
BLv:461
CLv:439
HP :1,190
MP :3,091
SP :1,058
STR:710
DEX:1,481
VIT:919
INT:2,145
AGI:1,309
MAG:3,589
冒険者の中ではかなりレベルが高いが、今のキュウやラナリア、シャルロットを下回るレベルでしかない。強いて言えば、レベルに対して魔法系のステータスが高い気がするが、フォルティシモから見れば誤差だ。
「プレイヤーではなさそうだな」
「お、お手を煩わせてしまい、申し訳ありません」
「いや、今後も気になる相手は言ってくれ。こういうのは油断した時が一番危ないからな」